第42話 元騎士
奴隷商がいない施設。丁度奴隷商がプレヴァルらと対面し胃を痛める中、コンラートはそのブロンド髪を日光に反射させ、声を張っていた。
「あと二周だぞー!頑張れー!!」
ラウラとアリシアはここにいない。いなくなってすぐこそ気まずさは残っていたが、元々孤立気味だった彼女らだったこともあり、一週間もすれば何事も無かったように日常へと戻っていた。
「こ、コンラート……さん……終わり……ました」
コンラートの眼下では、いつもの茶髪の三つ編みを解いたレーナが息を切らしている。だが、コンラートは笑顔を張り付けたまま、その子供の嘘を咎める。
「まだ一周あるでしょ?ズルはダメだよ~?」
そう会話している内にロルフやエリックが走り終え、芝生の上でへたり込む。それに続いてクロエとハンナ、エドガーにレオンと続く。
「ほら、カミラちゃんと一緒に。頑張れっ!!」
二周遅れになっていたカミラとタイミングを合わせるように、コンラートはレーナの背中を押し走らせる。
コンラートはそれを眺めながら、視界端にハンナとクロエの会話を気にする。
「あんた。体力増えたね」
クロエが長く伸びたブロンドの髪を気にしながら、息を整える。そして問いかけられたハンナは、一瞬クロエを一瞥しつつも、肩にかかる黒髪に滴る汗をタオルで拭う。
「……別に」
いつまでも微妙な関係。クロエ以外はハンナに対して会話をしようとすらしなくなってしまった。それこそいない物として扱うような空気感が流れ、コンラートでさえ拒絶をされすぎてこの所話しかける事を出来ていない。
そしてそのクロエも反応の薄いハンナとの壁打ちに慣れたように、まだ少し寒い空気を吸い空を見上げる。
「でも朝も晩もやってたら怪我するよ。奴隷商の奴に見て貰いたいのかもしんないけど」
クロエも一か月経てば薄々察していた。他とは会話すら拒む癖に、奴隷商に対してだけ口数が多く、心なしか声も少し高い。
少し嫌味も混じった言葉だったが、それはちゃんと伝わりハンナは不機嫌そうに目を細める。
「……すぐそういう話にしますよね。そういうあんただってコン━━」
そうハンナが言いかけた時、クロエの桃色の瞳が見開かれ咄嗟にその口を塞ぐ。心拍は大きく跳ね鼓膜が破れそうだった。
「分かった。分かったから黙って」
しきりにクロエはコンラートを気にしながら、ハンナがこれ以上喋るのを阻止する。だがすぐにハンナは不快そうに顔を顰め、白い歯を露わにする。
「痛ったッ!!猫かよお前……」
歯型のついた手をさすりながらクロエはハンナを見るが、それは興味を無くしたように木刀を握りしめ、定位置の庭の端へと行ってしまう。
そしてクロエは今の会話を聞かれていないかコンラートへと振り返るのだが、その当人はというと。
「おぉ!!エリック君筋肉付いたねぇ!!相当努力したでしょこれ!」
全くクロエらに興味を示しておらず、それはそれで不機嫌になってしまうクロエ。それに気付かずにコンラートとエリックは会話を続ける。
「最近ロルフさんと組手もやってるんです。それにコンラートさんの言ってた訓練方法も自分なりに改良したりして━━」
そして自分の名前が呼ばれたと、井戸水を頭からかぶっていたロルフが茶色がかった金髪を振るい、水滴を辺りにまき散らす。
「昨日エリックに一本取られたんだぜ!こいついっつも斜に構えてる癖に遅くまで頑張ってよ~!!」
ロルフがダルがらみをするようにエリックと肩を組んでくる。勿論まともに水滴を拭っていなく、エリックはかなり嫌そうに引き離そうとする。
「うざいんで離れてください。今僕はコンラートさんと話してるんで」
それを更に面白がるようにロルフは肩を組み続け、楽しそうにエリックを弄る。
「んなつれない事言うなよ~毎晩剣術付き合ってんだからよ~」
そんな会話をコンラートは微笑ましく見る。なんだかんだエリックのやる気にも繋がっているし、ロルフも追い上げがあることで刺激を受けている。いい関係性を構築出来たと満足げになるが、ふと腰に棒が突っつかれ変な声がでる。
「んふぁっ」
すると隣から現れる桃色の瞳は、明らかに呆れた眼をしていた。
「きも」
そう言いながらクロエはブロンド髪をまとめ上げ、首元を露わにして髪を纏める。そして視線は別の方向へと向く。
「レオン君とエドガー君。あの2人も剣術見てやったら?」
なぜか不機嫌らしいクロエだが、コンラートには理由が分からず戸惑いつつも頷く。
「あ、あぁ。じゃあ行ってくるから、カミラちゃんとレーナちゃんお願いね」
そう言ったがプイっとそっぽを向いてしまうクロエ。コンラートは困惑し頭を掻きながらも、芝を踏む。
そうして木刀を握り直し息を切らして2人芝生に寝転がるエドガーとレオンを見下ろす。
「まだまだ2人とも体力足りないね~」
エドガーはいつもと変わらずにハツラツな子供という感じ。いつも声が大きくてこっちが元気を貰えるような子。レオンに関しては計りかねていたが、この所はエドガー含め他の事も話すようになって、笑う所をよく見るようになった。
(ただハンナちゃんとのは解決していないようだけど)
偶に話しかけては無視か適当にあしらわれている。コンラートも深くは聞けないが、どうにもハンナは許してくれ無さそうな雰囲気。それをずっと気にしているようだけど、段々とエドガーがいるお陰か明るい顔をする時が増えた。
「ま、まだもう少し……頑張るので」
そうレオンは起き上がり、木刀を握る。それを見てエドガーも負けてられるかと言わんばかりに、必要以上の動作で手足をばたつかせ立ち上がる。
「俺もやってやるよ!!」
2人とも背中に土や汚れを付けてしまっている。それを気にしないように、2人掛け声を合わせて木刀を振るう。そこにエリックとロルフがやってきて、振り方を指導してと、いつもの光景へとなっていく。
「俺のやれる事も少なくなってきたかな」
剣術は積み重ね。それこそ技術的なものを教えるには、長期間基礎連を積み重ねた後にやる物。だから今は寂しくもあるが、じっと体が出来るのを待つ時間。
そうしてアドバイスを求められたら答えるだけで見守る時間。暇に感じていると、ふと腹の音がぐぅとと鳴る。
「……腹減ったな」
腹をさすりながらそう一人呟くと、後ろからクロエの声がする。
「奴隷商の奴に飯減らされてるもんね~」
その声に振り返るとクロエが立っており、その後ろにはどうやら今走り終わったらしいレーナとカミラの姿があった。2人とも顔はげっそりとしているが、一か月前完走すら出来なかった事に比べれば大きな成長。
と、そんな感想を置いておいても、コンラートの胃の中身は空っぽで倒れそうだった。
「俺が勝手に借り物売っちまったからなぁ。悪いとは思ってんだが流石にきつい」
ラウラの為に花束を渡す時。店の店主に申し訳なく借り物の靴を置いた。それが後々奴隷商にばれ、一々小言を言われ、飯分で損失をカバーすると言われてしまった。
と、そんなコンラートを面白がるようにクロエがカタカタと笑う。
「私のご飯分けてあげようか?」
コンラートはその言葉にムッとしつつも、腹の音に一瞬揺らいでしまう。だが、流石にだと思い留まる。
「……そこまで落ちぶれてない」
そんな会話をしていると、レーナが心配をするようにコンラートを見上げる。そしてどこから持って来たのか、その手には芋がある。
「ミャー……のだけど……朝……食べなかったから……いる?」
そう言うレーナの隣には、その黒猫であるミャーを抱えたカミラが立っている。いつの間にか兄であるエドガーにぴったりでは無くなり、レーナと一緒にいることが増えていた。
「さ、流石に大丈夫……かな?」
ただ依然としてカミラはあまり喋らない。というよりコンラートに怯えているのか、殆ど会話をした記憶は無く、未だ声を覚えられていないぐらいだった。
そうしてクロエらもロルフ達に合流し木刀を振るう。なんだかんだ厳しいと言いながらも、奴隷商のに比べればとやる気を出してくれるのは助かる。
「あいつ休憩短いからなぁ」
奴隷は口癖のように、奴隷が休憩できる環境に入れると思うなと言い、ずっと走らせ木刀を振るわせている。コンラート自身も別に奴隷商の言う事を理解出来なくはないが、それにしてもやりすぎなように感じるし、それになりより。
「可哀そうだろ……あんな苦しませたら」
どうせ五年後には奴隷になってしまう。ならばせめて今ぐらいは笑って元気に楽しい記憶を残させてあげても良いじゃないか。そう思ってしまうが、毎度奴隷商には理解される事はない。
そうしたいつも通りの昼下がり。いつの間にかコンラートの思考の片隅からアリシアとラウラの事は消えていた。最初こそは気を病んだが、どうしようもない事だと時間が経つごとに理解をしてしまった。
だがその事実が、自身の主であるシーナの事を思い出させる。アリシアの事を諦めるなら、シーナの事もどうしようもない事だからあきらめろと、どこからか脳内で囁かれる。
「……そこはダメだ。そこで諦めたら俺は俺じゃなくなる」
邪念を振り払うように木刀を強く一振りする。理屈では理解してても、感情では理解したくない、諦めたくない。深く考えたくないからと、そんな思考を繰り返すうちに自然とアリシアとラウラの事も思い出すのを拒むようになっていた。
「まだ方法は……あるはず」
今はまだ見つかってないだけ。また機会はあるはず。今頃姫様も苦しんでいるのだから、自分だけ楽をしてはいけない。
そう奮い立たせるコンラートとは別に、1人木刀を振るうハンナ。庭に響くその掛け声を鬱陶しくな感じながらも木刀を強く握る。
「……うわ。マメ潰れた」
見下ろした手のひらには、指と指の間を血が流れる。ひどく傷だらけで、どれがいつの傷かも分からない程。
「まぁいいや」
ハンナはまた黙々と木刀を振るう。もうすでにクロエらの楽し気な会話すら耳に入れたくなかった。それにこの一か月で分かったが、ハンナ自身あまり人と集まるのが嫌いな性質らしいこと。ラウラが居なくなったことで、その傾向がより顕著になっていた。
そんな考え事をしながら素振りをしていた時。
「……?」
ふと、耳に葉が擦れる音が届く。別に風に揺られただけなのだろうが、どうにも視界端に写る藪が気になる。
「……」
ジッとハンナの視線は藪を向く。いつのまにか振るっていた木刀は止まっている。何かが藪の向こうで動いた気がしたからだった。
「……動物?」
ハンナは足音を立てぬようそっとその藪へと近づく。この一か月奴隷商が忙しくて、手入れを怠り野草が荒れてるだけなのだが、この庭にやけに馴染んている。
また猫が紛れ込んだのだろう。そう思いながらハンナは声色を優しくする。
「怖くないから出ておいでー………」
見えるのは絹のような黄金の髪。それは動物というにはあまりに大きく長かった。そしてこちらを見上げる深紅のような瞳と、流れるブロンド髪の間を縫う長い耳。
ただただハンナは固まる。この状況が理解出来なくて、唖然とすることしか出来ない。そんな中、その目の前のエルフの少女は、怯え声を震わせる。
「あ、あのっ……これはっ……」
するとハンナの後ろから芝生を踏む足音が近づく。
「ハンナちゃんー?急に固まってどうしたの……って」
ハンナの視線の先を追うようにコンラートの視線も藪へと向く。そしてそこにはコンラートにとって、その少女はあまりに似過ぎていた。
「姫様ッ!?」
コンラートは咄嗟に藪を掻き分け、膝を付きその少女を抱えようとする。心拍は一気に沸き立ち目はその姿を見失わないよう、しっかりと捉える。
だがその少女にとってはコンラートは見覚えのある人物では無くただ困惑するばかり。
「え……あっ……えぇ?」
その時になってやっとコンラートは、その少女の耳の長さに気付く。髪の色も艶やかさも、瞳の宝石のような紅色も同じなのに、どこか顔も幼く体も小さい。
「あ、あれ……?違う……?」
逸っていた心拍は急激に落ち着き、肌に張り付く汗は急激に冷え悪寒を感じさせる。咄嗟に抱えてしまった体は、コンラートに恐怖しているのか小刻みに震えている。
そして後ろからは突然のコンラートの様子に困惑するハンナの声がする。
「え、知り合い……?」
ここまでシーナと似ている物なのだろうか。偶然だとは思えないほどに似ていて、コンラートも未だ現実を受け入れられない。
だがそんな時。施設の屋根を蹴る音と共に、コンラートの顔面に影が出来る。
「……え」
顔面にはその影が近付き、その靴裏がコンラートの高い鼻をひしゃけさせるように衝撃を与える。そしてそのままコンラートは背中から地面へと放り出され、ハンナの足元へと転がってしまう。
「ってぇ……」
土と鉄の香りがする。
そして一拍の後、鼻血の出る鼻元を抑えながら、コンラートは起き上がる。するとそこには、浅黒い肌をした背の高いエルフが、シーナ似のエルフを大事そうに抱える。だがその右手は負傷しているのか青くなり、だらんと力なく肩から垂れている。
「汚らわしい手で触るな。人間」
その眼は明らかに敵意が籠っている。エルフの少女を体の後ろに隠しその女はジッとそこに立つ。何事かと他の奴隷達も集まるが、それを一歩引くようにコンラートは手を掲げる。
「下がってて。俺が対応するから」
動揺は抜けないが、立ち振る舞いからしてあの浅黒いエルフは戦闘に秀でているのは分かる。危険が及ばぬようと、コンラートは警戒しつつ木刀を構える。
「君らは……誰なんだ」
コンラートの国では殆ど異族は見なかった。それこそ海を隔てていたから当たり前で、本の中の話でしかない彼女ら。
だがそんなファーストコンタクトは敵意のまま、七色に反射する沿ったナイフが抜かれてしまう。
「……私はレイルベル。ただこの方に忠義を尽くすだけのダークエルフだ」
その忠義という言葉がコンラートに刺さる。
確か異族は帝国との戦争で滅ぼされたはず。なのに未だ忠義を尽くし主を守っている姿。
「……俺とは違うのか」
何も守れなかった自分と違い、こうやって今でも主を傍にいる。それが羨ましくも、主の為に何も出来ていない自分に情けなさを覚えさせる。
「……俺は……シーナ・アルスデットが騎士。コンラート・ベルセリウスだ」
そう名乗るのが恥ずかしい。今目の前いる彼女の方がよっぽど騎士らしいじゃないか。何も守れてないくせに何が騎士だと。そんな言葉を振り払うように、強く歯を食いしばり木刀を構える。
そして互い名乗り終え、ジリジリと間合いを計り合う。辺りには風が吹き少しだけ肌寒さを覚えさせる。
「━━ッ」
コンラートが一歩踏み出す。と、それと同時にバタリと倒れ込んでしまうそのエルフの少女。また一歩踏み出していたレイルベルは、血相を変えその主へと駆け寄る。
「アルエシア様ッ!!」
コンラートは肩透かしをくらったような感覚を覚えながらも、木刀を捨てそのエルフの少女の元へと駆け寄ろうとする。だがそれをけん制するように、レイルベルのキツイ琥珀色の瞳がコンラートを射抜く。
「近づくなッ!!」
足を止めざる負えない。どこまでも主の為に尽くし、常に危険が及ばぬように周囲に気を配る。どこまで行ってもコンラート自身との違いを見せられているようで、何かが崩れるような心の中から零れ落ちるような感覚。
「……俺だって」
自身の心を守ろうと言葉にしようとしても出てこない。ただただあのレイルベルというエルフが、羨ましく感じてしまっていた。仕えるべき主がいて、その為に命を奉げ忠義を尽くせることに。コンラートがもう一生出来ないその行為に。
「……ッ」
急に現実が見える気がした。自分が騎士じゃなくてただの奴隷なのだと。結局は無力であぁやって主を守るなど遠い夢物語なのだと。
だがそのレイルベルは酷く焦った様子で、そのアルエシアと呼ばれたエルフの額に手を当てる。
「発熱……」
コンラートはどうすれば良いか分からず固まる。だが、それを置いてクロエが走り出し、その二人へと駆け寄る。
「部屋に案内するので運びましょう。多少の食料なら融通します」
レイルベルは意味が分からないとクロエを見るが、主の危機だとすぐに割り切り頷く。
「あぁ、頼む」
そしてそれと同時にエリックの叫び声が聞こえてくる。
「奴隷商の奴帰ってきたぞ!急げ!!」
コンラートもそこでやっと動き出し、レイルベルを先導して出来るだけ奴隷商の書斎から遠い部屋へと案内する。その間クロエが水に食料。それ以外が奴隷商の足止めへと赴く。
「あの廊下の突き当りです。あの黒い外套の男にはくれぐれもバレないよう」
おそらく奴隷商にバレたらすぐに追い出される。ただでさえ今余裕がないと食事も質素になっているのだからそれは目に見えている。
だがそんな様子のコンラートを、レイルベルは不思議そうに見る。
「私達を受け容れるんだな……」
別にコンラートが言い出した事じゃない。クロエが最初に動いただけで、コンラートは流されたに過ぎない。だが、決まっている事は。
「病気の子供は放っておけないだろ」
羨ましかろうが悔しがろうか、そこは変わらないコンラートの信条。それにこうしていることで、自分が騎士だと言う事を忘れれる気がして……
「……俺は騎士……なんだよな」
急いでいた足は緩まり、自身の思考に疑念を持ってしまう。今自分は騎士でありたくないとそう思ってしまっていたような気がして。
だが今はそんな思索にふけっている暇は無く、困惑した様子のレイルベルがコンラートを見る。
「おい、どうした」
「あ、あぁなんでもない。急ごう」
コンラートの中で何かが崩れていく。それを見て見ぬふりをしながら、ただ1人のコンラートとしてその足を動かすのだった。




