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奴隷商の男  作者: ねこのけ
第三章
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第41話 後処理と拾った物


 重々しい空気にカーテン越しに差し込む日光。そこには椅子に座る官吏と、その目の前で書類を手にする奴隷商の姿がある。


「……報告書一式。こちらから事実確認ができる物全て持参しました」


 アリシアとラウラがいなくなって1か月。奴隷商とクラリスは勿論責任追及を免れなかったが、皇帝の崩御による混乱で、事情聴取をされるだけですぐに沙汰が降りる事は無かった。だがどうにも暗殺の容疑者と見られているのは変わりなく、こうやって足しげく登庁しないといけない。


「うん。ありがとうね」


 そう一応の上司である男が奴隷商の資料を受けとる。以前の舞踏会で話をしてから、アリシアの一件で良く会うようになってしまっていた。


 そしてその上司は書類に目を通しながらも、一応の同情をしてくれる。


「君も策謀に巻き込まれて大変だね。またこのまま取り調べでしょ?」

 

 奴隷商はこの所痛みの消えない胃を気にしながら、肩を落とさざる負えない。


「えぇ。私はこれ以上何も言えることは無いのですが……」


 クラリスも同じように追及をされているが、公爵令嬢である彼女と違い平民である奴隷商の扱いは分かりやすく悪い。それこそ毎度毎度痣が増えて帰るのが当たり前な生活。


 ただこの上司だけが仕事上の関係では良好に接してくれるのみ。


「まぁ最後に君の所の奴隷が、内務卿の兵と一戦交えちゃったのがまずかったね……」


 上司はキィっと椅子の背もたれに体重をかける。


 龍化についての責任は立場上責任者だった、主にクラリスに向かっている。奴隷商はどちらかと言えば、コンラートがクリスと交戦してしまった事を追求されている。なぜかクロヴィスの事は異常なまでに名前が出ないのを見るに、表に出せない人材なのだろう。そのお陰で命拾いしている面もあるが、どうにせよ苦しい。


「ただ私の所有する奴隷に危害を加えたのはあちらですから。正当防衛だと言い張るしかないですね」


 今ではこの国の名実ともに権力者になったプレヴァル相手に通じるのか分からない。だがそうやるしかない上、クラリスも自分がまず危ないと言うのに、こちらを庇おうと方々に手を回してくれているのに、自分だけ諦める訳にいかない。


 すると上司はとんとんと書類を纏め、頷く。


「ま、私も立場があるから出来る範囲で君を応援するよ。あまり期待はしないで欲しいけどね」


 奴隷商は頭を下げ礼を示す。これでもかなり気を使って貰った方だからだ。

 そうして奴隷商はその部屋をあとにする。それでこのまま帰れたらいいのだが、その足は地下へと行き守衛に話しかける。


「13時から━━」


 そう言い切る前に守衛は奴隷商を睨んだままその扉を開ける。するといつもの官吏とは違い、その小さな部屋にいるのは。


「……お前かよ」


 2つの椅子と一つの机。この狭い部屋にその男、クリスが奴隷商を出迎える。それを心底嫌がりながらも、奴隷商は部屋に入るのだが、どうやらもう一人いるらしかった。


「やぁ!久方ぶりだね!」


 このカビ臭くて湿気た部屋には、到底似合わない立場であるプレヴァル。それがラフな服装と共に、奴隷商を出迎える。


「……内務卿殿もご健勝そうで」


 まぁ良い予感はしない。だが逆らえる訳も無いので、奴隷商は重い足取りで木組みの椅子に腰を下ろす。


「それでなんでお前がいる」


 奴隷商はクリスを睨む。それこそこいつがアリシアを龍化させた張本人で、それを仕方のない事だと正当化までした男。奴隷商が到底好印象を持てる相手でも無く、ただただ侮蔑の視線を送る。


 だがクリスも自身が正しいと言いたげに、レンズ越しに強く睨み返してくる。


「言葉に慎めよ容疑者。立場を弁えろ」


 そう凄まれた所で、奴隷商にクリスを貴族様と扱う気はさらさらない。


「人殺しに何言われもだな」


 奴隷商の言葉を聞くなりクリスは目尻を吊り上げ、分かりやすく握った拳が震える。


「お前どの口がッ!!」


 だが振り上げられかけたその拳は、ニコニコと微笑み会話を眺めていたプレヴァルに止められてしまう。


「まぁまぁ。落ち着きなって」

 

 クリスはまだ奴隷商に何か言おうとするが、プレヴァルの細い眼に拳を解き椅子に座り直す。そしてそれを満足げにプレヴァルは見て、自身の椅子を引き奴隷商へと近づく。


「最近商売はどう?そろそろ異族の奴隷がセリに出るんじゃなかった?」


 何を今更仲良く会話でもしようとしているのか。そう思いながらも、無視をする訳にもいかないので奴隷商は答える。


「最近奴隷が二人ほど消えましたからね。買い増したいですがどうにも懐が厳しく」


 半分冗談というか強がりで言うのだが、プレヴァルは持って来た椅子に座りうんうんと頷く。


「確かにねぇ。この所君の奴隷皆死んじゃうかどっか行っちゃってるしねぇ」


 レイラの件もアリシアの件も全部お前のせいだろと、そんな言葉をどうにか引っ込める。そして奴隷商は表情筋の痛みを感じながら言葉を返す。それは半ば嫌味にも近い意図のそれだった。


「確かアリシアを献上すれば補填が出るんでしたよね?」


 そう言うと一瞬プレヴァルは目を丸くし固まる。だが、すぐに言葉の意味を理解したのか、肩を大きく揺らして快活に笑う。


「あぁあぁ言ったねぇそーんな事。確かに確かに」


 笑い涙まで浮かべるプレヴァルと対照的に、クリスは明らかに不機嫌に奴隷商を睨む。


「だがお前の管理不足で逃げたのだからそれを要求する権利は無いだろ」


 やはりそこを突っついてくる。毎回毎回最善を尽くしたと経緯を事細かに説明しても、犯人を作りたいらしい彼らは聞く耳を持たない。


 だがアリシアに迷惑をかけないために。奴隷商はどうにか逃れれないか模索する。


「凱旋時点で一時的とはいえ、アリシアの所有者は内務卿閣下になっていました。管理者は私らだとしても、責任の所在だけで言えばもっと複雑かと」


 奴隷商はプレヴァルの様子を伺うように視線を送る。すると、笑っていた顔は収まり、表情の見えない顔で見返してくる。


「じゃあ責任は私にあると?そう言いたいの?」


 そう言う訳では無いと奴隷商は首を振る。


「誰も悪くは無いです。あれは防ぎようのない事故でしかなかったのです。もし仮に誰が悪いかと言われれば思い当たる人物はいますが」


 奴隷商は口の中が渇く感覚を覚えながらも、ジッとプレヴァルを見つめる。奴隷商は言外に誰かを伝えているつもりが、その当人であるプレヴァルは「ふぅん」と呟き足を組む。


 そしてこれまでの取り調べ記録なのであろう紙を手に取る。


「君は一貫してクラリス女史と最善を尽くしたと、そう主張していた。それで誰が悪いのか心当たりがあると」


 それは誰も言わないが皇帝暗殺の犯人。それこそアリシアが龍化した時に傍にいたクリスは誰の配下か。情報だけ見れば、子供でさえこの一連の騒動の原因がわかる。


 それでも追及されないのは彼が権力者だから。地盤があるから。そのプレヴァルの顔は奴隷商を覗き込むように近づく。


「私を脅す意味。分かってる?」


 奴隷商目線は誰よりも明快。実行犯の顔まで見ているのだから、間違いなく確信をもって目の前の貴族が逆臣だと言い切れる。だがそれを直球に言える訳も無いので。


「はは、いやいやそんな不敬なことなど」


 おそらくプレヴァルにとっては奴隷商の口を噤ませたい。騒動を間近で見ていた人物の証言があれば、周りはプレヴァルの実行だと確信できるから。だからこそ処刑をしようと躍起になっているのだと、奴隷商は思っていたのだが。


 どうにもプレヴァルという男を奴隷商は掴み切れないらしかった。


「まぁいいか。いいよ、全てを不問にしてあげる」


 そう言ってあっさりと引いてしまう。それは元々の予定とは違うらしく、クリスは思わず口を挟んでしまう。


「いやっ……それではこいつが口をすべらせれば━━」


 やはり元々は処刑の方向で話は進んでいたらしい。だが、そう考えればどうやらプレヴァルの気まぐれで奴隷商は助かったらしい。


「ん?君は私が犯人だと言いたいのかね?」


 そう言われクリスは咄嗟に否定するが、プレヴァルはまぁまぁと笑う。


「私が彼とクラリス女史を処せばより私への疑念が深まる。わざわざ政敵に餌を撒く理由も無いだろう?」


 そして更に付け加えるように、プレヴァルはクリスから奴隷商へと視線を戻す。


「ただ今回の事は全て事故だったと、皇帝も……そうだな、適当な浮浪者が犯人だったと、そうしようか?」


 これで事実を知る人物を取り込もうと。そう言う腹積もりなのだろうが、奴隷商からしたら政争などどうでもよく、それで助かるならと頷く。


「元より私はそうだと思っていましたが」


 するとプレヴァルはニィッと気持ち悪く笑う。どうにもテンポよく決まりすぎて、元々そう決まっていたのかと勘繰ってしまいそうになる。


「良い回答だね。補填の話も融通を利かせておくよ」


 それで話は終わりだとプレヴァルは両手を叩き立ち上がる。だが未だに不満げな様子のクリス。それを窘めるようにプレヴァルは言う。


「クラリス女史の実家に恩を売れるだけでも釣りがくる。リスクはあるけどリターンも大きいってね」


 恐らくそれが本音で奴隷商はついでなのだろう。

 そしてプレヴァルはトントンとクリスの肩を叩いて、そのまま部屋をあとにしてしまう。それに続いてクリスも出ていくものだと思っていたが、一向に動かず奴隷商を睨むまま。


 奴隷商はやってやった気になりつつ、得意げにクリスを見下ろす。


「お前の主さんが決めたんだ。従う事だな」


 奴隷商はそう言い席を立つ。どうにも気まぐれで生かされた気もして、気に食わないが助かった命を落とすバカはいない。それにプレヴァルなりに利点を見出してるなら、約束を違えられる可能性も低い。


 そしてドアノブを握った時。背中越しにクリスの声が部屋に響く。


「お前はそれで良いのか。妥協し続けて少しづつ誰かを見捨てて」


 どの口がと怒りたくなる。だが今回も自身の保身の為どこぞの浮浪者に罪を着せた。アリシアとラウラも助けに行けるはずも無く見捨ててしまったような物。


 それになによりクリスは10年前の事を言っているのだろう。奴隷商はドアノブをゆっくりと沈める。


「……俺はお前の道よりはまともな道を歩いてると思ってるがな」


 返事を聞かず奴隷商は扉を閉めてしまう。そうして奴隷商はやっと肩の荷が降りたと、受付まで戻り手続きを済ませるのだが。


「あ、これさっきの補填ね。1万ゴールド」


 後ろから目の前に差しだされたその麻袋。その手の主を見ようと振り返れば、先ほどまで会話していたプレヴァルがそこに。


「は、早い……ですね……」


 プレヴァルの向こうには開かれた玄関があり、その所有物であろう馬車が見える。


「今から奴隷を買いに行こうって思っててね。君もどう?」


 どうと言われて断られる事を想定しないのであろう。その手は強く奴隷商の肩を掴んでいる。そして奴隷商の手に握られた金貨が、元々何を目的としていたのかを察してしまう。


「……ぜひ」


 殺そうとしてくる割にこう関わろうとしてくるのは何故だろう。全く行動原理が見えないが、奴隷商は付いて行く事しか出来ず、プレヴァルと並んで建物から出る。


「眩しっ」


 ずっと暗い空間にいたからか、外の景色がやけに眩しい。


「……ん?」


 プレヴァルと奴隷商は立ち止まる。暗い所にいたとしてもあまりに眩しすぎる。それこそ太陽が二つあるような眩しさで。


「まずい━━ッ」


 奴隷商は咄嗟に横にいたプレヴァルより前へ出て、胸からナイフを抜き出す。そして見上げれば、二個目の太陽かと思う程の眩しさを持つ石と、それと共に落ちて来る人影。


「ッチ、護衛か」


 そう舌打ちをした人影は迷うことなく奴隷商の首を短刀で狙ってくる。奴隷商も眩しいながらそれを受け止めるが、火花が散ってすぐに、その刀身は滑り離れ、また今度は奴隷商の心臓を突き刺そうと狙ってくるが。


「もう短刀使いは慣れたんでな」


 この一か月でやけに戦闘が多く昔の感も思い出しつつある。それにクレートのようなタイプとの経験が活き、奴隷商の手はその人影の腕をあっさりと掴み、そのまま体を引き寄せる。


 だがそこに見えた顔は、奴隷商の見覚えのあるそれではなく。


「ダークエルフ……?」


 一瞬呆気に取られてしまったが、奴隷商はしっかりとその女の肩を絞め短刀を手から零れ落とさせる。そして地面へと伏せさせようとするのだが、ふと空から落ちて来る石。


「あ、いたっ」


 こつんと当たったのは、先ほどまで眩いほどに光を発していたそれ。奴隷商は痛みに意識を持っていかれ、少し力が抜けてしまう。その隙に女はスルリと腕を滑らせ、瞬きの内に数歩距離を作ってしまう。


「……顔は覚えた」


 そう不気味な言葉を残して、集まる衛兵を掻い潜り消えてしまう。奴隷商は呆気にとられつつも、地面に落ちたなんて変哲の無い石を拾うと、少し距離を置いていたらしいプレヴァルが戻ってくる。


「いやいやぁ。まさか暗殺とはねぇ。私も偉くなったってことかな!」


 その様子は暗殺をされかけたにしては元気。豪胆なのかそれとも大丈夫だという確信があったのか。それは分からないが、奴隷商は。


「お怪我が無くて良かったです。危険ですし競り市も一旦━━」


 そう良い具合に回避できないか探る奴隷商だが、その当人の足は止まる事無く。


「何もなかったんだから行くよ。それに君がいれば大丈夫って今証明されたしね」


 そうウインクしてプレヴァルは馬車へと乗り込む。奴隷商も足があまりに重いが、そのプレヴァルの手招きを無視する訳にいかないので、足を踏み出す。


「……庇わなければ良かったか」

 

 後悔を漏らしながら奴隷商が馬車に乗り込み、カラカラと車輪は回るが、隣のプレヴァルは暗殺など無かったようにニコニコと。


「いやぁあの石なんだろうねぇ。夜でも使えればかなり有用だと思うんだけど」


 そんな雑談ばかりで奴隷商の気は休まらない。だがありがたいことに、そうして会話が進んでいく内にも段々ととぎれとぎれになり、静かになる。


 だがこれが本題だと言いたげに、プレヴァルがゆっくりと息を吐き、脚を組む。


「前はごめんねぇ。成り行きとは言え君に迷惑をかけた」


 まさかの謝罪に奴隷商はただ固まるしかない。だが1人ぼやくようにプレヴァルは続ける。


「君とクラリス女史がただ邪魔だったからさ。仕方なくだったんだよ」

 

 仕方なくでそう易々と殺されてたまるかと思う。だが謝罪をするという事は、クラリスも処罰を受けないということで良いのだろうか。そう安堵したくて、その意図を探る。


「……そうだとして。なぜ謝るんです」


 謝罪するというのは貴族ならばそれだけの重みがある。自身の責任を認めることに他ならず、今回の一件の主犯だと断言したようなもの。だからこそ期待するのだが。


 プレヴァルは表情の見え無い顔で、細い視線をこちらを捉えて来る。それは求めていた回答ではない。


「似た者同士。だからかな?」


 そう言われても奴隷商は苦笑いをするしかない。どこにそんなシンパシーを感じ取られたのか知らないが、どうにも変人に好かれやすい体質なのだろうか。


「はは……いやぁ……どうでしょう」


 そんな奴隷商の反応を、困惑だと受け取ったのかプレヴァルは窓の外を見る。馬車は交通整理で止まり、外には売店が並び、その中には露店で安価な傷持ちの奴隷を並べている所もある。


「人一人が人生で成し遂げられる物には限りがある」


 プレヴァルは並ぶ奴隷を見て目を細める。目の前では二束三文で人間が売り飛ばされていく。


「それこそ何も出来ず静かに死んでいく人間が殆ど」


 いつもの陽気な雰囲気でも厳かな様子でもないプレヴァルの雰囲気。そしてその鋭い視線を奴隷商へとジッと向ける。


「そんな中で私はね。奴隷制の撤廃。その為にこの人生を奉げると決めたんだ」


 その言葉が奴隷商には本当には思えなかった。それこそ偉い人が良く言う美辞麗句としか聞こえず、何を上っ面にと思ってしまう。


 そしてプレヴァルは何を思ったのか知らないが、真面目な顔を崩しクシャッと皺を寄せる。


「ま、そっちの方が歴史に名前が残りそうって理由もあるけどね」


 どうにも底が見えない男。目的も心情も信念も、どれも嘘くさい。そう疑い出すとどの言葉を真に受ければ良いか分からなくなる。


 そうしている内に馬車は再び動き出す。そして今日この馬車での最後のプレヴァルの言葉。それは奴隷商にとっては嫌に張り付く言葉だった。


「で、君はどうしたいんだい?君の人生で成し遂げる事は」


 奴隷商は喉がつっかえるような感覚を覚えた。そしてつっかえは取れることなく、その答えをどこにも用意出来なかった。


 そして微妙な沈黙のまま、2人は市場へと到着する。今日は異族の奴隷が纏めてやってきたらしく、辺りには人だかりができている。


「じゃあ行こうか。いつもはクリス君に任せてるから久々だなぁ」

 

 奴隷商は適当に相槌を打ちながら隣を歩く。護衛はたった2人らしく後ろについてくるだけ。それで一か月ぶりぐらいの競り市へと到着する。だがいつもと違うのは、セリ自体ははまだらしく、商人と直接取引をするらしく、大きな天幕の下様々な商人が手招いている。


 往来のあまりの人の多さに、冬だと言うのに籠った空気の熱さ。それに辟易しながらも、奴隷商はプレヴァルへと問う。


「なぜ奴隷を買うんです?貴方の信条とは矛盾するのでは?」


 するとプレヴァルは手に持った杖をコツコツと鳴らしながら、客引きを適当にあしらい返事をする。


「自分は質問に答えないのに私に求めるとは。君も強欲だねぇ」


 奴隷商は咄嗟に申し開きをしようとするが、プレヴァルはまぁまぁと手で押さえ、近くを通りかかった他貴族に軽く会釈をする。その傍らで答える。


「1人でも助けれる子が増えれればと思ってね。こう見えて慈善家なのよ」


 確かにプレヴァルは大勢の奴隷を買っている。だがその目的地は、配下の薔薇の組織員の育成の為だというのが一般の認識。事実プレヴァルの買った奴隷を見たという人物を聞いたことなく、それこそコンラートの主君である姫も未だ目撃情報が無い。


 そう言う点からしてやはり信じるには無理がある。だがそこに深入りする危険性を分からない馬鹿でも無いので、奴隷商はありきたりに流す。


「出来る所からやっているんですね。流石です」


 そして目的の商人を見つけたのだろう。プレヴァルは立ち止まり、その帽子の下から奴隷商の顔を覗いてくる。


「君も同じじゃないか。私と一緒で偽善者」


 その意味を探る前にプレヴァルはコツコツと革靴を鳴らして、その商人へと手を挙げ話しかけに行く。


「やぁやぁちょっとぶりだねぇ。景気どう?」


「旦那のお陰で最近絶好調ですぜ!今回も沢山仕入れたので。ささ!!」

 

 その声とその禿げ頭と鼠顔。奴隷商にとって見覚えのあるその商人がプレヴァルを招き、その視線は気付いたようにこちらを向く。


「あ、え……お連れ様で?」


「ん?そだよ。君も顔なじみだろ?」


 ブラムは少し気まずそうにしながらも、いつものテンションで奴隷商も一緒に自身の天幕へと招く。すると中はいつもより綺麗に清掃されており、心無しか奴隷の質もいい様に見える。


「今回お求めのは?」


「ん~戦闘特化と~あ、鋳造とか冶金とか得意なのいない?」


「あ~そうなると……ドワーフとか……戦闘なら異族全般良いんですけどぉ」


 そんな2人の会話を後ろから眺める奴隷商。どうにも掛けられた値札を見るに、一万ゴールドで買える物が見当たらないからだ。

 

 そしていくつかの檻の前でブラムが、プレヴァルにセールスをしている所で奴隷商は暇になり、辺りを見回す。すると自分でも買える値札を見つける。


「4000ゴールドか」


 それは全身を傷だらけにし戦士だと分かる風貌。それにしては肌を露出させているのは熱い地域なのだろうか。


「さっきと同じダークエルフか」


 その言葉に長い耳がピクっと動く。そしてこちらを見上げ、肩を撫でるその真っ白な髪に、見上げる琥珀のような瞳。強く人間を嫌うように辺りを睨んでいるが、その鎖と傷が弱々しさを印象させる。


「……お前も置いてかれたんだな。1人」


 今でも戦場に取り残されている。取り残されないと精神がどうにかなってしまう。そう奴隷商には、そのダークエルフが見えてしまっていた。


 するとそのダークエルフは口を開く。


「殺す」


 短い言葉。それだけで彼女が分かる気がしてしまう程感情のこもったそれ。するといつの間にか、隣に並んだブラムが手ぐすねを引いてくる。


「すごいでしょ?この首輪があると異族の言葉でも翻訳されるんですよ」


「……今しがたその機能を使って殺害予告をされたんだが」


 だがそう言った所でブラムは笑うだけで。


「まぁ他種族嫌いで有名ですからねぇ!だからこの値段なんですが!」


 珍しく商品の価値を下げるような事を言うブラム。それに奴隷商は不信感を覚えるが、プレヴァルもやって来たことで思考を中断する。


「これで買いなよ。ダークエルフって戦闘能力高いんでしょ?」


 そう言われても買うかと言われれば微妙。それこそ見た目からして子供では無く成人な時点で、これ以降値下がりするのは目に見えているから。だから買いたくは無いのだが、ここで何も買わないのはプレヴァルに対して失礼。


 何度か天井を見上げ、思考をする。そして諦めたように、麻袋の中の黄金を見つめ呟く。


「……他に私の財布で届くものは無いですし……買います」


 そう言わざる負えない。どうにも面倒な性格らしいから嫌だったのだが仕方ない。するとブラムは待っていたと目を輝かせ、奴隷商を上目遣いで見つめて来る。


「じゃああの首輪もセットでどうです?プラス1000ゴールドなんですがねぇ」


 それを鬱陶しそうにしながらも奴隷商は、分かった分かったと頷く。


「買うから。あと即金で出すからこのまま連れ帰って良いか?」


「あら。まぁ良いですけど急ぎで?」


 首を傾げるブラムだが、奴隷商自身この場に長居したくないのが本音。これでは残りの5000ゴールドも使わされかねないから、早めに撤退したい。だがそれをプレヴァル本人の前で言える訳も無いので。


「配送料すら勿体ないからな」


 それっぽい言い訳をするが、ブラムは大して気にしていないのかさっさと契約書を取り出し、ペンの頭を向けて来る。


「倹約家なことでぇ。あ、じゃあこれ契約書です」


 そうしてさっさとサインをし終え、ガシャリと檻が開けられる。そしてその首輪から伸びる鎖を手渡され、奴隷商はプレヴァルを見る。


「今日はありがとうございます。私はこれにて」


 ニコッと愛想笑いを浮かべて礼をする。引き留められるかとも思ったが、プレヴァルはまだ買い物をしたいらしく。


「そ。ちらこそありがとね。また追って正式に沙汰を下すから。安心してね」


 そう言って随分あっさりと、ブラムと檻の森の中へと消えていく。今日何度思ったか分からないが、やはりどうにも分からない人間だとつくづく思う。


 奴隷商はしきりに首を傾げながらも、立ち止まっているとふと後ろから刺さる視線に気付く。


「そんな睨むなよ……俺だって買いたくて買ったわけじゃねぇんだ」


 奴隷商は胃がキリキリする感覚を覚えつつ、重い足取りで鎖を引き、奴隷売買で溢れる雑踏の中帰路に就くのだった。


 

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