第40話 忠義と復讐
その国は人間の国では無かった。
人間の国が多く点在する地域よりも遠く東に位置し、異族と呼ばれる集団の諸部族連合。どの異族も人間に何かしらの動植物を混ぜたような見た目が多く、それぞれに特化した分野がある場合が多い。
その諸部族連合はベンデガルというネクロマンサーの男によって纏められた。彼は所謂英雄と呼ばれる男で、何度も帝国の侵攻を跳ねのけ、逆侵攻までし領地を取り返し、功績を数えればきりがない。
そうして百数年諸部族連合は繁栄の時を謳歌する。後半は人間国家とも貿易が盛んになり、戦争すらなくなる事で経済は発展し、長であるベンデガルがネクロマンサーなこともあり、政治的混乱も起きず安定していた。
それが変わったのがこの数年の事。近年貿易をする中で外交を積み重ねていた帝国と、南の王国が突然攻勢を始める。当初こそ数的劣勢ながらも峻険な地形を利用し、優位に立っていた諸部族連合だが、時間経過と共に一部の異族の離反に内通、それが重なり残すは僅かな異族だけになっていた。
そしてそれはある山奥のダークエルフの国にて。
諸部族連合の首都へと向かう2本の道の内1つを守る要衝。ベンデガルが取り立て、歴史上格上であったエルフと同等の地位へと上り詰めた種族の城だった。
「だからこそ私達は恩に報いないといけない」
迫るのは5万を号した人間の大軍勢。これでも分けられた一部だというのが末恐ろしい。
「あれだけ粋がっていたエルフのクソ共は早々に敵方に降りた。だからこそここで功を立てれば、私達ダークエルフの立場も盤石となる」
そう城兵を盛り立てるのが、ダークエルフの長であるレイルベル。恵まれた背丈に知勇兼備でベンデガルに忠義深い。そんなダークエルフ内とベンデガルら一部からは信頼の寄せられるのが彼女であった。
「私達がここで守り抜けばまた反撃の機会もくる。なんとしてもベンデガル様が軍勢を用意する時間を稼ぐぞッ!!!」
城内にいる千と数百の味方が弓に槍を上げ鬨の声を上げる。兵数こそ何十倍とあれど、こちらは全員が魔法を使え身体能力も優れ、この堅牢な山城となれば数か月粘るなど余裕。
そう思っていたのだが。次の日には悲痛な伝令が目の前に現れる。
「報告!!城門に火の手が回っていますッ!!」
青々とした森は真っ赤に燃え、辺りには煙と煤で覆われる。攻城戦が始まって一日で火の手が回り、城内に戦力として引き込んでいた、敗残兵の他異族が蜂起し郭を占領してしまっていた。
「そうか……とりあえず本丸まで仲間達を引かせろ」
レイルベルは自身の運命を悟りながらも、出来るだけ主君の為時間を稼ごうと思考を巡らせる。そして一部の兵に指示を出す。
「お前らは裏口から城外に出て、兵糧を襲い可能ならば本陣へ切り込め」
長年の配下の24人。それは傍で膝を付き静かに指示を聞く。昔から手足として動いてくれ、腹心として働いてくれた彼ら彼女らを、こんな扱いをしないといけないのは心苦しい。
「あれだけの軍勢でここまで性急な攻城戦。兵糧が少ないのは目に見えている。頼めるな?」
これはある意味死んで来いと言っているような物。それこそ兵糧を襲えたとしても、その頃にはこの城が落城している方が早い。
すると。ここで初めて、1人が女の配下であるシレアが声を上げる。
「私はレイルベル様と死にたいです」
顔は伏せたまま。だがその声には確かに意志が籠っている。それをレイルベルは拒否しないといけない。
「雑兵では無理なことだ。お前らにしか出来ない事だから頼んでいる」
レイルベルは顔を逸らし燃える城門と櫓に視線を逃がす。その顔にはじんわりと炎が反射し、橙色の水滴が地面へと落ちる。
それを知らず背中からは忠義深いシレアの声が聞こえる。
「私達はレイルベル様に忠義を誓ったんです。城を枕に死ぬと言うのなら、最後までお傍に居させてください」
段々と兵士が引き上げて来る。誰もかれも怪我をし血を流している。それでもここまで残ってくれた兵士達、誰もかれも目に光は失っていない。
「私に死ぬ気は無い。最後まで忠義を尽くそうとしているだけ。その結果が死なのかもしれんがな」
レイルベルは振り返り、膝をつく彼女らと視線を合わせる。そして何より彼女らのまとめ役となっていた、シレアは仕える主の顔を見て動揺する。
「で、ですが……!」
レイルベルはそう引き下がろうとしない配下の真っ白な短髪を触る。ダークエルフ特有の髪色で、レイルベルも同じ色をしている。
「頼む。兵糧を襲えずとも城の外にいれば逃げる事も叶う。生きてまたいつか我らダークエルフの為に立ち上がってくれ」
その時に自分がいないことは分かっている。その理由は確かにあるが、理解をしてくれないのかシレアは、レイルベルの腕に縋る様に掴んでくる。
「ならば一緒に逃げましょう!機会を見て一緒にその時立ち上がりましょう!!」
だがレイルベルは首を振る。そうする訳にいかないからだ。
「ここまで私の為に多くの兵を死なせた。私がのうのうと逃げ出す訳にいかない」
レイルベルの腕を掴むシレアの手の力が段々と弱まる。それで理解してくれたと、レイルベルは微笑みその背中を叩く。
「だから頼む」
すると目を赤くするのはシレアだけでなく他の23人もだった。だが、彼女らは最期の命令を聞き入れ、刀身の反った剣を抜く。
「私の剣を貴女に捧げます」
そうシレアが剣を胸に当てそう言うと、残りの23人も続いて声を張り、辺りには一体感が生まれる。レイルベルはそれを前にして表情が崩れ、目の前をまともに見えなくなるが、それでも自身に仕えてくれた彼女らに答える。
「貴女方の忠義を私は忘れません」
彼ら彼女らは必死に笑顔を作り駆け出す。逃げでも良いと言ったのに、結局向かうのは敵が陣を張る山の麓。それが彼女らの忠義の示し方だったのだ。
それを見送り自分の最期ももう近いと、レイルベルは剣を抜く。そんな時に駆け寄るその静かな足音。
「レイルベル様。首都からの報告です」
その使者の服は酷く汚れその戦闘を思い起こさせる。レイルベルは嫌な予感がしながらも、その書状を手に取る。
だが、どうにもこういう時の予感は当たるらしい。
「……ベンデガル様が」
書状を持つ手が震える。未だ残っていたエルフが敵と内通していたらしく、ベンデガルを殺したと。そしてそのまま人間どもを引き入れ、あっさりと首都は落ちたと。
その事実を受け容れられなく、書状に何か希望が無いか何度も読み直すが、どこにもその可能性は無い。
そして分かりやすく肩を落とし項垂れることしかできない。
「……そうか」
まるで生きる希望が無くなったように、その長い脚を曲げ地面を茫然と見る。これならシレア達に逃げるよう強く命令をすればよかった。これでは本当に無駄死になってしまう。
「……責任を取るべきか」
自分の命と引き換えに城兵の命を助けてもらう。落城寸前とはいえ、相手もこれ以上戦闘を続けたくないはず。
そう自分の命の有効活用を考え始めていると、その使者の後ろから現れるその小さなエルフ。
「……彼女は?」
レイルベルは少しの嫌悪感を覚えながらその子供を見る。赤い目に真っ白な肌に絹の様なブロンド髪。絵にかいたようなエルフで、真っ先にベンデガルを裏切った種族。
だがその使者は顔を伏せたまま言う。
「ベンデガル様の遺児です。お隠しになさっていたのですが、貴女に託したいと」
レイルベルは自身の仕えるベンデガルが、エルフとの子をもうけている事にショックを覚え、だがその子供を自分に託してくれた事を光栄に思ってしまう。そんな複雑な感情の中、踏ん切りが付かない。
「だ、だが私はここで……」
敵兵の駆け上がる足音と罵声が聞こえてくる。だがそれに負けない声で、使者は腹に力を入れる。
「ベンデガル様は!!貴女に!!!託したのです!!!!」
そう言った使者の口からは血が流れ、目は充血し、腹には赤い血が広がっていた。それを意にも返さずその眼は強くレイルベルを睨んでいる。
その決意は確かにレイルベルに伝わり、確かに迷いが吹っ切れる。
「……彼女の名前は」
レイルベルは問いかける。その遺児は未だ10も行かぬような子供に見え、オドオドとこの現状に怯えている。
「アルエシアと。幼名のままでしたが、亡くなる直前にそう……名付けられました」
使者の声が涙声になる。やっと落ち着てくる事が出来たレイルベルだが、未だ後ろ髪を引かれる思いなのも事実。だがそれは忠義に勝る物では無かった。
「ならば━━」
そう口を開きかけると、そのアルエシアが先に言葉を被せる。
「お、父からっ……話は……聞いてますっ……」
アルエシアは不安を紛らわせるように使者の手を握る。それは歳相応の行動に見えるが、その言葉はまさにレイルベルの主君の子だと思える者で。
「もう……父は……いませんっ……から……どうかご自分の……命を……」
そう深々と頭を下げ、その手には何をする気かナイフが握られている。だが、それをレイルベルは、思考を挟まず咄嗟に奪い取る。
戸惑いそのナイフを取り返そうと手を伸ばすアルエシアだが、レイルベルはそっと呟く。
「御父上に似てお優しい方ですね」
見た目で一瞬判断してしまっていた自分を憎みたい。自分らがされて不遇に感じていたことを、自身がやっていたのだと。
だがまた仕える相手。忠義を尽くせる相手。それが目の前に現れたと、どこか踏ん切りが付くレイルベル。
「命に代えて貴女を守らせてくれませんか?」
そう言ったがアルエシアは簡単に受け入れられず、理解出来ないと戸惑ってしまう。
「わ、私なんかを……」
謙遜しようとするその言葉を遮る様に、レイルベルは笑みを作りまた一歩近づき、手を差しだす。
「貴女だからです」
アルエシアは悩む。ここで死ぬつもりですらあった。だが、この人の忠義を無下にする事も出来ない。そんな歳に対して分不相応過ぎる悩みに、押しつぶされそうになりながらも、後悔しないよう考える。
だがこれまで自分の為に死んでいった人たちの顔を思い出すと、そのナイフをどうしても取り戻そうとは思えなかった。
そして彼女は結論を出すように、レイルベルの手を取る。
「私に……貴女の剣を奉げて……くれますか?」
するとレイルベルは迷いなくその刀身の沿った剣を抜き、自分の首に当ててから胸の前に掲げる。
「捧げます」
そう言った時。隣で事の顛末を見守っていた使者は笑顔を浮かべ、糸が切れたように地面へと倒れてしまう。それは満足げに、自分が死ぬならこう死にたいと思ってしまうような顔。
「貴女の意思は継ぎます」
レイルベルはその顔へと呟く。そしてアルエシアの小さな手を握り、その長い体躯を動かし、血を流して戦い、雨風の中走り、ひたすらに主を生き残らせようと戦い抜く。
だが着実にその逃亡生活は彼女らの精神を蝕み、極端な思考へと移ってしまいつつあった。
それはある野宿をしている時、パチパチと割れる焚火を前にしてアルエシアが呟く。
「……お父様の仇を討ちたいっ……です」
レイルベルの疲れ果てた腕が止まる。何かの気の迷いかとも思ったが、そのアルエシアの眼には確かに憎悪と覚悟が籠っている。
「仇……ですか」
どこかその言葉を待っていた気がしていた。こうやって逃げ惑っては隠れる日々。国境近くは警備が多いからと、裏をかいて帝都の近くの街を回るが、今度は金が足らなくなっている。それになにより、主君が死んだというのに何もせず未だ逃げる自分が許せなかったから。
そうレイルベルは手に持っていた枝を焚火へと放り込む。
「……貴女の進む道にどこまでもついて行きます」
レイルベルはあっさりとその提案に傾いてしまった。それこそもう少し時間があればレイルベルの方から提案をしていたかもしれない。
そうして決心したは良いものの、誰に復讐をするかとう問題があった。どうやら知らぬ間に皇帝は暗殺されたらしく、今では幼君が帝位にいると言う話。そんな子供を殺しても復讐とは言えない。ならば誰を殺るのかとなれば。
「一番の権力者か」
調べてくうちに悪い噂を聞く男。それこそ皇帝の暗殺の主犯だと言う噂もあり、これまでの拡張的な対外政策も裏で手を引いていたとも。それならばレイルベル達にとって分かりやすい仇であった。
「帝都へ行きましょう」
アルエシアはレイルベルに一任するらしく頷く。そうして2人は人目を気にし隠れながらも、帝都を目の前にして、その巨大な城壁を見上げる。
「掴まってください」
「は、はいっ……」
真っ暗闇の中。レイルベルはアルエシアを胸に石壁を登っていく。上には一定間隔で動く橙色の灯が見える。それが波のように来ては体を石壁に張り付け、離れてはゆっくりとよじ登る。
そうして頂上まであと少しになった頃。このまま勢いで登り切りたいのを抑え、頭上の灯が過ぎていくのを待つ。
(あともう少し)
だがその時、レイルベルの服を掴んでいたアルエシアの握力が弱まり、思わず手を放してしまう。
「━━あっ!」
声を上げてしまうアルエシア。それを地面へと落とさないようレイルベルは咄嗟に掴むが、その高い声は想定外に響き灯が集まってしまう。
「声しなかったか?」
「お前も聞こえた?したよな女の声」
ポツポツと増えていく灯。レイルベルは腹を括り、手足に力を込める。
「アルエシア様」
申し訳なさそうに涙目になりながらも、アルエシアがレイルベルをしっかり掴み見上げて来る。
「……はいっ」
レイルベルは1つ上へと登り、ジッと目的地を選定する。
「舌を噛まぬよう気を付けてください」
レイルベルは子供とは言え人一人抱えながら、自身の身長程はあった残りの石壁を一度の跳躍で軽々と乗り越え、城壁の上へとたどり着く。そして左右を見れば、2人づつの見回りが唖然とこちらを見ている。
「し、侵入者だッ!!鐘鳴らせッ!!」
そう多少冷静な物見が叫んだ時には、レイルベルは駆け真っ暗な街へと飛び込んでいた。高さだけで言えばどんなに高い木よりも高いが、レイルベルは極めて冷静だった。
「あの辺りが良さそうか」
落下するさなか石壁に足を付けそのまま蹴り勢いをつける。そして狙うのは、道に掛けられた布。それへとそのまま落ち続け、布へと迫ると背を向け突っ込む。勿論布は体重に耐えられず大きく伸びるが、レイルベルの体は布からそのまま跳ね、ストンと地面へと降り立つ。
「大丈夫ですか?」
追手の声と増えだす灯に警戒しながらも問いかける。するとレイルベルでも感じる程脈を速くしながらも、アルエシアは答える
「だ、だだ大丈夫ですっ……」
明らかに大丈夫な様子では無いが、時間も無くレイルベルはそのまま走り出す。深夜も深夜な事もあってか人影は少なく、騒がれる事無くすんなりと帝都の中へと進み、赤茶の屋根の上を走る。
もう見張りの灯は遠い向こうになった事を確認しレイルベルは言う。
「アルエシア様は待っていてください。私が仇を討ってまいりますので」
これは決めていた事。主を二度死なせる訳にいかない。それに事実として子供を抱えていては、成功するものも成功しなくなってしまう。
だが、敵討ちはアルエシアが言い出した事。そう簡単に受け入れるはずも無く。
「嫌ですっ…私に敵討ちをっ!」
縋るようにレイルベルの胸元を掴んでくるアルエシア。父親が殺された所を見ていないレイルベルだが、アルエシアの目の前で何があったのかぐらいは想像出来る。
「だけどもダメです。貴女は生きてください。きっと御父上もそう望んでいます」
レイルベルは屋根上を駆けながら良さそうな建物を見つける。路地裏にアルエシアを隠すには心もとなく、一般家屋に入れるにはすぐばれてしまう。その塩梅が取れたように中庭のある廃れた建物があった。
「……私はっ…邪魔ですか?」
胸元からそう弱々しい声が聞こえる。だがそれにすぐ答える事をせず、その中庭へと降り立ち茂った藪と建物の間にアルエシアを座らせる。
「そんなことありません。また迎えに来ますから」
頬を触ろうとしたがそれは不敬だとすぐに手を引く。ただ笑みを浮かべ安心させようとするのがレイルベルの精一杯だった。
だがそれは彼女の生まれ育った環境なのだろう。父親に存在を隠され抑圧された中で育った彼女に、強く自身の要望を通せるだけの我儘は無かった。
「生きてっ……迎えに来てくださいっ」
小さな手を強く握り、顔を伏せそう言うのが精一杯。これまでの戦争で幾人もの側近や指南役が死んで来た彼女にとって、呪いのような意味のない言葉。
だがそれでもレイルベルは、満足げに笑う。
「えぇ。勿論です」
そうそのダークエルフは闇夜に消えていく。そしてただ一人その草木に残される亡国の遺児。それはひたすらに待つ事しか許されず、小さな体は震えるのだった。
申し訳ございません。風邪を引いてしまい月火の投稿をお休みさせていただきます。次投稿は風邪が長引かなければ6月17日(水)にします。




