第36話 過ぎた日に背を向けず
アリシアの記憶は曖昧だった。
その原因は本人どころかこの世界の誰も知らない。
だが確実に言えるのは、龍人としてのアリシアの記憶は、全身に一本一本刃を刺されるような痛みから始まった事だった。
真っ暗。だと思う。
ぼんやりと写る視界はそうつげていた。
「ア……アァ」
うめき声しか上げれない。呼吸をするだけで喉が焼けるように痛い。皮膚も爛れ焼き印を押し付けられるように熱く、それをどうにかしようと冷たい石床へと体を擦り続ける。
そうして何日だろうか。痛みのせいで長く感じたせいで数時間だったのかもしれない。だが、ぼーっと見えるその橙色の灯が、アリシアの始まりだった。
この時は何でもよかった。ただこの痛みから解放して欲しいと、周囲で聞こえる声に風すらも痛みに感じてしまう現状から、逃げるようひたすら目を瞑る
「……」
そしてまた違う部屋。前と違うのは石じゃなくて床が木なこと。視界も暗くはなく、一部からは空の蒼さが見える。
だが今のアリシアにとって、そこから差し込むそよ風ですら痛みでしかなかった。
「ア゛……ア゛ァ……」
眠った記憶すら無い。痛みに起きて少し寝てもまた痛みで起きる。精神がどうにかなりそう、というよりどうにかなっていたと思う。
そしてぼやけた視界の中夜になったと分かる。だが日中よりも夜の方が全身の痛みが強くなる。関節という関節が軋み痛み、肌の上を虫が歩くだけで叫び声をあげてしまいそうになる。が、その叫び声をあげることすら苦痛で空気の漏れるような呻き声しかでない。
そんな中別方向から差し込む風。それがアリシアを苦しめるが、隣に誰かが座ったのを肌で感じる。その方向を見ようと、アリシアは眼球を動かすが薄っすらとした黒い影しか見えない。
「……ジッと………ろ」
この時には上手く声すら聞き取れなかった。脳にくる全ての信号が痛みに塗り替えられ、受け付ける事が出来なかった。
だが、ふと額にある暖かな感覚。アリシアの記憶で痛み以外で初めての感覚で、最初は戸惑うが体全身の痛みが抜けていく。
(きもちいい)
アリシアはただそう感じていた。痛みが無いというのはここまで安らぐものなのか。この額に広がる暖かさはどうしてこんなにも温かいのだろうか。
そうしてこの日は記憶の中で初めて。アリシアはゆっくりと長く寝る事が出来たのだった。それはやっと苦しみから解放されたのだと、そう思えたからなのだろう。
だが、それも数時間。次の日起きたアリシアは、激しい全身の痛みに起きる。
「い……たい」
昨日で治ったんじゃないのか。なんでまたこんなに痛むのか。なんで声を出すのすら辛く、目を見開いても何も見えないのか。昨日の黒い影に八つ当たりするように怒りがアリシアの心の中を占めていく。
結局そんな感情も全身を覆う痛みに全てをかき消されてしまう。何をしても何もしなくても痛む。しかし違ったのが、それがこの日から晩だけは安らぎに変わることだった。
またキィっと扉が開き、アリシアには僅かな風を敏感になった肌で感じる。そして瞳を向けるが、その影の発する言葉を上手く聞き取れない。
「……してる……じゃない…」
その人影をアリシアは知らない。だけど毎晩毎晩やってきてアリシアを痛みから解放してくれる人。今の自分の姿は醜いのは分かっている。なのにそれでもここまで献身してくれる人。いつかお礼が言いたい、面と向かってありがとうと言いたい。
そんな思いだけは意外にあっさりと果たされることになる。雷雨の日激しい痛みの中起き上がった、私は突然の事に動揺していた。
「あ……え……」
声を出しても痛くない。手足をばたつかせても痛くない。息をしても痛くない。そんな、人にとっては当たり前な事がひたすらにアリシアにとってうれしかった。
「うごく……!」
外はひどい天気。せっかく目が見えるようになったのに青空を見えないのは残念。だけどそんな事どうでも良いほどに、アリシアは全身で喜びを表すように跳ねる。
「やった……!いたくない……!!」
だが跳ねていると、ふと頭が傾きカツンと音がし頭に痛みが走る。その痛みはこれまでに比べたら大したこと無いが、その痛みの元をさするとアリシアの知らない感触。
「なにこれ……?」
有体に言えば角だった。その体の違和感もあったが、未だ幼いアリシアにとってはあまり大事では無く、今はただ痛くない事にはしゃいでしまう。
そうして裸足で部屋の中を走り回るが、床に広がる染みに自分の着ている服の汚れ。これまで自分がどうだったのかを教える。
するとそんな時だった。ドアノブがゆっくりと沈む。
「……」
少しだけ怖かった。これまで自分は醜くてきっと周りの迷惑だったはず。今から現れる人がどんな暴言を吐いてくるか。
そう不安だったのだが、その扉の先に立つのは黒髪の少女。
(もしかして……!)
アリシアの記憶には黒い影という情報しかない。そしていつも部屋に来ていたのは同じ人で、2人以上来た記憶はない。
ならいつかお礼が言いたかったその人だと、アリシアが勘違いするのも無理はなかった。だからと、アリシアは仲良くできるよう笑顔を作り声を張ろうとする。
「ねぇっ━━」
だが、その女の子は、背中にあった扉が開かれたことで後ろ向きに倒れてしまう。それを心配し駆け寄ろうとするが、その女の子の後ろに立つ大男。それは雷鳴に顔を反射させ、アリシアに少しばかりの恐怖を感じさせる。
だが、それでもと。アリシアは女の子へと歩み寄る。そしてその傍まで行くと、自身を治療してくれた手を優しく包む。それを自身の額へと当て、ひんやりと冷たい感覚をえる。
「……うん」
人の暖かさがじんわりと伝わってくる。アリシアは久々の人肌に落ち着き、やっぱりこの人だとアリシアはそのラウラの麦色の瞳を間近にする。
「ずっと一緒にいてくれてありがとうっ!」
それが龍人として生きたアリシアの大切な記憶の一部、それはある意味鳥類の刷り込みのような物に近いのかもしれないが、それでもアリシアにとってラウラと言う存在の大きさは確かだった。
だからこそ。ラウラに否定されたアリシアの感情はひたすにら追い詰められてしまった。
「……ラウラちゃん」
奴隷商に運ばれ、真っ暗な檻の中で1人俯く。アリシア自身はよく理解はしていないが、明日には凱旋パレードを控えている。
だがそんな事実が無くとも、また一人ぼっちで暗く冷たい空間。そこに残されラウラの声はか細く、その手に1枚だけ残った白い花弁を握る。
「……いっしょに」
差し込む月明りはそっと手を覆うように降りかかる。それは綺麗なだけで、何もアリシアに与えてくれない。
アリシアの体は全く痛まない。だからすぐに寝れるはず。なのにアリシアには確かに痛みを感じ、目を瞑っても眠る事が出来ない。
そうして気付けば、狭い窓から差し込む眩い限りの朝日。アリシアの眼は細く開かれるが、ふと手の甲にうっすらと反射する銀色。
「……こんなのっ!」
自身が人間でないと教えるそれを、剥がそうと手でひっかく。だが、アリシアの爪が捲れ血を滲ませるだけ。
「こんなのがあるからラウラちゃんにっ!!」
痛みに顔を顰めながらもひっかき続ける。それを繰り返すうちに手の先は赤く染まり、手の甲の鱗はより朝日を反射する。
そして赤く染まった指先ですら龍としての力か傷口が塞がっていく。その痛みが無くなっていくが、クラリスの顔はますます苦悶の表情になる。
「……いっしょがいい」
そうしてまた1人。埃っぽい空間に蹲る。それから数時間すると、見覚えのない兵士がやってきてアリシアの細い腕を掴む。
「来い」
兜の奥にその顔を隠し表情は見えない。それが怖くもあったが、腕を引っ張られるようにしてアリシアは見覚えのない石壁を進む。
そしてその扉が開かれた時、そこには知らない大人の大きな背中がいくつもある。それに怯えるが、1つの背中が振り返ると、それは見覚えのある大人の顔だった。
「大丈夫だからな。大人しくしてれば」
優しい声色。正直アリシアは奴隷商の事を怖い人間だと思っていた節があり、意外に感じてしまう。そしてこの場で唯一知っている大人だからこそ、アリシアは縋る様に聞く。
「またラウラちゃんとあえる?」
するとアリシアの求めていた答えを奴隷商は言う。
「会える。その時にでもまた仲直りしろ」
それがただただ嬉しかった。それが奴隷商の嘘だとも気付かずに、幼いが故に純真に信じてしまっていた。
そうして安堵するのだが、アリシアの目の前では奴隷商が手を差し出してくる。頭を撫でられるのかとボーっと眺めるが、その掌は額へとかざされる。
そしてそのじんわりと広がるその暖かさと心地よさ。覚えのあるような懐かしい様な、その感覚の出所が分からず引っ掛かる。アリシア本人はそう分かっていなくても、着実に体には変化があり、あれだけひっかいても消えなかった鱗はまた奥へと薄れていく。
「大人しくしてろ」
心地良い感覚。奴隷商の眉唾な言葉で安心してしまった事。そのせいかアリシアの力は抜け、ストンと眠りへと落ちてしまう。
そうして微睡む中はひたすらに痛みに耐えていた時と似ていた。額から広がる暖かさの気持ちよさに体が浮く感覚、そして段々と体の異変が戻っていく異音。
次アリシアが目覚めた時は、馬車の上だった。気付けば煌びやかなドレスに着替えさせられ、絢爛な馬車に周囲には物々しい兵士達。ラウラと会えるばかりだと思っていたアリシアは動揺するばかりで、ソワソワと落ち浮かない。
「どこ……ここ」
すると馬車が一瞬沈む。そして隣を見れば同じ銀色の髪をした眼鏡の正装の男が座っていた。アリシアは知らないその男に怯えるが、男は黙ったまま足を組むだけ。
「……」
沈黙が続きしばらくすればアリシアの馬車も動き出す。すると辺りは急に眩しくなり、目が慣れれば建物の間から見える綺麗な青空に花吹雪。道路の両隣を埋め尽くす人達。目が回りそうになるアリシアだが、そこで初めて隣の男が声を発する。
「あんまり端に寄ると落ちるぞ」
その声にアリシアはビクッと肩を揺らす。
「あっ……うん」
その男はすぐに視線をそらしてしまう。そして更に凱旋パレードは進み、また男が話しかけて来る。それは遠い空を見て、アリシアを一切見ない。
「……あいつは。お前から見てどうだ」
アリシアはその質問の意味が分からず、ひたすらに首を傾げてしまう。だから問い返そうと拙いながらも言葉を選ぶ。
「みんないいひとで……えっと……だれかわかんないけど………」
だが質問をした側である男は、どこか建物の上を見て胸元をまさぐる。質問の意味を探ろうとするアリシアだが、その男。クリスはそのガラス管を出す。
「これを飲め。人間に戻れる薬だ」
クリスの顔はアリシアを見ていなかった。明らかに罪悪感に満ちた顔。だが、アリシアにとってその言葉はあまりに魅力的すぎて、そのガラス管を手に取るなり小さい口で喉を鳴らす。
そして飲み干したのだが、その時には隣にいたクリスはいなかった。それに気付かずアリシアは空になったガラス管を見て目を輝かせる。
「これで……ラウラちゃんとっ!」
体に変化は起こった。だが、それはアリシアの望んだそれとは逆方向の物。自身の体を見下ろせば、煌びやかなドレスが内側から蠢く。
「え……え……いやっ」
体の全身が軋む。体の奥は熱く煮えたぎるようで、全身の関節が捻られるような痛み。それは序章にすぎず、急激にアリシアの体は人の形を失い、それは本人が一番望んでいない龍の姿へとなってしまう。それは蒸気を溢れさせ、鱗が体表を覆い、アリシアの意識は内側へと潜ってしまう。
「なんでっ!!」
そう叫んでも真っ暗闇の中、龍の視点を遠巻きに眺めるだけ。アリシアに自身の体を自在に動かす事が出来ないでいた。だがその悲鳴がまず聞こえ、段々とアリシアの視界は広がっていく。
「ダメっ!ダメだって!!!」
叫んでもアリシアの体は、その龍は暴れ沢山の人を踏み潰してしまう。手を伸ばしても虚空を掴むだけで何も出来ない。
「だめっ……だから……」
これなら真っ暗なままが良かった、そう全てを遮る様にアリシアは耳を塞ぎ目を瞑ってしまう。だがその惨状と悲鳴は、否応なくアリシアの脳内に直接届いてしまう。
「わたしはやってない……!」
そしてしばらくするとその龍が受ける痛みまでもアリシアに伝わる。外では魔術師による魔法攻撃が始まり、足元では鱗の隙間を指そうと騎士たちが刃を刺す。
そんな痛みを感じれば、未だ子供のアリシアが耐えられるわけも無く、体を捻り叫んでしまう。
「いたいいたいたいいたいいい!!」
炎を吐けば喉が文字通り焼けるように痛い。誰もかれもからも攻撃され、苦痛からは一切解放されることない。
「やめてよ……やめて……」
自身の体を抱きしめ、蹲る。それでも痛みはやまず、見たくもない血しぶきを眼前にされ、悲痛な叫び声を耳元で聞かされる。
だが何より最悪な事。それは龍の手がラウラへと伸びてしまっていた事だった。
「だめっ!!それだけはっ!!!」
その瞬間だけは痛みを忘れ叫ぶ。その暗闇に写るラウラの怯えた顔を叩き、ひたすらに叫ぶ。それだけはやってはダメだと、そんな光景こんな近くで見たくないと。だが、その叫びもむなしく爪は伸びるが、ラウラは誰かに助けられ、アリシアはその最悪を免れる。
「……よかった」
へたり込んでしまう。だが龍の興味はなぜかラウラへと向き続け、その頭は逃げ込んだ路地裏へと減り込ませる。
「だから……やめてよ……」
疲れ切ってしまう。叫ぶのに。だが、そう諦めてもあるのは喉元が焼けるような痛み。アリシアは自身の喉を閉めるかの如く、首元を掴んでしまう。
「ア……ア゛……ガッ」
そして更に追い打ちをかけるよう、喉元にディアナの水魔法がぶつかる。痛みからそれ自体を認識できていたわけじゃないが、喉の割れるような痛みだけは確実にアリシアの心を壊す。
「……」
そして言葉を発する事が出来なくなってしまう。いつかのように何か発しようとするだけで痛んでしまう。だが、その龍は咆哮を上げ続け、アリシアをひたすらに痛めつける。
そんな時だった。また懐かしい額に広がる暖かさ。それは暗闇の中のアリシアにも届き、喉を全身を覆っていた痛みを薄れさす。
光が差すような。体を覆う鱗の熱さも消えて行く気がした。
「これって……」
自分の額に手を当てる。暖かく眠ってしまそうになる優しさ。それは少し前にも感じたそれで、今自分の額に手を触れている誰か。
だがどうしてもアリシアは痛みから逃げられない。急に眼が覚めるような覚醒感と、先ほども味わった全身が軋むような感覚。再びアリシアは痛みに体を悶えさせる。
「もう……いや」
龍が頭を振り回しているからなのだろう。頭が割れるように痛く、アリシアは頭を抱え小さくなる。痛みに慣れる事があればいいのにと何度願っても、その苦痛はどこにも消えない。
「はやくしにたい」
そう願ってしまう程。これ以上自分が人を殺す事。人に睨まれ殺されようとすること。痛みに苛まれる事。すべてが嫌になってしまっていた。
だがそんなアリシアにも見え続ける龍の視界。そこには1点の黄色と、麦色の髪。
そして聞こえる声。
「アリシアッ!!!」
その声を聞いた瞬間、アリシアの眼と喉は開かれる。心なしかこの暗闇に光が差した気すらした。
「ラウラちゃんッ!!!」
ラウラに答えるようアリシアは胸を掴み叫ぶ。アリシアは叫ぶのに精いっぱいで、それこそ龍の体を操作した記憶はない。だが、龍の頭はラウラを避け持ち上がる。
そんな現状を今のアリシアが冷静に把握できるはずも無く、ただ大切な人に死んでほしくないと叫ぶ。
「逃げて!!ラウラちゃん!!!」
そう叫ぶが勿論体の自由を完全に掌握した訳なく、全くラウラへと届かない。それどころかそのラウラは花束を手に歩み寄ってくる。
「ダメだって来たらッ!!」
また喉が焼けるような感覚がある。もしかしたらまた火を吐こうとしているのかもしれない。それなのにラウラは笑って、アリシアへと問いかける。
「花輪。いっしょに作ろ」
訳が分からなかった。だがとにかくラウラを守らないと。その一心で火を吐くのを辞めさせようとする。
しかしそんな気持ちと相反し、段々と熱く煮えたぎる喉元。未だ龍の体を自在に出来ず、それなのにラウラは更に一歩踏み出し龍を見上げている。
「どうにかしないと……!」
このままではラウラちゃんが死んでしまう。私の初めての友達が私のせいで死んでしまう。
「私のせいで……」
目の前という一番の特等席で、そんな光景見たら耐えられなくなってしまう。アリシアの心拍は早くなり、過呼吸になってしまう。
「いや……いやいやいやいや」
気を失いそうになる。現実を受け容れたくなかった。
だがちょうどその時。アリシアを包んでいた暗闇は消え、アリシアの眼球にその視界が写る。そしてゆっくりと動く自分の手。それは銀色に輝き、人間では無く爬虫類のような手。
「……え」
自分の体が動く。過呼吸だった喉元はいつの間にか冷え、全く痛くない。そして自分が自分の体を取り戻したのだと、やっと理解をする。
言葉を発する事は出来ないが、アリシアはいつかのようにゆっくりと、足元のラウラへと顔を近づける。そしてそのラウラも震える手足ながらも、笑顔に両手を広げる。
「来て」
嬉しかった。こんな姿になっても未だラウラが受け入れてくれることに。そしてなにより仲直り出来そうなことに。
そうしてアリシアの龍としての鱗に包まれた顔は、ラウラの寸での所で止まる。それを周りも見守り、誰も介入しようとはしない。
そしてラウラは更に一歩踏み出し、その鼻先を胸に抱く。
「ずっといっしょだよ」
アリシアの中でのしこりが消えるような気がした。今までずっと苦しんでいた事すら忘れそうになる。
だから早くお礼が言いたい。でもこの龍の口では人の言葉を言う事が出来ない。それがもどかしいが、鼻にあたる優しいラウラの匂いと言葉。それだけでアリシアは満たされていた。そして心なしか体を覆う鱗も柔らかくなり、体が小さくなる気がする。
「もう少しで……ありがとうって……!」
直感で分かった。人間に戻れると。だからその時を待ち遠しく、今は龍の状態ながらもラウラへと鼻先を擦りつける。
だがふと香ってくる鉄の匂い。そして鼻先にかかる何かの液体。
「……え」
真っ赤だった。麦色の髪も黄色の花束も赤く染まる。そしてバタリと何かが力なく倒れる音と、そのコツコツとした足音。
「さァ龍退治といこうかァ」
緑髪のひょろっとした男がナイフを弄び、隠れていた建物の瓦礫から現れる。それはクレートで、後ろにはクロヴィスとクリス、それに他の兵士達がぞろぞろと現れた。
「ア、ア、ア」
その時確実にアリシアは壊れた。




