第35話 花束を君に
6月8日 一部文言修正 本筋に関係はないです。
目の前で起こる私を置いてけぼりにした戦闘。奴隷商は血を吐き、その視線の向こうには龍の咆哮がある。
「……っ」
ラウラの足は動かない。またあの握りつぶされるような痛みが脳裏に浮かび、一瞬の勇気すらも掻き消えてしまう。
そしてそう足踏みをしてしまっている内に、焦った様子のコンラートに連れられ、ラウラは石畳を蹴る。 背後から聞こえる悲痛な龍の雄たけび。それがラウラの髪を引っ張るが、その足はどうしても後ろを向く事が出来ない。
「……なんで……こんな……」
たった1週間。それでもラウラにとっては喜怒哀楽すべてが詰まった、大切な様で忘れ去りたい物。それでも思い出してしまうのは、苦しい記憶よりも楽しかった記憶だった。
ーーーー
「こっちこっち!」
アリシアが目覚めた日の事。早速奴隷商に世話を任され困惑するラウラだったが、それすらも忘れてしまう程に、息切れし髪を乱し肩を上下させる。
「ちょ、ちょっとまって……」
狭い部屋の中で追いかけっこしようと言われた時は驚いた。それではあっさりと捕まってしまいつまらないのではと、そう心配したのだが、鳥のように跳ねるアリシアに手をかけることすらできなかった。
「元気過ぎ……」
そしてそのアリシアとはいうと、新しくなった藁の香りを楽しむように、その上で機敏に跳ね銀色の髪を揺らす。
「ねぇラウラちゃんはなにがすき!?」
そんな唐突な質問にラウラは迷う。だが必死に息を整え、ラウラは努めて笑顔を作る。そしてアリシアが転ばぬよう、その脇に手を差しこみ持ち上げつつ答える。
「ん~お花かな。いつどこに咲いてても綺麗だから」
膝の上にその小さいアリシアをちょこんと乗せる。自分に無い物をもたらしてくれて、ひたすらに可愛く見えて仕方なく、その綺麗な銀色の髪も撫でるだけでひんやりと気持ちよかった。
そしてそのアリシアはぱぁっと笑みを満面にし、振り返ってラウラを見上げる。
「じゃあお外いこっ!お花つも!!」
そう言われラウラは困ってしまう。奴隷商には出るなと言われている以上、余分な事をする訳にはいかないからだ。だがそのアリシアは一度決まったらこれという性格なのか、ラウラの手を思った以上の力で抜け出す。
「いこっ!いこっ!」
そう言ってドアノブを捻ってしまう。それを必死に追いかけるラウラだが。
「ちょ、ちょっと待って……」
子供の元気さというはここまでなのか。そう思いながらも、トテトテと遠くへ行く足音を追いかける。
だがこの時は結局外で遊ぶことは出来なかった。そのせいでアリシアは部屋に戻ってからも不満顔で、ラウラが部屋に夕飯を持って来た時も、不貞腐れ頬を膨らませてしまう。
「いいなっ!いいなーっ!ラウラちゃんだけお外にいけて!!」
ラウラは困ったような顔を浮かべながらも、トレーに乗せたパンとスープをアリシアの手前に置く。
「また今度出してくれるように話すから。ほらご飯食べよ?」
すると不満げにしつつもアリシアの腹の音は鳴り、恥ずかしそうに俯いてしまう。それをラウラは微笑みながら見て、スプーンで黄金色のスープを掬う。
「ほら熱いから。ゆっくりね」
息で冷ましてあげアリシアのすぐ目の前にしてやる。するとその匂いに我慢が出来なくなったのか、そのスプーンへとかぶりつくように咥えるのだが。
「~~~」
ラウラとしては不満な食事でも、アリシアにとってはごちそうらしい。未だ熱いはずのスープを飲みこみ、幸せそうに唸り目を輝かせる。
「ねっ!つぎ!!」
先ほどまでの不満はどこへやら、早く食べたくて急かしてくるアリシア。自由奔放だと思いつつも、頼られる事にどこか気持ちよさを覚え、ラウラも笑みが零れる。
「ゆっくりね~ちゃんと噛んで食べるんだよ?」
そうして食事はあっさりと終わってしまい、あとは寝るだけ。寝藁は2つに分けられており、ラウラはアリシアの小さな体に布を被せてあげる。
「じゃあおやすみね」
そう自分の寝藁へと戻り、布を体に被せようとするのだが、ふとラウラを支える寝藁が揺れ背中にある暖かい感覚。それを感じラウラは思わず笑みが漏れる。
「も~言うこときいてよ~」
振り返れば小さく縮こまったアリシアが、ラウラの寝藁に侵入していた。それはラウラの腕の中で可愛らしく笑い上目遣いをしてくる。
「だっていっしょがいいもん」
そんなアリシアが堪らなく愛おしく、ラウラはそのアリシアの脇へと手をやりその指先を動かす。
「言うこと聞けない悪い子はこうだ~」
するとラウラは腕の中でクスクスと我慢するように笑い、すぐに耐えられなくなったのか体を捻り笑い声をあげてしまう。
「ラウ……ラちゃん……!!くすぐったいって!」
そんな月明りが差し込む夜。ラウラはひたすらに幸せの中眠り、ラウラも痛みのない中誰かと一緒に寝る事が出来る。2人にとって満たされた夜だった。
そして次の日。お互いに目が覚め互いの視線が交わるが、昨日の事が夢じゃないと安心する。ラウラはすぐに体を伸ばし、まだ寝ぼけているアリシアを膝に乗せ髪を梳き始める。
「ねぇ~いつお外いける~?」
「ん~良い子にしてたらね~」
綺麗な銀色の髪を撫でる。だが、ふと首裏に見える薄っすらとした角ばった皮膚。それは有体に言えば魚の鱗。
「……」
目の前ではアリシアが鼻歌を歌いながら、足をぶらつかせている。ラウラは見たくないものを隠そうと、首裏を銀色の髪に隠し、再び梳き始める。
そうしてその後は奴隷商が医者を連れてきて色々検診をしていった。所々分からない部分はありつつも、ラウラも話の大筋は理解していた。
だがここで気付いてしまう。アリシアが本当にお礼を言うべきなのが奴隷商なことに。思い返せば奴隷商は何度もアリシアの部屋に赴いていた。それに気付くと途端に心がチクリと痛み、髪を梳いていた手が止まってしまう。
それと同時に医者も部屋からいなくなり、ラウラの手が止まった事でアリシアは椅子から立ち上がり声を張る。
「もう髪はいいでしょ!みんなとあそびたい!!」
ここでラウラの卑しさが出てしまった。もし奴隷商の事を話せばアリシアは自分から離れてしまうのではと。だから咄嗟に外に出さず、ずっと一緒にいれるようそれを止めようとする。
「でもまだお外は危ないから……」
アリシアが、なんでと分かりやすく顔で問いかけて来る。ラウラの心は更に締め上げられるが、そこで奴隷商は意外な許可を出す。
「良いぞ。外に出ても」
それからはラウラがどうにか出来る物では無かった。アリシアは外に出ると分かると、駆け出しラウラは必死に追うので精一杯。髪留めをなんとかするが、アリシアは太陽の眩しい灯の下木刀を手に駆け回る。
その輪に入れず、どこか遠巻きにそれを眺めるラウラ。
「……」
アリシアと遊ぶ他の奴隷達。ラウラは直近であったクロエの事もあり、どうにも近づけず気まずかった。それこそ置いてかれるような寂しい様な、そんな感情が溢れる。やっと満たされた感情が、底抜け地面へと吸われるよう。
だが、ふと響く鈍い音。それは確かロルフの頭にアリシアの木刀が当たった時。そして周囲の奴隷達がアリシアの異変さを認識したように距離を置く。
それを見てラウラは正直な心を吐露してしまった。
「これで私だけ……」
言いかけて自己嫌悪してしまう。たかだか1日一緒にいただけでアリシアを独占したいと思ってしまっている。そう思ってしまう利己的な自分が嫌になりそうになる。
それでも事態は進みラウラは動揺するアリシアを庇いその昼は過ぎていく。奴隷商は居なくなり、アリシアは一旦部屋で安静にさせることになっていた。そしてラウラは中庭に残るのだが。
「……」
誰とも会話をしない。と言うより拒んでいた。まさか自分がハンナと同じ事をするとは思わなかったが、それでも今会話をする気にはならなかった。
そうしてひたすらに木刀を振るうが、ふと足元にある小さな花を見つける。
「……きっと落ち込んでるよね」
ラウラ達が庇ったとは言えロルフの血を見てアリシアはかなり動揺していた。それこそ今部屋に一人にさせられて、寂しがっているかもしれない。そう考えると、ラウラの手は地面へと伸びていた。
そんな姿を他の奴隷達も見るが何も話しかけれない。それはアリシアの一件に対する動揺と、ラウラの会話を拒むような雰囲気のせいもあった。
「よし、できた」
3回目。慣れない作業だったがそれなりにいい形の花輪が出来た。それを掲げアリシアの笑顔を思い浮かべれば、ラウラも思わず笑みが漏れてしまう。
だが、それを遠巻きに見つめるハンナの目は冷たかった。
「……」
ラウラはそれに気付かず屋内へと戻り夕飯を手早く済ませる。そして会話も無くアリシアの待つ部屋に足早に向かう。
するとラウラの想定通り、部屋に戻るなり腕の中で怯えるアリシア。
「なんで……みんなとちがうの……?」
アリシアは苦しんでいる。なのに私はそれが嬉しかった。私が頼られている様で私の存在が必要とされているようで。
ラウラは、アリシアの体の変化にも目を向けず、ただ自分の見たいように見てしまっていた。そして用意してきた花輪をアリシアの頭に乗せる。
「ほら可愛い。普通の女の子にしか見えない」
ラウラはある意味満たされてしまっていた。アリシアと言う存在を使って、自身の存在意義を見出してしまっていた。
だがそうやって自分ばかりな人間はしっぺ返しを食らうのだろう。そうした結果私はアリシアに殺されかけ、逃げ出してしまった。せっかく用意してくれた花輪すらも投げ捨て、利用するだけして私はアリシアを裏切った。
「……いつもいつも」
さっきも助けれる訳もないのに、アリシアを守る自分を演じたくて手を伸ばそうとした。それで結果は殺されかけて、今は命からがら逃げ惑う。ただただ何も出来なくて情けなくて利己的な自分。
「嫌い……ほんっと大っ嫌い……!」
感情があふれ出てしまう。
だが誰もそんなラウラを気に留めず、目の前にはコンラートが他の奴隷達を連れ路地裏を駆けていた。
ラウラは一番後ろで、振り返ろうとしては出来ずに諦めるを繰り返す。この走りづらい靴もドレスも鬱陶しかった。だってこんな卑しい自分には不相応なのだから。
だが、ふと聞こえる雄たけび。それは腹の底から揺らすようで少し離れたここまで聞こえる。それに振り返れば屋根の向こうから見える、銀色の龍の顔。
「……アリシア」
口元は血でまみれ銀色がくすんでしまっている。それにその叫びも心なしか悲痛な物に聞こえた。だから助けよう、そんな感情が安易に湧いてくるが。
「……何を今更」
どうせまた何も出来ないだけ。それどころか迷惑だけかけて逃げ出すだけ。それでも行こうなんて自分に酔っているだけでしかない。
踏み出しかけた足を引っ込める。今までの自分の行いが感情が、アリシアに同情をする資格など無いと教えるようだった。
だがその背後から近づくその足音。
「ラウラちゃん?」
その声はコンラートの物だった。ずっと奴隷達を逃がそうと慌てて今でも激しく息を切らしてしまっている。
ラウラは顔を伏せたまま、アリシアから背を向けコンラートの足元を見る。
「なんでもないです。いきましょう」
そう言ってラウラは歩き出そうとするが、コンラートはその肩を掴む。
「君はそれで後悔しない?」
そんな知ったような口にラウラは少しだけ腹が立ち、コンラートのその心配げな顔を睨み上げる。
「貴方に何が分かるんです」
そう言って肩に乗る手を振り払おうとするが、コンラートの体はビクともしない。
「君が後悔するかどうかは君しか知らない。俺に分かる訳がない」
ラウラの顔はコンラートのまっすぐな瞳を見れず、また地面の石畳と自身の足先しか見れなくなる。だが肩に乗っていた手は離れ、その視界上には大人の足先2つが並ぶ。
「ここまで来れば大丈夫だから、俺はアリシアちゃんの所に行く。それが俺の考える騎士だから」
だがラウラは何も答えれない。それでもコンラートは続ける。
「俺に何が出来るかも分からないけど。俺はそうしてない自分が許せないから行く」
そして君はどうすると言いたげに、コンラートは膝を落としラウラを下から見上げる。
だがラウラはいつまで経ってもその緑眼を見れない。
「……行った所で私なんか役に立たないし」
そんなラウラの言葉にもコンラートは首を振るり、諭すように優しい声色になる。
「俺は何が出来るじゃなくて後悔しないか聞いてる」
その言葉に、思わずラウラは乾いた笑いをしてしまう。それこそ意味のない行為で迷惑にすらなってしまう、利己的な行為ではないかと。だがコンラートの優しげな声色は続く。
「それに半端な知識だけど龍人ってのは基本自在に龍に成れるって話だ」
それはラウラも知っている。それこそ前に来た医者がそんな事を言っていた。
「だけどだからなんだって……」
そうラウラは言い返そうとするが、コンラートは言葉を被せる。
「アリシアちゃんの意識を取り戻すしかない。今は龍としての本能で暴れてるけど、彼女が自分の体の操作を取り戻せたらこんな惨劇も終わる」
そんな事言われても私に何をしろと言うのだろう。それこそこの騎士がやればいい事で、わざわざこんな中途半端な奴隷を使う意味が分からない。それがそのまま口に出る。
「ならあんたがやれよ」
だがまたもコンラートは首を振る。どうしてコンラートの中にアリシアとラウラの2人の関係に感じる物があったのだ。
「君しかいない。彼女が龍人として生きた中で一番一緒にいた君じゃないと、アリシアちゃんを取り戻せない」
コンラートの手が優しくラウラの肩を掴む。その手は震え、この大人も無理をしているのだと伝えさせる。
だがそうすぐにラウラに踏ん切りが付くはずも無く。
「……でも裏切っちゃった」
そうラウラが呟くと、ふとコンラートの視線は路肩へと向き歩き出す。何をしているか理解出来なかったが、コンラートは身に付けていた高そうな靴を脱いでその店頭に置く。
そしてその手には、売り物の鮮やかな黄色の小さな丸い花が集まって咲く花の束があった。その行動を理解出来ずボーっと見るラウラだが、コンラートは笑みを浮かべ歩み寄ってくる。
「なら仲直りするしかない」
そう言ってコンラートはその花束をラウラへと差し出す。ラウラの鼻腔には甘い優しい香りがやってくる。
「……なんにもできないよ」
ラウラは手を強く握る。だがその眼はコンラートの緑眼へと吸い寄せられていた。
「やってみないと分からない。君の安全は俺が守るから」
花束が向けられ、ラウラの手は迷う。そしてさらに一押しとコンラートは微笑む。
「お別れは笑顔じゃないと」
最後に見たアリシアを思い出す。それはアリシアというより龍の姿で、同一の人物とは思えない。だけどあんな別れ方で良かったのかと、後悔に申しわけなさが湧いてくる。
そしてこんな軸の無い自分が嫌いになりながらも、ラウラはその花束を受け取ってしまう。
「……またねって言ってくる」
そんなラウラの言葉にコンラートは満足げに頷く。そして時間は無いと立ち上がり、エリックを見る。
「施設までの道は分かるね?」
するとエリックは頷く。だが、コンラートの事を仕方のない人を見るような眼で肩を落とす。
「頼むから死なないでくださいよ」
そう言われたコンラートは、ニッと笑い堅苦しいジャケットを脱ぐ。
「当たり前だよ!騎士が死ぬのは主が死ぬ時だ!」
そんな空元気なコンラートに連れられラウラは走り出す。だが、勢いでここまでやったはいい物の、ラウラはどうすれば良いか分からないでいる。
でも確かに。私の足は前へ前へと進み、周囲の建物が倒壊した物が増えていく。そして路地を曲がり、眩いほどの日光に目を細めるが、その輝きはアリシアの銀鱗の輝きだと気付く。
そこでコンラートが背を押す。
「君の声を届けてきな。俺が何があっても守るから」
ラウラはその手にその声に押され駆け出す。髪留めをしてないから髪が乱れ走りづらい。それでも息を切らし、精一杯道路へと出ると、すぐそこに龍の頭がある。
「アリシアッ!!!」
その巨躯に怯える気持ちを吹き飛ばすように、喉が破けそうな程叫ぶ。だがそこもう1人おり、それは奴隷商だった。
そしてラウラを見るなりアリシアから離れる。
「ラウラッ!!逃げろ!!!」
そう叫びラウラへと飛び掛かる奴隷商。だが、それはタイミング悪く通路からラウラを庇おうと飛び出したコンラートと激突する。
「痛ってぇ……」「ッチ、逃げろっつったろ」
コンラートは頭を抱え、奴隷商は額を抑えながらも睨む。だが、おかしいのが、迫っていた龍の頭が一向に地面へと衝突しない事。
それはこの場にいる3人が疑問に思った事で、全員の視線が集まる。
「……止まった?」
ラウラがそう呟く。その先には龍化したアリシアの首が起き上がり、ジッと見下ろしてきていた。それは明らかにこれまでと違う変化で、場にいた他の兵士や貴族らも固まる。
だが、ラウラの足だけは進み、石畳を鳴らす。
「まだ沢山話したいことがある。謝らないといけないこともいっぱい」
取り返しのつかないところまで来ているかもしれない。でももう逃げたくなかった。後悔したくなかった。もうアリシアを傷つけたくなかった。
ラウラはその銀翼の龍の真下で、その花束を掲げる。
「花輪。一緒に作ろ」
そうラウラは震える足を抑え、満面の笑みでその龍を見上げるのだった。




