第28話 表裏不一致
目が覚める。
いつもの天井にいつもの木目がある。
「寝た気がしない」
椅子の背もたれに体重を掛けたまま奴隷商は背筋を伸ばす。昨日は色々ありすぎて疲れが未だ抜けない。それどころか、何も解決していない事実を思い出すと、また目をつぶりたくなってしまう。
だがそこで慌ただしい軽い足音が聞こえ、奴隷商の目の前の机に乗り上げる。
「おはよっ!ラウラちゃんどこ!?」
恐怖から心臓が小さく締められる感覚。昨晩はあれだけ暴れたというのに、アリシアは何事も無かったかのように爛漫な笑顔で話しかけてくる。
なんとか奴隷商は平静を装い、声を低く答える。
「今日はこの部屋にいろ。ラウラはまた後でな」
奴隷商は机の下でナイフを構える。だが、アリシアの様子に異変は無く、子供らしく要望が通らなかったと不貞腐れ、頬を膨らませてしまう。
「なんでーっ!またおそとでれないのーっ!?」
机をどんどんと叩くアリシア。その力はやはり強く、机が割れないか不安になる程。そこで奴隷商は気になった事があり聞いてみる。
「昨日のことは覚えて無いのか?」
すると分かりやすく分からないという顔をし、口元に指をやり首を傾げるアリシア。
「ん~?ラウラちゃんといっしょにごはんたべてへやにもどって……」
そこまで言って言葉に詰まるアリシア。どうにも覚えていないらしいが、所謂龍化には本人の意思が介在しないのだろうか。
そう思っていると、アリシアは「あっ」と声を上げる。
「ラウラちゃんからお花のわっかもらったんだった!どこ!?」
アリシアはそう慌て、あるはずもない奴隷商の書斎を慌ただしく探し回る。
奴隷商はどうしたものかと、それを寝起きの頭で考える。花の輪っかとやらは良く知らないが、大事な物らしいかと、一応奴隷商も理解を示す。
「まぁ俺がさが━━」
奴隷商がそう言いかけた時には、アリシアは背伸びをしドアノブを下ろしてしまっていた。
「あっちょっ、待って!」
咄嗟の事で魔力で命令を出来なかった。そしてアリシアは扉の外へと出てしまえば、奴隷商以上の足の速さで廊下を通り過ぎ階段を登っていく。
そして階段ではハンナがすれ違う。その黒髪は湿っており、明らかに自主練後という様子。そんなハンナは、すれ違うアリシアを不審に見る。
「え、なにやって……」
アリシアに追いつける気がせず奴隷商はハンナへと叫ぶ。
「捕まえろ!!」
だが、突然そう言われても反応出来るはずも無く、ハンナは鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くしてしまう。
「え?は?なに?」
ハンナは濡れた髪にタオルを当てながら奴隷商を見る。だがその奴隷商はハンナを意にも留めず、息を切らしながら階段を駆け上っていく。
「まぁいい!飯当番任せるぞ!」
奴隷商はそれだけ残し2階へと姿を消してしまう。ハンナは呆気にとられつつも、首を傾げ階段を下る。
「なにあいつ」
そうして奴隷商は2階へと到達したが、その時には既にアリシアが煤と爪の跡で一杯の部屋を開けてしまっていた。そしてそのまま部屋の中へと姿を消してしまうアリシアを追って、奴隷商も部屋へと入るのだが。
「……花ってこれか」
目の前では小さく蹲るアリシア。その手は燃えカスの藁を掻き分け、散った白い花びらを集めている。
「……」
奴隷商はどう言葉をかければ良いか分からない。アリシアが昨晩の事を覚えていない時点で、この部屋の様子に異変を感じているだろう。
だが、それでもその花を優先して集めている事実。奴隷商に経緯は分からないが、それがアリシアにとっては大事なものらしく。
「せっかくラウラちゃんがつくってくれたのに……」
そう小さな手に集めた真っ白な花びらをギュッと握る。そして黒く焦げ、原形を無くしたような花びらまで集め始めた所で、奴隷商はアリシアの隣に座る。
「また作って貰えばいいだろ。この花中庭に沢山咲いてるぞ」
そう言うがアリシアは首を振る。ひたすらに花びらを集めては小さな手に詰め込んでいく。
「はじめてもらったから。かわいいっていってくれたから」
いつもは元気なアリシアだが、床に広がる煤は濡れ、その頬には大粒の涙が溢れていた。
(子供はそんなものか)
ふと貰った物でも大事にしてしまう。大して価値のない物を意地を張って持ち続けてしまう。奴隷商にとって子供の頃は遠い昔の事だが、どこか理解できる部分もあった。
「だが、それは直せなくてもまた作ってもらうことはできる」
ジッとアリシアの手は止まる。その指先は煤で黒く汚れてしまっている。涙が止まらないのかしゃっくりをして、肩が大きく揺れている。
だがあふれ出るように我慢できないように、アリシアは声を張る。
「やだ!これじゃなきゃいや!!」
アリシアは胸に花びらを押し付け涙を流す。どうにも意地を張られると奴隷商もどうすれば良いか分からないが、とりあえず一番信用しているであろう名前を出す。
「ラウラとまた━━」
そう言いかけた所で奴隷商は口を噤む。昨晩のラウラの様子を思い出して、今引き合わせるのはまずいと今更感じたから。
だが時すでに遅し。アリシアは花びらを握ったまま立ち上がる。
「なおしてもらう!ラウラちゃんに!!」
アリシアはそう叫び煤を蹴り走り出してしまう。今の時間ラウラも流石に起きているはず、それで今会ってしまえばどんな反応をするか分からない。
「朝からこれかよッ!」
奴隷商もアリシアを追うように駆けだす。だが、部屋を出た時には階段を慌ただしく降りる音が響く。
そして奴隷商はアリシアの足音を追い、食堂まで向かう。だが、やっと追いついてしまった頃には、既にアリシアとラウラが出会ってしまっていた。
「……俺が入ると余計ややこしいか」
奴隷商はそう判断し、食堂のドアの外で背中を預け話を聞くのだった。
ーーーーー
ラウラは差し込む太陽の暖かさで目覚める。
いつものように起き上がり体についた藁を払い背中を伸ばす。そして無意識に櫛を持つのだが。
「アリシアちゃ……」
ただ空っぽに木霊するその言葉。ラウラの櫛を持った手は固まり、昨晩の事を如実に思い出させる。
「……」
少し体調は悪いけど体はもう痛まない。それは奴隷商の奴が治癒魔法をかけてくれたから。だが、だとしてもあの巨大な手に握られ、体が軋む恐怖は忘れられない。
それを忘れようとラウラは自身の太腿を叩く。
「ダメでしょダメでしょ……私が一緒にいてあげなきゃ」
そう立ち上がろうとするが、足は震えどうにも上手く立てず藁を舞わせてしまう。そしてラウラはそのまま力なく天井を見上げる。
「私があの子のお母さんの代わりになってあげないと……」
そう藁を強く掴むが、どうも力の入らない足腰。今まで自身に思い込ませてきた、頑張る理由が昨日の恐怖で掻き消えそうになってしまっている。
「……あの子が怖い」
ふと、言葉が漏れた。それがきっかけで頑張ろうという気持ちすら消えてしまった。ラウラの中で継ぎはぎに保っていた糸があっさり切れてしまった。
そうしてラウラは麦色の髪を結ぶことすらせず、ふらふらと部屋から這い出る。するとちょうと自主練終わりなのか黒髪を湿らすハンナが廊下にいる。
「あ、おはようございます」
タオルで髪を拭きながら、少し気まずそうに頭を下げるハンナ。だが、それを無視というより耳に届かず廊下を歩き進めるラウラ。
それを心配そうにハンナが声を掛ける。
「大丈夫です?」
だがラウラには聞こえない。どうにもその様子がおかしく感じたハンナは、小走りでラウラにかけよる。
「あの龍人の子は?]
するとその言葉にだけはラウラは反応する。だが、何か言う訳でもなくゆっくりと振り返り、苦しそうな顔でハンナを見るだけ。
ハンナはどうしたら良いか分からず戸惑い、とりあえず言葉を紡ぐ。
「あの……前にも言いましたけど何か話を聞くぐらいなら出来ますよ?」
そうは言ったはいいものの、ラウラは何も返事をしてくれず背を向け階段を下って行ってしまう。それがひたすらに分からず、困惑するハンナ。
「……私が嫌われてるから?」
無視された理由をそう推測し、少し悲しくなるハンナ。その可能性があったからラウラを追う事は出来ずハンナは1人自室へと戻るのだった。
そして、1階へとラウラは覚束ない足取りで降りる。そのまま食堂へと向かうと、いつも通りエリックが一番に椅子に座ってる。
そして眠そうに欠伸をしながら、入り口に立つラウラを不思議そうに見る。
「あれ。今日はアリシアちゃん一緒じゃないんだ」
何の悪気の無くそう言って、寝ぐせのある赤髪を治すエリック。だが、何も答えず拳を握るだけのラウラを見て、事情を察したように顔を顰める。
「……また何か問題?」
最近せっかくラウラとクロエが会話し始めたと、安心していたエリック。正直女同士の喧嘩に関わりたくない身としてありがたかったのだが、それはそれとして別の面倒事が起きたのだろうかと。
そうだるさを表すように机に頬杖を立てる。
「ハンナちゃん関係?またクロエと喧嘩?ロルフさんに何かされた?」
だがどれも答えない。顔を伏せたまま何も言わず、ラウラは部屋の奥へといきカタッと椅子を引いてしまう。
そしてエリックは無いだろうなと思いつつ、半分冗談でラウラに言う。
「まさかアリシアちゃんと喧嘩?」
離れていても分かる程ラウラの肩が跳ねる。今までにない反応で、まさかとエリックも固まってしまう。
やっとギクシャクした関係が解せそうだったのにと、沈黙の時間が流れるごとに苛立つエリック。それを込めラウラに口調を荒げる。
「あのさ前から言おうと思ってたけど━━」
そう言いかけた所で、キィっと部屋の扉が弱々しく開かれる。そして現れるのはその銀色の髪と、長い真っ白な角だった。
「あっ」
エリックはまずいと頬杖を止め立ち上がろうとする。だが、それより早くアリシアはラウラを見つけ、満面の笑みで駆けだしてしまう。
それを見てエリックの脳内は余計に混乱する。
「……喧嘩してたわけじゃない?」
そしてアリシアがラウラ隣に座り、その手に握った花びらを机の上にバサッと置く。その目元には涙の跡があるが、笑顔で明るい声を出す。
「なおしてっ!!」
ラウラはその顔を見る事が出来なかった。銀色の瞳と目を合わせる事が出来ず、ひたすらに心拍が早くなる感覚を覚える。
「それにいっしょにおへやのそうじも!!!」
アリシアはラウラへと迫りいつものように声を張る。だが、そのいつも通りだからこそ、昨晩の事が脳裏に焼き付くラウラに恐怖を覚えさせる。
「……あ、うん……ご飯のあと……でね」
喉が震える。胃が強く握られたように小さくなる感覚。ただただひたすらに目の間の笑顔に恐怖を感じてしまっていた。
だがそんなラウラの心情をつゆ知らず、ハンナはラウラへと花びらを押し付ける。
「なんかおきたらこわれてたから!ねぇ!!」
なんか起きたら壊れてた。ラウラにとってその言葉は不思議しかなく、それこそ自分が壊したような物だろうと。しかもそのアリシアの白い手には煤がついていて、あの部屋の様子を見て何も思わなかったのかと。
昨晩の死にかけた経験と相まって、今のラウラにはハンナを受け容れられるだけの余裕はなかった。
「あの……ごめん。ちょっと体調悪いから」
ラウラは立ち上がりハンナから逃げるように部屋をあとにしてしまう。そんな信用していたラウラの行動に、アイリアは動揺し置いてかれた悲しさを発散するよう叫ぶ。
「……え?なんで……?なんでって!!ラウラちゃん!!!」
そしてこの場に残されたエリック。それは勿論気まずさを覚え、どうしたらいいか分からず気配を消すのだが。
部屋の中にやけに響く啜り泣き。ラウラを追いかけてくれればよかったのに、蹲って泣いてしまっている。
それにエリックは髪を掻きむしり、ため息と共に立ち上がる。
「大丈夫?」
半ば投げやりにそう聞くが、エリックはあまりアリシアに好かれていないのかプイっと顔を背けられてしまう。
「えっ、ちょっと……」
エリックがどうにか話しかけようとも無視をされてしまっているのか、アリシアはジッとうつむいてしまう。
「あ、あれぇ?」
ぎこちない笑顔を浮かべながらもエリックはどうにか出来ないかと、悪戦苦闘する。
そんな少し前の事。扉の向こうで壁に背中を預けていた奴隷商は額に手を当てていた。
「やっぱりか」
どうやらラウラも限界らしい。まぁ殺されかけたら当たり前の反応ではあるが、アリシアに記憶が無いのが誤算だった。
そして足音が部屋の中から響いたとも追えば、乱暴に扉が開かれ麦色の髪が目の前を通り抜けていく。
「……どちらにいくべきか」
そう悩むが、室内からはどうやらエリックがアリシアに話かけに行っているらしい。なら多少は大丈夫かと、奴隷商は小走りでラウラを追いかける。
そのラウラは1人になりたいのか、廊下の先で何もない空き部屋へと駆けこんでいくのが見える。それを追いかけ、奴隷商もその扉を開ければ、部屋の隅で蹲るラウラの姿がある。
「その歳で泣くんだな」
奴隷商がそう言って部屋に入っても何も反応を示さず、自身の腕に塞ぎ込んでしまうラウラ。どうにもこの所不安定で、アリシアで一度安定したと思えば、その柱を失い崩れてしまったという所だろうか。たかだか2、3日でよくここまで感情移入出来ると思うが、それだけラウラは精神的支柱を欲していたのだろう。
「まぁアリシアは怖いよなぁ。殺されかけたんだから当たり前だ」
少しだけラウラの体が反応する。奴隷商はドアを閉め、ラウラと3歩分開け床へと腰を下ろす。
「お前も大変だな」
奴隷商がそう言うと、不快だったのかラウラは赤くなった目でこちらを睨んでくる。そして涙声でガラガラとした声がくぐもる。
「誰のせいだと」
奴隷商は頷きその言葉を否定しない。
「俺のせいだな」
ラウラは強く睨んでくる。奴隷商の態度が余程気に入らないのだろう。だが慰めるつもりも無いので、奴隷商は改めて事実を伝える。
「2回目だが1週間後にはアリシアはいなくなるかもしれない。それまでに自分の中で解決はしておけよ」
ラウラは何も返事をしない。何も答えたくないのかもしれない。奴隷商はため息と共に、膝に手を置き立ち上がる。
「アリシアの奴昨晩の事覚えていないっぽいぞ」
それだけ伝え奴隷商は部屋をあとにする。そして部屋に1人残るラウラは、依然として腕に伏せたまま動く事が出来ない。
「覚えてないなら私にどうしろって……」
覚えてないとしても、ラウラの中に植え付けられた恐怖は本物。本能的に感じてしまうのだから、アリシアが覚えて無くてもまともに話せる気がしなかった。
「……なんでいつもこうなるの」
ひたすらに空回り失敗し続けてきたラウラ。それは、自分の無力と境遇を恨みながら1人ぼっちなのだった。
ーーーー
そして昼過ぎ。
奴隷商の突然の呼び出しにもかかわらず、マティアスは汗びっしょりになってやってきていた。
「それで!!龍人は!?」
変わらず後ろには助手の老婆がいるが、重い荷物を手にしても息一つ荒げておらず少し違和感。
(もしかしてプレヴァルに情報漏らしたのは……)
そもそも容疑者はプレヴァルか助手の2人。プレヴァルが貴族社会にコネがあると思えない以上、この助手を警戒するべきか。
そう邪推する奴隷商の肩を、マティアスは激しく揺らす。
「おい!早く見せんか!!」
「あぁはいはい。こっちへ」
まだ推定の段階。だが今はアリシアに関してマティアスを頼る事しか出来ない以上、仕方ない。そう奴隷商は2人を連れ、自身の書斎へと入る。
すると泣きつかれたのかソファで寝息を立てるアリシアの姿が。
「ん?龍になったんじゃ?」
「いや人間に戻った」
マティアスは分かりやすく怪訝そうな顔をしながらも、面白いとワクワクしたような顔にすぐ変わる。
「ほうほうほうそうかそうか。じゃああの文献の信ぴょう性も……」
そうまたブツブツ呟きだしそうなマティアスを抑え、奴隷商は昨日の事を詳細に纏めた紙を手渡す。それを受け取り、自身の髭を触りまた何かブツブツと呟くマティアス。
「龍化はあって3分ほどか……なら消費魔力は……」
とりあえず奴隷商は待つ。相も変わらず助手は扉の傍でジッと待機しているだけ。
そうして数分待つ。するとマティアスは顔を上げどうやら一応纏まったらしい。
「やはり魔力量が規定値より上回ると龍になってしまうんだろう。龍人族は自在に龍に成れるが、子供が故にそれを操作できず暴走してしまうといった所だろうか」
こういう時は歳以上にハキハキと話すマティアス。目は輝きまるで少年のように楽しそうに笑っている。
「だが龍化も魔力を使う。しかし、外部から魔力活性剤を注入すれば長時間龍として……」
そこで奴隷商は止めに入る。どうにもアリシアの有用活用へと話が進みそうだからだ。
「そもそも龍になった時アリシアの自我は無いっぽいぞ」
思考の沼にはまっていそうに見えたマティアスだが、すぐに言い返してくる。
「それは自身の意思で龍になっていないからだ。成長を待つか魔力操作を慣れさせれば大丈夫なはずだ」
マティアスは歩きソファの傍で腰を下ろす。流石に触る事はないが、角からわずかに見える牙をジッと観察している。
と、そこで奴隷商は気になった事を聞く。
「魔力活性剤で長期的に龍にさせられるなら、不活性剤みたいなのがあって龍化を未然に防げないのか?」
奴隷商としてはいい解決方法だと思った。毎度毎度奴隷商が魔力をアリシアから抜く訳にもいかないから、これならばと思ったのだが。
マティアスは分かってないと言いたげに奴隷商へと振り返る。
「そもそも魔力が湧いてくるのは生理現象だ。それを阻害すれば体にどんな不具合が起きるか分からんぞ」
そして、だからこそと、マティアスは立ち上がり奴隷商の肩を叩く。
「世話しきれんなら売れ。龍人族なら王家でも貴族でも買ってくれるぞ」
奴隷商は返事を出来ない。だが、どちらにせよ奴隷商の意思関係無く、皇帝に献上することが決まっている。
「それもそうだな」
だからそう返事をするしかない。あと1週間世話をしてそれで終わり。どこか似ているからと庇いたくなった気持ちはあったが、ここまで問題が起きたらアリシアは自身の手に余てしまう。
(ただ踏ん切りがつかない)
似ている。子供なんてそんなものなのかもしれないが、とにかく奴隷商には被って見えてしまう。
それを察したようにマティアスは、奴隷商の肩をポンポンとして手を離す。
「凱旋にあの子出るんだよな?その前日にまた検査しにくる」
「あ、あぁ」
そうして去っていくマティアスと、奴隷商へと礼をする助手の老婆。奴隷商と助手は目が合うが、何か言い合う訳でも無く、助手は去っていく。
そして少しどうするかと考えるが、ふと会話で引っ掛かった部分。
「……凱旋の事言ったっけか」
どうにも嫌な予感。それを確かめるために、奴隷商はマティアスを追いかけるように玄関へと向かう。だが一歩遅くに、奴隷商が到着すると同時に玄関の扉が締められる。
「ジジイの癖に足早すぎだろ」
そう呟きながら奴隷商は急いで玄関の戸を開ける。そしてマティアスと助手の背を見つけるのだが、その奥の道路に見える人だかり。
「……は」
それはどうやら奴隷商の施設を覗き込もうとしているらしかった。それが何に興味を抱いているのか、それはすぐに分かった。
「……アリシアか」
遠巻きに聞こえる龍や凱旋という言葉。奴隷商の想像以上にその情報が広がってしまっている事に、ただただ驚きを隠せない。
「誰が何でどんな目的でこんなこと……」
そんな時。一つの石が施設の中に投げ込まれる。それが転がり、奴隷商の足先で止まってしまう。そして聞こえてくる言葉は。
「龍人様を奴隷扱いするんじゃねェ!!!」
そして一つまた一つと転がってくる石が増える。奴隷商の思っていた以上に現状がまずいと、そう認識させられる。
「皇帝陛下に返せッ!!!卑しい商人が!!!」
増えていく奴隷商を非難する声に、龍人を可哀想だと言う声。その声が更に人を呼び増々、施設の外には人が溢れていく。
「まずいことになった」
そこで奴隷商は扉を閉めた。これ以上身を晒すのを危険に感じたからだ。だが、扉の向こうからは石が投げられ、罵声にも近い怒鳴りが聞こえてくる。
奴隷商は扉に額を当て考える。今の自分は何をすべきなのかを。
「……献上するのが丸いか」
どうにか侯爵と交渉してこの件を無くそうと思っていた時期もあったが、こうも事態が大きくなったのならどうしようも出来ない。昨晩の龍化にマティアスの言葉もあり奴隷商はそう心が傾き切ってしまった。
「丸いが……丸いんだが……」
だがどうにも心に棘があるのも事実。龍人であるアリシアの未来が明るいわけない。大抵祭事の生贄が王家への薬として全身を余すことなく使われるだけ。
そう考えても仕方ない。そう自身を納得させ、その不安を抜き出そうと何度も胸を叩く。
「しょうがない。しょうがないんだ」
奴隷商はひたすらに自身を納得させようと、独り言をつぶやき続けるのだった。




