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奴隷商の男  作者: ねこのけ
第二章
24/48

第24話 異音


 アリシアが目覚めて次の日。久々に天気は晴れ、街には真っ白な布が多くかかっている。


 そして奴隷商はというと、馴染の医者を施設に呼び寄せていた。


「久しぶりだなぁ。背ぇ伸びたか?」


 ポンポンと奴隷商の方を叩く、腰の曲がった老人。奴隷商はそれを玄関で出迎えつつも、旧友のように相手をする。


「マティアスさんが背が縮んだだけだろ」


「そりゃ違いないな!」


 相変わらずな軽い性格。だが奴隷商が奴隷商になってからは、ブラムに次いで付き合いのある人間でもあった。


 そして奴隷商の視線は、そのマティアスの後ろに立つ老婆を見た。


「で、そちらの方は……」


 奴隷商の記憶では、助手は取らない主義だったはずのマティアス。だが、今日ばかりは荷物持ちなのか、後ろに初老の女性を連れていた。


 するとそのマティアスは思い出したように、杖をトントンと地面に叩きながら言う。


「あぁ!最近物持つのもつらくてねぇ。雇ったんだよ!」


 数年前に会った時はもっと元気に見えたが、流石に80も超えていると身体的にきついのだろう。そんな事を想いながら、奴隷商は助手に手を差し出す。


「荷物持ちます」


 だが、その助手は首を横に振る。


「私の仕事を奪わないでください」


 腰は低いが細い眼の先には確かにある圧。奴隷商は無理強いする事もないかと、手を引き早速案内をする。


「じゃあとりあえずどうぞ」


 コツコツと足音が続ていく。今は奴隷達は中庭でコンラートに訓練させている。ただ、ラウラだけはアリシアの世話をさせており、そのラウラ達の部屋のドアノブを握る。


「で、見て欲しい子ってのがですね」


 キィっと音を鳴らし奴隷商は扉を開ける。すると早速と言うべきか、騒がしい声が聞こえる。


「なんかいっぱい人いるーっ!」


 ラウラが髪を梳いてあげていたのだろう。だが、その手を離れ奴隷商らへと駆け寄ってくるアリシア。それを奴隷商は遠ざけようと、一歩引くと、その間を縫うようにマティアスが部屋の中へと入っていく。


「ほぉぉぉ~本当だったか……」


 マティアスはアリシアに近づき、その角を興味深そうに眺める。見る人が見たら危ない光景。それにこんな老人に顔を近づけられ怖がるかと思ったが、アリシアは頭を軽く下げる。


「おじさん触る?」


 それを聞いてマティアスは奴隷商へと確認するように目配せをする。奴隷商にも断る理由は無いので、頷くと、マティアスは早速と。


「じゃあちょっと失礼して」


 そうしてマティアスが杖を置いて、アリシアの角を触る。だが、それをこそばゆそうに、アリシアは体を捻りクスクスと笑い出す。


「くすぐったいってーっ!!」


 じゃれているように楽しそうなアリシア。そんなアリシアの反応を気にも留めず、マティアスは確かめるようにさすったり引っ掻いたりする。


 そうして少し経つと、アリシアは限界が来たらしく、頭を上げてしまう。


「おしまいっ!!」


 そう言ってラウラの膝へと戻ってしまうアリシア。子供らしい気まぐれだが、マティアスは満足したように立ち上がる。


「ふぅん。本物か」


 蓄えた白髭をさするマティアス。そこでやっと奴隷商は口を開く。


「数日前まで角は生えてなかった。それどころか魔暴病で死にかけだった」


 するとマティアスは何も返事をすることなく、1人で頷きながら部屋の中を歩き出す。


「ふぅん。うんうん……」


 それを見て奴隷商は肩を落としてしまう。


「……またか」


 こうなってしまったらしばらく戻ってこない。何か考えたい事があると、結論が出るまで辞められない性格。しかも歩きながらそれをするものだから、待っている側は困ってしまう。


 だがいつもと違うのは、アリシアがその後を付いて行いっている事だろうか。


「ねぇどうしたの!?」


 後ろからアリシアが話しかけるが、マティアスはブツブツと独り言を零しながら歩き回るだけ。それを面白そうにアリシアは喋り続ける。


「そのおヒゲさわってもいいーっ?」


 奴隷商は止めないのかと助手を見るが、本当に荷物持ちだけなのかドアの外で真顔のまま待機するだけ。


 するとマティアスは天井を見上げ立ち止まる。だが付いて回っていたアリシアは、急に止まれずマティアスの足裏にぶつかり尻餅をついてしまう。


 そんな床に転げる軽い音を気にも留めず、マティスは呟く。


「確か……そうか……主流じゃない学説だったが……」


 アリシアの事なんて視界に入っていないのか、マティアスは天井を見上げ空中に指で何かを描き続ける。


 それを起き上がったアリシアが、不満げに頬を膨らませ跳ねる。


「きゅうに止まらないでよーっ!あぶないって!!」


 その辺りで流石にと思ったのか、ラウラがアリシアの肩を掴んで連れていく。


「ちょっと静かにしててね~。まだ髪も梳いてないから」


 アリシアは不服そうというかまだ騒ぎ続けるが、ラウラの膝に無理やり座らされその銀色の髪を梳かされる。


 そしてその辺りでやっと思考が纏まったのか、マティアスは奴隷商へと向き直る。


「恐らく先祖返りに近い物だ」


 いきなり結論だけ言われるものだから、奴隷商にはさっぱり。だからと説明を求めるように待つと、勝手に話し出すマティアス。


「基本親の片方が龍人族ならそちらの特徴が優先的に子供に現れる。だがこの子の場合産まれてからしばらくは人の姿だったと」


 奴隷商は事前にマティアスへとある程度書面で情報を提供していた。ブラムが情報源だが、両親ともにただの村人だったと。それをベースに推論しているのだろう。


「ならば両親の祖先に龍人の血が混じっていて、それがこの子に出たと。龍人自体が外との交流を疎む事情でかなりの珍しいケースだが、産まれが赤竜山脈なら有り得なくはない」


 奴隷商に話しているようで話していない。自分でアウトプットしながら頭の中で整理しているようにすら見えてしまう。だが、一応最後まで聞こうと奴隷商は黙る。


「で、中途半端に人間的な身体をしてしまったばかりに、龍人特有の莫大な魔力に幼体が耐えられず魔暴病に近い症状が出たと……うん、これなら筋は通るが……」


 髪を梳かれるアリシアが暇そうに鼻歌を歌う。だが周りの音が聞こえないらしいマティアスは、またしてもその沼に入ろうとする。


「だが、なぜ8歳になったタイミングで龍人の特性が顕性したんだ?なぜ成人でもない中途半端な……」


 流石に奴隷商も学者になる気は無いので、この辺りで止めに入る。


「マティアスさん。俺が聞きたいのは、アリシアにこれ以降健康的な不安要素があるのかなんだが」


 するとやっとマティアスの視線が奴隷商へと向く。だが、求めたような答えは返って来ず。


「あるかもしれないし無いかもしれない。そもそもなぜ急激に身体に変化が起こったかが分からんからな」


 奴隷商より長く生きているマティアスでさえ、殆ど見た事の無いらしい龍人族。そもそもアリシアの症例すら初めて見るのかもしれない。


 だが奴隷商よりマティアスの方が、専門的な知識が多い事には変わりない。だがらと奴隷商は問いかける。


「なら俺はどうすればいい」


 するとマティアスは、奴隷商の渡した書類を手に歩み寄ってくる。


「これを見る限り、病に罹る前は魔力が無かったと」


 それは奴隷商の眼でも確認しており、そのマティアスの問いかけに頷く。それこそ魔力のある人間は、直感的になんとなくの他人の魔力を見れるからだ。


 そしてマティアスはうんうんと過剰に頷き続ける。


「だが、事実として龍人化した。その際溢れた魔力が体に適合出来ず魔暴病に似た症状が出た。となれば定期的に魔力を放出させて、魔力の過剰状態を回避する事だろうな」


 奴隷商はマティアスの言葉を咀嚼し纏める。


「じゃあ毎日魔力を使わせればいいんだな」


「根拠のない推論だが、そういう事だな」


 理屈はどうあれ奴隷商自身納得は出来たので、言う事を聞くことにする。と、それで奴隷商としては、マティアスに対する依頼は終了だったのだが、今度は依頼主が逆転するようで。


「また来てもええかの?こんな貴重なサンプル見逃すわけには……」


 奴隷商はマティアス越しにアリシアの様子を伺う。未だラウラと楽しく談笑しながら髪を梳かれている。それで少し悩むが、未だ症例が分からないのは奴隷商としても不安要素。


「情報は逐次開示する事。それとアリシアに関する診療代は免除。この条件なら週一でも」


 すると満面の笑みでマティアスは頷き、奴隷商の手を握る。


「良いとも!良いとも!これで学会の奴らを見返せる!!」


 この様子なら金銭をせびっても良かっただろうか。そんな金勘定をしそうになる奴隷商だが、マティアスは早速取り掛かりたいのか、杖の先を激しく床にたたきつける。


「じゃあまた来週資料を集めて来るでな!!」


 騒がしくも去っていくマティアス。それを表情の無い顔のまま追いかける助手の老婆。


 それで騒がしい奴が消え、静かになる部屋。だが、未だその子供の元気は有り余る。


「もう髪は良いでしょ!みんなとあそびたい!!」


 またも無理やりラウラから離れ立ち上がるアリシア。ラウラは手に櫛を持ったまま困ったように眉を曲げてしまう。


「でもまだお外は危ないから……」


 ラウラは随分甲斐甲斐しくアリシアの世話をしているらしい。それにこの所に比べ、充実しているように見えるのは勘違いでは無いのだろう。


 そこで奴隷商は一つ許すことにした。


「いいぞ。外に出ても」


 ラウラが驚いたように奴隷商を見る。だが、それ以上にアリシアは跳ね、奴隷商の足元へと駆け寄り見上げて来る。


「いいのっ!?」


 奴隷商は一歩後ずさる。


「ちゃんと言う事を聞くならな」


「きく!きく!!」


 どうにも奴隷商にはアリシアの相手をするのが疲れる。だから、ラウラへと視線を送り、また一歩アリシアから距離を取る。


「じゃあアリシアは任せるぞ」


 そう言って奴隷商はさっさと部屋をあとにし、中庭へと向かっていく。後ろではアリシアが走り出そうとして、それをラウラが焦ったように止める声が聞こえる。


 そうして奴隷商は中庭へと降り、差し込む日光に目を細める。


「……極端な天気だな」


 芝を踏むと集まる冷たい視線。いつもの事だが、ペンダントの件もあってか、拒絶に近いものを感じる。そしてその視線はすぐに、奴隷商の後ろにいるアリシアへと向く。


「まぶしーっ!」


 奴隷商の脇を通り抜け、中庭へと駆けだすアリシア。銀色の髪が長すぎて地面に擦りそうになってしまっている。それを転げそうになりながら追いかけるラウラ。


「ちょっと髪結ぶから……」


 どうにかアリシアを捕まえ、髪留めでその長い銀色の髪を結び出す。それに興味を持ったように、クロエらが近寄ってくる。


 そしてクロエはラウラを気にしながらも、アリシアへと話しかける。


「外に出ても大丈夫なの?」


 するとアリシアは満面の笑みで答える。


「だいじょーぶ!!」


 可愛らしい子供像。それを再現したようなアリシアに、クロエ達の顔は微笑んでいく。ただ、ハンナは相も変わらず1人剣を振るっているが。


 それを横目に奴隷商は、コンラートへと話しかける。


「剣術は任せる。午後にまた走らせるから追い込んでおけ」


 奴隷商もいつまでも訓練を見ている訳にもいかない。それこそ金策に走る必要もある上、この施設に居られない時間も増える。

 

 だが、この様子のコンラートに任せるのが不安なのもまた事実だった。


「病明けの子にもやらせるのか?」


 風が凪、芝の爽やかな匂いが通り抜ける。昨晩まで雨だったお陰で、心なしか空気も澄んでいるように感じる。


「あれも奴隷だ。特別扱いは出来ん。せいぜいレーナやカミラと同じ強度のトレーニングにしろ」


 視界では髪を結んだアリシアが、木刀をおもちゃのように振り回す。それを面白がってロルフが木刀で相手をしている。楽し気な声が混じり合い、和気あいあいと明るく暖かな光景。だが、あれでは遊んでいるだけにしか見えず、訓練とは到底言えない。


 奴隷商はそう思いながら眺めていると、コンラートは木刀を肩に乗せ睨んでくる。


「じゃあ、せめて食事はなんとかしろよ」


 奴隷商自身質素な飯に慣れさせる選択肢もある。だが、体作りを目的にするなら食事を充実させた方がいい。それは二者択一でもあるが、それをコンラートに開示する気も無く。


「善処する」


 そう言うだけで奴隷商は中庭を去ろうとする。だが、それと同時に思いのほか鈍い音が中庭に響く。


「いってぇ……」


 奴隷商とコンラートの視線の先には、尻餅を付くロルフと木刀を握ったまま茫然とするアリシアの姿。


 そしてその木刀にはわずかに血が付着していた。

 

 それを認識すると同時にコンラートは走り出す。


「大丈夫!?どこに当たった!?」


 コンラートは焦りロルフを抱える。だが、その当人であるロルフは何でもないと言いたげに、笑い飛ばしてしまう。


「ちょっと掠っただけだって!これぐらいなんでもない!」


 そう言うロルフだが、ブロンドの髪からは血が流れ続け、そのブラウンの瞳にかかってしまっている。そしてその怪我をさせたらしき張本人のアリシアはというと。


「あ、あれ……?」


 自分の手のひらをジッと見て戸惑うばかり。だがすぐにラウラがアリシアの肩を優しく包む。


「もうだめでしょ。遊びでも怪我するんだから気を付けないと」


 あくまでアリシアを安心させるように、あやすようにラウラは窘める。まるで姉か母だが、この件をどう思うかだが。

 

 奴隷商にはどうにも面倒な香りしかしなかった。


「……異常な力か」


 たかが木刀。しかもボロのだ。それで一回り年上のロルフにケガをさせる力は相当。それこそ子供らしからぬ力で、龍人関係の事が関係しているのかもしれない。


 それは一部の奴隷達も察しがついているだろうが、あえてそれを無視してアリシアと視線を合わせるのはエリックだった。


「アリシアちゃんはまず握り方から覚えないと。振り回すのが剣術じゃないんだよ」


 エリックが珍しく甲斐甲斐しく世話をしようとする。それにクロエも微妙になりそうな空気を換えようと、軽く冗談を言う。


「まぁ今回のロルフの奴は頑丈だから良いけどね」


 そしてロルフ自身アリシアの力に関して何も考えて無いのか、クロエの言葉に反発する。


「頑丈だろうがダメだろ!なんで俺なら良いみたいな言い方すんだ!!」


 そんなやり取りに小さく笑いが生まれる。それでアリシアも安心したのか、笑いの意味は理解せずともつられたように笑いだす。


 一瞬微妙になりそうな空気だったが、上手く誤魔化されたらしい。そこで奴隷商は中庭の縁を伝い、黒髪の奴隷へと話しかける。


「視線がブレブレだぞ。気になるなら輪に入ったらどうだ」


 すると機嫌の悪そうにハンナは唇を尖らせる。


「……うるさくて気になっただけだから」


 奴隷商はアリシアを中心とした輪を見る。どうやらレオンもいるらしく、エドガーと何か会話をしているよう。


「良かったな。目的は達成したな」


 ハンナも同じ光景を見る。その顔には達成感では無く、寂しさの色がより濃く滲み出る。


「……そう……だね」


 面倒な性格だと思う。しかし奴隷商も同じ立場ならあの輪に入っていく勇気は持てない。だが、慰める事はしない上、昨晩ハンナに伝えた事が全て。


「俺は仕事に出る。下手に問題起こすなよ」


 淡々と事務連絡をする。ハンナは何か続きを求めるように奴隷商を見て来るが、すでに背を向けられてしまい、それが届かない。


「……」


 ハンナは1人、中庭の端で木刀をひたすらに振るう。そしてこの日は誰とも会話をすることなく、終わっていく。


ーーーー


 重厚感のある机に椅子。良い香りを漂わせ、ぼんやりと広く辺りを照らす灯。そしてそれが照らす、2つの影。


「クリスくぅん。王家の押印捏造はまずいよねぇ?」


 座る人の良さそうな皺の濃い老人。頬の肉が垂れ、快活な老人というよりは温和で優しい印象を受ける。だが、その声には確かに圧があり、クリスの眼は伏せられる。


「……申し開きもありません」


 そう頭を下げるのは、白髪にでも近い銀色の髪を結んだクリス。そしてその謝罪を受けるクリスの主、ブレヴァル侯爵はため息をつく。


「謝罪じゃなくて理由を聞いているんだけどぉ?まぁ君の事だから奴隷が可哀そうだからとか、そんなのだと思うんだけど」


 クリスは心中を当てられ冷や汗をどっと掻く。だが今のクリスには頭を下げ続けることしか出来ない。


「君は基本優秀で面白いんだけどねぇ。奴隷関連になると、どうも聖人君主がすぎるよ」

 

 プレヴァルとってクリスは腹心であった。それこそ信頼を寄せられ、直下の部下として実働から裏方まで動く事が多い。それはクリスにとっても本望で、自身の望みを果たすなら理想に殉ずる。その意気込みで、今この侯爵からの信用を牛合う訳にいかなかったのだ。


「……閣下にこれ以上ご迷惑をおかけしないよう、以後気を付けます」


 それに今回の件はこうなることを分かった上でやった事。自分でも不合理だと分かりながら、あの奴隷商が気に入らなくやった事でしかない。


 そしてそうした事情まで知っているブレヴァルは、理解したように頷き微笑む。


「ま、いいよ。そろそろ計画も動くし、君にも頑張って貰わないとだしね」


 クリスはその言葉に視線を滑らせる。


「……はい。最善で最良の行動を」


 目の前のプレヴァルは、手元にある帝都の道路図を眺める。それには入念に視線の角度、建物の高さ衛兵の位置が記されており、製作者はそのクリスであった。


 それをどこか物足りない様に眺める、ブレヴァル。


「ただ、もうあと一押し欲しいんだよねぇ……」


 クリスは少し視線を上げ、ブレヴァルに問い返す。


「一押し……?」


 するとプレヴァルはうんとゆっくり頷き、何か考え込むように、コーヒーカップを持ち上げては降ろす。


「どうにも事故な感じがないんだよね。どこまでいっても露見と追及のリスクが付きまとう」


 カツカツと、カップが受け皿に当たっては離れる。プレヴァルの思考する時の癖で、それはいつも問いかけのような独り言が続く。


「これじゃあ事態が単純すぎて明快なんだよ。誰だって犯人像を容易に想像出来てしまう」


 もう期日まで近いというのに、何か面白そうに笑い計画を思案するプレヴァル。クリスはせっかくの汚名挽回の機会で、手柄が無くなってしまうと焦る。


 するとその時、その部屋の扉がノックされる。すぐクリスが応対しようとするのだが、プレヴァルが先に答えてしまう。


「ん?誰?」


「定例報告に。それに一部お目通しいただきたいのが」


 淡々と帰ってくる事務的な言葉。プレヴァルはクリスへと目配せをし、扉を開けさせる。


 するとそこからは、隠した首元に薔薇の紋々をした男が現れる。そしてそれは入室の挨拶を済ませプレヴァルを捉える。


「お久しぶりです。旦那」


 恭しくひざまずき礼をするシワシワになった老人。クロヴィスだと組織表では名前を見るが、それも本名なのかも分からない。だがその見た目に反しキビキビと動く姿で、5年ほど前に見た時と遜色のない姿だった。


 そしてプレヴァルにとっても長い付き合いで、それこそクリスより以前からの臣下の人間。それを笑顔で出迎える。


「いつまでその呼び方なんだい?もう私って内務卿で皇帝陛下の重臣だよ?」


 失礼な呼び方ではある。だがその二人にとってはある意味信頼関係のような物で、そのクロヴィスは不敵に笑う。


「私にとっては陛下は農民と一緒に畑仕事をしていたお方ですから。そのような高貴なお名前はどうにも」


 それを満足そうにケタケタと笑うプレヴァル。それらの会話にクリスは割って入る事が出来ず、とりあえず好みだったはずの茶を2人分用意し始める。


 そしてその傍ら2人の会話を聞き入る。


「不敬だねぇ~いやぁ不敬」


「なら処罰なされます?」


「その歳じゃあ、ほっといても死ぬだろ?」


 2人のしゃがれた笑い声が響く。主と臣下というよりは、幼馴染のような悪友のような。そんな関係に見えた。


 そしてプレヴァルはひとしきり笑ったと、トンっと握った両手を机に置く。


「で、クロヴィス。久々に何の用?」


 するとさっきまで街中にいるような老人だったクロヴィスが、目を細め殺気にも近い刺々しい雰囲気を出す。


「龍人族が出た。しかも奴隷」


 プレヴァルの眼は興味深そうに妖しく光るが、クロヴィスがわざわざ姿を現して報告するには程度の低い物でもあった。


「珍しいけどこれは君が顔を出すほどの件?」


 だがまだ続きがあるらしく、クロヴィスは手元の書類をプレヴァルへと手渡す。


「陛下が気に掛けていた人物も関連していましたので」


 プレヴァルはその資料を手に、笑顔が抑えきれないようで口角を上げる。そしてプレヴァルが上から下まで報告書を読む中、クロヴィスはさっきまでの温和な雰囲気に戻る。


「それに久々に顔を出そうかと思ったのもありまして。最近腰が痛くて……」


 そんな冗談に、プレヴァルも資料から顔を上げる。


「まだ老け込むには早いぞ。これはぁちょっと面白い事思いついたからね」


 その無邪気にも見える笑み。クロヴィスにとってはいつものことで懐かしさすらある、胸の躍る前触れ。そしてクリスにとってもいつも通りだが、何か大きなことが動き多忙になる前触れ。


 だが、クリスにそれを厭う理由は無かった。それが彼の目的の為になると信じ、理想への一歩。それに受けた恩への報いだからだ。


 クリスにとってのその恩。それが向かう先であるプレヴァルは、資料を片手にワクワクを抑えきれない様に笑う。


「じゃあ作戦会議といこうか」


 その1人のプレヴァルという人間。それは残り少ない人生を燃やすように、駆け足でその道を進もうとするのだった。



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