第23話 銀色の灯と黒髪
コンラートが居なくなった後の部屋。
ハンナは気まずい感覚を覚えながらも、レオンの隣に座りペンを手にしていた。
「ここはさっきと同じで芋が5個入った箱3つって考え方で━━」
レオンは村に居た頃から勉強が苦手だった。だからハンナが教える事はよくあったのだが、奴隷になってからは初めての事。
その時は、いつもレオンは真面目に勉強をしようとしなかった。それどころかロルフと抜け出して川に行っていたぐらい。だが今は、ジッと質の悪い紙を見て固まってしまっている。
「で、他も同じように━━」
それはハンナに対して気まずさを感じているからこその反応。だが、ハンナもレオンに対して良い感情は抱いておらず、少し強めな口調で問いかける。
「……聞いてる?」
レオンの相変わらずの癖ッ毛の茶髪。その前髪に隠れて、目元は沈んでしまっている。だがいつまで経っても返事は来ず、ハンナは姿勢を起こしため息を零す。
そしてレオンに聞こえない様にボソッと嫌味を零す。
「……庇ったのになんでそっちが苦しんでんの」
前の方を見れば楽しそうに会話をするエドガーとカミラ。どうやらここの奴隷達の輪に入れたらしく、村にいた頃の笑顔が見える。
そう眺めていると、ふとクロエと目が合ってしまう。咄嗟にハンナは目を逸らすが、その足音は近づいてくる。
「勉強。大丈夫そう?」
わざとらしい笑みを浮かべ、屈んでくるクロエ。ハンナは頬杖を付いたまま答える。
「……お気遣いなく」
ブロンド髪を耳に掛けるクロエの頬が少し固まる。だが、一度深呼吸をしまだクロエは続ける。
「紙とか無くなったら言ってね。あとハンナちゃんも知りたい事あったら聞いて良いからさ」
ハンナはクロエが嫌いだった。理由はどうあれ、濡れ衣を着せてきた相手で、そもそも馬が合わない。それにクロエも今は友好的に接してくれているが、所々ハンナへの苛立ちを隠せない所もが嫌だった。
だからある意味相思相愛。ハンナはぶっきらぼうに答える。
「……ども」
自分も嫌いだからこれ以上関わらないでくれという意思表示。互いに嫌いなのが分かっているなら、これ以上の会話に非生産的な事も無い。
そんなハンナの態度はもちろんクロエに伝わっており、明らかに笑顔が歪む。
「そ、そう?なら私行くからね?」
クロエの足音が遠ざかっていく。そのブロンド髪の向こうには、エドガーの冷たい視線がハンナを捉える。
だがハンナと目が合ったのに気付いたのか、すぐにプイっと視線をそらしてしまう。
「慣れないなぁ……」
ハンナは胸の内の陰鬱な感情を吐き出すように、ゆっくりと息を吐き椅子の背もたれに体重をかける。
すると沈黙を貫いていたレオンがペンを置く。
「あ、あのさ!」
ハンナは少しびっくりしながらも、姿勢を戻しレオンを見る。
「……なに?」
レオンはハンナの眼を見ようとして、でも出来ず視線は泳ぐばかり。以前の活発なレオンの姿からは似ても似つかない様子。
だがレオンは意を決したように言う。
「あの時は!!本当に━━」
思ったよりも大きくなりそうなレオンの声。それはまずいと、ハンナはレオンの言葉に被せる。
「謝らないで。もう終わった事だから」
レオンに関してはまだ奴隷商以外にバレていない。だが、この件が周知されれば、流石にレオンの居場所は無くなってしまう。それはクロエの望む所でも無く、自身の行為を無駄にされてしまうことになる。
そんなハンナの思考とは別に、レオンはただ苦しさから解放されたさに言葉を繋ぐ。
「で、でも……俺はお前に何も……」
クロエの一件の時からずっと気をもんでいたのだろう。そしてやっと二人になれ言う機会が出来たと思った、そんな所だろうか。
だが心情を察していたとしても、ハンナの方針は変わらない。
「もう良いから。今更自白されるほうが迷惑だから」
そう正面から言われ、レオンは黙りこくってしまう。今はこんな様子だが、1年2年とすれば忘れていくのだろう、そうハンナは考えていた。それこそ罪悪感を何年も持てるような人間は、早々居ないはずだからだと。
「「……」」
そして2人に沈黙が流れる。そんな気まずい中だが、それを破る様に部屋の扉が開かれる。すると、猫の件が心配なのだろう。レーナが真っ先に声をあげ立ち上がる。
「あ……コンラートさん」
だが、そのコンラートからは明るい雰囲気を感じない。それでレーナは、何かを察したように顔を落としてしまう。
コンラートはしまったと顔に出しつつも、そんなレーナに歩み寄り笑顔を作る。
「ミャーは大丈夫だよ。そのまま一緒にいても」
そう言われレーナは力が抜け、安堵したように椅子へと座ってしまう。
だが、ならなぜあんな表情をしていたのかと、ハンナは思う。それは他の奴隷達も同じことを思ったらしく、クロエが問いかける。
「ならなんであんな暗い顔してたの。ややこしいじゃん」
するとコンラートは申し訳なさそうに頭を下げる。
「今から外で訓練だ。皆中庭に出てくれ」
奴隷達がざわざわとする。だがコンラートの様子からして、それが奴隷商の命令であるのは想像に容易い。
「この雨でやんのかよ」
ロルフが窓の外を眺め呟く。この所ずっと天候が悪く、今日も雨足が収まる事はない。だが、逆らっても仕方のない事。奴隷達は渋々、そして奴隷商に対する苦言を零しながらも部屋をあとにしていく。
そして最後に部屋をあとにするハンナ。廊下の奥にはラウラとの相部屋がある。
「……ラウラさん大丈夫かな」
結局部屋には来なかった。このまま閉じこもる事は無いだろうが、それでも心配な物は心配。
そうして心配しながらも奴隷達は中庭へと降りるが、やはり収まらない雨足。そして出入口に立つ奴隷商の姿。その手にはいつものように木刀が握られている。
「走るぞ」
ただ淡々とそう伝えてくる奴隷商。だが、ハンナには奴隷商の顔にどこか焦りの色がある様に見えていた。何かあったのか、それが気になったが、この場でも聞く訳にいかずハンナは黙る。
だが、何か事情があるのか反発しないコンラートの代わりに、クロエが声を上げる。
「こんな雨の日にやらなくても良くない?」
奴隷商はジッとクロエを見る。どうやらそれなりに立ち直れたらしいと分かる。だが、だからと言って、気を遣い優しく接する訳もなく。
「前も言ったが雨の日に奴隷が休める環境があるとでも?」
いつものように引く事の無い奴隷商。そこにはいつにもないトゲトゲしさと怒りが滲み出ていた。それを肌で感じクロエも押し黙ってしまう。
そうして、奴隷商の指示の通りに、足元のぬかるむ中庭へと押し出される奴隷達。
それを眺めながらコンラートは奴隷商に話しかける。
「ここまでして意味あるのか?」
風向きが変わり、屋根の下の奴隷商にもポツポツと雨粒がぶつかる。その屋根を見上げながら、奴隷商は聞き返す。
「ここに来る前奴隷と会ったことあるか。お前は」
ゴロゴロと頭上の雲が鳴る。
コンラートは一拍置き、考えながらも答える。
「……見た事はある。けど話した事は」
確か、コンラートの国では新規の奴隷所有は禁止されていた。王城にいたとはいえそこまで身近な存在では無かったのかもしれない。
だが、それはコンラートの国だけ。この国では奴隷は一つの便利な道具でしかない。人間では無く道具として扱われるなら、その道具の現状など想像を絶する。
「なら知った口を聞くな」
奴隷商はコンラートを睨む。それでも何か言い返そうとするコンラートだが、奴隷商は被せる。
「雨が降っても鍬を持たされる。病気に罹ってもツルハシを持たされる。老いてもなお姦され続ける。それで死んでも墓は作られず、誰からも忘れられる」
奴隷商はコンラートを真正面に捉え見下ろす。
「それが奴隷だ。ここで甘くしても将来絶望させるだけだ」
コンラートは俯いてしまう。毎度毎度同じように伝えてきたが、やっと理解をしただろうか。そう奴隷商は思ったのだが、どこまで言っても理想論が好きなのがこの騎士だった。
「なら……猶更今は楽しい思い出を作ってあげるべきなんじゃないか」
奴隷商の表情が張る。どこまでも自身の人生を否定するような、この男の言いぶりに。
「それで売った後は死んでも良いと?」
コンラートがそんな意味で言っていないのは奴隷商も知っている。ただ嫌味としてだったが、コンラートは強く言い返す。
「ちがう!違うけど……今は笑っていさせてあげたいだろ……」
針のように落ちてくる雨粒。その中ひたすらに走り続ける奴隷達。それを悔しそうに眺めるコンラート。
それは奴隷商にも理解出来る悔しさ。それこそ一度抱いて諦めた悔しさ。それを塗り替え、今の奴隷商を動かす動機は。
「俺は10人奴隷が死んでも、1人が生き残りそれなりの人生が送れればいい」
コンラートの緑眼がゆっくりと奴隷商を捉える。その眼は同意では無く、拒絶その物の色だった。
「見込みの無い子は見捨てるってのか」
また極端に捉えられたらしい。だが、ある意味妥協の産物である動機な以上、それを弁明する気は奴隷商にはなく。
「突き詰めればそうかもな」
コンラートの眼は見開かれ怒りを隠そうともしない。だが、伸びかけた手を、今度は自重し引っ込める。そして悔しそうに不服そうに、それでも自らの要求を伝えてくる。
「……約束は守る。けど子供達に暴力だけは振るうなよ」
約束とは猫の件で、奴隷商の言う事を聞くと条件を付けた事だろう。律儀に守ってくれるらしいが、どこまでも子供が大好きな人間らしい。
「あぁ。商品に傷はつけん」
少しはコンラートなりに譲歩したのか、現実を見たのだろう。だが、コンラートはどうにも奴隷商のスタンスが気に入らなかった。
「お前はそういう言い方をッ」
そうまたひと悶着あるのかとなった時。ふと奴隷商の外套が引っ張られる。そして何事かと奴隷商が振り返る前に、雨音に負けぬやけに明るい声が響く。
「ねぇ!」
耳が痛くなりそうになりながらも奴隷商は渋々振り返る。するとそこにはアリシアと、追いかけてきたのか息を切らしたラウラの姿が。
「なんで雨なのにお外いるの!?」
歳はおおよそ8歳だろうか。それにしては幼い様にも感じるから、もう少し下かもしれない。そう思考する内にも、アリシアは不思議そうに中庭を覗く。
「みんなカゼ引いちゃうよ!?」
奴隷商はラウラを見る。世話を任せたはずだと視線で伝えるが、ラウラは息を落ち着かせながら。
「……だってこの子力強いから」
奴隷商自身奴隷を買うにも10歳以上ばかりで、こう幼い子供を相手にする機会はあまりない。つまりどちらかと言えば苦手という奴であった。
だが、そんな事情アリシアには関係無く、ピョンピョンと跳ね奴隷商の顔を伺おうとしてくる。
「ねぇ!聞いてる!?」
麻布の服のサイズが合って無いのか、ずり落ちそうになっている。それをラウラが後ろから整えるが、それすら気にする事の無いアリシア。
「私もお外ではしっていい!?」
そんな会話の内だったが、コンラートにとってアリシアは殆ど初見で動揺するばかり。
「え、この子は……?」
一応説明するべきかと、奴隷商はコンラートを一瞥する。
「病気の子だ。理屈は知らんが治ったらしい」
奴隷商は困りながらも、一度屋内へと足を踏み入れる。そしてアリシアと視線を合わせようと、屈み背中を丸める。
「部屋に戻ってラウラと遊んでおけ」
窘めるように奴隷商は言うのだが、アリシアはその長い銀色の髪を揺らし全身で拒絶する。
「あの部屋もういたくない!!」
アリシアの首元には奴隷紋がある。それに命令をすれば言う事を聞かせられる。だが、それをせず奴隷商はため息と共に立ち上がり、ラウラを見る。
「ラウラ。お前の部屋にアリシアを入れる。ハンナは別で部屋を手配する」
ラウラは困ったような顔をするが、その返事を待たずしてアリシアがより大きく跳ねる。子供は感情が行ったり来たりで忙しい。
「ラウラちゃんといっしょの部屋!?」
見てわかる程嬉しそうに体で表現するアリシア。ラウラは同部屋を嫌がろうとしていたのだろうが、その反応を見て言い出せないでいる。ハンナとの関係が拗れたまま距離が出来るのを、嫌がっているのだろう。
「どうせハンナとも気まずいんだろう。一度距離を置いてみるのも良いと思うが」
ラウラの顔が歪む。それは自身の能力不足を指摘された気まずさに、そんなことないと否定したいプライドの色。
だがそんなラウラの顔をアリシアが見てどう思うか。そのアリシアは分かりやすく悲しそうな顔をし、声のトーンを落としてしまう。
「私といっしょいや?」
上目遣いで迫られるラウラ。ラウラは助けを求めるようにしきりに奴隷商へ視線を送るが、奴隷商はそれを相手にしない。
「コンラート。お前は昼飯の用意をしてこい」
「あ……おう」
後ろ髪を引かれながらもコンラートは、屋内へと戻っていく。言う事を聞いてくれるようになるだけで、奴隷商の心労が幾分か無くなる。
そしてもう一人。心労を蓄えているラウラは、諦めたように頷く。
「じゃあ私と一緒にお部屋行こうか?」
「うんっ!」
ラウラは奴隷商を睨みながらも、アリシアの手を引いて行く。トテトテとまだ覚束ないのか、フラフラとラウラに引かれるアリシア。それを見送りやっと静かになる奴隷商の周り。
「明日医者に診せるか」
この所ずっと悪天候な空。いい加減気分も陰鬱になるとため息が止まらない。だが、仕事はしなければと、医者を呼びに玄関へと向かうのだが。
「……傘ないんだったか」
ただどうせ濡れているから良いかと。奴隷商は諦め、何も差さずに歩き出すのだった。
ーーーーー
ざぁざぁ
鈍い銀色の雨粒が視界を覆っていく。
誰もかれも息も絶え絶えで白い息を上げていく。
「……きつ」
ハンナは体力のある方では無い。それこそ歳相応のレベルしかなく、走り出して10分で息は既に上がってしまっていた。
だがロルフやエリックら、それにクロエですらまだ淡々と走り続ける。レーナは同じように苦しそうにするが、それでもハンナより先を走っている。
「……」
こんなハンナよりも後ろにいるのがカミラだった。そして、ぬかるんだ地面に足を取られたのか、大きな音を立てて転んでしまう。
ハンナは振り返る。どうやら中々立てないでいるらしい。
迷う
だが兄であるロルフは視界も悪い事があって気付かない。この中庭もそれなりに広く一周には時間がかかる。
「……仕方ないか」
ハンナは立ち止まりカミラへと駆け寄る。いつの間にか随分と髪が伸びて、この雨で濡れてしまっている。
「大丈夫?」
ハンナは手を差し出す。こんな所エドガーにでも見られたら面倒だからと急かす。
するとカミラは戸惑い瞳を揺らしながらも、ハンナの手を取る。
「あ……ありがとう……ハンナさん」
まだ敬称をを付けてくれるんだと思うハンナ。握ったその小さな手を引っ張り、カミラを起き上がらせる。
「体調悪かったら戻ってもいいと思うよ。奴隷商の奴どっかいったし」
それだけ言ってハンナは先に走り出す。あの奴隷商も鬼では無いから、まだ幼いカミラに無理はさせないだろうという予測からの言葉。
だが、ハンナ自身これをサボる気は無い。
「意地悪でこんな事させる奴じゃないし」
私だけは分かっている。あいつの意図を理解している。そんな優越感のような物が、ハンナの中にはあったが、それを本人は自覚しない。
そうしてその後奴隷商が戻ってからは、昼飯に一度戻り、また中庭で剣術が始まる。既に体力を使い切りヘトヘトだったが、それは夕刻の鐘が鳴るまで続いた。途中カミラとレーナは案の定ダウンしたが、ハンナは意地でやり切った。
「じゃあコンラート。あとは任せる」
奴隷商はそう言って施設内へと戻って行ってしまう。そして残された奴隷達には、悪口を言う元気すらなく、黙々と体を拭いて行く。
そんな中声を張るのがコンラート。
「皆しっかり拭くようにね!風邪ひいちゃうから!!」
結局ラウラは来なかった。奴隷商が一度屋内に戻って話していたようだから、もしかしたら来ていたのかもしれないが、ハンナはその姿を見ていない。
そんな事を考えながら体を拭き、先に戻ろうとするハンナ。すると、周囲の目を気にしながらもカミラがハンナの手を掴む。
「……ありがと」
それだけ言って離れてしまい、そのまま兄であるエドガーへと駆け寄っていく。ハンナは唖然としつつも、思い出したかのように歩き出す。
「……」
少しだけ。少しだけ嬉しかった。
だがその笑みは奥に隠し、ハンナは食堂へと向かう。今日は夕飯を食べ、それで後は終わり。流石に部屋に戻っても寝るだけで、ラウラと話す余裕はないかもしれない。
そんな事を考えていたのだが、食堂に奴隷商は見慣れない子供を連れてくる。
「病気だった奴隷が治った。名前はアリシアで、ラウラと同部屋で世話を任せた」
そう紹介されたのはカミラと同い年かそれ以下の子供。その手をラウラが握っているが、それよりも注目の集まるその角。
その視線を察して奴隷商は付け足す。
「見ての通り龍人だ。明日医者に診せる」
そう言ってやることは終わったと、奴隷商は食堂を去っていく。そして残され気まずそうにするラウラと、場違いにも楽しそうに笑みを浮かべるアリシア。
「よろしくーっ!!」
奴隷とは思えないほどの明るさ。子供らしさ。一番境遇としては苦しかったはずのアリシアからのその様子。勿論誰も戸惑うばかりだったが、クロエが優しい声色で答える。
「よろしくね。アリシアちゃん」
それを皮切りに皆がアリシアを迎えていく。だが後ろにいるラウラはずっと気まずそうに視線が下を向いてしまっている。そんなラウラの手を引き、アリシアは見上げる。
「じゃあラウラちゃん!ご飯食べよ!?」
「あ、え、うん……」
アリシアに引かれるままラウラはクロエの隣に座らされてしまう。それでピリッとなる空気感だが、アリシアの声がそれを塗り替える。
「じゃあたべよーっ!」
流されるように暗い雰囲気は掻き消えていく。奴隷達にとっても暗いよりは明るい方がいい、それにアリシアに対して好意的な事もあって和やかに食事が進んでいく。
だが、ハンナは孤立し、黙々と食事を摂る。
(ラウラさんとクロエさん話さないか)
アリシアがいるとはいえ、流石に2人は話す事が無い。そんな微妙な空気感を感じさせない程、アリシアが楽しそうに話し続ける。
「やっぱ兄妹なんだ!!きれいな髪でいいなー!」
ロルフとカミラが絡まれている。
「そ、そうか?俺はぁ別に髪とか……」
ロルフは褒められて恥ずかしいのか目をそらしてしまう。だが、アリシアは楽しそうにロルフの顔を覗き込む。
「キラキラしてていいなーっておもうよ!?」
そんな会話を微笑ましそうに眺めるクロエやロルフ達。それこそ妹を見るような庇護するような眼だった。そしてアリシアの興味はエリックへと向く。
「あなたは賢そう!!」
脈絡も無く唐突な言葉。エリックも固まってしまっているが、言われて満更でも無いのか少し口角が上がる。
「ま、まぁ実際賢いし……」
それを面白い物を見たと、ロルフがエリックを突っつく。
「んだよお前女の子に褒められて照れてんのかよ」
するといつも者に構え気味なエリックが珍しく取り乱す。
「ち、違いますよ!!」
そんな食卓をハンナは遠巻きに眺め、上手くアリシアの視界に入らないようこっそりと、食堂を去っていく。その時ラウラと目があったが、ハンナは軽く頭を下げるだけ。
そしてパタンと扉を閉め、その騒がしさから隔離される。
「……ご飯は静かに食べたいんだけどなぁ」
皿を手に薄暗い廊下を歩く。ラウラともクロエともエドガーともロルフともレオンとも、直接的に出来事があり、気まずいハンナ。正直あの場にいるだけで胃が痛い。
雨音を背景に、眠くなる目を必死に開き、炊事場へと向かう。普段話さないせいか、この所独り言の多いハンナ。
「てか私嫌われすぎじゃん」
自嘲的な笑いが漏れる。そんな独り言を零しながら炊事場へと入り、皿を置こうとするのだが、ふと聞こえてくる独り言に対する返事。
「作戦成功じゃないか」
振り返れば壁にもたれかかる奴隷商の姿がある。いつもの外套は流石に濡れたのか着替えたらしい。コトっと皿を置き、ハンナは振り返る。
「一番嫌われた奴が言うと違うね」
ハンナは言い返してやったと少し満足げにしたが、奴隷商の顔はやけに暗い。そして何を言うのかと思ったら、奴隷商はハンナの置いた皿を取り水桶に放り込む。
「ペンダントの件。すまないな」
カチャカチャと皿を洗いそれを布で拭う。そんな奴隷商の背を見ながら、ハンナはその言葉の意味を理解する。
「私が可哀そうに見えたからやったんでしょ。知ってる」
強がる。まだ自分は大丈夫だと、嘘を背負い続けれると。ある意味アイデンティティになりつつある、それを守ろうとする。それで奴隷商に見てもらうとするのだが。
「まぁそうだな。結局コンラートに阻止されたがな」
奴隷商は調理器具と一緒に皿を立てかける。自身の手を拭い、ハンナへと向き直るが、暗くその顔の表情は良く見えない。
「ただお前はどうする。もうレオンの件も言っていいんじゃないか」
ハンナにとってその言葉を奴隷商に言われるのは堪らなく嫌だった。自分の行動を唯一認めてくれて知ってくれた人に、それを否定されるのが。
「……なんで?」
だからそう問い返すのだが、奴隷商は雨粒で景色の悪い窓を眺める。
「やっぱりお前には分不相応だってことだ」
奴隷商にとってもハンナに勝手につぶれて貰ったら困る。それに多少の心配が無いと言えば嘘になるが、そのハンナはというと酷く落ち込んでしまう。
「……あんたはもう私を信じてないんだ」
唇を噛みどこか部屋の角を見てしまうハンナ。奴隷商はどうしたものかと思いつつ、ランタンに暖かい灯をともす。
「信じる信じないじゃない。今自白すればレオンの傷も小さくて済む。それにお前が奴隷達の仲を修復できるギリギリのタイミングだ」
奴隷商はランタンを手にハンナの傍に掲げる。雑に髪を拭いたのか、その黒髪は微妙に湿って光を反射させていた。
「……別に良いし。それにレオンが孤立しないって言い切れないし」
意地を張ったような子供らしい反抗。そこに拘っても仕方ないだろうにと奴隷商は思いつつも、ランタンを机の上に置く。
「自分で自分を壊すなよ」
奴隷商は自分で言った言葉が、自身に返ってくるような気がした。だが、それを直視することなく、ランタンの灯を背に炊事場の出入り口に向かう。
そして出入口の縁を掴み、最後にと奴隷商は振り返る。
「あと。ラウラは暫くアリシアの世話に回る。仲直りしたいなら機会は逃すなよ」
奴隷商はそれだけ残して炊事場を去っていく。
そうして残ったハンナは1人、揺れるランタンをジッと見つめるだけ。
「別に……そんな……」
今のハンナにとって奴隷商との会話が一番会話らしいそれ。それも結局説教臭く終わってしまう。それが1日疲れたハンナには、些細な理由で刺さってしまう。
「……頑張ったって認めてよ」
やけに雨音が激しくなって気がした。差し込む風にランタンの灯が大きく揺れてしまう。
陰に隠れるように、ラウラの背は酷く小さく丸まってしまっていた。




