第22話 欺瞞と満足
コンラートの足取りは軽かった。
外の陰鬱な天気に似合わず陽気な鼻歌すら混じり、その手に握った深紅のペンダント。思わずコンラートには、笑みが漏れてしまっていた。
「クロエちゃんもこれで……」
奴隷商がまだ売る前で良かった。あの時迷うことなく鎧を売った判断をした自分を褒めたい。これなら姫様に顔向けできる。
「よしよしよし!」
拳を強く握りその足取りは弾む。そしてその陽気な足音は、奴隷達のいる部屋の前へ止まる。そしてノブを捻ると、ハンナとラウラ以外の奴隷達がいた。
それに見せびらかすようにコンラートは掲げる。
「取り戻したぞー!!!」
木造の部屋にコンラートの声が響く。だが奴隷達は茫然とそれを眺め静まり返る。
そして雨音が再び部屋の中を満たすが、カタっと椅子が引かれる。
「……」
クロエは無言のまま、コンラートに歩み寄ってくる。そして目の前で立ち止まると、赤くなった目で見上げ沈黙してしまう。
コンラートは困惑しつつもなんとか和ませようとする。
「え、っと……とったぞー?」
首を傾げ変な笑みを浮かべてしまう。そんなコンラートを見てクロエは、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
絞り出すような弱々しい声。ハンナとラウラの件が解決していない事もあって、まだ棘が刺さっているのだろう。
だがその痛みもクロエが償うべきもので、将来の糧になるはず。コンラートは緩んだ頬を締め直し、大人として、クロエにかけるべき言葉を選ぶ。
「あとはクロエちゃんが自分で何とかする事だからね」
コンラートはペンダントを落とさないよう大事に抱え、クロエの下げた頭の前にする。
そして数秒の間のあと、クロエのブロンド髪はサラっと流れ顔が上がる。その桃色の瞳はペンダントでは無く、その先のコンラートを捉える。
「はい」
短く強い言葉だった。言い訳も無くコンラートの言葉を受け入れるその姿勢。コンラートはその姿を見て、ニコッと笑う。
「良い子だね。あの2人に許してもらえるようにね」
頭を撫でる。女の子らしい綺麗に手入れされたブロンド髪だ。毎日レーナと一緒に髪を梳いて手入れをしているのだろう。
そう思いながら撫でるが、嫌がられるばかりだと思っていたコンラート。だが存外クロエは拒絶をしない為、コンラートは撫でるのを辞めるタイミングを見失ってしまう。
「……」
クロエは顔を伏せたままジッと床を見てしまっている。コンラートも周りの目があるからと、自分からしておいてだが、撫でるのを辞める。
「……っとじゃあまぁ……文字の読み書き勉強しようか」
そう無理やり話題を変えクロエの頭から手を離す。クロエはそれに合わせて頭を上げるが、撫でられていた所を気にするようにさする。
そんなクロエにコンラートは語り掛ける。
「クロエちゃんもそれでいい?」
だがクロエは目を合わせようとはしてくれず、表情を見せようとしてはくれない。
「……あ、はい」
顔を伏せてしまうクロエの様子が気になり、コンラートは屈み、その顔を覗き込む。今日は雨だから体調が悪いのかと気になってしまう。
「……耳赤いけどどうしたの?風邪?」
昨日も奴隷商が雨の中訓練をさせていた。だから風邪になってしまったのかと思ったが、違うらしくクロエは声を張る。
「……ッなんでもない!」
唇を結びプイっと顔を逸らして背中を向けてしまうクロエ。やっと関係を雪解けできたと思っていたコンラートにとっては困惑しかない。
だが、ふと手に持ったままのペンダントを思い出す。それを掲げコンラートはクロエを追いかける。
「あ、ちょっとペンダント!!」
慌てるコンラートに、さらに恥ずかしそうに顔を赤くしてしまうクロエ。
「そんな声でかくなくても聞こえてるっ!!」
クロエは顔が真っ赤になりコンラートの手からペンダントを奪いとる。
そんな光景を面白そうに眺めるロルフとエリック。なんとなく仲直りした雰囲気に顔を明るくする、エドガー達。だが依然と顔も暗くソワソワとするレオン。
そうして昼飯の時間までは、今までよりは明るい雰囲気で座学が始まっていった。それはラウラとハンナが居ない事もあったが、それでも一つの問題が解決したからこその解放感があったからだろう。
そしてその中レーナがコンラートの元へと駆け寄る。
「それで……ミャー……黒猫の件は」
そういえばとコンラートは思い出す。見るからに不安そうなレーナを安心させるよう、明るく振舞う。
「大丈夫。奴隷商の奴が帰ってきたら取り返すから」
さっきはクロエの頭を撫でで気まずくなったので、それは自重する。
そしてレーナは、一応コンラートの言葉で安心してくれたのか、小さく頷く。
「……信じて……ます」
そう深々と頭をさげるが、ゴツンと机の角に頭をぶつけてしまう。それは恥ずかしさも混じったのだろうが、痛みに対して声にならないうめき声をあげる。
「~~~」
それをコンラートは微笑ましく見ながらも、そっとレーナを立たせる。
「大丈夫?たんこぶなってない?」
レーナは恥ずかしいのか顔を伏せたまま小さく頷き、走って自分の椅子へと戻っていく。それでクロエに縋っているのを見ると、その仲の良い姿に安堵してしまった。
そんなことがありつつも、座学の時間は進んでいく。
カツカツとペンが机を叩く音が響く。その中、文字の読み書きは既にできるエリックは暇そうに、コンラートへと話しかけてくる。
「ねぇ。北の方って文法がこっちと違うって聞くけどどうなの?」
コンラートはエドガーに教える傍ら、返事をする。
「ん?まぁ書き言葉とかはそうだね。爺さんとかばっかだけどね使うのは」
コンラートの返事を聞き、ふぅんと零しながらも、質問を続けるエリック。
「コンラートさんは書けるの?」
エリックは筆をくるくると回しながら、興味があるのか聞いてくる。コンラートに勉学で教えれる事は少ないが、それでも聞いてくれることに嬉しさを感じる。
だから少し鼻を高くし、コンラートは自慢げに言う。
「騎士だからね。昔の文章とか読めなくなっちゃうから」
すると、エリックにとって意外な回答だったのか回していた筆が止まり、目を真ん丸としてしまう。そして煽りでなく思った事をそのまま口に出してしまう。
「へぇ。案外バカじゃないんだね。コンラートさんって」
「なっバカって……」
自分の事を賢いとは思ってはいないが、10ほども下の子供に言われると流石に動揺してしまう。だがエリックも口が過ぎたと、まずいと顔に出す。
「あ。ごめんなさい。つい本音が」
周りの子供たちがエリックの言葉に笑ってしまう。ロルフだけは否定をしてくれているが、コンラートが子供たちにどう見られているのか。それを薄々察してしまう。
「い、いやぁ……俺ってそんな頭悪そう?」
なんとなく良い事を言ってくれそうな、レーナへとコンラートは視線を向ける。するとレーナでさえ目を逸らし、気まずそうに言う。
「まぁ……はい」
誤魔化すようにニコッと笑ってしまうレーナ。だがすぐに取り繕うように手をわなわなする。
「で、でも良い人だなーってのは分かってますし……筋肉すごいし……えーっと……」
子供にこれ以上気を使われるのは耐えられない。そうコンラートはレーナを止めるために手をかざす。
「うん。分かった分かったから。もう大丈夫」
「あ、そうです……?」
そう首を傾げるレーナ。だが、ふとコンラートはその肩に乗った毛玉に目が行く。そっと手を伸ばし三つ編みと首の間を抜ける。
「……あの黒猫の?」
するとレーナは分かりやすく焦り目を泳がせてしまう。
「あ、えっと……ごめんなさい……?」
なぜか謝って怯えた表情をしてしまうレーナ。本人の性格なのだろうが、コンラートも追い詰める気など毛頭ない。
「何も怒ることないから。名前はミャーだっけ?」
コクっとレーナは頷く。コンラートが大丈夫だと言ったが、それでも今手元に猫がいないから不安でしか無いのだろう。
だがコンラート自身取り返す気満々。だから先の事を見据えてレーナに語り掛ける。
「でもご飯は盗んじゃダメだからね」
そうコンラートが言うと、ボーっと会話を聞いていたクロエが「えっ」と声を上げる。
「盗んだのは私で……」
その言葉にコンラートも固まり、クロエを見る。
「あっそういえば」
そういえばクロエがレーナを庇うために、自分が盗んでいたことにしていたんだった。幸いロルフらは会話していたようで、聞いていないらしいから良かったが。
その不用意のせいでレーナは頭が、いっぱいいっぱいになってしまったのか、わなわなと慌ててしまう。
「い、いつか言おうと思ってって……えーっと……騙そうとか……そういうのじゃなくて……」
そんなレーナを安心させるように、コンラートは人差し指を立て自身の口元にやる。
「じゃあ秘密ね。ご飯欲しかったら言って、ちょろまかしてくるから」
コンラートはニッと笑う。するとやっと安心してくれたのか、レーナの顔も明るくなり声も心なしか大きくなる。
「あ、うん……じゃなくて……はい!」
本当にあとラウラとハンナをこの輪に入れれば解決する。それで円満解決で、子供たちが笑って過ごせる空間になる。
そうやっと実が結んできたと嬉しさが顔に滲むコンラートだが、それを見たクロエはジト目になり、刺々しく言う。
「人たらし」
言葉上は褒められているように感じる。だが、クロエの言い方からして含みがある様にも感じてしまった。
「それは……褒めてる?」
だがクロエはそっぽを向いて窓を見てしまう。
「さぁ?」
と、そんな事がありつつも今日は文字の書き方を一通り覚えるのに注力するコンラート。会話の中でまた信用を取り戻せたような気がして、やっと充実感というものを感じれている。
そうして昼前の頃。一旦教えるのも区切りがついて休憩させるかと、コンラートは背筋を伸ばす。それとタイミングを同じくして、ガラッと部屋の扉が開けられる。
「……ラウラさんはあとで来るそうです」
ピリッと気まずい空気が部屋の中に流れる。その扉を開けた人物がハンナだったからだ。
だが、まず声を上げ立ち上がるのはクロエだった。
「じ、じゃあ一緒にやろう?ハンナちゃん?」
早速反省から動こうとしているが、やはり気まずそうに見えた。明らかに声を作りながらも、クロエはハンナを迎え入れるように椅子を引く。
だが、ハンナは軽く頭を下げるだけで、その椅子には座らない。
「私は読み書き出来るので。大丈夫です」
そう言って端へと座ってしまうハンナ。クロエは対応に困っているようだが、ここは下手に踏み込まないらしく。
「……何か手伝って欲しい事あったら言ってね」
ハンナは小さく頷く。ロルフもエリックもそれをジッと眺めるだけで、何も言わない。レオン1人だけが、何か言おうとしては、言葉を引っ込めてしまう。
コンラートはそんな様子を眺めながらも、ハンナを見る。
「でも教えるってなったら遠いと不便だからさ。こっちきてよ」
コンラートは手を招く。それを見てかハンナは、他の奴隷達の顔を伺いながら、渋々言われた通りに椅子に座る。
「じゃあ今からは上級生が下級生に勉強教えようか!」
剣術でもそうだが教える事でより自身の理解が深まる事も多い。それにエリックに関してはほどんど教える事が無いから、積極的に教師代わりをしてもらいたい。
それにハンナが周囲と打ち解けられるようにという目的もあった。
「じゃあ、ハンナちゃんはレオン君に教えてあげて!算術が苦手みたいだからさ!」
コンラートにとっては気を遣ったつもり。なにかこの二人にあったのには察しがついていたから。だが、とうのハンナは苦い顔をしてしまう。
「あ、はぁ……」
だが一応言う事を聞いてくれるらしく、レオンの隣へと座ってくれるハンナ。それを見てまず一歩目は達成したと満足するコンラート。
すると雨音の中混じって、一階で玄関の開く音がする。恐らく奴隷商だとコンラートは思い、声を張る。
「じゃあ奴隷商と会ってくるから!サボらないようにね!!」
子供たちの返事を受けつつコンラートは部屋をあとにし、一階へと降りていく。すると奴隷商は傘を差していなかったのか、廊下が水浸しになってしまっている。
「傘持って行ってただろ……あいつ」
裸足の足が濡れるのを嫌がりながら、コンラートは廊下を進み奴隷商の書斎を前にする。ペンダントは取り返し、今度はレーナの猫を取り返す。
「上手く行ってる。上手く行ってるぞ」
そう意気揚々とコンラートは、ノックも無しにドアノブを捻るのだった。
ーーーーー
奴隷商は濡れた外套のままソファへと寝ころぶ。色々力が抜け、何かをする気にならなかったからだ。
だがそのうるさい足音は奴隷商の書斎へと近づいてくる。
「……ッチ」
今の奴隷商は最低に気分が悪い。それは今朝の出来事のせいだが、わざわざ思い出して苛立ちたくない。
そしてそのうるさい足音は止まり、書斎のドアノブが捻られる。
「おい奴隷商話が━━」
入ってきたコンラートは、奴隷商の姿を見て固まる。全身ずぶ濡れでソファに寝ころんでいる大人を見たら誰しもがそうなってしまうだろう。
「お前そんな濡れて何してんだよ……」
奴隷商は目元に手を当てる。酷く冷たい冷たい手だ。そしてコンラートを一瞥することなく問いかける。
「なんだよ」
頭が痛い。血管が脈打つと一緒に締め付けるような痛みが走る。それが余計に奴隷商の苛立ちを促進させていく。
そんな中コンラートの陽気な声が頭に響く。
「レーナちゃんの猫返してもらおうってな。別に猫の一匹ぐらい良いだろ」
わざわざ改まってきたと思えば、そんなしょうもない事を。奴隷商は片足だけソファから降ろし、音を立てて貧乏ゆすりをする。
「それだけか。言いたいのは」
猫を飼う余裕があると思っているのだろうか。動物に飯をやるぐらいなら、奴隷に分けた方がマシという発想にはならないのか。
奴隷商はそう思うのだが、そこの騎士は違うらしく。
「俺の鎧売った金から出してくれていいからよ。それでなんとか猫飼ってやれねぇか?」
つくづくこの男は理解していないらしい。それこそ何度目か分からない事を、奴隷商は怒りを込めて言う。
「あの金も鎧も俺の物だ。何度も言っているが、わざと無視でもしてるのか?」
目元を覆っていた手を外し、寝ころんだまま入り口に立つコンラートを見る。あまりにしつこいと魔力を使って追い出そうとも考えていたが、コンラートは。
「……どうしてもダメか?」
酷く悲しそうな顔をするコンラート。猫ごときでどうしてここまでするのだろうか。それが全く理解出来ない。だがその騎士は、沈黙する奴隷商に向かって頭を下げる。
「これ以降お前の言う事は聞く。でもレーナから取り上げないでやってくれ」
奴隷商は沈黙する。だが、コンラートがここまで言った事にある程度意味を見出す。
「……二言はないな」
「ない」
即答。自分の言った言葉の意味を理解していないのか、それとも理解してて言っているバカなのか。どちらもありそうに思いながらも、奴隷商は答える。
「なら好きにしろ」
するとコンラートは顔を上げ、分かりやすく明るい顔を作る。
「助かる!!」
少し前まで奴隷達に嫌われて精神的に追い込まれていたというのに。どこまでも変わらない男らしい。そんな騎士から視線を外すように、目元を二の腕で覆い視界を塞ぐ。
「コンラート」
奴隷商にも一つコンラートに伝えるべき事があった。それは決めた事というより、思い出した事に近いだろうか。
そうして奴隷商はのそりと起き上がる。ずっしりと外套は重い。ドアを見れば、コンラートが能天気な顔でこちらを見ている。
「なんだ?」
結局中途半端。変に情が湧いて甘くなるから、大勢奴隷が死んでいく。10年この仕事をして何人が生き残った。何人殺して来ただろうか。
そんな振り切れない自分が嫌になりそうなる。
「全員中庭に出させろ。訓練するぞ」
未だ外は暗く雨足は緩くなる事が無い。それはコンラートも知る所で、もちろん反対の意を示す。
「昨日もそうだが無理にさせる事はないだろ。今日は座学だけでも……」
結局は体。知識があっても大抵は肉体労働か、良くて管理側に回れるぐらい。ならば奴隷商がやるべき事は決まっている。
「見込みの無い奴に文字を教えても仕方ない。それだけだ」
奴隷商はコツコツとブーツを鳴らし、ドア前に立つコンラートを見下ろす。
「それに言う事聞くんだよな?騎士は約束を違えないよな?」
コンラートが苦虫を嚙み潰したような顔をする。だが、どうやら舌の根の乾かぬ内に破るような人間性では無いらしく、コンラートは嫌々にでも頷く。
「……体調不良が出たら休ませろよ」
「病気に罹ったら薬代がかかるからな。当たり前だ」
コンラートの鋭い視線が奴隷商を貫く。だが、それを気にも留めず、奴隷商はコンラートを押しのけドアノブを捻る。
「5年後にはどうせ売るんだよ。そこの所よく考えておけ」
奴隷商はそうコンラートに釘を刺し廊下へと出る。それに続いてコンラートも出てくるのだが、向かいの部屋から物音がする。
「……」
病気の奴隷の部屋。正直いつ死んでも仕方ない様な容態で、今の物音も嫌な予感しかしない奴隷商。だが、放置する訳にもいかないので、そのままその部屋の前に立つ。
「コンラート。お前は2階から奴隷達を呼んで来い」
「……おう」
さっきまでの意気揚々とした姿はどこへやら。すっかりしぼんでしまったコンラートだが、大人しく二階へと上がっていく。
それを見送り奴隷商はドアノブを捻るのだが、それと同時に廊下に転がってくる麦色の髪。
「何をしてる。ラウラ」
どうやらドアに背中を預けていたらしい。ラウラは後ろ向きに転がり、奴隷商を真下から見上げてきていた。
「え、いや……あの子が……」
ラウラが体を起こし部屋の奥を見る。それにつられて奴隷商の視線も上がっていくのだが。
「……まじか」
部屋の中を見れば、ラウラの動揺の意味が、すぐに奴隷商にも分かった。
雲の間を伝う雷に反射するその長い銀色の髪。逆光し影になった顔に一際目立つ、淡い水色の混じった銀色の瞳。
そして何より白い2本の角が額から伸びているその姿。
「龍人族か」
伝聞でしか聞かず、奴隷商自身迷信の類だと思っていた龍人族。一応この国の王族もその子孫らしく、祭られている一族という知識で、実物初めて見る。
(だがなぜこんな所に流れ着く)
ブラムの奴だってバカじゃない。こんな売値を付けれるか怪しいほどのレア物の、種族の娘を二束三文で売り払う訳がない。
そう動揺をする奴隷商を他所に、その龍人はオーバーサイズな麻布の服と共に近寄ってくる。それを怯えたように後ずさり、奴隷商を見上げるラウラ。
「え、これ……なんなの?ねぇ?」
「……俺も知りたい」
昨晩まで角らしきものは見えなかった。なら今朝急に生えたという事になるが、それは龍人特有の生態とでも言うのか。
そしてその龍人は奴隷商らの前に立つ。その視線はじーっとラウラを見ている。
「……」
龍人は無言のまま屈みラウラを正面に捉える。そしてゆっくりと手を伸ばす。
「え、え、え、だから━━」
怯えるラウラだが、その手は龍人に掴まれる。と言ってもそこまで強い力でもないらしく、ラウラも動揺するだけで痛がる様子は見せない。
そしてその龍人は何をするかと思えば、ラウラの手を自身の額に当てる。
「……うん」
微笑むような安心したような表情。それが龍人の幼く見える顔に浮かび上がる。だがその手を掴まれたラウラにとっては気が気でないらしく、明らかに息が荒くなっている。
だがそんなラウラを至近距離で龍人は目を合わせる。
「ずっと一緒に居てくれてありがとうっ!」
奴隷商もラウラも疑問符が頭の上に浮かぶ。だが龍人は言葉足らずなまま、ラウラに抱き着いてしまう。
「私アリシア!!あなたの名前は!?」
ラウラは理解出来ないと口をパクパクさせてしまう。奴隷商もどう対応すべきか分からず、一歩引いてその光景を眺めるだけ。
だがラウラは押されるがままに答える。
「えっ……っと……ラウラ……です?」
ラウラは混乱しながらアリシアの背に手を回し、一応そのハグを受け取る。そして、ラウラはやっと落ち着いてきた思考で聞き返す。
「それで……ずっと一緒にってのは……?」
するとバッとアリシアがハグを止め、ラウラの肩を掴む。何事かと目が回るラウラだが、アリシアは年相応に笑みになり、声を弾ませる。
「私が病気の時ずっと一緒に居てくれたでしょ!?」
ラウラは本気で分からないと怪訝な顔をする。だがラウラがアリシアと一緒にいた記憶なんて殆どない。だからと、それを否定しようと申し訳なさそうにする。
「えっと…それって勘━━」
だがそこで奴隷商が口を挟む。
「とにかく治ったらな医師に見せる。一度寝藁に戻れ」
ここでやっとアリシアの視線が奴隷商を捉える。だがなぜかその視線は同情するような、可哀そうな者を見る目だった。
「貴方は苦しそう」
何を根拠に言っている訳ではないはず。だが奴隷商はその瞳と目を合わせる事が出来ず、ラウラを引き離し立たせてしまう。
「とにかく戻れ。病気が再発するかもしれん」
ラウラは全く動揺したまま。それに途中で会話を中断され、消化不良といった顔をしている。
だがアリシアは、そんな暗い空気を無視し、元気に手を上げ跳ねて木の床を軋ませる。
「え!じゃあ藁交換してよ!臭いから!!」
奴隷商からしたら同一人物とはどうも思えなかった。これまで病気に罹ってあれだけ苦しそうにしていたにしては、あまりに元気すぎる。これまでの反動かもしれないが、奴隷商にはひたすらそれが眩しく見える。
「……分かったから。大人しく部屋で待ってろ」
奴隷商はそう言ってドアノブを握る。だがその閉める瞬間にも、雨雲で暗い辺りには似つかわしくない程の明るい声が帰ってくる。
「はーいっ!!」
バタンと、また廊下が静かになる。奴隷商もラウラも状況を飲みこむのに時間を要してしまう。
だが、先に動いたのは奴隷商だった。
「お前が世話をしろ。気に入られたらしいしな」
ラウラの肩を叩き寝藁を取りに行こうと歩き出す奴隷商。だがラウラも、そう押し付けられても頷けるはずもなく。
「え、でも多分誰かと勘違いしてて……」
奴隷商は振り返らずコツコツと足音を立てながら答える。
「でもあの子にはお前しかいないんじゃないか。頼られてるんだぞ」
今のラウラが欲しいであろう言葉。それを奴隷商はわざと選んでそう返事をする。すると、それは効果があったのか、それ以上ラウラからなにか言い返しが来ることはない。
そして雷鳴が響く中奴隷商は暗い廊下を歩き進める。2階からは、ドタバタと移動する幾つもの足音が聞こえる。
「……似てる」
自分でそう1人零し視線を落とす。奴隷商の足跡は未だ雨水に濡れ、長く木の床に残り続けていたのだった。
ーーーーー
そして残されたラウラは、1人胸に手をやる。
「頼れるのは私だけ……」
その言葉がやけに頭の中でグルグルと回る。それが心地の良い、今求めていた言葉で、ラウラには手放せそうになかった。
ラウラの手は自然とドアノブを捻り、その中へと入っていく。
「あ、戻ってきた!」
満面の笑みでラウラを出迎え、抱き着いてくるアリシア。子供らしい純真さで、求めていた庇護できる対象。
「うん、戻ってきたよ。アリシアちゃん」
すると名前が呼ばれて嬉しかったのか、アリシアは抱き着いたまま見上げてくる。
「ラウラちゃん!」
「うん?なに?」
妹をどこか思い出してしまう。性格は似ても似つかないが、それでも小さい頃の奴隷というものを理解して無い頃の妹を。
「ラウラちゃんラウラちゃん!!」
「ん~?だからどうしたの?」
何度も名前を連呼され少し戸惑うラウラ。だが、アリシアにとってすれば用事は無く、ただその名前を呼びたかっただけで。
「ラウラちゃんラウラちゃんラウラちゃん!!!」
元気にそう叫んで笑っているアリシア。そんな姿がラウラには愛おしく見え、優しく頭を撫でる。
「そんな名前呼ばなくても一緒にいるから」
するとアリシアの眼が更に輝く。
「ずっと!?」
「うん。ずっとだよ」
ラウラの中にあった頼られたいという感情。それが満たされ、ラウラのこの所のストレスが抜けていく。するとアリシアは手元を離れ寝藁の上でジャンプをする。
「いっしょにあそぼ!ずっとこの部屋でひまだったから!!」
だがそのせいだろうか。アリシアの「ずっと一緒にいてくれてありがとう」という言葉の意味を聞きずらくなってしまったのは。それはダメだと思いながらも、遠回しにしかラウラは聞く事が出来ない。
「昨日まではどうしてたの?」
正直に勘違いしているんじゃ、そう聞けない自分が情けない。そんなラウラの心持ちも知らないアリシアは、うーんと唸り目をつぶって頭をグルグル回す。
そして目を開きラウラを見るが、よく満面の笑みで笑っていた
「あんまり覚えてない!」
少しだけ安心してしまう汚い自分に嫌気がさす。だが、それ以上ラウラは踏み込むことが出来ず、作り笑いを浮かべる。
「そっか。じゃああそぼうか」
「うんっ!」
今はこれで良い。この子にとっても頼れる存在が近くにいた方がいい。そうラウラは自身の中にある疑念を押し込み、目の前の子供の善意に逃げ込むのだった。




