第2話 奴隷という物
カツカツとリズミカルな雨粒が天井を叩く。
椅子の上で目を覚ました奴隷商は、ゆっくりと固くなった体を伸ばす。
「……雨か」
睡眠から目覚め一度動いた体だったが、力が抜けたように椅子の背もたれに体重をかける。
そしてまた静まり返る室内に、雨音と時計の秒針の音が響く。時計に目をやればもうそろそろ日の出の時間。
奴隷商は一度深呼吸をすると、痛む体を押しゆっくりと立ちあがる。
寒さから逃げる様に黒い外套を身にまとい、施設の廊下を歩く。窓の外も荒れ模様で、真っ暗な廊下の奥すらよく見えない。
だがわずかに差し込む光に、反射する麦色の髪がある。
「こんな時間になにをしている」
奴隷商が近寄れば、4年前に買い、1年後に売却を控える奴隷がいる。名前はラウラ。眠そうなたれ目はいつも通り。だが今日は珍しく麦色の髪を結んでおらず、寝起きなのだろうと察しが付く。
「……レイラさん。もう出荷されたんですよね」
そう寂しそうに語るラウラの視線は、空室になった部屋へと向く。ラウラはそのレイラという奴隷をよく慕っていた。だからこそ感傷にでも浸っているのだろう。
「伯爵様が買ってくださったからな。お陰で昨日は奴隷の仕入れが出来た」
奴隷商の遠慮のない言い方に、貶し罵倒したい気持ちがラウラの心中を支配する。だがなんとかそれを抑え、ラウラの顔に影が落ちるにとどめ、絞り出すように返事をする。
「そうですか」
奴隷商にはそんなラウラの心情に察しがついていた。それこそこんな職に就いている以上、好かれる訳もなく、嫌悪されるのは当たり前だと分かっているからだ。
例え弁明をして好感度を稼いでも、結局やっているのは人身売買。それを言い訳する気は奴隷商に毛頭ない。
奴隷商はラウラの脇を通り抜け、冷たく低く事務的な連絡をする。
「飯だ。他の奴らを起こしてこい」
「……はい」
いつもの朝だ。いつものように日の出前に奴隷達を起こす。そして朝食を食わせて、あとやる事は雨だろうが晴れだろうが変わらない。
中庭に集められた奴隷商の所有する奴隷達5人。それらは雨に打たれながら淡々と木刀を振り続ける。
そして奴隷商の木刀は、ロルフという肌の荒れた男奴隷の曲がった背筋を叩く。
「腕で剣を振るな。体全体を意識しろ」
注意されたことが不服なのか、それとも奴隷商が嫌いなだけか。その両方なのだろうが、ロルフは分かりやすく怒りを露わにする。だがそれを相手にせず、奴隷商は巡回をしていく。
この建物はロの字の形状をしている。その真ん中にはそれなりの広さの中庭がある。そしてこれの用途と言えば、奴隷達の訓練用だった。
雨を気にせず奴隷商は周り、次は女の奴隷のクロエの腕に木刀を掛ける。今日も今日とてその長いブロンド髪を切ろうとはせず、結ぶにとどめている。
「お前はもっと腕を振れ。力が抜けすぎだ」
その桃色の眼から嫌悪の視線を向けられようが、淡々と必要な事だけを伝え続ける。そこに笑顔も会話も無く、暗い顔で木刀を振り続ける男女計5名。
そうして1時間と少しの間それは続く。陽はとっくに出ている時間だが、それは曇天の空に覆われ、一向に辺りを照らさない。雨足は落ち着かなく、未だ天候は悪いまま。
そんな中1人の女の奴隷が、うめき声と共に膝をつく。だが、それを奴隷商が許すはずも無く、片腕を掴み無理やり起こし上げようとする。
「まだ休んで良いとは言ってないぞ。早く立て」
肩は震え、力が抜けたようにへたり込んでしまっている。この女の奴隷はレーナ。三つ編みの髪で気も弱く体も弱い、典型的な余り物の奴隷。だからこそ鍛えねばならない。
「1時間でこれでは、外に出たらすぐに死んでしまうぞ」
そう奴隷商は無理やり立たせようとするが、それを止めるのはクロエだった。
「休ませろよ。明らかにやばいでしょ」
奴隷商の腕を握るその手は酷く震えている。それは寒さだけのせいでは無いのだろう。
だがその要求を聞く義理は奴隷商には無かった。
「だから何だ。将来お前ら奴隷が、雨だから休ませてもらえると思っているのか?そんな優しいご主人様に出会えるとでも?」
つい強く言い返してしまう。だが、ここで甘やかしたところで、この奴隷達の未来が明るくなる訳では無い。それこそ真っ暗で絶望に満ちた未来が想定するのが奴隷商。だがそんな意図など知るはずも無く、クロエはその手を離さない。
「……でも奴隷が死んだらあんたが困るだろ」
「死なないよう見ている。だから安心してその棒切れを振っておけ」
奴隷商はクロエの手を振り払い、レーナを無理やりに立たせる。すると雨のせいか地面がぬかるんでいたらしく、クロエが音を立てて尻餅をついてしまう。
「……痛った」
それに手を差し伸ばすわけでも無く、クロエが手放し地面へと転がったその木刀を手にする。
「立て。持て。振れ」
だがここでも奴隷同士仲が良いようで、またその間へと割り込む奴隷が1人。
「あの」
その声は麦色の髪を結んだラウラだった。
いい加減言うことぐらいは聞いて欲しいが、そう奴隷商は思いながら見下ろす。
「なんだ」
ジッと奴隷商を見上げるラウラの瞳。どうやら慕っているレイラと同じく、正義感に燃えているらしい。
そう昔にも同じ事があったと思い出す奴隷商。だがどうやら違うのは、ラウラ自身悲観的になりすぎているらしかった。
「女に剣を振らせる意味あります?どうせ私達なんかそういう目的でしか売られないんですし」
雨で髪は濡れ、自嘲気味にそう語るラウラ。この訓練を切り上げさせるための方便ではあるのだろうが、それでも心のどこかで思っていた事なのだろう。
「……とはいえ、また極端だな」
「それが事実でしょ」
確かにラウラの言っている事も間違ってはいない。男に比べ力も弱く魔力を保有している事も少ない彼女ら。男の奴隷より進路が限定されるという意味では、全くもってその通り。
「だが、何をしようが俺の勝手だ。大人しく従え」
進路がどうであれやれる事はやる。それが奴隷商のモットーとでも言えば良いだろうか。それに必ずしも全員が同じ進路を辿るとも限らない。
「それに、お前が大好きなレイラも使用人だ。せいぜいそうなれるよう頑張れ」
そう言ってクロエに木刀を押し付け、再び訓練を続ける奴隷商。恨まれようと嫌われようと、それが必要だと考えるから行うだけ。
そうして更に1時間続ければ、雲は晴れなくとも雨はあがっていた。順番に奴隷達に着替えさせ、屋内へと戻すと、次にやる事は座学だった。
「この薬草は止血作用がある。どうせ劣悪な労働環境に陥るお前らだ、こういうのは覚えておけ」
座学と言っても文字を教えるのは一部の奴隷だけ。高価な紙を使うには、それなりに投資に見合った相手にしか出来ない。だから、全体としては知識を教えるだけに留める。
「次に身請けについてだな。女はよく聞いておけ」
これから奴隷達が辿るであろう進路に向けた知識。僅かな可能性だけではなく、現実を突きつけるように汚い事を全て教えておく。
無論こんな話聞きたがらない奴隷が殆ど。彼女彼らは未だ子供で、受け入れられるはずも無い。だが、それでも変えられない未来だと、奴隷商は押し込んでいく。
「あと奴隷全般について言えるが、他の奴隷とも仲良くしておけよ。恨みを買われてリンチとかよくあるからな」
言ってしまえば一方方向の教育。それに加え奴隷商は、分かりやすい奴隷達の境遇を作った元凶。好かれる要素は無く、会話の節々から嫌悪が混じることは当たり前。
だが奴隷商は奴隷商としてこの職業を辞める気は無い。それは彼の経験か苦い記憶か、執着するようにやめようとはしない。
そして今日もまた。新しい奴隷が来る。玄関を鳴らすベルの音に、一度授業を止め奴隷商は腰に手をやる。
「一度ここで待ってろ。エリックとラウラだけついて来い」
名前を呼んだ2人を連れ玄関を降りていく。エリックはその赤みがかった髪を弄りながらも、面倒くさそうにしている。頭の良い子供ではあるが、少々斜に構えている節があるのが特徴だろうか。
そうして玄関へと降りれば、現れる見知った顔。
「どうもっす!奴隷達連れてきたっすよ!」
陰鬱な天候とは似ても似つかないような陽気な笑顔。奴隷を乗せた馬車の御者が玄関の戸の向こうに立つ。
「ご苦労様。いつにもなく元気だな」
受領書にサインをしつつ、世間話を投げかける。御者の後ろには昨日買った奴隷達が並んでいる。だが、それはまるで空気のように明るく御者は話す。
「いやぁ~?そうすっかね?」
奴隷商は受領書を手渡す。すると御者は言いたくてたまらなかったのか、上ずりながらも嬉しそうに報告する。
「実は子供が出来ましてねえ!女の子でこれが可愛くてぇ~」
どうやら惚気話だったらしい。背後にはこれからの人生がほぼ詰んでいる人間がいるというのに、随分と空気の読めない奴。
と、その考え方はおおよそ一般的では無い。この社会ではそもそも奴隷は空気。ただの所有物で置物。もちろん優しく庇護する人間がいないと言えば嘘だが、殆どは日常生活で奴隷に気を留めることすらしない。
だからと奴隷商も淡々と言葉を返す。
「じゃあこれから仕事頑張らないとだな」
「そうっすよ~。じゃ、こちら商品す~!」
鎖を引っ張られやってくるのは男女2人づつの子供の奴隷と、1人の騎士の男。だが足りないと奴隷商は御者を見る。
「魔暴病のガキはどうした」
すると分かりやすく御者は顔を顰める。
「え、あれいるんすか?まじで臭っいんで、捨てて来ましょうか?」
口ぶりからしてまだ生きてはいるらしい。それが分かったなら、わざわざ買った商品を捨てる人間はいない。
「国にバレたら俺が処分を食らう。良いから持ってこい」
渋々と馬車へと走っていく御者。それを見送りつつ、新しく入った奴隷達の鎖を解いて行く。
「逃げても奴隷紋がある限り、俺に居場所はバレるからな。無駄な事をしないように」
いつもの忠告をしながら、最後にと騎士の鎖に手を掛ける。すると騎士は奴隷商を見上げ、その手を強く掴んでくる。
「こんな事していて恥ずかしく無いのか」
第一声からそれかと。初対面でここまで憎悪に満ちた顔を向けられる。この男の名前はコンラートだっただろうか。
「さぁ。恥で職を決めている訳では無いんでな」
ガチャっと鎖が外れる。するとそれを待っていたと言わんばかりに、コンラートの右手が奴隷商の首へと延びる。だがそれは寸での所で止まり、それ以上近づくことは出来ない。
「所有者へ危害は加えられないんだよ。お前は騎士じゃなく奴隷だからな」
キッと睨み上げるコンラート。やはり性格にかなり面倒な所があるらしい、そう奴隷商は感じとる。だがその間に割り込むように、辺りに漂ってくるその悪臭。
「旦那~やっぱ臭すぎっすよ。ほんとに捨てなくて良いんすかぁ?」
そうぶつくさと文句を言いながらも、その麻袋を抱えて持ってくる御者。奴隷商はその麻袋を受け取り、抱える。
「大丈夫だ。また仕事頼む」
「あいっす。旦那も頑張ってくだせぇ」
そさくさと去っていく御者。それを見送りながら奴隷商は扉を閉め、待たせていたラウラとエリックを見る。
「とりあえず体を洗って着替えさせろ」
返事も頷きも無い。ただ黙って新入り達に毛布を掛けていく2人。それを確認しつつ、奴隷商は麻袋を抱えたまま、廊下を進む。そして自身の書斎の前にある部屋を開ける。
部屋の端に積まれた藁。それは木の枠組みに固定されて1枚の布が被せられている。そしてその真新しい布に向かって、奴隷商は麻袋の中身を出す。
布越しとは言え、鼻をつく酸っぱい腐敗したような匂い。知識ではあっても初めて出会う病気の人間。それを見下ろし、匂いの染みついた麻袋を纏める。
「意識はあるのか」
見える肌はあちこちが赤く爛れ、人体の原形が分からない彼女。清潔なベットに病人を安置すべきという価値観こそ持ちはすれ、現実問題奴隷商にはそんな余裕は無かった。
「喋れるか?」
そう問いかけてもかすかな呼吸が返ってくるだけ。どうやら余程重症らしいが、その身を寝かせる事しか出来ない。だが、どちらにせよこの病気は罹ったら1週間で死ぬことが多い。なぜなら、
「飯は我慢して食えよ。排泄は……嫌だろうが俺が世話するからな」
食事をする事すら苦痛に感じ拒食の末、衰弱死する事例が殆ど。わざわざ殺人を犯す趣味の無い男にとっては、同情でもなんでもない最低限の関わり方だ。排泄に関しては病気が他の奴隷、つまり売り物に移る危険性を考えてだった。
だが値引きの為とはいえ、わざわざ買うべきでは無かったと後悔が先に来る。目の前で呻く奴隷に対してそう感想を抱いていると、その奴隷の口がゆっくりと動く。
「……ご」
「ご?」
何かを発そうとしているが何も伝わらない。ブラムの話だと発症は4日前らしいが、やはり何もしなければもって数日だろう。
そう既に損切の思考が巡りつつあった奴隷商だったが、崩れかけたその顔で目立つものに目が行く。それはやけに綺麗な水色の瞳だが、視力が無いのか焦点は合わない。が、それでも声の方を見ようと必死に眼球を動かす。
「生きたいのか。死んだ方がマシな程の痛みと聞くが」
返事をするように口元が動くが空気が漏れる音だけ。それに、体で意志を示すように、荒れて体液のにじみ出るその手が男の手を掴む。体を動かすだけでも激痛だろうに、その力は思いのほか強い。
「何かやり残しでもあるのか」
その手に少しだけ揺らぎそうになった奴隷商だった。だが、現実と事実からその選択肢は、ただの利己的な逃げだと判断する。
「……俺にお前を助ける術は無い。余計な希望は抱くなよ」
その言葉に握られた手が一度弱まる。それで奴隷商は立ち上がろうとするのだが、それでもその手は縋るように空を掴む。奴隷商はその女へと一瞥することなく、手を振り払いドアノブへと手を掛ける。
「買い物下手だな。俺は」
そして部屋から出ると、待っていたのかそこにはエリックが立っている。何かあったのかと奴隷商は尋ねる。
「世話はどうした」
するとエリックは、廊下の中庭側の窓を一瞥し言う。
「ちょうど体を洗い終えた所です」
「そうか。で、何か用か」
わざわざ会話をしに来るような人間では無いのは奴隷商が良く知っている。いい意味でも悪い意味でも冷静で、現実を直視しているのがエリック。だからこそ無駄な事はしない男でもある。
そしてその予想は辺り、淡々とエリックは要件を伝える。
「客人です。玄関に」
そう言って用事は終わったとさっさと足音を立てて去ってしまう。
だが奴隷商にとって今日客人が来る予定は無かった。つまり火急の要件か何か。不穏にしか感じられず、奴隷商は重い足を引きずり玄関へと向かう。
すると玄関には物々しい鎧に身を纏った衛兵2人が、奴隷商を待っていた。そして奴隷商の姿を確認するなり、アイスブレイクも無しに要件を伝えてくる。
「先日貴殿が出荷した奴隷についてお話が」
2人の内の1人がくぐもった声でそう奴隷商に話しかける。奴隷商もそれに応対するように腰を低くする。
「……とりあえず中に入ります?」
だが片手をあげ奴隷商の提案を拒絶をする。
「いや、ここで良い」
高圧的な衛兵に、奴隷商に嫌な予感が走る。昨日売り払った奴隷についての連絡。こうやって衛兵が来るという事は、要らぬ責任が回ってくるときが常だった。
「端的に伝える。奴隷の馬車が予定時刻までに中継都市に到着しなかった」
カタッと後ろで足音がし、衛兵の視線が一瞬逸れる。それを横目に奴隷商は作り笑いをする。
「1日ぐらい遅れる事もあるでしょう」
そう冗談めかして言うものの衛兵の口角はピクリとも動かない。
「そう貴殿が思うのは勝手だがな。あとは規定通り対応してもらう」
「……今回もお国の役人さんは動いてくれないんです?」
「貴殿もその役人だろう。そしてその役目な以上粛々と責務を果たされたし」
そう言って要件は伝えたと、さっさと背を向けて言ってしまう衛兵達。それをただ見送るしかなく、肩を落とさざる負えない奴隷商。だがそれ以上にこの件に関して違和感を抱かざる負えなかった。
(情報が伝わるのが早すぎる)
件の中継地点の都市まで、往路で確実に一日以上は掛かる。まだ急げばなくは無いが、数時間の遅れで商工ギルドがそこまで性急に動くとは考えずらい。
もちろん発送予定表とズレたら、それは配送に責任を持つ奴隷商が対処すべき案件。マニュアル通りなら奴隷商が原因追究をしなければいけない。だがこの異様さに加え、奴隷の配送が遅れたという事実。
「面倒に巻き込まれたか。これは」
もし野盗に馬車を襲われたのだとしたら、奴隷商だけで対応できるか分からない。だからやりたく無いのだが、逆らえば自分の首が飛ぶ。
ならばと、背後にある、その殺気だった気配へと話しかける。
「騎士を買って良かったと思わせてくれよ?」
すると分かりやすく大きな舌打ちが聞こえてくる。どうやら既に奴隷商の事は大嫌いという事らしい。
「気付いてたのかよ」
腰に手をやり真新しい服に着替えた騎士のコンラート。鎧を脱いでも、鍛えてきたのであろう体格には目を引くが。
「それで気配を隠している気になっていたのが意外だよ」
立ち振る舞いからして実践慣れはしていなさそうだった。ブラムから聞いた話では姫君の騎士だったという話だが、随分と平和ボケな事だ。
そう思いつつも、あまり悠長にしている時間も無い。奴隷商は開けっ放しの玄関を、頭を下げくぐる。
「良いからついて来い。一晩はかかるぞ」
外から振り返り声を掛けるが、まだ何かあるのかコンラートは喚く。
「ここの子供達はどうするんだよ」
説明をする義理も無いが、面倒だからとため息交じりに奴隷商は答える。
「ラウラとエリックがなんとかする。気にするな」
面倒事はどうしてこうも変化がある時にばかり降りかかってくるのか。奴隷商は胃の痛さを堪えつつ、外にある物置のカギを開ける。
「鎧と剣使っていいぞ。普段は俺の許可なく使うなよ」
埃っぽい空気に咳ばらいをしながら、ついさっき置いたばかりの鎧を指差す。コンラートは、それを割れ物かのように触り、異様なほど埃を払う。
「こんな汚い所に……」
「文句言うな」
奴隷商は懐からより手入れのされた杖を取り出す。それは杖といってもそこまで大きい物でもなければ、高価なものでもない。
そしてそれを横目にコンラートも慣れた手つきで鎧を着こみ剣をぶら下げる。
「絶対に勝手に売るなよ」
コンラートは剣の柄に手をやり、奴隷商を睨んでくる。
奴隷商も、騎士にとっては鎧と剣がどれほど大事か、伝聞でしかないがそれは分かっている。それに今この男を刺激するのも面倒だと、とりあえず同意をしておく。
「売らない売らない。だから黙ってついて来いよ」
「本当だろうな?」
「本当本当。一々疑うなって」
また肩を落としため息が零れる。もう少しまともな奴だったらここまで心労は無かっただろうに。会って1時間も立っていないのに、どうにもコンラートと会話をすると調子が狂う。
「これからは俺に逆らうなよ」
奴隷商はジッと睨む。冗談でも何でもなく、警告に近い言葉。その意図は伝わったらしいが、それでもコンラートは反発をする。
「お前みたいなクズになんで……」
こめかみに血管を浮かべ、奴隷契約が無ければ今にも斬りかかりそうな剣幕。そんなコンラートの眼前に杖の先端を向け、再び警告をする。
「奴隷のガキ殺したく無いなら言う事を聞け。騎士様なんだろ」
「……ッ」
魔力を使った命令。奴隷に対して出来る所有者である特権。意思は曲げられなくとも、行動自体は制限できる。
「じゃあ行くぞ」
そうして2人は馬を走らせる。街を抜けて行き、整備のされた街道を抜け、山間へと入っていく。ただでさえ曇天で暗かった辺りが、日が落ちて更に視界が悪くなる。
ぞして数刻後。
雪が降り始め、馬も人も白い息を上げている。酷く冷えた夜だった。
その足元には赤く染まった雪に、白い息すら昇らせることの出来なくなった奴隷の姿があった。




