第15話 夢想
申しわけありません!告知した時間より遅くなってしまいました!
コンラートは咄嗟に走り出していた。自身の役目である剣術の指南というのを忘れ、ただそのブロンド髪を追いかける。
「ちょ、ちょっと!待って!!!」
廊下の途中。カツカツと足音を立てていたクロエの肩をコンラートが掴む。だがクロエは振り返る事すらせず、鬱陶しそうに声を落とす。
「……お腹痛いって聞こえなかった?」
その声色だけで関りを拒絶しているのが分かった。だがコンラートにはどうにも信じられず、疑いが言葉に出る。
「それは……嘘でしょ?ただハンナと一緒に居たくないからで……」
そう言ったコンラートをクロエは鼻で笑い飛ばす。だがどうにもコンラートにはクロエが苦しそうに見え、ひねり出すように彼女は言う。
「ほら私の話信じないじゃん。その癖に今更何?」
クロエはコンラートの手を払い逃れる。だが払われた手をそのまま引っ込める訳もなく、コンラートは一歩踏み出す。
「だからって逃げないでって!!」
焦りから声を荒げたコンラートは、その細い腕を掴み止める。それは以前と同様勢い余って強く握りすぎてしまい、クロエが顔を顰める。
「……痛いって!!」
コンラートは心臓が締まるような感覚を覚え、咄嗟に手を引いてしまう。
「あ、ご、ごめん」
だが、その謝罪を受け取る事無く、クロエは手首をさすり嫌悪のこもった眼で睨み上げる。
「近づかないで。一生」
クロエはそう言い残し自室へと消えて行ってしまう。それを追う事が出来ず、閉められた扉を眺めるコンラート。
だがその男の心拍は段々と早くなっていた。
「……いや。止まるな。俺」
コンラートは何度も胸を何度も叩き呟く。
「……逃げるな。ここで引いたらダメだ」
そう自身を鼓舞するが、コンラートの中には投げ出したい感情が大きくなっていく。それを塗りつぶすように、ひたすらに言葉を発する。
「俺は騎士なんだ。姫様だけの……騎士なんだ」
だがその声も段々と消え入りそうに、小さくなってしまう。
「まだ……俺は……」
言葉すら出そうになくなってしまう。だが、その弱気を払いのけるように、ドンっと強く胸を叩く。そして薄暗い感情を隠すように、作り上げた決意で塗り固めていく。
意を決したようにドアノブを握る。一度深く呼吸をし、ドアノブを捻り明るい声を造る。
「まだ話したいことが━━」
するとそこには先ほど消えたクロエが、藁を布で包んだだけの枕を持って出迎える。
「入ってくんなっつったろ!!!」
扉を開けてすぐに視界は真っ暗になる。そして藁の香りとそれに混じったカバーの甘い匂いが包む。だがそれだけで引く訳もなく、枕を手に取りコンラートは扉を閉める。
「……もう俺とは話してくれない?」
警戒しているのかクロエは後ずさっていく。だが、コンラートもクロエを追い部屋の中へと進んでいく。
段々と視線が合わなくなっていくクロエは、コンラートを遠ざけるようにトゲトゲしく言う。
「もうあんたに話す事なんて無いから」
だがそう突き放されてもコンラートはズケズケと距離を縮め、クロエを壁まで追い詰める。
そこでコンラートは一拍置く。というよりふと思考に掠る、気になった事があったからだ。
(そもそもなんでクロエちゃんがこんなに塞ぎ込むんだ?)
よくよく考えればハンナを陥れたのはクロエのはず。目的は果たされたのに、なぜ周囲の奴隷との関りを絶ち、1人になろうとしているのか。それにあれ以来嫌いなはずのハンナに対して何もしていないのも気になる。まるで何かを隠そうとしている様、それこそ嘘をついているのかのようにも思えてしまう。
(自分の行いを反省している……?いや、そうも見えない)
何かが掴めそうで届かない。そのヒントを掴もうと、クロエとの会話をコンラートはひたすらに思い出す。
だが、目の前で詰め寄ってきた大人が急に黙ってしまう現状。それはクロエにとっても恐怖心を与えるのには十分だった。
「……ちょっと……離れてよ」
弱々しい声でクロエはコンラートから視線を逸らしてしまう。だが、コンラートもここまできて引く訳にいかなかった。
「ねぇ……なんか嘘ついてない?」
いつの間にかコンラートの手も声も震えていた。妄想に過ぎないかもしれない。それこそ子供というものを信じたかっただけかもしれない。
だがコンラートには、目の前の怯えた子供に、人一人を陥れるような邪悪が籠っている様にはどうしても思えなかった。一度はその悪性を咎めたコンラートだが、初心に返り、どこか確信めいたような信用がクロエに向けられる
「……」
だがクロエは何か迷うように黙ってしまう。その様子を見て、コンラートも予感が当たったのかと、息を飲む。
するとそんな緊張した場面。ふと、クロエの足元から黒い毛玉が這い出る。
「……猫?」
コンラートは思わず固まる。藁の間から顔をだしたその黒猫。この施設で初めて見る動物で、気の抜けた鳴き声が聞こえる。
するとそれにクロエは目を丸くし、声を上ずらせる。
「こ、これは……!」
そう慌てて黒猫を隠そうと屈もうとするが、そのクロエの頭がコンラートの頭とぶつかってしまう。
ゴツン
そう鈍い音を立て、2人は藁を巻き上げ尻餅を付いてしまう。そこで黒猫がクロエの頭を超え、窓の外から逃げ出そうとしまう。
それを見て咄嗟にコンラートは跳ねる。
「あ、ちょっと待って!!」
不安定な体勢からの跳躍。だが筋肉だけはあるコンラート。ギリギリの所で黒猫を掴むが、その着地姿勢を取れるわけなく、地面へと落ちてしまう。
そしてその下には唖然と見上げるクロエの姿が。それをコンラートも認識するが、避ける事が出来ずそのままクロエに落下してしまう。
「きゃ……っ!」
クロエの消え入りそうな叫び声と共に、再び藁は舞いコンラートはクロエへと覆いかぶさる。だがコンラートの手にはしっかりと、その猫は掴まれていた。
コンラートはその事に安心する。
「ね、猫は大丈夫だから。今起き上がる━━」
そう体を起こそうとするコンラートだが、タイミング悪く聞こえてくるその声。
「……な、なにしてるんです?」
その声にゆっくりと振り返る。
するとそこには髪を三つ編みにしたレーナが立っている。
「な、なにって……そりゃあ……」
レーナは息は上がり顔は上気していたが、その目は怯えるようにコンラートを見てきていた。それが不思議でならなかったが、ようやくコンラートは今自身がどう見られているかに気付く。
「あ、いやっ……これはねk……」
そうコンラートが言いかけた時、レーナの後ろにラウラが現れる。それを見てクロエは咄嗟に、コンラートの袖を掴み首を振る。
猫の事は言うなと。それはコンラートにも伝わった。レーナは同室だから知っているのだろうが、ラウラには伝えていない事なのか。
そうコンラートは察そうとするが、それをしている暇では無かったようで、レーナはオドオドしながらも、自身を守る様に手を胸にてをやる。
「……クロエに……なにしようとしてたんです……?」
一度に色々な事がありすぎて、コンラートの思考は纏まらない。
「それは……」
だが多少客観視すれば、人が見れば大人が少女を襲おうとしていたようにしか見えない。そして相手が少女の奴隷となれば尚更。
だがそれをやっと理解したころには、ラウラがレーナに同調してコンラートへの信用は吹き飛んでいた。
「……まぁ、大人っていつもそんなもんですよね」
失望したような真っ暗な蔑むような眼。それはコンラートの事を全く信用していないと分かってしまう。
「え、えっと……だから……」
どう言い訳をするのが良いのか。咄嗟の事でコンラートは言葉がまとまらず、全く上手く言えない。そうして沈黙していく内に、ラウラ達の疑念の目が深くなっていき、更に増える足音。
「いつまで休憩してんだ……ってお前は何してんだ」
ドア枠に手を掛け部屋の中を覗くのは奴隷商。そしてまた面倒な事が起こったと言いたげに、奴隷商は眉に皺を造る。
「お前にそういう趣味があったとはなぁ」
とにかく黒猫の事を隠して何か言い訳しないと。そう冷や汗をダラダラとかきコンラートは必死に弁明をする。
「ち、違う!!奴隷商!!こ、これは……その!!」
だが、どうにもうまい言い訳が出ない。それを見て呆れたように奴隷商は表情の見え無い顔で部屋の中に入ってくる。
「その、なんだ。どう見てもお前が襲ったようにしか見えないぞ」
その問いかけにコンラートは言い訳を探すように、手を震わせながら考え込んでしまう。
それを横目に奴隷商はチラッとコンラートの手にある黒猫を見る。ため息と共に小さく呟く。
「食料の辻褄が合わなかったが、餌に使われてたのか」
奴隷商がクロエを睨む。もちろん奴隷に動物を飼うことなど許していないからだ。
それはクロエも知っていたからこそ、ひたすらに隠していた事。だがクロエの視線はしきりにレーナへと向かい、レーナは黒猫の存在に気付く。
その黒猫がバレた事にレーナは明らかに動揺する。それもそうで、この黒猫はレーナが中庭に侵入した所、クロエの反対を押し切って保護したものだったからだ。
「あ、そ、それは……!!」
その猫を守ろうと、レーナが珍しく大きな声をだす。だが、それを遮る様に寝藁に押し倒されたままのクロエが起き上がり声を張る。
「私が拾ってきた!!餌も私が盗んだ!!」
茶番でしかないとその様子を見て奴隷商は思う。だが、今は猫の事ではなく、この騎士だとコンラートを起き上がらせる。
「それは後だ。俺はこの男と話さなきゃならんから出ていけ」
コンラートは自身の濡れ衣を晴らそうと、自身の思考に沈んでしまっている。だが、正直奴隷商自身状況を把握しきれない。だからと猫の処罰は後でだと、その黒猫を拾い上げレーナに渡す。
「お前はあとでこの猫について話せ」
レーナは瞳を潤ませ諦めたように小さく呟く。
「……はい」
レーナはそのまま歩き出すと、クロエの手を引っ張る。そこでコンラートとすれ違うが、クロエの事に猫の件も相まって恨みのこもった眼で睨む。
そこで思考に沈んでいたコンラートが、舌足らずに弁明しようとする。
「……いやっ……おれは……」
だがすぐにレーナはクロエをつれ部屋の外へと出て行ってしまう。
一瞬この場の視線が猫に集まったが、そのせいでコンラートの弁明の場が消えてしまった事。それは大きく、ラウラの誤解は解けることなくコンラートを蔑むまま。
そしてコンラートに言い訳をする機会は訪れることなく、部屋には奴隷商と二人だけになってしまう。
「大人が少女を押し倒した。この事実は重いぞ」
コンラートを見下ろし奴隷商は言う。コンラートにもレーナの蔑む目がひたすらに残り、どうしようかと焦るばかり。
「だ、だから俺はそんな事を……」
「ラウラとレーナが信じるかだな。あの状況を見て」
コンラートは全身に酷く汗をかいていた。自身の濡れ衣に、その失いかねない信用の重さに。
だがその事で忘れそうになっていた、自身の疑念を思い出す。それはこの現状を忘れたいから出た逃避なのかもしれない。だがコンラートにとっては大事な事だった。
「そ、そうだ!!奴隷商!!」
言い訳が思いついたのか。そう奴隷商は思いながら面倒そうに返事をする。
「なんだ」
そこでコンラートは焦る思考で説明をする。
黒猫で一旦話は遮られてしまったが、コンラートがクロエに対して抱いた違和感。それを動揺の中拙い言葉で奴隷商に伝える。奴隷商も突飛な事を言われ驚いたが、一応その推測を最後まで聞く。
そして奴隷商はジッと考える。
コンラートの言わんとする事は分かる。確かにクロエの反応は自演までして陥れようとした加害者にしては、大人しく弱々しすぎる。まだなにか事情があるのかもしれないのと。
「たが、だからなんだ。クロエは自演だと認め、ハンナは自分がやったと言った。それが事実じゃないのか?」
何か別の真実があるのかもしれない。だが奴隷商は今ある事実で動くだけ。だが、それがどうしようにも認められないのかコンラートは言い返す。
「も、もし!!クロエちゃんに事情があったら可哀そうだろ!!俺ら大人が寄ってたかって責めてきたんだぞ!!」
今自身の立場が危ういというのに、クロエの為に必死に熱弁するコンラート。やはりバカだなと思いつつ奴隷商はコンラートの肩を叩く。
「お前は自分の心配をしたらどうだ。そのクロエを襲った暴漢だぞ」
熱弁していたコンラートの顔が固まる。クロエの件は一考の余地があるかもしれないが、コンラートにとっては優先順位が違う。だがそれも分からず、コンラートは他人ばかり。
「それは……なんとかする。だけどクロエちゃんが!!」
奴隷商はそこで面倒になりコンラートの首元を掴む。
「えっ何を━━」
「一旦冷静になれ」
コンラートの首裏に魔力を流す。すると頑強な体を持つコンラートも力が抜けたように地面へと倒れる。
「やはり奴隷に甘くすると碌なことにならないな」
奴隷商は最近の行いを顧みる。少々情が湧いて甘くしたばかりに、ここまで問題がこじれ尾を引いている。
奴隷商は酷く暗い顔をする。やはり慣れは怖い物だと痛感する。
そうして奴隷商は、コンラートをとりあえず部屋へと放り込み、その日は日が暮れてもなお奴隷達に鍛錬を積ませる。
そして夜も遅くなった頃。奴隷商はその部屋のノブを握る。
「俺が盗人にか」
月明りは奴隷商の顔を全く写すことは無かった。
ーーーーー
真っ暗
コンラートは夢の中でこれを夢だと気付いたのは初めてだった。
その暗闇の中眼球を回す。すると、どうやら自分が檻にいるらしかった。あたりを探る様に手を動かすと、何か手に絡む感覚がある。
「……これは」
ブロンドの綺麗な髪。それに気付くと同時に、辺りにその髪が散乱しているらしかった。
「…ッ」
それを見て咄嗟に飛びのくコンラートだったが、ゴツンと頭をぶつけた石壁には、血でまみれた手かせと鎖がぶら下がっている。
「……違う。違うだろこれは」
最近よく見る悪夢だった。だがこのタイミングでこの夢を見てしまうのか。そう自身の不幸を悩む中、辺りを覆う太陽を直視したような真っ白な光。
「━━眩しッ」
一瞬目を閉じるコンラート。
だがゆっくりと開き段々と慣れる視界に、見えたそれは蛆の様な群衆。その視線の集まる先には、磔にされるブロンド髪の少女。
「え……は…………」
過呼吸になる。だがコンラートはひたすらに走り出す。
「なんでなんでこんな……!!」
いくら叫んでもその声も、掻き分け走る足も全く届かない。そしてそのブロンド髪は風に舞い、紅い炎が纏う。
「何が……何がッ!!」
夢であって欲しい。夢でなければダメだ。そう願ってしまう程の目の前の光景。それに耐えきれなくなって目を瞑るが、真っ逆さまに落ちていく感覚。
そして気付けばまた真っ暗な空間。だがどこからか女の子のすすり泣く声が響いてくる。
夢特有の異常な場面転換にも違和感を抱かず。コンラートはその声の主を探ろうと、手を伸ばしても暗闇を掴むだけ。
「……だ、大丈夫だから!!」
叫んでいた。どこにいるかも何で泣いているかも分からないが、それでも自身の存在を教えるために。
「俺が助けるから。泣かないで!!!」
ひたすらに叫ぶ。だがその声に返事は無い。コンラートはなんとか立ち上がろうとするが、足がもつれ上手く立てない。
「俺が……俺が助けないと……」
もうこれが夢かどうか、そんな事コンラートは忘れ、よろよろと暗闇の中を歩き回る。そして何かが足に引っ掛かり、コンラートの体は強く地面へと叩きつけられる。
「なにが……」
痛みを感じることは無いが、それに違和感を抱くことなく起き上がり振り返る。するとそこには、見慣れたブロンドの髪が、暗闇の中艶やかに輝いている。
「ひ、姫様……?」
よろめきながらそれへと近づいて行く。
「姫様ですよね‥‥…?」
その髪を撫で掻き分ける。そして真っ白な肌が見えるが、その瞳は深紅では無く桃色のそれだった。
「……ッ」
強く睨むその桃色の瞳。それは紛れもなくクロエの物だった。だがその桃色の瞳はブロンドの髪と共に、暗闇の奥へと消えていく。
そこでやっと現実の事を思い出す。
「そ、そうだ……クロエちゃんを助けないと……」
思い込みかもしれない。そんな事分かっていたが、コンラートは自分の直感を信じていた。やはりあの子は悪い子ではないと。
だがどうすればいいか分からない。奴隷商の言う通り、事実クロエは自演を認めてしまっている。それだけを見れば悪でしかない。だがどうしてもそれだけが事実だとは思えないコンラート。
「どうすれば……どうすれば………」
眠りの中回らない頭で、コンラートはひたすらに悩む。だがその結論は一考に出ない。
「俺が分かってあげないと。あの子の孤独を……」
あの日のボロボロの木刀に皮の厚い手のひら。努力を惜しまないその手は、騎士であるコンラートには悪人には思えない真摯なそれ。
「きっといい子なはず……」
そうクロエのことを庇おうと要素を積み上げる。だが、どうしてもクロエが何を隠していて、自演をしたと言い切ったのか。それが全く思い当たらない。
そしてその思考を放棄するように呟く。
「俺の考えすぎなのか……?」
あれだけ酷い物言いをして濡れ衣を着せる人間。そういうのもいるかもしれない。その邪悪が偶々クロエだったのかと。
だが、ふっと甘い香りがコンラートを包み、握られた拳には小さな暖かな感覚がある。それを確かめるために振り返るまでも無く、耳元に囁かれる。
「コンラートはいっつも周りの人を見ないよね」
それだけだった。それが夢の最後だった。次にの開かれた視界には木目の天井がある。その甘い匂いはもうどこにも残っていない。
「……周りか」
起き上がり外を見ると差し込む夕日。時間の流れを教える。コンラートはよろめきながら、自室のドアノブを握る。
「周り……クロエの周り……」
夢の言葉を反芻する。やけに頭がクリアになった気がしていた。
「レーナが何か知っている……?」
そうだ。同室のレーナに話を聞いていないじゃないか。
そうコンラートは自身の冤罪のことなどとうに忘れ、ドアノブを捻り走りだす。
ひたすらに自分が人を信じたいその一心で。




