幕間 堺 1-7
日が落ちてもなお人でにぎわう通りで、通行人たちを逐一確かめるように見ているのは、日焼けした顔の武士たちだ。
この町で、武士があんなにも傲岸にふるまうのは初めて見た。
遠目に見ていた時以上に、堺の町中は厳戒態勢だった。
曰く、お姫様をかどわかした者を探しているのだとか。
町中では宿改めや、旅人への尋問が強制的にとり行われている。
それを見る多くの町衆が苦い表情をしている。
与平はちらりと、開け放たれた門を振り返った。
町の入口には城の大手門に匹敵する大きな門がある。その外側には堀があり、町はぐるりと土塁で覆われている。
堺は商人の町という顔を保持しつつも、いざとなったら武力を行使できる町でもあった。
与平は台車を引きながら、視線を伏せた。
悪い客を追い払う算段は立っているはず。
「ようきたな」
日向屋の旦那が、ほっとしたように表情を緩めた。
最近胴回りがふっくらしてきて、孫への溺愛ぶりが噂されている。とはいえ、生き馬の目を抜く堺で食われもせず大店を維持している男だ、見た目に騙されてはいけない。
「はい。おかげさまで」
与平は丁寧にそう言って、頭を下げた。
「ずいぶんと騒がしいですね」
お姫様たちはまだ町の外にいる。
行先の安全を確認してから、どこにお連れするか決めるつもりでいた。
日向屋はさっと与平の背後を見て、部屋に入るようにと促した。
一見、小さな商いをしに来た若者に見えるだろう。
日向屋ほどの大旦那が直接相手にしていることに、疑問を持つ者もいるはずだ。
だが奉公人たちはわきまえていて、与平のほうを見ようとはしなかった。
台車を預けて部屋に上がる。遠くで子供の声がする。日向屋の孫だろうか。
「……若君は」
室内に入ってすぐ、日向屋は真っ先にそれを尋ねてきた。
与平は頷いた。
「ご無事です」
「お怪我をなさってはおられぬのだろうな」
「はい。土居小次郎さまと、一姫様もご一緒です」
「なんと」
日向屋は表情をますます硬くした。
このぶんだと、若君を土佐まで送るという依頼は受けていても、お姫様が同行するとは知らなかったのかもしれない。
「町に一条家の兵がいると聞いていますが」
「ご一行が襲撃を受けたと聞いて、伏見の方角に探しに行ってしもうた」
一部が土佐行きの船の近くで待機しているが、湊は見張られているそうだ。
「出航はいつでしょうか。直前に船にお連れする方がいいように思います」
「……そうやな」
日向屋は何かを迷うように口ごもった。
与平はじっとその顔を見つめ、チリリと過る疑惑を抑え込む。
この男は御屋形様に恩がある。もうずいぶんと長い間、今川家と懇意にし続けている。
東海きっての大大名になった御屋形様に、表立って何かを仕掛けたりはしないだろう。
だが一条家のことはまた別だ。
堺の町衆がよくない方向の決定をしたときに、それを覆してまで親身になってくれるだろうか。
この町を守るために、お姫様たちを差し出す可能性があるのではないか。
……少し細工をした方がよさそうだ。
「町中の武士たちを、何とかできぬものでしょうか」
「抗議はしたが、聞く耳もたぬ」
「細川様はなぜ、介入してくださらないのでしょう」
ふっと、日向屋が息を詰める気配がした。
真正面から敵を排除するのは最終手段で、堺商人のやり方ではない。
武士には武士をあてることを、まっさきに考えるだろう。
毎年莫大な上納金を支払っている細川吉兆家に、こんな時ほど役に立ってもらおうとするのではないか。
だが、他の軍勢が動いている気配はなかった。
日向屋の頭の中には、いろいろな疑惑が渦巻いているだろう。
何故介入しないのか?
土佐の兵の傍若無人を止めようとしないのは、裏で話がついているからではないか。
……考えなかったはずはない。戦国の世を生きる商人なら、「まさか」では済ませないはずだ。
懐疑心が増し、慎重になるだろう。状況を見極めようとするはずだ。
彼らがそうやって迷っている間に、お姫様たちを土佐に逃がせばいい。
出航は明け方とのことだった。
東に向かう便も急遽用立ててくれることになった。
日向屋の船ではなかったが、御屋形様と親交がある別の堺衆の商船で、伊勢経由で三河に向かうそうだ。
その商人の船は日向屋のものよりも武装がしっかりしていて、用心のための護衛も屈強だった。
聞くところによると、伊勢のほうにも海賊が出るのだそうだ。
最近商船が襲われることが増えているらしく、用心をしてもしすぎることはないとか。
土佐に向かうほうが海賊は少ないそうだが、それは外海に出てからだろう。
紀伊水道を抜けるまでは、安心できない。そこまでの相互護衛の了承も得ることができた。
「……この件、治部大輔さまはご存じだろうか」
ふっと、内緒話をするように囁いたのは、天王寺屋の旦那。
ここ何年かで身代を倍にしたともっぱらの噂で、この男もなかなかやり手だ。
与平は用心しながら口を開いた。
「いえ。ですが報告は上げます」
天王寺屋はわかったという風に頷き、ちらりと日向屋と目を見交わす。
「何か、お伝えすることがおありですか?」
水を向けると、日向屋が咳ばらいをした。天王寺屋が「実はな」と口を開く。
そこで語られた内容は、なかなかに深刻な内容だった。
長年堺は、高い上納金を払って自治を保ってきた。周囲の武家の支配を逃れるために、それはもう慎重に動いてきた。
だが近年、財と影響力を持ちすぎた。町は肥え、そこに巨万の富が渦巻くと知られてしまった。
欲深い者たちが、それを欲しがらないわけがないのだ。
そう、つまり……細川京兆家が町の自治を脅かしている。
「京兆家ですか……最近ご当主がお代わりになったとか」
「そうだ」
与平の問いに、天王寺屋はひどく重い口調で言った。
だからこそ、これまでの慣例や常識が通じなくなってきているとか。
「公方様と共に、阿波で育たれたと聞いている」
ギクリ、と胸の内が鳴った。
与平のその様子を見て、二人の堺商人が頷いた。
細川家と一条家のことは、今までは無意識のうちに別の話ととらえていた。
だが、阿波と土佐は隣国で……両方とも、守護は阿波細川氏だ。
この時代の守護は、たいていの場合名目上だけになっています




