表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏颯記  作者:
幕間・与平視点

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/154

鴨川中洲~堺 1-6

 いつまでもここに隠れているわけにはいかない。

 京に戻るのが一番いいと思うのだが、お姫様は首を横に振った。

 どうしても、どうあっても、若君を土佐に送り届けなければならないと言うのだ。

 事情はお話にならなかった。こちらから詮索出来る立場ではない。

 ただ、尋常ではない御覚悟は伝わってきた。

「この先には大勢の敵が待ち構えております。あるいは堺から船に乗った後にも」

 小次郎様の説得にも頑として首を振る。

 見た目以上に意志が固いお姫様だ。

 茂みに八雲の気配がした。

 戻ってきても姿をあらわさないのは、与平らのように市井に埋没しているわけではなく、それより一段暗い所で生きる男だからだ。

 鈴の視線が動いた。

 与平はそちらをみなかった。

「川は使わず、直接堺に向かいましょう」

 お姫様の意思が固く、小次郎様がこの上どう言おうか迷われているうちに、与平は言った。

「……姫様を歩かせるわけには」

「歩かせはしませぬ」

 小次郎様が真意を問うように与平を見る。

「我らがお運びします」

 体裁に構わないのなら、三人が安全に移動するにはこれが一番早い。

 “運ぶ”という言葉にぎょっとしたのは、小次郎様だけだった。


 結論、それが正解だった。

 山の道は、追っ手が警戒していない最短経路だった。

 もちろん山のない場所も通ったが、連中が目を光らせているのは歩きやすい街道や川などで、そのほかには注意が向いていなかった。

 敵に忍びがいなかったというのも理由のひとつだろう。

 こちらも大勢は用意できないので、少人数での移動となり、それがまた目立たずよかったのだと思う。

 移動中。嬉しそうにしていたのは若君だけだった。目がキラキラと輝き、忍びの足の早さに時折歓声を上げる。

 なかなか肝の座った若君だと思う。見知らぬ、しかも忍びに背負われての移動など、通常の感覚なら恐ろしいと感じるだろうに。

 お姫様は青白い顔で目を閉じて耐えている。小次郎様はもっと体力を削がれた風で、道中で何度も嘔吐しながら。それが通常だ。

 一刻ごとに休憩を挟みつつ、堺の町に近づいたのは長い夏の昼が終わってからだった。

 その頃になると、さすがの若君も疲労困憊でぐったりしていて、最後の休憩中、三人とも立ち上がることすらできなかった。

「見ろ、町の入口に見張りがいる」

 八雲が指さす先に、物々しく武装した兵がいる。日が沈み薄暗くなってくると、軍勢は松明を持ってあつまっているので、居場所がよくわかるのだ。

 堺は町衆が強く、このように兵で取り囲まれることはまずない。堺衆からの反感を買ってもいいことは何もないので、武士ならそれを避けるはずなのだが。

 与平の目には、それが湊のほうにまで続いているのが見えた。

 かなりの兵数だ。二百はいるだろう。

「船は?」

「確かめてみたが、土佐に向かう予定の日向屋の船が二隻いる」

 つまりそのどちらかがお姫様たちを乗せるのだろう。

 だが……船に乗ったからといって安全か?

 湾内をいったん出たら、和泉灘には海賊がいる。瀬戸内の村上水軍のように常に通行代を取られることはないが、逆に無法がまかりとおっているとも聞く。

 与平は座り込んでいる三人に目を向けた。まだ幼い若君と、お姫様は非戦闘員だ。唯一の男である小次郎様が、この二人をお守りできるだろうか。

 堺には一条家の兵が五十いると言っていた。実際に土佐まで同行する護衛がどれぐらいいるかはわからないが、一気に大軍に囲まれることのない海上のほうが安全のはず。

 だが与平の脳裏には、その船に火をつけられるような事態になったら……という危惧があった。土佐に着いてからは? あちらに敵はいないと言えるのか?

 そわそわと胸が落ち着かない。

 今川家の忍びである与平たちには、ここから先は手を出すことができない。

 ……どう考えても、安全だとは思えないのに。


 与平たちは、三人には声が届かない場所で話し合った。

 やはり、八雲の持つ書簡を届けるのが最優先だという話になった。だが、お姫様たちをそのまま行かせることもできない。

 解決策はひとつある。

 道中の、海賊の襲われる恐れがある紀伊水道まで同行することだ。和泉灘から紀伊の岸を南下し、今川領に向かうなら紀伊水道を東、土佐へは西に分かれる。

 そこまでなら同行できる。

 あとは土佐の浦戸湊に着いてからだが……国内は二分されているそうだから、半分の勢力はお姫様たちの味方だ。

「あたし、一緒に行ったら駄目かな」

 ふっと鈴が呟いた。

 小さな声だったが、それははっきりと与平の耳に届いた。

「だってお気の毒だよ。あんなお怪我をなさっていて、まだお身体の具合も良くなさそうなのに」

「わしらごときが同情するなど、余計なお世話だ」

 仲間の一人がそっけない口調で言ったが、内心では気にかけているのは丸わかりだ。

 若君の無邪気でまっすぐなご気性に触れ、お姫様の優しく穏やかなご気性を目にして、思うところがあるのは与平も同じだった。

「……厳しいのは確かだ」

 腕組みをした八雲が、さっと堺の町に目を向けた。

 与平だけではなく、その場にいた複数名がため息をついた。

 一条家を襲ったのは、京側から来たのは公家の万里小路家の雇われだった。町の外で待ち構えていたのは、土佐訛りの武士たちだった。

 このふたつがどうやって力を合わせることになったのか、あるいは偶然そうなったのかまでは調べ切れていないが、目的はお姫様と若君で間違いないだろう。

 男どもが刀を振り回して、非力なお二人を追い回すなど、許しがたい事だと思わずにはいられない。

 だが、それも上からの命令を受けての行動だ。個人的な良識の介入する余地などない。

「お勝さまだったら、お許し下さるんじゃないかな」

「御屋形様とお呼びしろ」

 鈴の思いはわかるが、お抱え忍びとして口にしてよい言葉ではなかった。

 与平らはたいていの忍びよりも裁量を与えられているが、それは勝手にしても良いという意味ではないのだ。

「とりあえず、船に乗り込むまでが第一。一条家の護衛と合流した後は、お側にいることはできないだろう」

 与平はちらりと、眠っているように見える三人に目を向けた。

「日向屋の旦那に、紀伊廻りの船を出してもらおう。船が三艘と、護衛も乗っているとわかれば、海賊衆も手出しをしてこないはずだ」

 少なくとも、紀伊水道までは安全に行けるだろう。

 その先の事は……与平らの手には余る。

京から堺まで、誰かに背負われて走ることを想像してみてください

通常の人間なら酔います

小次郎君が情けないわけではありません

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
福島勝千代一代記
「春雷記1」
モーニングスターブックスさまより
6月19日発売です

i000000  i000000  i000000  i000000  i1167263
― 新着の感想 ―
こんな状況で土佐に向かうのは危険すぎるのでは… 万里小路だけじゃなく土佐もとは。かつて春雷記で権中納言様初登場回で、寒月様からの「大内に気をつけろ」と伝言をしていたけど、これが今になって顕在化したの…
一条家のお二人は今川の勢力圏に御連れしたほうが良いんじゃないかなあ 土佐に向かっても危険が待っているようにしか思えないし、寒月様がおわす土方であれば源九郎叔父が守る高天神城に近く、愛姫様と万千代様をお…
この状況から愛姫さまを守ったのは、どう行動したのやら…。このまま一条家と愛姫さまとの縁はまた深く結びついてほしいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ