↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏颯記  作者: 槐
駿河編2

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

204/208

23-6 伊勢 田丸城6

 初めての城でも、夏の夜は同じだ。

 耳をすませば虫の声がして、時折野鳥も鳴く。

 風が簾を揺らして、月明かりが細く部屋に差し込んでいる。

 孫九郎は、宿直のかすかな気配を感じながら、臥所で目を閉じていた。

 先ほどからずっと、承菊の声が頭から離れない。

 理路整然と述べられた策に、どこから口を挟めばいいのかわからなかった。


 今回、田丸まで兵を進めてきたのは、北畠と敵対する北伊勢の諸家だ。

 当然、すべての国人衆が参戦したわけではない。

 その中でも注意したいのが梅戸家だ。

 北伊勢に勢力を持つこの家は、近江の六角と血縁関係にある。当主同士が兄弟なのだそうだ。

 今、長野らは兵を率いて南下している。

 当然、本領の守りは手薄になっている。

 彼らと敵対している近隣の勢力が、この好機を逃すだろうか。

 そしてそれは梅戸家だけではなく、鈴鹿山を隔てた先にいる六角家にも当てはまる。

 田丸城に集まっている北伊勢衆は、北畠から領地を切り取るつもりでいる。

 だが、北に残してきた領地を六角に脅かされたらどうする?

 せっかく奪った土地を捨てて引き返すか。それとも今川に助けを求めるか。

 承菊は、後者になると読んでいる。そうなれば、こちらから頭を下げて協力を求める必要はない。向こうから今川を頼ってくるのだから。

 つまり、ほとんど労力なく、伊勢の一部を自勢力に引き入れることができる。

 承菊の策をまとめると、そういう内容だった。

 理屈はわかる。わかるのだが……。そう都合よくいくだろうか。

 六角だけではなく、北畠がどう動くかもわからない。

 当主は神宮に捕らわれ、田丸城も失った。だが、北畠の軍勢そのものが壊滅したわけではない。多気の本領には、まだ十分に戦える兵がいる。

 孫九郎は、暗がりの中でぱちりと目をあけた。

 うっすらと天井の模様が見える。明るい夜だ。

 静かな夜の気配が漂う中、孫九郎はブルリと身震いした。

 ――六角と北畠が手を結んだらどうする。

 北伊勢衆を挟んで争ってくれるならともかく、両家が今川を共通の敵とみなせば、話はまるで違ってくる。

 ……冗談ではない。

 そもそも伊勢に領地を増やしに来たわけではないのだ。

 一条家への余計な介入をやめさせ、それで終わるはずだった。

 それがどうして、六角の動向まで気にしなければならなくなったのか。

 承菊がそのことを考えていないとは思わない。むしろ孫九郎よりずっと深いところまで計算しているはずだ。

 それでもなおこの策をすすめるのなら、あの男の中では上手くいくという勝算があるのだろう。


 孫九郎は月明かりが差し込む簾に目を向けた。

 風でゆっくりと揺れている。

 静かな夜にもかかわらず、頭の中は忙しない。

 ずっと、承菊の策について考えている。

「御屋形様」

 暗い部屋の隅から声がした。弥太郎だ。

 護衛と宿直らが身じろぐ気配がした。

 孫九郎は臥所に横たわったまま、そちらを見た。

「田所恭一郎様がおみえです」

「……こんな時刻に?」

「お休みのようなら、明日の朝にすると」

 恭一郎は、田丸の城代と話をしていたはずだ。

 明日の朝でもいいということは、急を要しはしないが、真夜中に報告をあげたいと思うほど、重要な何かがわかったのだろう。

「夜分に申し訳ございません」

 月が差す明るい屋外から声がした。

 いつの間にか廊下に黒い影が控えている。

 普段よりトーンを落とした小さな声だが、恭一郎だ。

 孫九郎は身体を起こした。

「どうした」

「城代の永富二兵衛が、気になる話を」

 横になっているときには暑さを感じなかったが、起き上がるとジワリと汗がにじんだ。

 恭一郎の影をまとった簾が揺れて、夜風が吹き込む。

「中に」

 影が頭を下げる。

 するりと室内に入ってきた恭一郎は、当たり前だが昼間と同じ服装だった。

 孫九郎よりも年上だが、童顔なのでずっと年若く見える顔が、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

「お休みでしたよね」

「真夜中だからな」

 お前も寝ないと背が伸びないぞとか、早く寝た方がいいとか言いそうになって、いや仕事をしていたのだと言葉を飲みこむ。

「明日の朝でもよかったのですが、念のために」

 孫九郎は頷いた。そうしてくれる方がありがたい。

「申せ」

「はい」

 月あかりを背に、恭一郎は背筋を伸ばした。

「北畠家のご嫡男と、六角家の姫君の間で、縁談が進んでいるようです」

 宿直の誰かが息を飲む音がした。

「それは確実なことか? ただ進んでいる、というだけのことか?」

「城代の身分では、それ以上のことはわからないようでした」

 なんでも、北畠殿のご正室がずいぶんと乗り気で、嫡男が生まれる前から話があったらしい。

「正式な話は、ご嫡男がもう少し大きくなられてからだと思うのですが」

 孫九郎は黙って腕組みをした。

 ご正室は京兆家の姫君だ。六角家と細川家との関係を考えると、ほとんど決まっていたと言ってもいいのではないか。

 俄然、先ほどの危惧が現実性を増してきた。

 承菊にもこの情報を共有するべきだな。

 静かな野鳥の声が聞こえた。

 まだ夜中だと思い出す。

「……起きているかと声を掛けてみろ」

 誰にかとは、聞き返されなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
福島勝千代一代記
「春雷記1」
モーニングスターブックスさまより
6月19日発売です

i000000  i000000  i000000  i000000  i1167263
― 新着の感想 ―
ウキウキしますね~~ 実際でも、予定通りに行くことなんてまずないですよね。 情報を読み解き、予測を立て、予定を組み、修正を加えながら実行する。 この「修正」の加え方をどうするかがトップの器量だと思いま…
あの時以来の因縁ある六角氏ですか。 名君と言われた六角定頼殿の時代ですよね 後は六角の両藤ですか。 そうなると承菊殿が北近江、越前辺りと繋ぎを持ってそうですね 後は美濃ですか 包囲網が完成していない以…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。