22-6 伊勢 皇大神宮 正宮
夜が明けて、火が完全に消えたと確認できてから、孫九郎は燃えなかった棟の一室に招かれた。
招かれたといっても、孫九郎に用があったわけではなく、立会人としてだ。
上座には先生。その控えの位置にご嫡男。対面の位置に二の禰宜殿が単身で座っている。孫九郎は最下座だ。自分で入口すぐのところに座った。
護衛はすぐに駆け付けることができる位置にいるが、室内にいるのはその四人だけ。
きわめて重要な話し合いの場だった。
二の禰宜殿が改めて居住まいを正し、先生とそのご嫡男に向かって深々と頭を下げる。
「甥が、まことに申し訳ございません」
内宮一の禰宜の名は薗田。二の禰宜も薗田。つまり親族だ。しかも叔父と甥。甥のほうが一の禰宜なのは、薗田家の序列の問題だろう。
二の禰宜殿が頭を下げる理由はわかる。同じ内宮の禰宜として、同じ家門の者として、今回の被害者である藤波家に真摯に謝罪しようとしている。
だがこの場で、一の禰宜ではなく甥と呼んだのは良くない。
ただの家族の不始末として片をつけていい話ではないからだ。
先生は難しい顔をして、腕を組んでいた。
基本的に温和な人だから、そんな厳しい表情を見るのは初めてだ。
「謝る前に、何があったかわかってるか」
ビクリ、と震えたのは言われた二の禰宜ではなく、隣に座っているご嫡男の神祇権少副殿だ。年は二十になるかならないか。あるいはもっと若いかもしれない。
「平太夫殿」
先生は続けた。
「長官殿は祭主に成り代わろうとしたんか」
「とんでもございません」
二の禰宜殿は即座に言った。
「我ら荒木田と、大中臣の嫡流たる藤波家とではご身分が違います。かわりになどなれようがありません」
「では藤波を排し、神宮の権威のすべてを手に入れたかったんか」
「それは」
二の禰宜殿は首を横に振って否定しようとしたが、続く言葉はなかった。
何も知らなかったのならなおのこと、一の禰宜の思惑を代弁するのは無理がある。
「……申し訳」
「謝ってもろうてもな」
先生が苛立たし気にパチリと扇子を鳴らした。
「これが十禰宜の総意やゆうなら、こちらにも考えがある」
「違います。それだけは、まことに違います」
「十禰宜のうち三人が藤波屋敷におる。父上にお怪我をさせ、意識は戻らぬと聞く。この責任をどうとると長官殿に問い詰めた」
孫九郎は黙って、二の禰宜殿の背中が震えるのを見た。
一の禰宜と先生との間に、口論があったそうだ。詳しい内容は聞いていない。
結果、二人の傍にあったろうそくが台ごと倒れた。火元はそれだ。
わざと倒したとか、油を撒いたとか、そういうことではなかったらしい。
だが、危うく正殿まで延焼しそうになったのは事実。これは、一の禰宜が負わねばならない不始末だ。
「長官殿がろうそくを倒した。私の方に向けてな。わざとではないんやろう。あれにそこまでの度胸はない」
不機嫌そうに袖を振る先生にお怪我はない。ただ夕べ手水舎の傍で会った時には、確かに着物の一部が煤けていた。
口論の末の突発的な事故だとしても、やりすぎだ。
「甥は部屋に押し込め、見張らせております。やったことの責任は取らせます」
また甥と言った。
孫九郎は口を挟むべきか迷った。家門の内側で解決しようとするのは難しいのではないか。そう思ったからだ。
だが先生は首を振った。それは明確に、孫九郎の口出しを拒むものだった。
「内宮のことは平太夫殿に任せる」
「いえ、それは」
二の禰宜殿は、それを当たり前の顔をして受けなかった。
「これ以上の何かがあれば、荒木田の存続も危ういと心得よ」
はっとしたように身をこわばらせ、そののちに両手を前につく。
先生は甘い仕置きをしたわけではない。
次はない。さらなる不始末が起きるようなら、内宮の禰宜職を代々務めてきた荒木田の家門そのものを潰すと明言したのだ。
「御下命、心して承りましてございます」
二の禰宜殿はそう言って、深々と頭を下げた。
祭主様が目覚めたという知らせが届いたのは、話し合いが終わり二の禰宜殿が退室してしばらくしてからだった。
その知らせを聞いた時、先生よりもご嫡男のほうが、安堵したように肩の力を抜いたのが印象的だった。
先生も表情を緩めたが、同時にブルリと身を震わせた。
「父上が本復される前に片しておかな……とんでもないことになる」
「片してとは、一の禰宜殿のことですか?」
孫九郎は先生と並んで白湯を飲みながら、首を傾けた。
先生の案としては、禰宜の入れ替え。この際だから、力を持ちすぎた家筋をいくつか外すつもりらしい。
とはいえ荒木田は古く大きな家門なので、一の禰宜の位は、おそらく先生が平太夫殿と呼んだ、今の二の禰宜が繰り上がることになるだろう。
「孫九郎殿には心配をかけたが、あとのことはこちらでやる」
それがいい。内宮の人事にまで口を挟みたくはない。
ただ、一の禰宜が何を思って今回のようなことをしたのか、それだけは知っておきたかった。
「北畠家と、どのような密約があったのでしょう」
「北畠家だけが理由とは限らん」
先生は湯呑を置きながら首を振った。
「……昔から、今ある座では満足せん男やった」
つまり、祭主家より上に立ちたいがためだったというのか。
この混乱の中であれば……という誘惑にかられたのかもしれない。
荒木田という大きな禰宜の家系があって、その中に、薗田とか複数の名があるという感じ
地名で呼ばれるアレです




