第299話 社畜、図書館に行く
本社ビルの社食で昼食をとったあと、佐治さんと一緒に図書館へと向かった。
場所は勤務先である本社ビルから徒歩十数分。
食後の運動にちょうどいい距離の場所だ。
「へえ、こんなところにあったんですね」
立派なビルを見上げて呟く。
周囲には、午後一番だというのに結構な人が行き交っている。
スーツ姿の男女、ご老人、それに近所の奥さんと思しき女性などなど。
というかここ、役所の庁舎だよな?
正確にはその敷地内にある別棟、ということになるだろうか。
街の図書館がこんな場所にあるとは思わなかった。
「なんだ廣井、お前は図書館を利用したことはないのか?」
「ああ、いえ……学生時代に学校のやつは利用したことはありますけど……公共のは初めてですね」
実際、一般社畜男子が利用しない施設のかなり上位に来るのではないだろうか。
もちろん、業種や趣味にもよるのだろうが。
「そうか。まあ、お前みたいな奴には縁がない場所かもな!」
そう言って、ガハハ! と笑う佐治さん。
つーか、あんたが一番縁のなさそうな場所に見えるんですけど……とは口が裂けても言えない。
まあ、佐治さんは黙っていれば、知的な美人に見えなくもない。
もともとボーイッシュというかキリッとした顔立ちだし、服装もタイトめのオフィスカジュアルだ。
肌こそ健康的な小麦色だが、一部(どことは言わないが)を除いて細身ではある。
「何をしている、廣井。さっさと入るぞ」
「あ、はい」
◇
「おお……本がいっぱいだ」
久しぶりに見る大量の本棚に、なんとも言えない感慨が込み上げてきた。
本屋とは違う静謐な空間に、あらゆる種類の本が大量に詰め込まれている。
その事実に圧倒される。
それに、図書館に漂うこの独特な匂い。
めっちゃ落ち着く。
「廣井、目当てのジャンルはここらへんじゃないか」
と、少し先を歩いていた佐治さんが立ち止まると、側の棚を指さした(佐治さんにしては珍しく小声で、だ)。
どうやらそこはオカルトやSF本を扱っているコーナーのようだ。
ざっと見た感じ小説などのフィクションが多いが、実際の事件や事故を扱ったノンフィクションもちらほらと目に入る。
「ありがとうございます。とりあえず、ここを探してみます」
「うむ。私は適当に本を見繕ってくるから、ここからは別行動だな」
「了解です」
小声で言葉を交わすと、佐治さんはスタスタと雑誌コーナーへと向かっていった。
「じゃ、俺も頑張りますか……お、これとかどうかな」
最初目についたのは、昭和と平成の凶悪事件や未解決事件を扱った書籍だ。
書架からクイッと取り出し、目次をパラパラとめくる。
内容は想像通り。
殺人事件を始め、奇妙な事件や事故に関する考察や検証などが記載されている。
とはいえ、失踪事件についてはそれほど多くのページを割かれていないようだ。
どちらかと言うと、猟奇殺人事件とか大量殺人事件などがメインだろうか。
ということでこれはパス。
「……これはどうかな」
次に手に取ったのは、失踪事件を多く扱った書籍だ。
こっちは海外メインのようだ。
宇宙人のアブダクションから洞窟内部での遭難事故、アメリカの田舎の殺人鬼にまつわる事件などなど。
……この手の本、中学生くらいのときに出会わなくてよかった。
中二病を患っていた当時の俺なら、きっとドはまりしていたことだろうからな……
とはいえ、残念ながらこっちも空振り。
その後もめぼしい書籍を手に取ってみるが俺の欲しい情報は見つからず。
さすがにUMAだの妖魔だのについては、気になるが関係ないだろうし。
仕方がないので、隣の棚に移動する。
「……ん? これは」
隣は、どちらかと言えば人文科学に関する棚らしいが……
「なるほど、神隠しか」
ジャンルとしては、民間伝承だろうか。
その文脈で失踪事件についての取材記事をまとめた、ノンフィクション書籍だ。
もしかして……と思い、その場でパラパラとページをめくってみる。
最初は江戸時代から大正時代までの、各地の民間伝承。
それから実際に起きた事件が章立てで紹介されている。
昭和初期に農村部で立て続けに起きた農家一家の神隠し事件。
昭和後期、とある地方都市の路上で小学生グループが突如失踪し、数日後に同じ場所で発見された事件。
平成初期、少年少女が失踪し、アメリカの中西部で発見された事件。
少々古い書籍なのでまとめられている事件は平成中期までだが……かなりのボリュームだ。
そのうちいくつかは、俺が子供の頃にテレビで見たものも含まれていた。
そして……
「これ……もしかして」
書籍の最後らへんで、俺はページを繰る手が止まった。
――平成中期に起きた、男子高校生の神隠し事件。
概要はこうだ。
とある地方都市で暮らすK君は、いつも通り高校に通学。
しかし授業が始まってもK君が教室に来ていないことから、担任の教諭が彼の家に連絡を入れる。
だがK君の家族は、彼はいつも通り家を出ていったという。
目撃情報では、生活指導の教諭が校門付近で彼を見たのが最後。
その後、学校が警察に通報。
学校も校舎を含め敷地をくまなく探したが見つからず。
なおK君は家族仲が悪かったらしく両親は彼の捜索にあまり協力的ではなかったことから、虐待などが疑われたようだが……結果はシロ。
その後、K君の行方が知れないまま数年が経過している。
「……たしか、勇者の名前は『コマダ』だったよな」
スマホを取り出し、異世界で撮った写真を確認する。
もちろん書籍内では地方や学校名も含めすべてが伏せられているか仮称のうえ、Kが苗字なのか名前なのかすら定かではないが……
「とりあえず、参考資料にはなるかな」
詳しく読み込むため、俺は書籍を手に取ると閲覧室に向かう。
すると、数名の利用者の中に佐治さんの後ろ姿を発見した。
彼女は熱心な様子で、雑誌らしき本を読みこんでいるようだ。
背後から覗き込んでみると、それはどうやら格闘技雑誌の最新号らしく、筋骨隆々の男たちがファイティングポーズを取っている写真と記事が見えた。
それから、テーブルに積まれた武術指南系の書籍類。
うーむ、いかにも佐治さんらしいチョイスである。
「……む」
彼女はすぐに俺の気配に気づいたのか、顔を上げ振り向いた。
「……!?」
そして俺は固まった。
佐治さんは眼鏡を掛けていた。
フレームは薄めで、グラスは丸型。
こうしてみると、図書館というシチュエーションも相まって……まるで佐治さんが清楚で知的な美人OLのようにしか見えない。
もちろん似合っている。
似合ってはいる。
だが……なんだこの胸の奥でザワつく不穏な感情は。
なんというか、すべての価値観が裏返ったような、これまで信仰していた神が邪悪な存在だったかのような、足元から価値観を揺るがすような衝撃的感覚だ。
なるほど、これがクトゥルフ神話における根源的恐怖というやつなのか……!?
「…………」
と、佐治さんの目がキッと鋭くなった。
それから無言のまま、クイと背後に親指を向ける。
あっ、これアカンやつや……
だが、ここで取り乱してはならない。
俺は無言でコクコクと頷く。
「…………」
「…………」
それを確認した佐治さんはパタンと雑誌を閉じると静かに席を立ち、閲覧室の奥へ歩き出した。
俺は死刑台に向かう足取りで、彼女のあとをついていく。
佐治さんについていった先は、コピー室だった。
「……資料をコピーするならここだ。見つかったんだろう? 目当ての本が」
「あ、ああ! そ、そうですね」
……どうやら俺の思い違いだったらしい。
俺は胸の内でホッと息を吐く。
佐治さんはコピー機の蓋を開けると、『早くしろ』と手招きした。
「は、はい。というか、ここの本ってコピーしてもいいんですね」
「……ふん。廣井はそんなことも知らないのか」
と、佐治さんがドヤァ……と口の端を歪める。
お、早くも清楚系知的美人眼鏡OLのメッキが剥がれてきたな?
まあ、とくに読書習慣もない一般社畜男子が図書館の利用方法に詳しいわけがないからな。
ここは大人しくドヤらせておこう。その方が面白いし。
佐治さんがドヤ顔のまま続ける。
「いいか、廣井。図書館に所蔵されているたいていの書籍は、『研究調査』目的ならば可能だ。もちろん書籍丸ごとはダメだがな」
「コピー範囲は、せいぜい十数ページですね」
「ならば問題ない。私は閲覧室にいるから、終わったら声を掛けろ」
「了解です」
「……そういえば廣井」
と、佐治さんが数歩歩いたところで振り返った。
俺はコピー機に小銭を投入しながら、なんとはなしに返事をする。
「あ、はい。なんでしょうか」
「お前さっき、私の眼鏡を見て固まっていたな? 言いたいことがあるなら聞いてやる。言ってみろ」
「…………」
残念。
どうやら俺の危機は未だ去っていないらしい。
※本作は(作中に出てくる書籍の内容なども含めて)フィクションです。
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