第298話 社畜、過去を調べる
異世界から戻ったあと。
クロと一緒に自宅で夕食をとり、荷物の整理やら何やらしていたら夜中になっていた。
二人で歯磨きをして交互に風呂に入り、クロはベッドへ。
俺はひとまず明日の仕事の準備をしてから、PCに向かう。
ネットの検索エンジンを立ち上げ、検索ワードを打ち込みエンターキーを叩く。
「うーん、ないなぁ……」
そしてPCモニタに表示された検索結果を睨み、ため息を吐いた。
『失踪事件 駒田ユウ 検索結果 0件』
ニュース関連の記事に至っては、影も形もなかった。
俺は異世界で撮った写真と検索結果を交互に見て、本当に名前に間違いがないか何度も確かめる。
一字一句、名前に間違いはない。
「失踪事件ってだけじゃ、あまり大事にならないのかな……」
モニタ上の結果を見ながら、そう呟く。
少し調べてみたのだが、日本国内で行方不明者として捜索願が出される数は1年で8万~10万件ほどになるという。
そのうちほとんどは見つかるそうだが、中には見つからずじまいの人もいる。
そもそも異世界召喚という現象が、今のこの世界でどのくらいの頻度で行われていたのかは分からない。
もしかして、検索ワードが間違っているのだろうか?
俺はいろいろと関連しそうなキーワードで検索をしてみる。
その結果、気になる事件や事故などは出てきたが……いずれも『駒田ユウ』とは関係ないものばかりだった。
それから行方不明者の情報を集めている民間のサイト。
こちらにも特に情報はなし。
そもそも怪しげなサイトが多いので、信憑性の点からあまり参考にならない。
「うーむ……まさか、事件の記事が消されているのか? ……いやいや」
一瞬、陰謀論めいた考えが頭をよぎるが、すぐに否定する。
確かに社長のように素性がよく分からない人間もいる世界だし、妖魔も魔法少女も存在するのだから、そういう闇の組織がいてもおかしくないが……
それを考えてしまうともう収集が付かなくなる。
そもそもの話、彼が身寄りのない人間や何らかの事情で警察に捜索願が出されていなければ、事件にすらなっていない可能性もある。
最後の手段として、もしかして巨大掲示板サイトのスレッドなら……と思ったが、直近のものを調べてみたが名前はまったく出てこなかった。
そして過去のスレッドは通常の方法では閲覧できないようになっているようだ。
さすがに、このためだけに有料会員になったり課金するつもりはない。
ひとまずの調査はここまでだ。
「はあ……さすがに探偵の真似事はなぁ」
そもそも十数年前、下手をすれば20年近く前の出来事のうえ、日本のどこで起きたかもわからない失踪事件を個人で調べるのは無理があった。
美祢ちゃんの助けになればと思って始めた勇者の痕跡探しだが、これ以上深入りすると自分のプライベートを犠牲にすることになる。
いや、もうかなり犠牲にしている気もするが……異世界探検はまあ趣味の範囲だからセーフだろう。
……それにしても。
勇者に関する情報を集めに異世界に行き、一定の成果を収められたと思った。
だが、どうやら事はそううまく運ぶようにはできていないらしい。
もしかすると、もう少し魔界の奥深くまで入り込んで情報を集めなければならないかもしれないな。
デスクの背もたれに寄りかかり、そんなことを考えていたら。
背後でごそごそと衣擦れの音とともに、フーッと大きなため息が聞こえてきた。
「主よ、まだやっているのか」
「……あぁクロ、起こしちゃったか」
振り返れば、先にベッドに入っていたクロが、布団から頭だけを出しこちらを見ていた。
不機嫌そうなジト目をしているのは、俺が一向にベッドに潜り込んでこないからだろう。
「悪い、あともう……ちょい……」
「…………」
あ、まずい。
俺が口を開くたび、クロのほっぺたがぷくーっと膨らんでゆく。
あの膨らみは不満の大きさを表している。
今は、レベル7……8くらいだ。なお10になると布団の中に引きずり込まれる。
「分かった、分かったよ。そろそろ俺も寝るから」
壁にかけた時計を見やれば、時刻は深夜2時を過ぎていた。
明日は仕事だから、さすがに今日はここまでにしておこうか。
◇
「ネットで調べものですか? ニュースサイトの記事でしたら、ものによっては一定期間経過後に消えちゃうみたいですよ」
「えっ、そうなんですか!?」
翌日。
仕事の合間に桐井課長にそれとなく聞いてみたら、速攻答え合わせが終わってしまった。
確かに俺の探していたのはニュース記事が中心だったからな。
課長はいつもの春風みたいな微笑を浮かべながら『ほら、こっちです』と、手招きする。
「失礼します」
課長のデスクまで行って、彼女の肩越しにPCを覗き込む。
検索エンジンの結果表示で、有名ニュースサイトの掲載情報がトップに表示されていた。
「最大でも1年くらいなんですか」
「ブログ記事や個人サイトなんかは、こういった期限はないかもしれませんけどね」
「そっちも一応当たってみたんですけどねぇ。胡散臭い記事ばかりだったのですぐに参考にするのをやめちゃいました」
「おい廣井、何を探してるんだ? 私も混ぜろ」
課長との会話に割り込んできたのは言うまでもなく佐治さんである。
彼女は楽しげな様子で俺と課長の間に身体をねじ込むと、PCを覗き込んだ。
「ニュースの掲載期間? 何か事件でも追っかけているのか」
「そういえば、私も気になります」
「あー……」
桐井課長と佐治さんが、興味津々な様子で俺を見てきた。
まあ……仕事に関することだし、さすがに二人とは情報共有すべきか。
「美祢ちゃんの件ですよ。前世の記憶があると言っていた、あの子です」
「それであの子と行方不明者と何の関係があるんだ?」
「実は――」
とりあえず、話せる範囲で彼女に関することを二人に説明する。
もちろん異世界の話は内緒だが、前世で日本人らしき少年と一緒だった(かもしれない)ことは、別に伝えても構わないだろう。
「がはははははは!」
俺が話し終えた瞬間、佐治さんがこらえきれずと言った様子で爆笑した。
「ちょっと、笑いごとじゃないんですよ? 美祢ちゃんの話は知っているでしょう」
真剣な様子で俺の話を聞いていた桐井課長が、眉を寄せて佐治さんを窘める。
だが、佐治さんはデスクをバンバン叩きながら悶えている。
「うはははは! いや、分かっている! だが、前世で日本人の少年と一緒だったかもしれない? さすがに出来すぎだろう! 確かにあの子の魔力と実力は本物だが……わははははは!」
「すいません、説明の仕方を間違えたかもしれません……」
「いえ……廣井さんはちゃんと真摯な様子でしたよ」
桐井課長は佐治さんに呆れながらも、俺には理解を示してくれた。
まあ、正確には美祢ちゃんが勇者の容姿を覚えているわけではなく、俺の調査結果ではあるけども。
というか、佐治さんも元魔法少女だよな?
そっちの方がよっぽど面白いだろ……いやぶっ飛ばされるから言わないけど。
「はあ、はあ……まあ、状況は理解した。要するにこちらで行方不明になった子供がいないか、探しているということだな」
「まあ、そうです」
「だったら図書館で探したらどうだ? さすがに新聞は最近のものしか置いていないだろうが、その手の本が置いてあるかもしれないぞ」
「図書館、ですか」
なるほど、そういう手があったか。
可能性は低いが、過去の未解決事件などを取り扱ったムック本や実用書などが置いてあるかもしれない。
たしか、本社ビルから歩いて行ける距離にあったはずだ。
それなら労力も少ない。次の土日にでも行ってみるか。
それにしても、佐治さんも意外なことを知っているものだなぁ、などと感心する。
…………。
…………えっ、佐治さん図書館行くの!?
「おい廣井。その目はなんだ」
と、俺と桐井課長の視線に気づいた佐治さんの目がつり上がる。
「いやぁ、意外だなぁと思って……」
「おい馬鹿にするなよ。私だって本くらい読むに決まっているだろう。図書館はいいぞ。場所によっては十年以上前に刊行された武術の専門書が所蔵されているからな」
あぁ、そういうことね……
確かにそれなら佐治さんらしいとも言えなくも……いややっぱり想像できないな。
大人しく席に座り、真面目な顔で本を読んでいる彼女の姿を。
などと思っていたら。
「というわけで廣井、思い立ったら吉日だ。今日の午後、お前は外せない仕事、入ってなかったよな。昼飯を食べたら、一緒に図書館に行くぞ」
「あ、はい」
……………………えっ?




