第297話 社畜と聖地巡礼
「お、ここかぁ」
勇者の碑はすぐに見つかった。
中心街の外れにある小さな修道院の横の脇道を入り、ちょうどその建物の裏手側にひっそりと佇む古い木造とレンガの建物がある。
そのすぐ傍に小さな石碑が立っていた。
「リンデさんの言っていたとおりだな。これじゃ、ほとんどの人がスルーするのは当然だ」
大きさは、膝丈くらい。
というか、最初はただの境界標か何かだと思ってスルーしてしまった。
まあ、勇者一行がただこの街に立ち寄って買い物しただけの場所なのを考えると、この程度の扱いなのは納得だが。
というか他にあるだろ、もっと記念碑立てる場所とか。
おそらく教会とか冒険者ギルドとか、中心の飲食店街とかには立ち寄ってるだろ……!
「ふぅむ、これが主の探していた勇者とやらか。随分とみすぼらしいのだな」
「まあまあ、そう言わずに」
「おお、横に文字が刻んであるぞ。どれどれ……」
クロは石碑の側にしゃがみこむと、じーっ……と目を細めた。
「ゆう、しゃ……ほうもん、のち……これだけか?」
「これだけみたいだな」
俺もしゃがみこんで、石碑の文字を読む。
もっとも石碑には、シンプルに文字だけが彫り込まれているだけだ。
彼らの足跡をたどっている俺たちとしても、正直これだけでは何も分からん。
「ま、ひとまず写真だけ撮っておくか」
スマホを取り出し、パシャリと撮影。
それから『鑑定』もやっておく。
「……『勇者の足跡を記した石碑』、か……」
こっちも空振りだな。
さすがに在りし日の出来事が分かったりするなんてことはなかった。
まあ、分かったとしても『鑑定』は文字ベースだからご尊顔が判明したりすることもないわけだが。
ということでぼちぼち日本に帰ろうとかと立ち上がった、その時だった。
「ん-? 珍しいな、その石碑を拝みに来るのは!」
元気な女の子の声が、横から聞こえた。
そちらを振り向けば、石碑の横にある建物の扉が開いており、10歳くらいの女の子が顔を出し、じっとこちらを見ている。
勝気そうな顔つきに、燃えるような赤い髪、それに口の端からキラリと見える八重歯。
どことなくやんちゃな雰囲気が可愛らしい。
たしかこの建物は雑貨屋らしいから、……多分店主の子供とかだろう。
「どうも、こんにちは」
「こんちは! お兄さんとお姉さん、行商のひと? 異国のひと?」
ひとまず挨拶すると、赤髪の少女は元気に挨拶を返してきたあと、さらに尋ねてきた。
「まあ、どちらもそんなところです」
「やっぱり! でもこんな地味スポット見ても面白くないでしょ? せっかくだからウチのお店も見てってよ」
「ははは、商売上手だね」
まあ地元民からしたら、石碑とか日常の一風景だしそんな扱いだよな。
などと思っていたら。
「こら、リア! 店番をさぼってなにしてんだ……ってお客さんですか」
店の奥から男性が出てきた。
年齢は俺より少し年上。
がっしりした体格のおっさんだ。
どうやらこの人がここの店主のようだ。
◇
「なるほど、異国からはるばる勇者様の足跡を辿って! これはウチの娘がとんだ失礼を」
「とんだしつれいを!」
「いえいえ、どうかお気になさらず」
立ち話もなんだから、と俺たちを雑貨屋の中へ招き入れた店主のおっちゃん――ダリウスさんが頭を下げる。
それと一緒に、女の子――リアちゃんも一緒になって頭を下げた。
その姿は見ていてなんだか微笑ましい。
きっと普段から仲が良いのだろう。
「アラタさんとクロさんは夫婦で行商を?」
「ああいや……まあ、商売の方はそんなところです。最近はどちらかといえば冒険者稼業の方が中心になってしまっていますが」
一瞬、夫婦と聞かれてどう答えたものかと逡巡したが、とりあえず曖昧に濁しておく。
なぜかクロは否定もせずまんざらでもない表情を浮かべているが、説明してもややこしくなるだけだ。ひとまず放っておこう。
ダリウスさんが続ける。
「ふむ、冒険者登録をしていた方が行商は仕事がしやすいですからな。それに商業ギルドときたら、最近は王都から入ってきた大商人ばかりを優遇して困ったものですよ。本来なら地元の商人を保護すべきなのに、何を考えているのやら」
「こまったものですよ!」
「それに、ウチのカミさんは冒険者ギルドの職員をしているんですが、どうも商業ギルドが指定する業者としか取引をさせてくれないらしくて、そこがの担当者が横柄らしくて――」
「ははは……」
どうやらダリウスさんは商業ギルドに思うところがあるらしく、聞いてもいないのに愚痴をこぼし始めた。
彼の真似をするリアちゃんは多分よく分かってないだろうけど仕草はそっくりだ。かわいい。
そういえばこの店、時間帯のせいかお客が俺たちしかいない。
たしか中心街の方に市場があるし、大きな商店があるから客を取られているのかも知れないな、などと思ったりする。
このあたり、日本も昔からの商店街が大手商業施設にお客を取られていたりすると聞いたことがあるが、こっちも同じような状況なのだろうか。
さっきのダリウスさんの愚痴も、そういった事情を匂わせている。
庶民というものは、どこの世界でも世知辛いのだ……
それはさておき、俺としてはこの店の様子はなかなか興味深い。
これまでは飲食店や宿屋にしか立ち入ったことがないので、地元密着型のお店は逆に物珍しくてあちこち見回してしまう。
最初に視線が向いたのは、すぐ側にある近くの天井に届きそうな背の高い棚だ。
そこには、段という段に陶器製の皿やらポットやら鍋やらがこれでもかと詰め込まれている。
その隣のすこし低めの棚には、タオルのような布やらタワシやら箒やら石鹸やら、生活必需品のコーナーだ。
ちなみに石鹸は、こっちの世界でも意外とどこにでもある。
宿屋には当然のこと、あまり質の良くないヤツだが比較的安めの酒場のトイレにも置いてある。
おそらくモノ自体は一般に普及しているのだろう。
一応浄化魔法で身体を綺麗にすることはできるみたいだけど、すべての人がその手の魔法を使えるとは限らないからな。
と思えば、魔法陣を描いたお札らしき木片が木箱に入れて展示されていたりもする。
ちらりと見えた術式からして、あれは『獣よけ』だな。街中で使うなら、鼠とか害虫が対象だろうか。
と思ったら、木枠に見覚えのある名前が。
なるほど、リンデさん謹製か。
そういえばあの人、今は宿屋のフロントみたいなことをしているが本職は魔法使いだったからな。
それにしても、生活感あふれるラインナップである。
少し目を別の場所にやれば、豆や干した野菜など乾物の類が山のように積まれていた。
それに、壁面のあちこちに精緻な筆致で描かれた風景画や人物画が額縁に入れて飾られており、それが妙にノスタルジックな雰囲気を醸し出している。
……そして、店の奥にある絵画に目が吸い寄せられた。
それは、額縁に納められた人物画……いわゆる肖像画だ。
年若い男性1人を中心に、両隣に美しい少女が2人。
男性は黒髪、少女はそれぞれ青い髪と赤い髪で描かれている。
そしてその組み合わせには心当たりがあった。
……あれはまさか。
「ああ、あれは勇者様ご一行ですな。私が描いたんですよ」
「ダリウスさんが? なかなか上手いですね」
なるほど、それで店に飾っているのか。
「こう見えても、若いころは宮廷画家を目指しておりましてね。まあ、この店を継ぐタイミングで諦めたんですが」
寂しそうに、しかし少しばかり自慢げに笑みを浮かべるダリウスさん。
「そういえば、勇者様はここで買い物をされたんですよね。何を買われたんですか?」
「うーん、なにぶん十何年も前のことですからなぁ。ちょうど私が店番をしていたんですが……ああそうだ、たしか石鹸をごっそり買って行かれたのだけは覚えておりますよ」
「石鹸ですか」
これまた意外な。
「聖女様のお二人とも、石鹸を見て大層喜ばれましてな。確かに思えば魔界まで入れば宿屋もありませんでしょうし、石鹸は必需品だったのでしょう。それにウチで扱うものは街の宿屋に卸しているものと同じですから、香り付きだったのもお気に召した理由のひとつかも知れませんな」
「なるほど……」
確かに魔界まで入ってしまえば、現地民である獣人たちの協力は得られないので野宿ばかりになる。
聖女様のどちらかが浄化魔法を使えたとしても、普段は魔力を消費しない石鹸の方が便利だろう。
勇者君と聖女様たち、結構苦労していたんだなぁ……などと勝手に思いを馳せながら、改めて肖像画を眺める。
真ん中の黒髪の少年は特徴のない薄めの顔立ちだが、両隣の聖女様はどちらも目鼻立ちのはっきりした美少女だ。
ちなみにどちらも美祢ちゃんとは似ても似つかない顔立ちだったが、これは当然だろう。
そのかわり(?)にアンリ様にどことなく似ているような……
と、そこで気づいた。
ダリウスさんの絵柄、どこかで見たことがある。
「もしかしてダリウスさん、人相書きも担当しておられます?」
「あぁ、よく気づきましたね。ええ、たまにですが衛兵隊や冒険者ギルドから請け負って、描いておりますよ」
自慢げに答えるダリウスさん。
「やっぱり!」
以前アンリ様が手配された時に見た絵柄と店に掲げられている勇者一行の絵柄はよく似ていた。
「それにしても、仕事とはいえ聖女アンリ様には申し訳ないことをしましたなぁ。あの騒動のあと誤解が解けて手配が解除されたから良かったものの、当時はしばらく悩みましたからな」
あ、やっぱりダリウスさんもそう思ってたんだ。
何となく、ホッとする。
その後は軽くダリウスさんと雑談をしたり仕事の愚痴を聞いたりしてから、適当なところで話を切り上げ店を出た。
行商用(?)に獣避けの木札を何枚か買ってみたので、せっかくだから自宅の虫よけに使ってみるとするか。
※余談ですが、石鹸って結構歴史が古くて原始的なものは五千年くらい前から存在していたらしいですね。
ちなみに中世ヨーロッパでもそれなりに普及していたらしいです。




