第295話 社畜、勇者伝説を調べる
冒険者ギルドに報告したその日は、異世界で宿を取ることにした。
単純に地球側に帰るのが面倒になったからだ。
というか、夜まで飲み食いしたあとはクロが満腹になったせいか完全におねむで、そのまま飯屋の席で寝そうになってしまった。
だったらもう、こっちで宿泊してしまった方がいいと判断したわけだ。
幸い明日までは休日だからな。
そしてこちらの定宿と言えばリンデさんの職場『渡り鳥の寝床』である。
「あれ、アラタさん? 久しぶりだね」
宿の扉を開くと、幸いなことにフロントの奥からリンデさんが顔を出した。
どうやら今日はちょうど夜のシフトに入っているらしい。
「で、その子だれ?」
リンデさんのジト目が最初クロに向かい、それから俺に突き刺さった。
あー……そういえばこの姿のクロ、リンデさんに紹介していなかった気がする。
彼女から見れば、今の俺は街で酔いつぶれた女の子をお持ち帰りしたオッサンにしか見えないだろうな。
クロは満腹になったせいか、すでにここに来るまでにウトウトしていた。
それで人の姿のまま肩を貸し、ここまで連れてきていたのだが……それが裏目に出てしまった形だ。
「あの、こいつ、クロです」
「……は? その子、クロエさんっていうんだ?」
いやまあ女性の姿だけどさ。
なんでそんな刺々しいんですかね……
「いや、クロですよ。使い魔のクロ。知ってますよね? で、こいつ最近人に化けられるようになったんです」
「……えー、本当に~? 確かになんかクロちゃんの面影がある気がしないでもないけど……アラタさん、結構モテるでしょ? すぐばれる嘘、つかない方がいいよ?」
いやいや、俺がモテるってなんぞ?
この世に生まれ落ちてはや35年、これまで生きてきてモテた覚えなんぞないんですけど!?
いや、最近は身の回りに女性が増えてきて華やかになってきたなぁとは感じているけど!
だがクロは従魔だし、あとは職場の同僚だったり近所の子供だったり偽幼女ロリババアだったりだし!?
というか、こいつはクロだから!
えーと、何か証拠になるものは……あった!
「いや、本当ですって! ほら、こいつの赤いチョー……首輪! 見覚えあるでしょ!」
「へー…………まあ、確かに見覚えあるけども」
そう言いつつも、疑い深げにスッと目が細まるリンデさん。
わざとらしくカウンターに頬杖を突きつつ、無言のままじっと俺を睨んでいる。
だから怖いって!
とはいえ、このままでは埒が明かない。
クロもさっさと寝かしつけたいし、なるべく早く手続きを終えてしまいたい。
リンデさんの態度はスルーして、俺はお客様然とした顔で先を続ける。
「あの、もう今日は遅いのは承知の上ですが……お部屋って空いてます?」
「もちろん2部屋空いておりますよ、お客様?」
おお、その他人行儀な営業スマイルよ。
いやまあ先にそういうノリで進めようとしたのは俺だけどさ。
「あの、こいつ従魔なんで2人部屋で——」
「はい、2部屋ご準備できました! あーごめんなさい今日はもう2人部屋は満室で1人部屋しか空いてないんですよねー」
デン! と2つの鍵をフロントのカウンターに叩きつけ、にっこり微笑むリンデさん。
あの、笑顔って元々動物においては威嚇の表情だったって言いますよね?
今のそれ、そうとしか見えないんですけど……まあ、それはさておき。
「はあ……ありがとうございます」
「夜も遅いので前払いでお願いしますね?」
「はい……」
ということで、2部屋分の宿代を支払う。
いやまあ、さすがに今のクロと一緒に宿泊して1人部屋で泊まろうとは思わないけどさ。
あ、そうだ。
「あの、そういえばリンデさんに聞きたいことがあるんですけど」
「なーに、アラタさん?」
……おお、リンデさんの態度がちょっとだけ戻った。
でもまだ笑顔が怖い。
それはともかく、今のうちに聞いておかねば。
きっとチェックアウトの時には合わないだろうし。
「実は今、勇者伝説について調べていまして。リンデさんは何かご存じですか?」
「…………」
だから真顔は怖いって!
「あの、もしご存じなければ別に」
「分かりましたー」
リンデさんは俺の言葉を遮りながら、ふーっと大きなため息を吐く。
それから彼女は部屋の鍵を差し出しながらニコッ! と笑みを浮かべ、宿併設のレストラン……今はバー営業をしているスペースに視線を向けた。
「じゃあ……この後すぐ休憩に入るから、その間話し相手になってくれるならいいよ」
これは情報料として1杯奢れってことだよな。
「それくらいならお安いご用です」
◇
ひとまずクロを部屋のベッドまで連れて行って毛布を掛けてやってからフロントに降りてきた。
寝かしつける時に、クロには俺と別々の部屋で寝ると説明しておいたから多分大丈夫だろう。
「あ、アラタさんこっちこっち!」
すでにリンデさんはバーの中にいた。
一番奥、窓際の2人掛け席に陣取り、俺に向かってひらひらと手を振っている。
というかもうエールがテーブルに置いてある。
基本的にジェントは注文と会計が一緒だ。
つまりリンデさんは自腹でエールを頼んでいる。
……俺が奢る流れじゃなかったのか。
それはさておき、ひとまず俺も酒場のカウンターでエールを注文してからリンデさんのテーブルの向かいの席に座った。
「お疲れ様です」
「おつおつ~」
どうやらリンデさんはすでにほろ酔い状態のようだ。
部屋でクロを寝かしつけてここまで戻ってくるのに10分とかかっていないんだが……
よくよく見たら、リンデさんのエールがまったく減っていないことに気づく。
ということはまさか、これ2杯目ってことか……?
「あの、リンデさん? このあとも仕事ですよね? 大丈夫ですか?」
「あーへーきへーき! あとれ解毒魔法つかーう! から!」
「そういえばリンデさん魔法使いでしたっけ」
そんな限りなく泥酔に近づいたほろ酔い加減で魔法なんてまともに使えるのだろうか……と一抹の不安を覚えつつ、俺も手元のエールに口をつける。
「お、冷えてますね」
「でしょー! ここ、あらしのほかにもまほー使いいるから! ねー、リーズッ!」
言って、リンデさんが満面の笑みでバーカウンターを指さす。
スタッフらしき黒服の女性……リズさんがこちらに向かって小さく会釈を返してきた。
あの人が冷気魔法を使っているらしい。
なんか見た目もクール系お姉さんだし、確かにそういう魔法が得意そうだ。
「……エール、美味いですね」
ふた口めはしっかり味わう余裕ができた。
こっちのエールは地球産のビールより薄味だが、いわゆる発泡酒のカテゴリだと思えばそう悪い酒ではない。
しかも、普通のビールと違ってハーブか何かで香りづけしてあるらしい。
どちらかというとクラフトビールの趣だな。
そういう意識で飲めば、のど越しも爽やかで暑い日なんかにはピッタリなのではなかろうか。
しかも解毒魔法を使えるなら仕事の合間にグビグビ飲んでもさほど影響はないのだろうから、羨ましい限りだ。
まあ俺はそもそも酒にほとんど酔わなくなってしまったけれども。
「それでー? 勇ーしゃ伝説のおはなし、聞きたいってー?」
ニコニコしながら、リンデさんが身を乗り出してくる。
今の彼女にまともに話ができるとは思えないんだが……一応話してみるか。
「ええ。実は今、私の仕事関係で勇者に関する情報を集めておりまして」
「あー、りょーかい。アラタさん行商人もやってるから、子供用の商品も力を入れたいってわけねー?」
「概ね、そういう流れです」
たぶんリンデさんの考えている『商売』とは違う気がするが、嘘は言っていない。
仕事(魔法少女関連)の、子供(美祢ちゃん)向けの情報だからな。
「りょーかいりょーかい。じゃ、とっておきの小話をひとつ披露しよっかな」
「あ、1杯エール奢りますよ」
「ありがとー、アラタさん愛してる!」
満面の笑みで、エールを持った俺の手をガシッと両手で包み込んでくるリンデさん。
…………。
「そ、それはどうも。あと、そろそろ手、離してもらえませんか」
このままだとエールが飲めないし……
だが、リンデさんはさらに両手にギュッと力をこめながら、じっと俺の目を見つめてきた。
「ねぇ、アラタさん。……もちろんこのあと、私のお部屋に送ってくれるんだよね?」
何を言っているんだこの人は。
「……リンデさん、休憩終わったら朝まで仕事ですよね?」
「…………………………あー、そうだったかもゴメンゴメン! (チッ)」
なんだ今の間。
つーか笑顔の裏で小さく舌打ちが聞こえた気がするんだが気のせいだよな?
この人、ほろ酔い通り越してグダってきてない!?
本当にちゃんと話をしてくれるんだろうか……
※このあとリンデさんは真顔で自分に解毒魔法をかけた後、勇者の伝説についていろいろ話をしてくれました。




