第293話 社畜、冒険者ギルドで報告をする
結局、冒険者ギルドには正直に報告をすることにした。
もちろん魔眼のことは伏せ、要所要所で詳細をぼかしたり魔眼のことは伏せているが、依頼を受けて魔界に向かった以上、報告書を作成しないという選択肢は存在しない。
そんなわけで、
・『霧の樹海』周辺に、前情報どおり魔王軍の前線基地が存在したこと。
・しかし現在は強力な竜のなわばりとなっており、基地も壊滅状態で、近づくこと自体が危険であること。
・魔王軍の基地跡で巨大な生体兵器を開発していた痕跡を見つけたが、すでに竜の襲撃で破壊され、おそらく計画が頓挫してしまったらしいこと。
を、俺はジェントの冒険者ギルドの女性職員さんに報告したのだった。
「そんなことが……ヒロイさん、よくご無事で帰還されましたね」
「え、ええ。まあ、私は山の中腹から観察すれば良いだけだったので」
「それでも魔王軍の基地の状況を突き止め、彼らの新兵器……巨大生体兵器の情報まで持ち帰って下さったのは値千金です。あ、今後ギルド長の呼び出しがあるかもしれませんから、申し訳ありませんがしばらくは定期的に顔を見せるようにしてくださいね。もちろん呼び出しのさいは情報提供報酬が出ますから期待しておいてください!」
「わ、分かりました」
うう……
女性職員さんの憧れと尊敬の念が込められた彼女の視線が胸……というか胃に突き刺さって痛い……
さらに彼女は『もちろん、他の冒険者が持ち帰った情報を突き合わせて精査する必要がありますが』と断りを入れつつも、しかし感慨深げにこう締めくくった。
「きっとこの情報は、今後の魔王軍との戦いにおいて役立つと思います。ヒロイさん、お手柄ですよ」
「そ、それは何よりです。それでは私はこれで」
1秒でも早くこの場から立ち去りたかった俺は、ささっと踵を返し、クロを連れてその場を後にしようと……したのだが。
「あ、ヒロイさん、ちょっと待ってください!」
「!?」
がしっ、と腕を掴まれ引き留められる。
何か粗相をしてしまっただろうか。
一瞬、心臓が喉元までせり上がってきたような感覚を覚える。
だが俺は頬が引きつらないよう堪えつつ、笑顔を作ったまま振り返った。
「…………あの、まだ何か?」
「ダメですよ、ヒロイさん」
ギルド職員さんは何かを咎めるように目を吊り上げていた。
うっ、やはり挙動不審だったか!?
「こ~れ! 忘れてますよ!」
だが彼女はカウンターの上にある、ずっしりと中身の詰まった革袋を指さしていた。
あ、報酬ね……
そういえば報告に必死で完全に忘れてたわ。
◇
冒険者ギルドでの報告を終えたあと。
俺とクロは夕暮れ時のジェントの繁華街をのんびり歩いていた。
通りには、夕食を求める街の住人や商人、それにダンジョン帰りと思しき冒険者たちでにぎわっている。
俺たちも目的は同じだ。
さすがに異世界にやってきて、腹が減ったまま帰るわけにはいかないからな。
この世界と言うか、王国は意外と食文化が豊かだ。
牛や豚、鶏や魚介類など日本でもおなじみのメンツから、こちらでしか食べられない、魔物肉などなど。
俺は自分を特別グルメだとは思っていないが、ご当地ものの食材を見つけたらとりあえず食べてみたいと思うのは人の性である。
「お、クロ! ここなんてどうだ? 屋台じゃないけど美味そうだぞ」
ちょうど繁華街の中央付近にある店が目にとまった。
看板には『角角亭』とあり、その両側に様々なツノありの魔物の彫刻が鎮座している。
とても分かりやすい店名と看板だ。
日本ならばカニのオブジェでおなじみのカニ料理専門店みたいな感じだろうか。
「ふむ、魔物肉専門の料理屋か。面白い」
そう言ったクロはすでに店の看板に興味津々だ。
魔物肉そのものは野外でハントして食べたりするし、屋台でもおなじみの食材だ。
そこまでの珍しさはない。
だが、きちんと調理されたものを食べるのは初めてかもしれない。
「じゃあ、ここにするか」
店はすでにほとんどのテーブルが埋まっていた。
どうやら繁盛しているようだ。
ホールに充満する熱気と料理のおいしそうな匂い。
騒がしいテーブルとテーブルの間を縫うように、厨房とホールをせっせと往復している給仕さんたちの活気ある姿。
そんな様子を眺めていると、思わずぐうと腹が鳴る。
客層は主に冒険者。若者よりおっさんが多い。
これは当たりの予感しかしない。
俺たちが通されたのは、窓際にあるテーブルだった。
大きな窓が開きっぱなしになっており、時おり涼しい夜風が吹き込んでくる。
酒が回りバカ騒ぎしているテーブルからは少し離れているので、ゆっくりと食事ができそうだ。
「さて、何を食べようか」
メニューはテーブルに並べられた木の板に貼りつけられたものと店の奥のカウンター辺りに貼り付けられたものの両方がある。
ジェントの飯屋は基本的に頼んだメニューが来たら都度支払うスタイルなので、ぼったくられる心配はあまりないのがありがたい。
「じゃあ、俺はこれにしようかな」
俺が注文したのは、沼大鋏と呼ばれる魔物の料理だ。
店のメニューの中ではそれなりにお高い価格設定だったものの、今日は遠慮せず美味いものが食べたかった。
ご丁寧にもイラスト付きの解説も載っている。
それによれば、この魔物は王国北部の湖沼地帯に生息する淡水型の巨大なロブスター型の魔物で、大きさはなんと馬車2台分ほど。
地球の文明で換算すればマイクロバス1台分といったところだろうか。
ちなみにコイツの『角』要素は、鋭く巨大なツメと甲殻のトゲトゲらしい。
そんな化け物ロブスターのツメの肉をハーブや香味野菜と一緒に炒め、これまたロブスターのミソをベースにしたソースと和えてあるそうだ。
で、そいつが運ばれてきた瞬間、後悔した。
「…………」
テーブルの3分の1を埋めるような大皿が、俺の目の前にデンと置かれている。
どう見ても、10人前くらいの量がある。完全に宴会料理だ。
なるほど、他よりお高い価格設定はこういうことだったのか……
せめて注文時に確認するか、メニューに書いておいてほしかった。
まあ、美味そうだけども!
「ほう、これは食いごたえがあるな」
クロは俺の料理を見て舌なめずりしているが、彼女の注文した料理もこれまた巨大だった。
その名も『巨角猛牛のTボーンステーキ』。
こちらも大皿にマンガみたいな骨付き肉がドカッと載せられている。
どう見ても3キロくらいある。
そういえば、こいつも店のメニューの中では2番目か3番目にお高い料理だった気がする。
これは完全にやっちまったな……
もちろん料理ひとつひとつがこんなボリュームだと分からなかったので、この他にも野菜系の一品料理や、それにエールや蒸留酒なども頼んでいる。
一応すべての料理はクロとシェアして食べるつもりだが……
さすがは冒険者御用達の店。
というか、 客層がガタイの良いおっさん冒険者ばかりだったところで気づくべきだった。
だが、注文した以上は食べきらなければお店にも料理にも失礼というもの。
漢廣井、推して参る……ッ!!
ということで、まずはロブスター爪肉のソテーを口に運ぶ。
「うまい!」
料理を噛みしめた瞬間、思わず叫んだ。
エビミソベースのソースの濃厚な旨味。
ロブスターの爪肉からあふれ出る肉汁の旨味。
それらと一緒に炒めてある香味野菜は軽く噛むだけでホロホロと崩れ、滋味と優しい甘みが口いっぱいに広がってゆく。
香りも良い。
ハーブは方向性としてバジルとパセリだろうか。もちろんニンニクも効いている。
系統としてはイタリアンに近いが、エビミソの旨味と炒め物の油のせいか、少し中華っぽさもある。
いや、能書きなどどうでもいい。
美味い。
とにかく美味い。
これならいくらでも腹に詰め込めそうだ……!
「はふっ、はふはふっ!」
アツアツの料理を小皿にとりわけ、そいつを夢中で口の中に掻きこんでいく。
冒険者酒場に行儀やらテーブルマナーは不要だ。
周りを見回しても、皆食べたいように食べているからな。
目の前のクロも自分で注文した肉の塊にかぶりついている。
彼女はそのクールな見た目からは想像できない大きな口で、いっきに肉を噛み千切った。
「~~~~!!」
次の瞬間、クロの顔が幸せそうに綻んだ。
頬をパンパンに膨らませながらも、さらに巨大ステーキにかぶりつく。
その様子はあまり行儀が良いとは言えないが、ここは冒険者酒場。
多少のマナー違反はご愛敬だ。
「クロ、俺の料理を少しあげるから、そっちのステーキも食べていいか?」
「もちろんだ。主には骨近くの美味しいところをやろう」
料理をシェアし合ったあと、今度はグレートホーンブルとやらのステーキにかぶりつく。
「美味い!」
こっちはある意味よく知る味……牛肉の味だ。
だが、より野性味が強い。
表面はカリッと強火で焼かれ、しっかりとハーブとバターを効かせてある。
中身も火の入り方が絶妙で、ミディアムレアといったところだろうか。
柔らかいがしっかりと歯ごたえのある肉を噛みしめるたび、旨味いっぱいの肉汁が溢れてきて溺れそうになる。
なるほど、確かにこれはクロの顔がふにゃふにゃになるわけだ。
「たくさん頼んだけども、なんだか全部食べられそうだな」
「我の腹にはこの倍は入るぞ」
「とりあえず、今ある皿を片付けてから追加注文しようか……」
そんな感じでクロとあれこれシェアしつつ、テーブルを埋め尽くすほどあった皿は、気が付けばそのすべてが空っぽになっていたのだった。




