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第292話 社畜と魔界の生体兵器

「なんじゃこりゃ……」



 翌週。


 日本から再び異世界に向かい、転移魔法陣で魔界に戻ったと思ったら全てが終わっていた。


 いや、終わっていたという表現が正しいのかどうかすら分からない。


 ただ、俺はその光景を見て頭を抱えた。



「主よ、基地とやらが消滅しているぞ」


「つーか、地形が変わってるよな」



 魔法陣を設置した場所から少し進み、見晴らしの良い山の中腹から眼下を見渡した感想はそれだった。


 一応、『霧の樹海』は原形をとどめている。


 ただ、その半分くらいが消失していた。


 基地は完全に更地と化していた。


 いやなんだこの状況。


 まあ、心当たりは1つしかないが……



「む……なんだあれは」



 最初に気づいたのはクロだった。


 ここから遥か遠くの方。


 見れば、霧の樹海の一角がザワザワとゆれ、鳥か何かの群れが飛び立っているのが見えた。


 あそこに鳥がいるのは、封印が解除されたからだろう。


 それはいい。


 そういえば、樹海の大部分を覆っていた霧もほとんど見えなくなっている。


 それもいい。


 そんなことよりも、もっと大きな違和感の塊が見えた。

 

 かなり巨大な物体が、樹海の木々を薙ぎ倒しながら進んでいる。


 魔物なのは確かだった。


 樹海の木々の高さはどれも10メートル以上はあったはずだ。


 そのさらに上に、尻尾と思しき部位が見え隠れしている。


 サソリのような、甲殻類の尻尾だ。


 だが、その先端部にあるのは針ではなく大砲のような形状の突起物だ。


 その突起物だけでも、目測で2メートル近くはある。


 今、薙ぎ倒された木々の向こう側に大きく広げた翼が見えた。


 ドラゴンのような翼だ。


 さらには、魔物が一瞬立ち上がったさいに、そいつの頭部も見えた。


 ライオンだ。



「むう、なんという奇怪な魔物だ」



 クロは目を細め怪訝そうに呟いたが、俺にはあの魔物が何なのかおおよその見当がついた。



「あれは多分キメラとかキマイラとか、そういう類の魔物だな」


「キマイラ?」


「平たく言えば、いろんな魔物を合成して人為的に……この場合は魔族とか……か? とにかく、合成魔獣ってやつだ。ほら、いろんな獣とか魔物の特徴があるだろ」


「うむ、確かに見えるが……」



 クロは分かったような分かっていないような表情でキマイラ(仮称)を睨みつけ、小首を傾げている。


 フフフ……まだまだクロは、地球のゲームや漫画知識の摂取量が足りないようだな。


 この程度のこと、人類にとって常識なのだよ……


 と、ドヤ顔をしようとしてから気づいた。



「まずい、こうしちゃいられないぞ!」



 言って、俺は山道を走り出した。


 魔物は明らかに、霧の樹海の奥にある神殿の方角へと向かっていたからだ。


 あそこにはディリがいる。


 昨日手合わせ(?)した感覚では、彼女は相当な実力を秘めていると感じたが……それでもあの巨体のキマイラと戦って無事で済むかどうかは分からない。


 クソ、流石にあの距離だと『魔眼光』も届かないし……神殿に到達するまでにどうにかして近づくしかない!


 急で狭い山道を全力で疾走し、あるいは飛び越えられる段差やちょっとした崖ならショートカットをして山を降りる。



「主よ」


「何だ、クロ! 今喋ると舌を噛みそうで……」



 全力で走る俺の隣に、クロが並んだ。


 彼女は俺と並走しながら平然とした顔でさらに話しかけてくる。



「ひとつ聞くが……あの魔物、キマイラは危険なのか?」


「当たり前だろ、そもそもディリの神殿に向かって突き進んでいるんだぞ。あいつの身に危険が迫って——」


「そのディリがあの魔物の背中にまたがっているのにか?」


「……………………は?」



 クロの言葉が一瞬分からず、そのまま疾走しつつ遠方に目をやった。


 キマイラはもう神殿のすぐ近くまで迫っていた。


 そのおかげで、開けた場所に出たヤツの全貌がようやく視認できた。


 クロの言うとおりだった。


 キマイラの背中に、小柄なディリが乗っている。


 うん。


 あの子、めっちゃ笑顔だわ。



 俺はその場で急ブレーキをかけた。


 ざざざーっ! と足元で砂利が巻き上がり、周囲に勢いよく飛び散った。



「……あいつ、一体なにやってんだ」




 ◇




「おお、ヒロイとクロじゃねえか! また会えて嬉しいぞ!」


「やあ、ディリ」



 小柄な幼女の姿をしたディリは、俺たちが近づくとキマイラの背中から飛び降り、満面の笑みで駆け寄ってきた。



「それにしても、また来いよとは言ったが10日も経たずにとはな。ま、嬉しいからいいけどな!」


「そう言ってくれると俺たちも嬉しいけどさ」



 俺はディリから視線を外すと、彼女のすぐ向こう側を見上げた。


 キマイラが犬のようにおすわり(・・・・)をして、俺たちを見下ろしている。


 これまでドラゴンやら凶悪な魔物やらと対峙してきたが、このキマイラは至近距離で見るとかなりの迫力だ。



「ああ、コイツか」



 俺の視線にすぐ気づいたディリが肩越しに振り返り、キマイラを見る。



「紹介するぜ。コイツは『シュガ』だ」



 どう考えても種族名ではないので、たぶんディリが名付けた名前だろう。


 ポチとかタマみたいな感じだ。



「シュガくん、でいいのかな」


「いーや、違うな。コイツ、〇コ〇〇ついてないから多分メスだぜ」


「そ、そっか……」



 頭部のライオン、たてがみがめっちゃモフモフだけどメスなのか……


 たぶん性別そのものが存在しないタイプの魔物なのだろう。



 あとさ、話を振った俺が悪いんだけど……幼女の姿でそういうワードをあっけらかんと口にするのはどうかと思うよ?


 いやまあ、精神年齢が見た目どおりなら逆にこんなものだろうけどさ。


 まあ、小学生男子の方だけども。


 ……とにかく話題を変えよう。



「そ、そういえばシュガ……ちゃんはどこで拾ったのかな? ディリが召喚したとか?」


「ああこいつはあっちの……獣頭どもの巣をぶっ潰してたら湧いてきたんだよ」


「そっかー」



 何となく、そんな予感がしていた。


 その後、ディリが嬉しそうに話してくれた内容をまとめるとこうだ。



 ——俺が帰った後。


 封印を解かれたディリは『霧の樹海』から魔力を搾取していた魔王軍に対して報復を実行したらしい。


 魔王軍に同情はしない。


 連中のやっていたことは、田んぼの用水路から勝手に水を引いたり、他所の家から電気を盗んでいたようなものだからな。


 で、ディリは反撃してきた魔王軍の部隊をあらかた片付けたあたりで、この『ベヒモス』が何体も(ディリの話では5体だそうだ)出現し、襲いかかってきたらしい。



 そこの犬みたいに忠実なキマイラのシュガちゃんは、やはり魔王軍の所有物だったようだ。


 おそらくは、こいつらを大規模魔法陣で王国側に転移させ暴れ回らせる計画だったのではなかろうか。


 いわゆる『火牛の計』というやつだ。


 地球側の世界史でも、角に火のついた松明を括りつけた牛を敵の軍勢に突撃させたり、象を戦車代わりにして敵を蹂躙した軍隊などの記録が残っているから、決してありえない想像ではないと思う。



 それはさておき、ディリは突如出現したそいつらと戦い、5体のうち4体を倒した。


 ひさしぶりの歯ごたえのある本格的な敵で、とっても楽しかったそうだ。



 しかし残りの1体……つまりシュガちゃんは、個体差からか比較的おとなしく、ディリが戦おうとしたところ腹を見せて恭順の意思を示したらしい。


 さすがの彼女も戦意喪失した相手を一方的にいたぶる趣味はないらしく、考えたあげくその個体をシュガと名付けペットにすることにしたようだ。


 ちなみにさきほどシュガちゃんが森の木々をなぎ倒していたのは、基地のあった平原から神殿まで広い道を作るため、地ならしをしていたからだそうだ。


 心配して損したような、気が抜けたような……


 いずれにせよ、ディリが無事でよかった。



「それで、ディリはこれからどうするのかな?」


「そうだなー……」



 彼女は腕組みをして少しだけ考えたあと、厳かに口を開いた。



「手始めに、この辺一帯を滅ぼすか」


「それはやめた方がいいと思うけどな……」


「カカカ、冗談だ!」


「冗談かー」



 このドラゴン幼女、素の性質が狂暴そうなのでどこまで冗談でどこから本気なのか分からないんだが……



「色々あってこの神殿に封印された時は、そいつらもろとも世界を滅ぼしてやろうかと思ったがな! だが今は、神殿でののんびりした生活も結構気に入ってるんだ。当分はシュガと一緒に暮らそうと思ってるぜ。ちょうどいま、広々とした遊び場も造ってる最中だしな」



 遊び場っていうのは、更地にした元軍事基地のことか。


 元々は湿原だし、子供が遊び場にするには楽しい場所かもしれない。


 俺も童心に返ってバケツいっぱいザリガニ釣りたい。異世界にザリガニいるのか分からんけど……



 それはさておき。



 この状況、どうやって冒険者ギルドに報告しよう……

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