第284話 社畜とドラゴンステーキ
「いたぞ、あそこだ」
岩陰から少しだけ顔を出し、静かに道の先を確認する。
断崖を『コ』の字にくり抜いた山道を塞ぐようにして、1頭のワイバーンがくつろいでいるのが見える。
身体を丸め胴体に突っ込んでおり、動く様子はない。
もっとも腹は規則正しく上下しているので、死んではいない。
単に昼寝をしているだけのようだ。
「ぐるる……」
「おいクロ、唸り声」
「む……美味そうな獲物を前にすると、な」
「無意識なのは仕方ないけど、獲物が逃げちゃうだろ」
「……仕方ない」
言って、クロがぴたりと唸り声を止めた。
それから何の代償なのか、彼女は俺にぴったり寄り添うようにしながら岩陰からワイバーンを睨みつけている。
「どうする? 俺の『魔眼光』なら一撃だけど」
「確かにあの攻撃は強力だ。だがワイバーンの肉体に大量の魔力を注ぎ込むと肉体の『揮発』が早くなる。あまり推奨できないな」
「なるほど」
可食部が減るのは困る。
何しろ、俺たちはこれからワイバーンを狩ってそいつを昼飯にしようとしているのだから。
「それにしても、ワイバーンの肉ってそんなに美味いのか」
「美味だ。かつて我に献上された食材の中でも五指に入る」
「へえ……そいつは楽しみだ」
クロは基本的になんでも美味しく食べるタイプだが、味が分からないわけではない。むしろグルメな方だ。
だから彼女がそう言うならば、きっと美味いのだろう。
俺からすると、仕留めたらすぐに肉体が消えてしまう魔物の肉は味より希少価値の方が勝ることが大きいと思うのだが。
いや、違うか。
例えるならば、江戸時代は足が早すぎて捨てられていたが、冷蔵技術に発達によって高級食材に昇格した大トロみたいなものか。
そう思えば、目の前の巨獣が美味しそうに見えてくるのだから不思議なものだ。
ちなみにワイバーンの可食部は、部位でいうとハラミの部分だけらしい。
そこだけが、あまり魔力を貯め込んでいないので長く残るそうだ。
そしてそこも消えてしまううちに火を入れたり冷凍するなりして肉体を現世に『固定化』するとのこと。
なぜそうすることで肉体が残るのかはよく分からないが、とにかく食えるようになるなら文句はない。
「それにしてもクロは物知りだよな」
「冗談を言え。お主の方がよほど物知りだろう」
「いや、異世界のことはお前の方がずっと詳しいよ」
もちろん鑑定を使えば色々なことを知ることができる。
ワイバーンのスペックだとか、ここに生息している奴らは良質の『魔鉱石』を食べているので他の地域の奴らより火炎ブレスの威力が高いだとか。
だがワイバーンを食べた時にどんな味がするのかまでは『鑑定』先生でも教えてくれない。
この異世界には、俺の知らないことなどいくらでもあるのだ。
「……とにかく、あれを仕留めるまでは我がやる」
「ああ、任せた」
『魔眼光』がダメならば、魔力を直接体内に叩き込む『バッシュ』はなおさらダメだろう。
『奈落』ならもしかしたらそこまで影響がないかもしれないが、それでもクロのように物理攻撃で倒した方がより『安全』だとは思うからな。
『ぐる……』
俺から少しだけ離れたあと、クロが巨狼の姿に変化する。
さすがに人間姿だと攻撃力が足りないのだろうからな。
彼女の邪魔にならないよう、俺は道の端に移動する。
『…………!』
クロはそれを確認したあと、まるで風のように山道を駆け――あっという間にワイバーンを仕留めてしまった。
文字通り一瞬だ。
「おお、すげぇ」
『…………フスッ!』
ワイバーンの喉元を咥えたまま、得意げに鼻を鳴らすクロ。なんか久しぶりに聞いた気がする。
「よし。すぐに解体してくれ」
彼女はすぐに人間姿に戻ると、満面の笑みをたたえながら、ワイバーンの頭をむんずと掴んでこちらに引きずってきた。
……ワイバーンって、数百キロあるよな……?
やっぱり人間姿でも簡単に仕留められたんじゃ……?
それはさておき、ワイバーンの肉体が消滅する前に急いで解体して『ハラミ』を取り出さなければならない。
地上に生息する、特に飛翔する竜種の解体は時間との勝負だ。
クロのアドバイスに従い、装備している長剣で腹を裂く。
いつぞやにダンジョン内で手に入れた長剣はかなりの業物らしく、竜の硬い鱗をものともしない。
「うええ……さすがにグロいな」
腹を切ってまろび出た内臓を目の当たりにするとうめき声が出る。
流石に馬や牛より巨大な獣だけあって、その大きさはなかなかに圧倒的だ。
だが、内臓部分は筋肉や骨格に比べて魔力の含有量が多いらしい。
俺の見ている間にどんどんと光の粒子となって消滅してゆく。
おかげで該当部位を取り出すにはそこまでの苦労はなかった。
血抜きに関しても、そもそも血液には魔力が大量に含まれているらしく揮発するのが早く、やる必要がなかった。
「うむ、なかなか立派な肉が採れたな」
ひと抱えもある肉塊を眺め、クロが満足そうに頷く。
ハラミといえば、横隔膜付近の筋肉。
ワイバーンに関して言うならば、どうやらブレスを吐くためにも使用しているらしく、かなり発達していた。
この部位ひとつで何十人分ものステーキが作れそうだ。
解体作業が終わったら、すぐに肉に火を入れる必要がある。
仕留めた場所から少し進んだ平場に移動し、クロと手分けして枯草や枯木を拾ってきて一か所に集め、持参していたライターで火をつける。
焚火は久しぶりだったので少々てこずったが、どうにか着火に成功する。
それから肉を大きめのステーキサイズに切り分け、近くで拾ってきた枯枝で串を打つ。
串にする枝は『鑑定』で毒がないか確認済みだ。
味付けは、塩とちょっとした香辛料。
これら予め準備していたものを適量すり込んである。
野外なのでシンプルだが、下処理はこれでいいだろう。
これらを、メラメラと燃え上がる焚火の炎で炙っていく。
「こういう時に火炎魔法が使えると便利なんだけどなぁ」
「主も習得すればよいだろう」
「意外と炎を使う魔法使いっていなくてさ」
炎は扱いを間違えると火事になるから、習得する人が少ないのだろうか?
そもそも攻撃用途でも、もっと使える魔法があると思うし。
たとえば土魔法なら、石礫を生成して飛ばしたりすれば火炎魔法より殺傷力が高くて周囲の被害が比較的少ない気がするし。
まあ、実際はどうなのか分からないが。
今度リンデさんにでも聞いてみよう。
◇
「よし、こんなものか」
ワイバーン肉が焼き上がればドラゴンステーキ祭りの始まりだ。
さっそく手近な串を手に取り、じゅうじゅうと脂が弾ける肉にかぶりつく。
「熱っつ!! うまっ!!」
口の中一杯に肉汁と一緒に熱々の脂がなだれ込んでくる。
ハラミだからか、ワイバーンの肉は予想に反して柔らかかった。
それでいて弾力があり、ざくざくとした心地よい歯ごたえがある。
それよりなにより、仕留めたばかりで熟成されていない肉だというのに暴力的な旨味が口の中を蹂躙する。
味の方向性としては、新鮮なラム肉と鶏肉の中間といったところだろうか。
香辛料のおかげもあって臭みも全くなく、いくらでも食べられてしまう。
「ぐるっ、がるるっ、うむ、やはり美味だな!」
隣に座ったクロはよほど美味いのか、興奮のあまり唸り声をあげながらステーキにかぶりついている。
というかすでに彼女の足元には何本もの串が転がっていた。
俺が1枚平らげる間に、彼女は3枚以上のステーキを平らげている。
いつもよりペースが速い。
俺も負けずにガツガツとドラゴンステーキを頬張る。
竜種の肉はほとんど魔力で構成されているせいか、食べても食べても腹に溜まらない。
結局、ひと抱えもあった肉塊は俺とクロの腹の中にすっかり収まってしまったのだった。




