第282話 社畜、従魔を冒険者ギルドに登録する
「魔界深部の探索、ですか……」
コレットさんの説明をざっとまとめると、概要はこうだ。
――現在、王国軍は魔王軍の動向を探っている。
しかしながら連中は神出鬼没でなかなか拠点がつかめない。
今のところ国境にある監視砦の守備隊と王都より派遣されてきた王国騎士団をはじめとした正規軍、それに複数の傭兵団がどうにか対処しているが、それにも限界がある。
おそらくは魔界側の拠点から転移魔法陣を使用して国境付近に転移しそこから攻め込んでいるため、王国側は攻勢に転じることができず、国境の防衛しかできない。
そこで魔界内に存在するであろう魔王軍の拠点を叩く必要があるが、その前段階として拠点の位置や規模を調査するための偵察要員が必要になる。
冒険者は正規軍と比較して少人数の隠密行動に長けており、傭兵団と比べても対魔物戦闘や罠に対する知識が豊富だ。
そこで国境にほど近い街であるジェントで魔界内部(および深部探索を含む)を探索し拠点を特定するための人員を募っている。
――とのことだった。
もちろん作戦が作戦なので、腕が立ち、なにより信頼の置ける冒険者に依頼をする必要がある。
そこで何人かの冒険者に白羽の矢が立ったとのことだったが、その中に俺の名前もあったらしい。
いやマジで何でだよ。
「あの、本当に私の名前が? 私、つい最近登録した駆け出し冒険者ですよ?」
「確かに実績は少ないですが……」
さすがにそれは認識しているのか、コレットさんは『むむ……』と唸る。
だが、すぐに彼女は俺の目を見据えて反論してきた。
「でもでもヒロイさんは、暴れる先輩を鎮圧したうえで逮捕したんですよね!? それほどの実力者がほかのどこにいるんですかっ!?」
そういえばそうだった。
魔族……不死魔族の眷属と化したアルマさんを倒したのは何を隠そう俺である。
たしかに彼女は相当に強かった。
下手をすると、ジェントの冒険者ギルドと衛兵隊を相手にして、彼女たった1人で壊滅させられるほどの戦闘力だったと思う。
というか、コレットさんもアルマさんを先輩と慕ってはいるものの、ちゃんと討伐対象として扱ってはいるのね。
まあ、当たり前といえば当たり前だが……
それはさておき。
「残念ながら、ちょっとお受けできかねますね」
「そ、そんなっ……」
そんなこの世の終わりみたいな顔をされてもねぇ。
そもそも、である。
この依頼、拘束期間が存在するわけで。
その日数、なんと30日。
まるまる1か月である。
夏休みを謳歌する学生さんならともかく、社畜の俺は今ある有給をすべてつぎ込んでも無理なんですよ……
特に今年は有給を使用して何度か異世界側に来ているので、正直あまり余裕がないのだ。
まあ、そんな事情を彼女に説明しても仕方がない。
とはいえ、魔界に向かうこと自体はやぶさかではない。
そもそも国境となる山脈には古道が通っており、山麓のトンネル内には反対側に抜ける転移魔法陣もある。
あっちには魔物だけでなく言葉の通じる獣人さんがいるし、決して人族だからと排斥する連中ばかりではないことも知っている。
魔界へ向かうこと自体は、俺にとってそこまで危険なものでもハードルの高いものでもない。
たとえば以前話をした羊獣人のディザルさんを訪問したり、ちょっとした魔界旅行を決め込むというのは悪くない選択肢かもしれない。
さすがに魔王軍の動向を聞くのは難しいかもしれないが……勇者と聖女の逸話ならば、何かしらの情報を得られるかもしれないし。
うん、次の異世界訪問は依頼のことを抜きにしても魔界旅行がいいかもしれない。
ただそうなると、結局は依頼を受けつつの方が角が立たないとは思う。
というか、依頼を受けないのに私用で魔界へ出向いたとして、もし魔王軍の拠点を見つけてしまった場合が面倒だ。
万が一『報告しなかった』ことがバレると、いろいろとマズい状況になるであろうことは火を見るより明らかだからな。
とはいえ、魔界で気ままな(?)ぶらり旅を決め込むには、他の冒険者は邪魔である。
せめて、単独行動でも良いならば受けてもいいんだけどなぁ。
まあ、ここはひとつ交渉といこう。
「あの、依頼について1つ確認なんですけど」
「なんでしょう? 前向きに検討されるのでしたら何でもお答えしますよ! あ、私のプライベートについての質問はだめですけどっ」
「依頼の話しかしてないですよ!?」
なんかコレットさんが恥ずかしそうに頬を赤らめクネクネしながら妙なことを口走っているが、もちろん俺の発言にセクハラめいたニュアンスなど欠片も含まれていない。
つーかこの人、言動の端々に『天然』のオーラを感じるな……
まあ、それはさておき。
「もし可能ならば、こいつと一緒に依頼を受けたいんです」
俺はそう言って、隣のクロを指さした。
「その方は……ええと、従魔ですよね?」
「……分かるんですか」
まさか見抜かれるとは思っていなかったので、驚く。
「当たり前ですともっ! 私、元テイマーなのでっ!」
エヘン、と薄い胸を張りつつコレットさんが自慢げにそう宣言する。
どうやら彼女、魔物使いだったらしい。
なるほど、蛇の道は蛇、というわけか。
だがまあ……どちらかと言うとこの人が小動物というかテイムされる側のような気もする。
まあ、そんな冗談は口が裂けても言えないが。
ちなみにクロは魔物であることを見破られたのが納得いかないのか、『む……』とちょっと眉根を寄せていた。
どうやらコレットさんは現役時代はそれなりに腕の立つ魔物使いだったようだ。
全然そうは見えないが……
「でも、あれ……?」
と、コレットさんが俺とクロと手元の書類を何度か周回したあと困ったような表情になった。
「何か問題でもありましたか?」
「いえ、ええと……ヒロイさん、登録職は『盗賊職』で『魔物使い』ではないですよね?」
彼女の言わんとしていることはすぐに分かった。
盗賊職だと魔物を従える魔法を使えないのでは、と心配しているのだ。
「ああ、すいません。出会った当初は普通の犬だと思ったんですが、実は最近こいつが魔狼で、人に変化することも分かって……ダメですかね?」
もちろん最初から犬とは思っていなかったが、嘘も方便というやつである。
だがコレットさんは俺の言葉を信じたのか、慌てたようにブンブンと首を左右に振ってからクロを見た。
「いえいえっ、私も元テイマーですから。この子がヒロイさんをとっても信頼していて、危険じゃないことは分かりますっ。ですが従魔は登録がないと、その……衛兵さんがうるさいので」
少し声をひそめて、コレットさんがそう言った。
続けて彼女は、従魔の登録義務について簡単に説明してくれる。
ざっくり要約するとこうだ。
――魔物使いを含む冒険者は、従魔を伴って街に入ることができる。
特に魔物使いにとって、従魔は己の武器そのものだからだ。
剣士が剣を携え、魔法使いが杖や魔導書を所持しているのと同様だ。
だが、武器と違って魔物は暴れる可能性がある。
そして街で暴れる魔物は衛兵が鎮圧することになる。
そして衛兵隊の皆さんは、暴れた従魔が誰の所有かを確認するため冒険者ギルドに照会を掛けることになる。
その際に従魔が無登録だと、何かと具合がよろしくないのだ。
どういうことかと言うと、衛兵としては、鎮圧した魔物が『街に侵入した野生の魔物』なのか『冒険者の使役する従魔』なのかを把握することが治安維持の観点から非常に重要なのだが、無登録だとその判断が難しくなる。
というか。
身も蓋もない言い方をすれば、衛兵隊の警備体制に穴があって魔物が街に侵入したのか冒険者の不手際で魔物が暴れたかで、責任の所在が違うのだ。
それゆえ冒険者ギルドと衛兵隊との取り決めにより、冒険者ギルドにて魔物使いの従魔について登録を義務付けている。
――とのことだった。
まあ、理由を聞けば納得のいくものではある……存外に世知辛い理由だったが。
もちろん俺としても、登録を拒否する理由もない。
「分かりました。彼女は従魔として登録します。……それで相談なのですが、私と彼女だけで依頼を受けることは可能でしょうか?」
「……それが指名依頼を受ける条件、ということですね?」
「察しが良くて助かります」
俺が頷くと、コレットさんは俺とクロの顔を交互に見てから、観念したような表情になった。
「はあ……いくらヒロイさんが強いとはいえ、まったく推奨出できませんが……どのみち全員が同一のパーティーで行動するわけではないですし、今回は指名依頼なので多少の無理はきくと思います。分かりました、上に掛け合ってみます」
「よろしくお願いします。……あ! あともう1つ、任務遂行期間についてもちょっとご相談が……」
「分かりました分かりましたっ! まとめて上に諮りますので全部言っちゃって下さい!」
もろ手を挙げて降参の仕草をするコレットさんに、俺は次々と要望を伝えていったのだった。




