第281話 社畜、冒険者ギルド職員に捕まる
クロに喰い尽くされてしまった串焼きを買い直してから、冒険者ギルドへ向かうことにした。
「お、美味っ」
ジェントの通りを、串焼きを頬張りながら歩いてゆく。
大角鹿の肉はひとつひとつが大きく食べ応え抜群だ(その分相応の値段がするが)。
肉を串から引き抜きモグモグ咀嚼すると、ほどよい弾力と一緒に甘辛いタレとスパイスの香り、そして肉の旨味が口の中を満たしていく。
なるほど、これは止まらない。
やはりこれはクロに一度に全部渡すべきではなかったな。
ちなみに彼女にはさらにもう5本追加で買ってやったのだが、すでに全部が串だけになっている。
これこれクロや、食べ終わったあとの串をペロペロするのはやめなさい。
「やっぱり、ギルドで聞くしかないよなぁ」
念のため勇者と聖女の伝説について屋台のおっちゃんにも聞いてみたのだが、以前ロルナさんから聞いた話以上の情報は得られなかった。
まあ、所詮は逸話だからな。
いちおう史実とはいえ、日本で言えば桃太郎とか金太郎の伝説について詳しく聞くようなものだ。
市井の人々から新情報がもたらされるかと言えば否である。
もっとも、だからといってお仕事中の衛兵たちに聞いて回るわけにもいかない。
となれば、俺たちの足はおのずと冒険者ギルドへ向かうことになる。
あそこなら、多少は勇者伝説やら魔王軍について詳しい話が聞けるだろうからな。
「おお、懐かしいなぁ」
ギルドの建物は、以前と変わりない様子だ。
だが、周辺にたむろする冒険者たちが妙に殺気立っているのが分かった。
そんな連中の間をそろそろと通り過ぎ、建物に入ろうとした瞬間。
勢いよく扉が開き、中から若い男性冒険者が飛び出てきた。
「おっと」
とっさに避けたが、相手は肩越しに振り返ると険しい顔で俺たちを睨みつけてきた。
「おい商人! ぼけっとしてんじゃねえよ。危ねぇだろ」
「これは失礼しました」
こちらは丸腰のうえ防具なども身に着けていないので、出入りの業者か何かと勘違いされたらしい。
とりあえず適当な会釈と愛想笑いを返すと、相手は『ふん』と鼻を鳴らしたあと足早に去って行った。
「……主よ、あいつを八つ裂きにしてこようか?」
「やめとけって」
ざわりと黒髪を逆立てるクロを、俺は苦笑交じりで宥める。
10年以上も社畜をやっていれば、この程度のことでいちいち怒っていては身が持たない。
それにこんなところでいちいち冒険者の皆さんとケンカなどしていたら、集まる情報も集まらないからな。
俺は残りの串焼きを一気に頬張り飲み込んだあと、ギルド内に入った。
「おお、繁盛しているなぁ」
建物内部は多くの冒険者でごったがえしていた。
元々このフロアは依頼や各種手続のためだけでなく待ち合わせや休憩にも使われるので広々としている。
だがその大半が冒険者たちで埋め尽くされていた。
喧騒と人熱れで思わずのけぞりそうになるほどだ。
もともとジェントの街は周辺にダンジョンが多く存在するので、冒険者は多い方だと聞いているが……これではまるでアイドルのライブ会場だ。
まさかこの場に聖女様でも降臨あそばされたのか……と思ったが、どうやらそうではないらしい。
「おい、次の募集はいつだ!?」
「いやあたいらは無理っしょ、あと残ってるのは指名依頼らしいし」
「いや、まだ一般枠があるはずだ。まだ残っているかもしれん。掲示板の隅から隅まで探せ!」
「国境警備ならまだあるぞ!」
「そっちは傭兵団との合同だろ? あいつら冒険者を見下してやがるからな。俺ぁ奴らのパシリは御免だぞ」
「あーもう! 魔界入りのやつどこだよ!」
「クソ、まだ昼前だぞ!?」
遠巻きに観察してみると、どうやら冒険者の大半は掲示板の周囲に群がっているようだ。
そして彼ら彼女らから聞こえてくる悪態やら悲鳴やらを聞く限り、依頼かなにかの争奪戦を繰り広げているように見える。
屋台のおっちゃん曰く、ここ最近は魔王軍が活発になっているそうだから傭兵的な依頼が多く出されているのだろうか。
魔王軍はほぼほぼ魔物で構成されているから、対魔物戦闘に長けた冒険者にも活躍の目があるのだろう。
まあ、俺には関係ないけどな……
とはいえ、この混雑ぶりでは職員さんに話を聞くどころではない。
「もう少し、どこかで時間をつぶしてから来ようか」
「うむ。さっき坂の途中で茶屋を見つけた。そこが良い」
クロと頷き合い、ギルドを出ようとしたそのときだった。
「あ! もしかしてヒロイさんですか!?」
背後から、女性の声が聞こえた。
振り返れば、人ごみの一番奥で金髪の若い女性がぴょんぴょんと飛び跳ねながら、こちらに向けて両手を振っているのが見える。
あそこは……受付カウンターか。
さすがにギルド職員さんから名指しで呼ばれてしまっては、無視するわけにもいかない。
なんか一生懸命だし……
◇
「ヒロイさん、指名依頼を受けてください」
そのギルド職員さんはコレットさんと言った。
歳は20代になったばかりだろうか。
手入れのされたサラサラの金髪、美人というよりは愛嬌のある顔立ち、それに小柄な体躯。
そして全身から放たれる人懐こいオーラは、犬というかゴールデンリトリーバーを彷彿とさせる。
だが、そんな彼女の人柄(?)とセリフは別にして考えなければならない。
つまり俺の答えはこうだ。
「え……嫌です」
「なんでですかっ!?」
まさか断られるとは思っていなかったのか、ガーン! と絶望に打ちひしがれた顔になるコレットさん。
「いや私、そもそも普通の冒険者ですし……」
「そうなんですかっ!?」
彼女は驚きの表情になると、慌てて手元の書類と俺の顔を見比べる。
書類は冒険者の個人管理ファイルか何かのようだ。
チラリと見えた限りでは、俺の身体的特徴やこなした依頼の他、精緻な似顔絵が描かれている。少なくとも同姓同名の他人ではなさそうだ。
「ええと……でも……アルマせんぱ……前任者の引継ぎでは……備考欄に『指名依頼に値する実力の持ち主』って書いてますし……」
「その書きぶりですと、実力はともかく私が指名依頼を受けることを了承しているとは読めないですよね?」
「た、たしかに……そうとも読めますね……」
俺の指摘は図星だったらしく、コレットさんはぐぬぬ……と唸ったあと押し黙った。
そうとも、じゃない。
そうなんだよ……
「というか、アルマさんってこの前魔族バレして捕まってましたよね? そんな人の引継ぎを信じるんですか?」
「でも……アルマせんぱ……あの人、人を見る目だけは誰よりも確かでしたし……」
そう言って涙目になるコレットさん。
この子、きっと素直でいい子なんだろうけどギルド職員としてはいろいろと不安なタイプだな……
あと、思ったよりアルマさんがギルド内で信頼されていた件。
とはいえ、なんとなく事情が呑み込めてきた。
どうやらこのファイルは、以前ギルドに潜り込んでいた魔族……アルマさんの置き土産らしい。
クソ、余計なことをしてくれる。
とはいえ、わざわざこの人込みの中から俺を見つけ出して呼び止めるくらいだ。
なにかのっぴきならない事情でもあるのかもしれない。
……今日は依頼を受けに来たわけではないが、一応話くらいは聞いておくか。
「分かりました。ちょっと私の方でも聞きたいことがあるので、交換条件で話は聞きましょう。依頼を受けるとは限りませんが」
「……! ありがとうございますっ!」
俺の申し出に、ぱぁっと顔を輝かせるコレットさん。
やっぱこの子、犬だわ。
――彼女から聞いた『指名依頼』とは。
それは俺を含めた何人かをパーティーとした、魔界深部への偵察任務だった。




