第280話 社畜、聞き込みをする
「なんか物々しい空気だな」
次の休日。
久しぶりに訪れたジェントの街は、何やら重苦しい雰囲気が漂っていた。
通りを行き交う人たちの顔にはどことなく緊張感が漂っており、衛兵や冒険者の数が多い。
軒先に連なる店々は普段通り営業しているが、しかし従業員の顔に笑顔が少ないように思えた。
おまけに空は薄曇りで空気も湿っぽいのも、街の陰鬱さを際立たせている気がする。
いや天気は偶然だろうけども。
「鉄の臭いが濃いな」
すぐ隣を歩くクロが周囲を見回し、ヒクヒクと鼻を動かしそう呟いた。
「鉄の臭い?」
「うむ。街に入ってから、あちこちから漂ってくるが……とくにあの建物からだ」
言って、クロは少し先にある衛兵の詰め所を指さした。
表には数人、武器を携えた衛兵たちが立っているが……いつものことだ。
少なくとも、俺の感覚では特段変わった風には見えない。
「そんなこと分かるのか?」
「当然だ。人の姿を取っていても、我は魔狼だからな」
クロが胸を張り得意げに言う。
うーん、そんなものなのだろうか。
俺も魔眼で身体能力が強化されているが、視力と聴覚はともかく嗅覚や味覚はそれほど強化されている感覚はない。
だが、彼女が理由もなしにそんなことを言うとは思えない。
……あ。
「なるほど、武器庫か」
当然だが、衛兵隊は武装している。
連中の人数が増えれば、その分武器や防具が必要になる。
つまりは、詰め所の武器庫に普段より大量の武器防具が備蓄されているということだろう。
そしてそれらは当然ながら鉄製だ。
よくよく見れば、通りの角の多くには衛兵が立っていた。
以前やってきたときはこれほど警備が厳重ではなかった気がする。
また聖女様のお迎えの準備でもしているのだろうか?
だが以前はそれなりに警備が厳重だったが、どこか浮ついた空気が漂っていた。
今回はそれがない。
うーむ、何があったのだろうか。
まあ、こういうときは誰かに聞くのが早い。
「クロ、せっかくだからメシにしよう」
言って、俺は近くの屋台に向かった。
「すいません、大角鹿の串焼き5本ください」
「あいよっ!」
屋台のおっちゃんは、こんな重たい空気の中でも威勢がいい。
手元の焼き台から肉串を引き上げると、タレの入った壺に次々と漬け込んでいく。
たっぷりタレを絡めたあとは、仕上げに秘伝(?)のスパイスを振りかけて完成だ。
「大角鹿の串焼き5本、お待ち!」
「ありがとうございます。クロ、とりあえず持っててくれ」
「うむ!!」
代金と引き換えにおっちゃんから串を受け取り、すぐにクロに渡す。
彼女は満足げに頷いたあと、勢いよく1本目の串焼きにかぶりついた。
それを横目で見ながら、おっちゃんに話しかける。
「……ずいぶん街の雰囲気が重苦しいですね。何かあったんですか?」
「あん? ああ、あんたら外から来たのか。よくここまで無事に辿り着けたもんだな」
「もちろん、護衛付きですよ」
怪訝な顔をするおっちゃんにそう言って、適当に後ろを振り返る。
もちろん視線の先には無関係な通行人しかいないが、それでも何を言わんとしているかはおっちゃんには伝わったようだ。
「まあ、そりゃそうか。あんたら、行商人か?」
「そんなところです。大したものは扱っておりませんが、しばらくこの街に滞在する予定でして」
「ふーん。まあ、薬師なら多少需要があると思うが……日用品とか雑貨の類ならさっさと別の街に向かった方がいいぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。国境の話は聞いたか?」
「……いえ」
「10日くらい前に、かなり大規模な戦闘があってな。魔王軍だ。魔王軍の話はさすがに知ってるだろ、あんたも」
「ええ、もちろん」
国境というからには、ロルナさんやフィーダさんのいる、あの監視砦のある国境のことだろう。
一瞬、心臓が跳ねる。
だが、俺はあえて平静を装った。
そういえば、中継地点となる遺跡からすぐこっちの転移魔法陣まで飛んだから国境付近の様子は見ていない。
もしかして、砦に何かあったのか?
それが衛兵増強の原因の1つということだろうか。
だがそんな俺の心配をよそに、おっちゃんはニカッと笑って先を続けた。
「まあ、安心しろ。魔王軍のバカどもは撃退されたから国境は無事だ。なにしろあそこには、我らがバルベスト様が守護する砦があるからな。他にも王都から騎士団の精鋭が駆け付けてきたからよ、そりゃもう魔物やら魔族やらをギッタンギッタンに叩きのめしたらしいぜ!」
おっちゃんは途中から自分の世界に入ったのか、大ぶりな仕草で戦闘の様子を語り始めた。
バルベスト殿……てのはフィーダさんの家名だったか。
どうやらフィーダさんも砦は無事だったらしく、内心ホッと胸をなでおろす。
となれば、おそらくロルナさんも無事だろう。
「ならば、ここも安全なんですね」
「ああ、砦がある限りこっち側は安全だ。……だがな」
と、おっちゃんは急に声をひそめ、先を続ける。
「以前、魔王軍の奴らが街に入り込んでいた事件があってな。そんときは無事鎮圧されたんだが、他の街でも似たような事件が相次いでいるらしいんだよ。それに、先日の国境での大規模戦闘だ。もしかしたら王国内で魔王軍を手引きしているヤツがまだ潜伏してるんじゃねぇかってことで、王都やらなにやらから増援の連中がやってきてこの辺一帯の警備を強化しているってわけだ。おかげで息苦しくてやってらんねぇよ。まあ、連中も客は客だから商売的にはありがたいんだけどな」
「なるほど」
以前より衛兵さんがたくさんいるなぁと思っていたのは、そういう理由からだったのか。
まあ、その魔族を鎮圧したの俺だけど……まだ他にいてもおかしくはない。
というか、聞き捨てならない情報が。
「他の街でも同じような事件があったんですか?」
「ああ。ラグじゃ気づくのが遅れて結構な被害が出たらしい。最終的には鎮圧されたらしいがな」
さらにおっちゃんが続ける。
「もしこのあと向かうつもりなら、衛兵の言うことは大人しく聞いた方がいいぜ。奴ら気が立っているだろうからな」
ラグ……というのは街の名前か。
残念ながら王国の街の名前に詳しくないのでどこにあるかは分からない。
まあ、あとで調べればいいだろう。
「すいません、いろいろありがとうございます」
「なに、あんたの嫁さんの喰いっぷりが気持ちよかったからな。また来てくれよな!」
「ええ、また来ます」
横目で、このちょっとした会話の間にすべての串焼きを平らげたクロを眺めつつそう答えた。
つーか結局、全部食われてるし……
まあ、幸せそうな顔をしているからいいか。
「おっと、そうだ」
礼を言って踵を返そうとしたら、おっちゃんが思い出したようにポンと手を打った。
「あんた、この街で商売相手を探してるなら冒険者ギルドに行くといいぜ。お堅い衛兵の奴らと違って、いろいろ物入りの連中が集まっているからな。多少は何かしら買ってくれるんじゃないか?」
「確かにそうですね。お気遣い、ありがとうございます」
「なに、同じ商売人のよしみだ。気張れよ!」
もとより冒険者ギルドでも情報を集めるつもりだったが、せっかくの親切心を無駄にするような真似はしない。
俺はおっちゃんに改めて頭を下げてから、冒険者ギルドへと向かった。




