過ぎ去る災難…
(食べられるって……ちょっと待って!! 丸呑み(物理)じゃなくて、以前アパートの押し入れから出てきたこいつに、文字通り『肉体関係(そういう意味)』で美味しく食い尽くされて魔力を吸い尽くされた、あの腰が抜けるような恥ずかしいトラウマのほうーーーッッッ!!!)
ミズチの長い指先が私の腰に滑り込み、上半身のたくましい胸板がムギュッと密着する。彼の妖艶な赤い瞳がじっと私を見つめ、耳元でふっと熱い吐息が漏らされた。
『カイ……他のお山を触ったおてては、めっ、だぉ。前みたいに、ミズチが優しく、ぜーんぶ食い尽くして魔力を吸い上げてあげるぉ……❤️』
「ひゃ、ひゃあぁぁぁぁっっ!? バカ! 変態蛇! 離しなさい!!」
ここでまたあんな風に「食われて」魔力を吸われたら、大学の中庭で私は腰が抜けて立てなくなってしまうし、何より一般の学生(霊感なし)からは「水無瀬さんが虚空に向かってめちゃくちゃエロい声を出してへたり込んでいる」という、一発退学レベルの超弩級の不審者になってしまう!!
「ミズチ、落ち着いて!! そんなこと今ここでしおったら、もう二度とあんたに霊力をあげないんだからね!? 毎晩のチュウチュウ(補給)も永久に出禁!!! いいのぉぉぉぉ!!!?」
『――っ!? 毎晩のカイの美味しい魔力が貰えなくなるのは嫌だぉ……っ! ミズチ、干からびて紐ヘビになっちゃうぉ……!』
供給ストップ(&夜の営み(?)拒否)という最大級の脅しが効いたのか、ミズチの妖艶な動きが一瞬だけピタリと止まった。
(今だ……ッ!!)
私は恥ずかしさに震える手で、スカートのポケットから山梨のファミチキの残り香が漂うボトルを召喚し、そのキャップを開けて突きつけた。
「大人しく、元の押し入れ感覚で瓶に入りなさァァァァァいッッッ!!!」
ぽふんっ!!!
『ぎゃふんっ!? 激甘タイムから一転してプラスチック瓶に強制送還だぉーーーっっっ!!!』
私をいやらしく拘束していた蛟龍のイケメン上半身&蛇尾は一瞬でかき消え、ボトルの中で30センチの紐ヘビが「キュウ……」と涙目で丸まった。
「はぁ……はぁ……、本当に色んな意味で食い殺される(貞操的な意味で)ところだったわ…………」
ボトルのキャップをありえない握力でガチガチに締め、私は中庭の芝生の上にへたり込み、乱れた衣服を慌てて整えた。
ふと見上げると、講義室の窓からこちらを凝視していた靈影暁人が、顔を真っ赤にしながら(※気配だけで何が行われていたか察したらしい)、ガタガタと震えながら自分のカバンからこれでもかと大量の「清めの呪符」を取り出し、窓枠にペタペタと貼り付けていた。裏社会の重鎮の息子、完全にお色気特級呪霊のオーラに当てられてキャパオーバーである。
「……違うのよ三白眼。あれはうちの居候がちょっと発情……じゃなくて暴れただけ……」
私の必死の言い訳(脳内通信)も虚しく、窓の向こうの暁人は「恐ろしい……水無瀬の女、昼間から白昼堂々あんな破廉恥な高等御神体と……!」と、恐怖と羞恥の混ざった視線を向けてくるのだった。
私の可憐な女子大生としての純情が、またしても斜め上の方向に誤解されて大爆発した瞬間だった。
◇◇◇
「はぁ……はぁ……。もう、本当に何なのよあのバカ蛇……」
中庭の芝生の上で、私は大きく深呼吸をして乱れた呼吸を整えた。
手元にあるプラスチックボトルの中では、紐ヘビ形態のミズチが「反省中だぉ……」と言わんばかりに小さく丸まっている。速攻でリュックの奥底へ叩き込み、チャックをこれでもかと厳重に閉めてやった。
さて、問題はここからである。
顔の火照りをパタパタと手で仰ぎながら、私は重い足取りで講義棟へと戻り、自分の講義室の引き戸をそっと開けた。
「……何これ、お札の展示会?」
絶句した。
ついさっきまで普通の大学の講義室だったはずの空間は、窓際を中心に、びっしりと怪しげな「清めの呪符」が貼り巡らされ、さながら新興宗教の道場か、あるいは特級呪物の封印部屋のようになっていた。
その中心で、霊影暁人が青白い顔をしてゼーハーと荒い息を吐きながら、まだ呪符を壁にペタペタと貼っている。
「おい、佐藤……! 水無瀬が戻ってきたぞ……! 衣服の乱れを直しているが、奴の背後にある陰気と妖気はまだ消えていない! 近付くな、お祓い(物理)されるぞ!」
「いや靈影、お前さっきから何一人でパニックになってお札貼ってんだよ……? 地震で頭打ったか?」
霊感が一切ない佐藤くんは、完全に引いた目で暁人を見ていた。それはそうである。普通の一般人から見れば、地震の直後に三白眼のイケメンが突然発狂して、カバンから大量のお札を出して窓に貼りまくっているのだ。不審者は私ではなく、完全にアイツだった。
「カイちゃん大丈夫だった!? 凄い揺れだったね!」
亜美ちゃんが心配そうに駆け寄ってきてくれた。あぁ、友人の一般人オーラが心に染みる。
「あ、亜美ちゃん、うん……私は大丈夫。ちょっと外の様子を見に行ってただけだから……。あはは……」
私が引きつった笑顔で席に戻ろうとすると、呪符の隙間から、暁人がギロリと私を睨みつけて(怯えながら)声を潜めて言ってきた。
「水無瀬……お前、昼間から大学の中庭であんな、あんな濃厚な神格の怪異と何をしていたんだ……! 気配だけでこちらの血が沸騰するかと思ったぞ……。あれは霊霊家の禁忌呪術でも太刀打ちできん……!」
顔を真っ赤にしながらも必死に警戒してくる暁人に、私は一番後ろの席に座りながら、冷ややかな視線を向けた。
「あのねぇ、三白眼。何にもしてないわよ。ただの『害虫駆除』。それよりあんた、せっかく夏目くんの家で菩薩の愛に触れて浄化されたのに、またそんな裏社会の呪符まみれになって。早くそれ剥がしなさいよ、教授が戻ってきたらあんたが怒られるわよ」
「くっ……! この恐怖が、お前には分からんのか……!」
分かっている。というか、その恐怖の当事者は私だ。これ以上、あの押し入れの住人に「食われる」わけにはいかないのだから。
こうして、ダイダラボッチの襲来による「大学更地危機」は、私の右ストレートと、別の意味での貞操危機によって、誰にも知られることなく(暁人には誤解されつつ)幕を閉じたのだった。




