蛟龍(ミズチ)再び。(嫉妬にかられた蛇は蛟龍に再びなる…。もう、やめて…また、物理的に食べられてしまう…)
もう、遠慮なんかしてられん。
中庭に勢いよく走り出た私は、溜めに溜め、込めまくった右手の霊力を、一気に全身の細胞へと巡らせた。
私の周囲の空気が、あまりの霊圧の密度にパキパキと音を立てて歪み始める。
(私の単位……! 私の平穏な大学生活……! 邪魔すんじゃないわよぉぉぉぉぉーーーっっっ!!!)
自分よりは遥かに……というか、見上げるのも首が痛くなるほどデカい山の怪異を相手に、私は一歩も怯むことなく、脳内で全力の雄叫びを張り上げた。
地響きを立てて迫り来るダイダラボッチの巨大な質量。その泥と岩でできた巨体が、私の頭上でたゆんたゆんと不気味に揺れる。
「おおお、小娘が! その程度の豆粒のような拳で、この太古の山を――」
「うるさァァァァいっっ!! 四の五の言わずに、引っ込んでなさァァァァいっっっ!!!」
ドンッッッ!!!!!
地面を爆音と共に蹴り上げ、私は重力を無視してダイダラボッチのド真ん中(胸のあたり)めがけて文字通り垂直に跳躍した。そして、渾身の霊力250%を注ぎ込んだ右ストレートを、その巨大な泥の塊へと容赦なく叩き込んだ!
ドバァァァァァァァンッッッ!!!!!
凄まじい衝撃波が中庭を吹き抜け、ダイダラボッチの巨体が、私の拳の一撃によって内側から大爆発を起こした。
山の神とも呼ばれる太古の妖が、「グ、グワーーーッ!?」と情けない悲鳴を上げて、衝撃で後ろの山奥(元の住処)へと目にも留まらぬスピードで吹っ飛んでいく。
(……よし! 建物の被害はゼロ! 庭の芝生がちょっと めくれただけで済んだわ!)
空中でクルリと一回転し、私はトッと華麗に中庭に着地した。我ながら完璧な力加減。これなら大学が更地になることも、私の単位が消し飛ぶこともない。
「はぁ……終わった終わった」
安心しておでこの汗を拭った、その時だった。
『……カ、カイぃぃぃぃぃっっっ!!!!!(怒)』
突如、廊下から這い出てきたミズチが、もの凄い形相(※紐ヘビ形態だけど)で私に突っ込んできた。その赤い瞳には、なぜか激しい怒りと、メラメラとした嫉妬の炎が燃え盛っている。
「ひゃっ!? な、何よミズチ、おじいちゃん怪異は退治したでしょ!?」
『違うお! 退治の話じゃないぉ! カイ、さっきあのでっかい泥のじいちゃんの胸(双丘)を、思いっきりベタベタ触って(※殴っただけです)たゆんたゆんさせてたぉ!! ミズチ、見逃さなかったぉ!!』
「はぁぁぁっっ!? 触ってないわよ、殴ったのよ!! どこをどう見たらあれが破廉恥な行為に見えるのよ、ただの物理排除でしょ!!」
『言い訳は聞かない! カイのお婿さんはミズチだぉ! カイの拳(愛)を受け止めていいのはミズチの胸板だけーっ! 浮気はめっ、だぉーーーっ!!』
「誰が浮気よこの、トカゲェェェェーーーっっっ!!!」
大学の危機を救った直後、まさかの「超次元的な斜め上の嫉妬」を爆発させた我が家の神様と、中庭の真ん中で全力のドタバタ夫婦漫才(※断じて夫婦ではない)を展開する羽目になってしまった。
講義室の窓からは、避難していたはずのあみちゃんや佐藤くん、そして何より靈影暁人が、開いた口が塞がらないといった様子で、中庭の私と紐ヘビの修羅場を呆然と見下ろしていた。
私の大学生活の平穏が、別の意味で完全に崩壊した瞬間だった――。
◇◇◇
『ぽふんっ!』という、神様にしては妙に気の抜けた効果音と共に、中庭のど真ん中で白い煙が立ち込めた。
煙の向こうから現れたのは、30センチの紐ヘビではなく――長い黒髪に妖艶な赤い瞳をギラつかせた、上半身が超絶イケメン、下半身が巨大な蛇という、本来の神格を取り戻しつつある蛟龍の姿だった。
「カイ……! ミズチ以外に現を抜かすなんて、めっ、だぉ!!」
瞳にどす黒い嫉妬の炎をパチパチと燃やしたミズチは、そのまま有無を言わさぬ勢いで、ムギュうううううっと私の全身をその強靭な腕で抱きしめてきた。
「ちょっ――! バカ、ミズチ何してるのよ離しなさいっっ!!」
私は即座に叫んだ。
霊感のない一般の学生たちには、この光景は「水無瀬さんが中庭で一人でジタバタ身悶えしている奇行」にしか見えないはずだ。いや、それはそれで社会的抹殺なのだが、問題はそこじゃない。この大学には、現時点で「ガッツリ視えちゃう男」が一人、教室の窓からこっちを凝視しているのだ。
(三白眼にこんなバカな修羅場見られたら、私の威厳がゼロになるどころか、また実家(水無瀬家)に変な報告がいっちゃうでしょーーーッ!)
危機感を覚えた私は、ミズチの胸板に両手を押し当て、山梨の廃旅館を更地にしたあの怪力を込めて力任せにひっぺがそうとした。……が。
(……あれ!? う、嘘、ビクともしない……!?)
いつもなら「瓶ポン」の一言でシュルシュルと縮むはずのアホ蛇なのに、今日のミズチは文字通り「嫉妬で我を忘れた太古の神」の頑丈さだった。下半身の蛇尾がズッシリと中庭の地面に根を張るように固定され、私のゴリ……可憐な霊力をもってしても、1ミリも引き剥がせない。
『カイはミズチのお嫁さん……。他のお山を触る悪い手は、ミズチが美味しくモグモグして、物理的にミズチのお腹の中にしまっちゃう……!』
ミズチの美しい顔が、嫉妬のあまりうっすらと鱗を浮かび上がらせ、パックリと顎を大きく開こうとし始めた。出たよ、ヤンデレ大蛇神の悪癖! 気に入らないものは全部物理的に食べて体内に取り込もうとするやつ!
「待て待て待て! 食べないで! 私は鳥さん味じゃないわよ!!」
「おい、水無瀬が何か、巨大な怪異の気配に巻かれて食べられそうになってるぞ……!?」
ガタガタ震えながら呪符を構え始めた靈影暁人の姿が視界の端に入り、私は完全に白目を剥きそうになるのだった。




