太古の妖怪い、いらしゃーい…(来なくていい!!)
靈影暁人とその父親(裏社会の重鎮・彰)が、水無瀬家が誇る規格外のヤンデレ外堀圧力に恐怖し、絶望に戦慄してから一週間後。
暁人は、一週間ぶりに大学に姿を見せた。
相変わらず、涼しげな三白眼を輝かせる彼を遠巻きに見つめる女子学生は多く、相応に人気があるようだ。
私はというと、いつものように友人の亜美ちゃんと一緒に講義室の一番後ろの席に陣取り、おっとりとノートを開いて講義の準備をしていた。
しかし、肝心の我が居候神――ミズチの姿が私の胸元にない。
あのアホ蛇は、最近この大学内で旧校舎の怪異たちから「ミズチ様」などともてはやされたのをいいことに、完全に調子に乗っていた。あろうことか、私の代わりに(※本人がそう言い張る)「怪異のお悩み相談窓口」を、講義棟の廊下の片隅で勝手に開設し始めたのだ。
(本当に、あのバカ大蛇は何を考えてるんだか……)
私の講義中に胸元でゴソゴソ暴れたり、鳥さんを強請られたりして講義の邪魔をされなくなったのは、確かに非常にありがたい。ありがたいのだが……。
絶対に、違う意味でまた、桁違いに迷惑な面倒事が舞い込んできそうな嫌な予感しかしない。
ふと前方に視線をやると、靈影暁人は前の席で佐藤くんと並んで大人しく講義を聴きながらも、時折、まるで怯える小動物のようにビクビクと私の方を振り返っては、何とも言えない複雑な視線を送ってくる。
(なんなのよ、あんたは……。東京に戻ってきたんだから、もう私に関わらないでよね……)
心の中で悪態をつきながら、私は配られたプリントに目を落とした。
――その時だった。
廊下のほうから、キィィィィィィン……という、耳鳴りのような、空気が激しく振動するような不快な高周波が講義室にまで伝わってきた。
『ギャッ!? カ、カイ、助けておぉぉぉーーーっ!! 相談窓口に、なんかミズチより遥かに古い時代の、文字通り『太古の怪異』がガチの苦情を言いに来ちゃったおーーーっっっ!!!』
脳内に直接響き渡る、ミズチの涙目のSOS。
「……は? 太古の怪異……?」
◇◇◇
グラグラグラグラッ!!!
講義室が底からひっくり返るかのような激しい揺れに見舞われ、のんびりノートを取っていた他の学生たちが一斉に騒ぎ出した。
「うわっ、地震!?」
「でかくね!?」
「マジでヤバいって!!」
口々に「地震だ!」と叫びながらパニックに陥るクラスメイトたち。だが、私は知っている。地脈の奥深く、この大学の敷地そのものを文字通り持ち上げようとしている、途方もないスケールの「太古の霊圧」を。
(はぁ……ごめんなさいぃぃぃぃ!!! 全国の皆様、そして大学の関係者各位!! うちのバカ蛇が余計な窓口なんか開いたせいでぇぇぇぇぇ!!!)
私は脳内で激しく懺悔の滝に打たれつつ、教授の「全員、机の下に隠れなさい!」という指示に従って全員が身を縮める中、どさくさに紛れて音もなく立ち上がり、猛スピードで講義室を飛び出した。
「おい、水無瀬……ッ!?」
後ろで三白眼(暁人)が驚愕の声を上げていた気がするが、無視だ無視!
廊下に飛び出すと、そこには案の定、ちんまりとした紐ヘビ形態に戻ったミズチが、涙目で床をのたうち回っていた。
『カイぃぃぃ! 遅いぉ! 相談窓口に『最近の若い怪異は Wi-Fi だのスマホだの浮ついておる! 喝だ!』って、お山みたいな巨体のじいちゃんが怒鳴り込んできたぉ!!』
「じいちゃんって誰よ! っていうか何よこの揺れは!」
窓の外に目をやった瞬間、私は自分の目を疑った。
大学の中庭。そこには、雲を突くほどの巨体――いや、あまりにも大きすぎて、もはや「山そのもの」に手足が生えたかのような影が、文字通りたゆんたゆんと空間を歪めながら立ち上がろうとしていた。
国をも作り出すと言われる、日本の神話級・太古の超巨大妖怪――『ダイダラボッチ』である。
「おのれぇぇぇ……最近の妖の、なんと嘆かわしいことかぁぁぁ……! 昔のように人間を脅かす気概もなく、女子大生ボスの回覧板に従うなどと……片腹痛いわぁぁぁ!!」
地鳴りのようなダイダラボッチの怒号が響き渡る。一歩足を踏み出されただけで、この大学(そして私の単位)は確実に粉砕されて更地になる。山梨の廃旅館どころの騒ぎじゃない。
「ちょっと待ちなさいよぉぉぉ、おじいちゃん怪異ぃぃ!! ここが壊れたら、私の今期の単位と学食の唐揚げ丼の歴史まで消滅するじゃないのよ!!」
私は新調したばかりのブレスレット(霊力制御用)を力任せに引きちぎり、右拳に霊力250%をチャージし始めた。
(大学だけは……大学の建物だけは絶対に守るんだからァァァァッ!!!)
太古の山の神(怪異)vs ゴリラ……じゃなくて可憐な現役女子大生の、大学存続をかけた世紀のタイマンバトルが幕を開けようとしていた――。




