靈影家現当主・靈影 彰(あきら)
「暁人、今までどこで何をしておった!!! お前が行方知れずだったこの数日、私がどれだけ各所に頭を下げ、迷惑したと思っておるのだ!!!」
豪奢な本邸の書斎に呼び出された暁人は、額にこれでもかと青筋を立てて激怒する父親――靈影家現当主・靈影 彰の怒号の前に、すっかり小さくなって肩を竦め、床を見つめて俯いていた。
「次期当主としての自覚を持て! 大学生になったからと弛みおって……! 水無瀬神社から『息女との縁談、前向きに進めております♡』などという、背筋の凍るようなはんなりとした手紙が届いた時の私の身にもなってみろ!」
「ち、違うんです父上……。俺はただ、大学で怪異を祓おうとしていただけなのに、気付いたら拉致されて24時間写経を……」
必死に言い訳をする暁人だったが、その瞳にはまだカイの実家でのトラウマが色濃く残っていた。
ここで、裏社会の勢力図について少し説明しておかねばなるまい。
我が実父である神威父率いる「祓い屋」は、どちらかといえば表立って活動することが多く、メディアや公的な依頼、表社会の揉め事を華やかに解決するエリート集団だ。
一方、こちらの靈影彰率いる「靈影家」は全く違う。
仕事に糸目はつけず、どんなに汚い裏仕事、禁忌とされる呪術、暗殺紛いの依頼であっても平気で請け負う。いわば業界における「裏社会の重鎮」であり、その冷酷非道さは数多くの呪術師たちから恐れられていた。まぁ、どちらも同じ祓い屋なのだが。
……まあ、実際はね?
裏も表も関係なく、私のバカ親父がその圧倒的な物理破壊力(とヤンデレ気質)で「おーい彰く〜ん、元気〜?✨」とほぼ両方の勢力に幅を利かせまくり、実質的に業界の頂点に君臨しちゃっているんですけどね。
「ええい、言い訳は無用だ! こうなれば、私自ら水無瀬の家へ出向き、この理不尽な縁談をお断りし、かつお前を拉致監禁したことへの落とし前をつけさせてやる!」
「父上! あそこの、母親はハリセン一枚で神威を消し飛ばす化け物だ! 殺されるぞ!」
「何を弱気なことを! 靈影の闇の呪術を舐めるな!」
そう息巻く彰だったが、その時、書斎のデスクの上に置いてあった重厚な固定電話が、まるでタイミングを見計らったかのように「リーン……」と鋭く鳴り響いた。
彰が眉をひそめて受話器を取る。
「私だ、靈影だ。……何? 水無瀬の……神威からだと……?」
その瞬間、彰の顔からさーっと血の気が引いていくのを、暁人は見逃さなかった。受話器の向こうからは、やたらと元気で、しかしどこか脳天を突き刺すような明るいヤンデレ親父の声が漏れ聞こえていた。
『あ、もしもーし! 彰くん? うちの妻がお邪魔しちゃってごめんね〜! いやぁ、うちの愛娘のカイがね、そちらの暁人くんと婚前デートを楽しんだみたいでさぁ! 若いって素晴らしいよね! あ、それでね、披露宴の引き出物なんだけど――』
「こ、婚前デート………!?」
彰は信じられないものを見る目で、ガタガタと震えながら暁人を見つめた。
暁人は「違う、俺が帰った後に水無瀬が拳一つで更地にしたんだ、俺は知らない……!」と必死に首を横に振るが、時すでに遅し。
「あ、暁人……。お前、水無瀬の娘(ゴリラ乙女)と一体どこまで既成事実を作ってきたんだ……」
「父上、違う! 信じてくれ!!」
裏社会の重鎮・靈影彰は、水無瀬家が仕掛ける「コンクリート舗装済みの外堀」の圧倒的な圧力の前に、早くも胃を押さえて崩れ落ちそうになるのだった。
(一方その頃、東京のワンルームに帰ってきた私は、盛大にクシャミをしながら、冷えた鳥さんをレンジで温めていた)




