宴の後のお邪魔虫…
「が……あ……」
喉が完全に潰れていた。
日曜日のお昼、眩しい太陽の光が容赦なく降り注ぐ中、私は奥多摩の山奥で草の上に敷かれたブルーシートの上に、死体のように転がっていた。
(…歌わされたのだ。一晩中。)
ぬらりひょんとのデュエットで『昭和のデュエット名曲メドレー』を延々と歌わされ、途中から嫌気がさして実家仕込みの怪力でマイクをバキキッと握りつぶしたものの、怪異たちの狂乱は止まらなかった。手拍子とアカペラで朝まで付き合わされた結果、私の喉はガラガラを通り越して無音の世界へと旅立っていた。
『カイ、だいじょうぶだぉ? ミズチがなでなでしてあげるぉ』
胸元のミズチが私の頬をシッポで叩いてくれるが、私の体力ゲージは完全にゼロである。目の前では、徹夜で騒ぎ明かした怪異たちが「姐さん最高!」「来年もやろうぜ!」と出来上がった頭で酒を酌み交わし続けていた。
——その時だった。
ドドドドドォンッッ!!!
爆術でも撃ち込まれたかのような、すさまじい風圧と轟音が宴会場の真ん中で弾けた。
衝撃波でブルーシートが吹き飛び、怪異たちの酒樽が一斉に倒れる。
「ヒィッ!?」
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
酒に酔いしれていた怪異たちが一瞬で血の気を引き、騒然となる。煙が猛然と立ちこめる中心地——土煙が晴れたそこに立っていたのは、ボロボロの姿をした一人の男だった。
霊符を入れる筒は砕け散り、道着はビリビリに破け、顔じゅう擦り傷だらけ。髪は爆発し、目元には濃いクマを作ったあの三白眼——靈影暁人だった。
「ハァ……ハァ……! くそっ……あのバカ夫婦め……! 人間の動く速度じゃねえだろ……!」
暁人は膝に手をつき、荒い息を吐きながら血走りまくった三白眼を苛烈に光らせている。
「あ……あ……(暁人……?)」
ガラガラの声で私が指をさすと、暁人がハッと顔を上げた。
そして、宴会場のど真ん中に鎮座し、怪異たちから「感謝状」と「名誉組長」の横断幕を掲げられ、手に握り潰したマイクを持ったまま転がっている私の姿を捉えた。
暁人の眉根が、これ以上ないほど不機嫌そうにピクピクと跳ねる。
「(なんで、アンタがここに!!!)」
「おい、水無瀬…貴様の母親は何だ…笑顔で、俺の事を…」
サーっと暁人の顔色が青ざめていく。
実家で、何があったかは大体察しがつくが、私の知った事ではない。
暁人は膝に手をつき、荒い息を吐きながら血走りまくった三白眼を苛烈に光らせている。
青い顔をしているが、どう見ても命からがら死線を潜り抜けてきた顔だ。
というか、うちのお父さんの十八番である空間跳躍術『縮地』を真似して、命からがら実家の地獄のしごきから逃亡してきたらしい。どんな生存本能の発揮の仕方よ。
「お前の母親は何だ!!お前の婿養子になれだの、そんなんじゃ、うちのカイちゃんには嫁げませんって、なんで俺が嫁ぐ前提の極悪修行をやらされなきゃ、ならんのだ!!」
ガタガタ震えながら、涙ながらにキレ散らかす暁人に私はポカーンとした顔で対応していた。
「む……婿……? 嫁ぐ……?」
喉が完全に壊れていて、まともな声にならない。口をパくパクさせる私を余所に、宴会場に集まっていた怪異たちが、一斉に「おお……!」と感心の声を上げた。
「なんだよ三白眼、お前……姐さんの『婿養子候補』だったのかよ!」
「そうかそうか、義理の親御さんにしごかれて逃げてきたのか。大変だなぁ男は!」
「誰が婿養子候補だ!!!調子に乗るな化け物どもがぁぁぁ!!」
暁人が血走った目で叫び、壊れかけた管筒をヤケクソ気味に振り回す。その殺気に恐れをなして、河童やぬらりひょんたちが「ヒィッ! 夫婦喧嘩に巻き込まれるぞ!」と脱兎の如く奥多摩の山奥へ逃げ出していく。
(ち、違うの! 私もそんな話一切聞いてないから! お母様が勝手に暴走してるだけだから!!)
声が出ない私は心の中で必死に叫びながら、両手をぶんぶんと振った。
しかし、暁人の興奮は収まらない。普段の冷静で生意気な祓い屋の面影は微塵もなく、膝をガクガクと震わせながら、青ざめた顔で私に詰め寄ってくる。
「いいか水無瀬! お前の母親は狂ってるぞ! 『我が水無瀬家に伝わる奥義を伝授してあげるわ~』とか笑いながら、竹刀持って一卵性双生児の如く襲いかかってきたんだぞ!? 父親の『縮地』を喰らいかけて、俺がどれだけ死のフチを彷徨ったと思ってんだ!!」
(お、お父さんの縮地まで喰らいかけたの……!? よく生きて帰ってきたね……)
ひとしきり叫び散らした暁人は、ガクッと肩を落とし、まるで糸が切れた人形のようにその場にへたり込んだ。三白眼からはすっかり光が消え失せ、死んだ魚のような目をして空を仰いでいる。
私は力なく頷き、草の上に転がったままの手で、そっと暁人の破れた道着の裾を引っ張った。
声は出ないけれど、『とにかく帰ろう』と目で訴えかける。
暁人はハァーッと深いため息をつくと、鬱陶しそうに私の手を開放し、ボロボロの背中をこちらに向けた。
「……立つ力も残ってねえんだろ。乗れ。……というか、お前の母親が『逃がしませんよ〜』って笑顔で追いかけてきてる気配がする。今すぐここを離れないとマジで死ぬ」
「(ひえっ……!?)」
私は最後の力を振り絞って暁人の背中にしがみついた。
暁人は「ぐえっ」と情けない声を上げながらも、私を背負い上げると、真似したばかりの『縮地』の残光を足元に纏わせ、必死の形相で奥多摩の山を駆け下り始めた。




