炸裂、カウンターアッパー
もう、完全に収集がつかない……。
パパの足元では、全体重で踏みつけられた靈影暁人が ( ×ω× ) という見事なまでの白目を剥いていた。猿轡を噛まされた口の両端からは、限界を迎えた泡がカニさんのようにプクプクと吹き始めている。
「お父さん、下! 下見て!! 死ぬ、死ぬ! 死ぬ! マジで、その三白眼が今すぐ天に召されちゃうでしょ!!!」
(いや、本音を言えばさっさと現世から退場してほしいくらい腹立つ奴だけど…我が家のリビングの床でリアルに召されるのだけは絶対にやめて!! 本当にいわく付きの事故物件になっちゃうし、家賃の契約更新ができなくなる!!)
「嫌だ! パパはずっ〜と仕事で寂しかったんだぞぉ! カイ不足でパパの霊力タンクはもうカラカラなんだぁぁ!」
「何馬鹿なこと言ってんのよぉぉぉ!!! 散々、私が子供の頃は仕事で不在ばっかりだった人が!! どの口でそんなこと言ってんのよ、目を覚ませぇぇぇぇっっ!!!」
父親の鋼の腕を振りほどこうと必死にもがく私を他所に、パパは私の言葉なんて1ミリも聞いておらず、むしろ愛しの娘を抱きしめる腕の力をさらにギチギチと強めてきた。
(アカン、このままじゃお父さんの霊圧プレスのせいで、私の胸の中のミズチが本当にペシャンコの焼き蛇になっちゃう!!)
『ひ、ひぃぃ……カイ……ミズチ、もう限界だぉ……お財布の革紐になっちゃうぉ……』
胸元でとガチで消え入りそうな大蛇神の悲鳴が聞こえた瞬間、私の脳内で「これ以上私の生活を邪魔するな」という怒りのリミッターが完全に崩壊した。
私は自由になる右拳に、ありったけの聖なる霊力をギュウウウウッと凝縮させた。ボールペンを素手でへし折る、あの我が血筋のゴリラ握力をすべて一点に集中する。
「この、親馬鹿野郎がぁぁぁぁーーーーッッ!!!!」
ドンッッッ!!!!
私はお父さんの懐から、その綺麗に整った顎目掛けて、全力のカウンターアッパーをド下から垂直に打ち込んだ。
バキィィィィィンッッッッ!!!!
一応、言っておくけれど、うちのお父さんは日本の裏社会を牛耳る『祓い屋』の現・最高責任者、つまり会長である。本来なら、国家権力すら手出しできない超・VIPだ(なのに、日本中を徘徊して妖怪、怪異の退治をしているという)。
そんな日本のトップの顎が、木造アパートの室内で、実の娘の物理(霊力MAX)によって見事な弧を描いて跳ね上がった。
「ぶふぉっっっ!!??」
完璧なクリーンヒット。
さすがの最強祓い屋も、最愛の娘からのガチの殺意がこもったアッパーは予期していなかったらしく、脳を揺らされたパパの手の力が一瞬で緩む。
「今よ、ミズチ!! 生き延びなさい!!!」
私はお父さんの腕からすり抜けると同時に、胸元からミズチ(瀕死)を救出するべく、パジャマの襟を引っ掴んだ――!
◇◇◇
バタァァァァンッ!!!
激しい音を立てて、天井に頭をゴンッとぶつけ、そのまま見事な弧を描くようにきりもみ回転しながら、私の父親は玄関の木製のドアへと勢いよく激突し、そのまま白目を剥いてズサササ……と床に崩れ落ちた。
「メキメキッ……バリリッ……」と、激突の衝撃でアパートの薄い木製ドアから不吉なひび割れの音が響く。
(あ、あはは……。一応、実父へのガチのアッパーだけど……これくらいは、正当防衛だし親不孝には……ならないよね? 賃貸のドアが壊れかけてるけど、私のせいじゃないよね……?)
一瞬、やってしまったと青ざめたが、もう後の祭りである。
外の共有廊下からは、我が家の部屋のドアが再び激しく叩かれた。
((′ㅂ′)ヒッ、隣の人……絶対に中で尋常じゃない凶悪事件が起きていると……完全に思ってますぅぅぅぅ!!!)
いや、現に起きている。起きているけれど、この大惨事を起こしたのは床で泡を吹いてる靈影暁人と、今ドアの前で粗大ゴミみたいに伸びてる水無瀬神威の2人ですよ!? 私はただの、平穏を愛する可哀想な女子大生ですからね! 冤罪ですからね!!
ドンドンドンドッ!!!
「お隣さんっ! なんかあったんですか!? 大丈夫ですか!? 警察呼びますか!?」
ドア越しに、隣の部屋の住人のガチで怯えつつも心配してくれている声が聞こえてくる。そりゃあ深夜22時にアパートがブチ壊れそうな音がしたら誰だってパニックになる。
(どうしよう……。このままドアを開けたら、簀巻きで泡を吹いてる男子大学生と、その横でアッパー喰らって気絶してるおじさんが転がってる地獄絵図を見られることになる……。そんなの、一発でパトカーが10台くらい押し寄せて明日の一面ニュースじゃん!!)
私が冷や汗を滝のように流しながら、完全に思考停止に陥りかけた、その時だった。
「――は〜い、お隣の方ぉ。夜分遅くに、お騒がせして本当にごめんなさいねぇ〜。こちらは『水無瀬家』の身内の者です。少々身内で……そう、とっても大掛かりな、お片付け(物理)をしておりましてぇ。警察への通報は大丈夫ですよぉ。今すぐこの『粗大ゴミ』を回収して帰りますからねぇ〜」
「えっ? あ、はい……? お片付け、ですか……?」
廊下から突然響いた、どこまでもはんなりとした、おっとり優しく、だけど信じられないくらい絶対的な安心感(と隠しきれない強者の霊圧)をまとった「大人の女性の声」。
その声の主は、流れるような手際で隣の住人を笑顔で言いくくると、ガチャリ、とひび割れた木製の玄関ドアを外からおっとりと押し開けた。
そこに立っていたのは、和服の着物を完璧に着こなし、京都の水無瀬神社を実質的に一人で仕切っている、私の自慢のおおらかなお母様――水無瀬百合子(通称、ユリア)だった。
「お久しぶりねぇ、カイちゃん。元気にしてたかしらぁ? ……ふふ、相変わらず素晴らしいアッパーねぇ。神威さんの顎の骨が、綺麗な音を立てて砕け散るのが外まで聞こえましたよ」
お母様はふんわりとした聖母のような微笑みを浮かべながら、気絶しているパパの襟元を片手で軽々と掴むと、そのまま本当に「粗大ゴミ」を dragging するかのようなおおらかさで、廊下へとズリズリと引っ張り出し始めたのだった。
(そのまま、燃えるゴミか粗大ゴミとして、京都のクリーンセンターに棄ててきてお母様ーーーっ!!!)




