祓い屋~水無瀬神威再び。(・ω・`)ちょ…呼んでませんけどぉぉぉぉ!!?
激動の駅ホーム決戦から、あれから数日の日々が経過した。
一応、靈影暁人とは「今後の私のキャンパスライフを邪魔しない」という方向で和解(?)できたと私は信じているけれど……。どうやら、私が正当防衛でお見舞いしたあの渾身の霊力入り肘打ちのせいで、彼の肋骨は何本か綺麗に逝ってしまっていたらしい。
(いや! 何度、考えてもあれは1000%正当防衛! そう、正当防衛なんだから、か弱き女子大生の私に一切の罪は無いッ!)
そう自分に言い聞かせつつも、大学でしばらく彼の姿を見かけなかった間は、少しだけ(本当に少しだけ)罪悪感があったのも事実だ。
そして季節は移り変わり、六月の頭――。
骨折がようやく治ったのか、久しぶりに大学の講義室に戻ってきた彼(靈影暁人)は、なぜか講義の最中、何度も何度も後ろの席にいる私の方を振り返ってきた。そして、何かもの言いたげな、複雑で鋭い視線をこちらへ遣ってくることが多々あった。
(な、何よあの目……。まさか今更になって、治療費と慰謝料の請求書を突きつけて『民事裁判で訴える』とか言い出さないよね……!?)
最悪の金銭トラブル(実家にバレたら神威・父が東京を滅ぼしに来る)が頭をよぎり、私は戦々恐々としながら、握りしめていたプラスチック製のボールペンに思わずギュッと力を込めてしまった。
パキィッ!!!
静かな講義室に、不吉で嫌なプラスチックの損壊音が小さく響く。
手元を見ると、お気に入りの3色ボールペンのボディが、私の指の力だけで真っ二つにへし折れていた。
(…って、私の握力どんだけーーー!? これじゃあ将来、普通の男の人と手を繋いだだけで骨折させちゃうじゃん…結婚なんて…夢のまた夢じゃん…はぁ…)
実家仕込みのゴリラ並みのフィジカルに絶望しつつ、私は自分の服の胸の中で、私の体温を吸ってご機嫌にシッポの先をフリフリと揺らしているミズチに視線を落とした。
『えへへ、カイ、ミズチはどれだけギューってされても骨折しないぉ? だからミズチとお祝言あげようねぇ?』
脳内に直接響くむっつり大蛇のプロポーズを無視しながら、私は折れたボールペンを見つめてため息をつく。
だが、私の本当の絶望は、この日の夜に訪れることになるのだった。
大学が終わってアパートに帰り、いつものようにミズチにご飯、鳥さんを与えようとしたその時、スマホの画面に表示されたのは――実家の【ヤンデレ父・水無瀬神威】からの着信の文字。
『もしもし、カイ? 最近、東京で妙な野良犬(靈影家)の匂いがアパートの周りにしたという報告を怪異(※パパのハト)から受けたんだが……。まさか、悪い虫がついたわけじゃないよね? 邪魔者はパパが今すぐ京都から出張して、全員跡形もなく『お掃除』してあげようか?』
「いや、大人しく実家で怪異を退治しててよぉぉぉぉ!!!(大パニック)」
大学では暁人の視線、家では父親の過保護な監視の目。
私の東京一人暮らしライフ、ついに四面楚歌の危機を迎える――!?
◇◇◇
「――じゃあね、お父さん! こっちは…至って、ものすごーく、平和だから来なくていいからね!わかった!?バイバイッ!」
父親との通話を力技で強制終了した私は、フルマラソンを全速力で走りきった時のように、心臓がバクバクと壊れた時計みたいに激しく脈打っていた。
冗談ではない。本当に、冗談事じゃない。
今、このタイミングであの過保護の化身(最強の祓い屋)にこのワンルームアパートへ来られたら、色んな意味で人生が終わる。
ミズチとの奇妙な同居生活がバレるのも一発アウトだし、もし靈影暁人の存在に気づいて「お掃除」なんて始めようものなら、大学のキャンパスが物理的に消滅しかねない。
私は追撃の着信を恐れて、スマートフォンの電源をブチッと完全に切り、ベッドの上へと乱暴に放り投げた。画面が真っ暗になったのを確認して、ようやく大きく息を吐き出す。
「はぁ……。ちょっと、アンタは呑気でいいわよねぇ……」
ベッドの脇のローテーブルの上で、私が学校帰りにコンビニで買ってきた某コンビの鳥さんを、それはそれは美味しそうにハムハムと食べている小さな蛇の姿のミズチを見やる。
私は這うように近づいて、その小さな頭を人差し指でわしゃわしゃと撫で回した。
ミズチは頭を撫でられながら、嬉しそうに尻尾の先をぴこぴこと揺らしている。
壁にかかった時計に視線をやると、長針と短針が重なり合おうとしていた。
(あ、もう21時か……。怒涛の一日すぎて…時間感覚がバグってたな…)
「よし、お風呂…入ろ。全部、洗い流して忘れよう……」
口の周りについた鳥さんの油を、小さな舌で美味しそうにペロリと舐め回しているミズチの姿を微笑ましく見つめつつ、私はクローゼットから着替えとバスタオルを引っ張り出した。
「ミズチ、お行儀よくお留守番しててね。覗いたら、今度こそ、この折れたボールペンみたいにしてあげるから」
『ミズチ、のぞかないぉ。カイのお風呂あがりの、ほかほか霊力を楽しみに待ってるぉ〜』
「吸う気満々じゃねーか」
軽くジト目を向けながら、私はお風呂場へと向かった。
温かいシャワーを浴びて、お父さんの恐怖も、暁人の視線も、全部水に流してしまおう。
――しかし、この時の私はまだ知らなかった。
スマートフォンの電源を切ったくらいで、あの「水無瀬神威」という男の執念から逃れられるはずがなかったということを。そして、私がお風呂で極楽気分を味わっているまさにその裏で、アパートの敷地内に『最悪の2人』が同時に近づきつつあることを、私はまだ微塵も気づいていなかったのだ。




