ミズチとの出会いから…(もうといい昔のよう…)
「……は? 不法侵入って、そんな大怪異が、一般のアパートに……?」
「不法侵入」という強烈すぎるフレーズに、靈影暁人はさらに混乱したように眉間へのシワを深くした。
(裏社会の祓い屋にどう説明すればいいかわかないマズかったかな……)
そんな言葉が、頭をよぎったけれど、私はあえて考えないことにした。勢いで押し切るしかない!
「いいこと!? 理由はどうあれ、私は被害者なの! だから、あんたはこれ以上何も詮索しないで、私の今後のキャンパスライフを絶対に邪魔しないで!!」
人差し指をバシッと暁人の鼻先に突きつけて、私は強く宣言した。
本当に、切実なのだ。
連休初日にあの旧校舎の怪異たちにまで妙に懐かれ、今や夜な夜な彼らの「人生相談窓口(※ただし全員怪異)」の業務まで実質やらされている私のキャンパスライフ。
霊力は吸われるわ、ご近所の怪異の愚痴は聞かされるわで、ただでさえキャパオーバー寸前なのだ。
これ以上、このプライド高き三白眼ヤローにまで日常を乱されてなるものですか!
「……チッ、勝手にしろ。俺はただ、あの不気味な大蛇を野放しにするわけにはいかねえと思っただけだ」
暁人は私の剣幕に圧倒されたのか、それとも本当に肋骨が痛むのか、バツが悪そうに視線を逸らしてボソッと呟いた。どうやら、学内に変なデマを吹聴するようなセコい真似はしないタイプらしい。ちょっと安心した。
すると、私の背後から、黒い着物の袖をツンツンと引っ張る気配がした。
振り返ると、人間の姿のミズチが、不満そうに口を尖らせて私を見下ろしている。
『ねぇカイ……。ミズチ、お邪魔虫じゃないよぅ。ちゃんとカイの『お婿さん』として、お部屋の押し入れで毎日お留守番がんばってるもん……。不法侵入なんてひどいぉ……』
「はいはい、お留守番えらいえらい。だからその着物のままシュルシュル縮んでカバンに戻ってね」
雑にミズチの頭を撫でてあやすと、ミズチは『えへへ、カイの手、あったかい……』と一瞬でご機嫌になり、本当に黒い霧となってカバンのジッパーの隙間へと滑り込んでいった。
それを見ていた暁人は、完全に言葉を失い、「……本当に、ただの飼い主とペット(?)なのか……?」と、もはや恐怖すら感じているような目で私を見つめていた。
「よし、話は終わり! 結界解くから、あんたも早く病院行きなさいよ!」
私はそう言い放つと、パチンと指を鳴らして最高位の遮断結界を解除した。
駅のホームに再びザワザワとした現実の喧騒が戻ってくる。
私はカバンをしっかりと肩にかけ、今度こそスタコラサッサと改札へ向かって歩き出した。私のキャンパスライフの平和(?)を守るための戦いは、一応の停戦を迎えた……はず。
帰りの電車、ミズチは人型のまま、私が座る座席の前にジッと立っている。
(他の人には見えないけど…やはりでかい…壁ですか…)
ミズチには小さすぎる高さに身を縮め、黒い着物を未だ羽織ったまま、ボーッとする私を心配そうに(?)見てた。
ガタンゴトンと揺れる、電車の中ー車両に人の影は少ない。
あの後、靈影暁人から光の速さで逃げ、ホームに到着した各駅に乗り込んだ私は、正直頭を抱えていた。
帰りの電車の中。ミズチはカバンに戻る約束をあっさり破り、人型の姿のまま、私が座る座席のすぐ前にジッと立っていた。
一般の人たちにはその姿は見えない仕様になっているけれど、見えている私からすれば、やっぱりどう考えてもデカすぎる。……壁ですか? あなたは黒い着物を着た動く防護壁ですか……?
ミズチは電車の天井に頭がぶつからないよう、彼なりに少し身を縮めているつもりらしいけれど、それでも圧倒的な存在感だ。黒い着物をだらしなく羽織ったまま、座席でボーッと放心している私の顔を、長い黒髪の隙間から心配そうに(?)じーっと覗き込んできていた。
ガタンゴトン、と規則正しく揺れる電車の中。
幸いなことに車両の人の影は少なく、一般の乗客はみんなスマホに夢中で、この車内に満ち満ちている「大蛇神の気配」には誰も気づいていない。
あの後、限界突破した大パニック状態から光の速さで靈影暁人の前を脱出し、ホームに滑り込んできた各駅停車に飛び乗った私は――正直、座席で頭を抱えていた。
(これから先、ミズチをどうすればいいの……?)
誰か、私にその答えを教えてほしい。本気で。
アパートの押し入れに400年間も封印されていた大蛇(自称・私のお婿さん)。
ただの居候だと思っていたら、裏社会のトップクラスの祓い屋が血眼になって命を狙いに来るレベルの超・危険生物だったわけだし。おまけに私の霊力がないと生きていけない重度のジャンキーで、ちょっと他の男とハプニングがあっただけで「ミンチにしてゴミ箱にポイするぅ〜!」とか言い出すヤンデレの化身。
(こんなの、普通の女子大生がワンルームのアパートで内緒で飼育(?)していいキャパを超えてるってのぉぉぉ……!!)
「……カイ?」
私の深刻な脳内会議を察したのか、ミズチが黒い着物の袖から大きな手をそっと伸ばし、私の頭のてっぺんをポンポンと不器用に叩いた。赤い瞳をきょとんと丸くさせている。
『カイ、頭いたいの? ミズチ、お部屋に帰ったら、カイのこといっぱーいギュッてしてあげるよ? そしたら痛いの飛んでいくぉ?』
「……ありがと。でもそれ、私の霊力を吸うための口実じゃないでしょうね?」
『あ、バレちゃった? えへへ……』
悪びれもせずに照れ笑いするミズチを見て、私は深ーーーいため息をついた。
憎めないのが本当にタチが悪い。
でも、今日の一件で靈影暁人にあれだけハッキリと正体を見咎められた以上、今後また彼や、他の祓い屋たちが私のアパートに押し寄せてくる可能性はゼロじゃない。
私の平穏なキャンパスライフの未来が、五里霧中の霧の中に完全に迷い込んでいくのを感じながら、電車は私のアパートの最寄り駅へと近づいていくのだった。
私はようやく、住み慣れたアパートのある最寄り駅のホームに降り立った。
食堂で急いでランチを胃袋に詰め込んでから、実際の時間はそれほど経過していないはずなのに。激しいリアル逃走劇と駅ホームでの大決戦(?)のせいで、あみちゃんとご飯を食べていたのがもう、何日も遠い昔のことのように思えてくる。
思い返せば、三月の終わり。
大学進学を機に田舎から東京へと上京してきた私は、事故物件と言われた部屋に住んでから、不幸続きよ。
それでも家賃が格安だったから、実家からの仕送りで東京で一人暮らし生活ができているのだけど……。
封印されていた大怪異(我が家の実家の祠に)――ミズチが初見は怪異そのもだったけど、そのあとは小さくて可愛らしい黒蛇の姿でそこにちょこんと鎮座していた。
そう、あの日から、まだたったの1ヶ月ちょっとしか経っていないなんて嘘でしょう。
「はぁ……」
額にそっと手をあてがい、私は深いため息を吐いた。東京でのきらめくキャンパスライフはどこへ行ったのか。
改札を通り抜け、すっかり見慣れた住宅街の帰り道をとぼとぼと歩いていく。
緊迫した戦闘モードが解けた現在のミズチは、さっきまでの黒着物の巨漢フォームからすっかり元の小さな蛇の姿に戻り、私のカバン……ではなく、すでに本人の『指定席』と化した私の服の谷間へと、いそいそと頭を突っ込んでいた。
首元から小さく、満足気でとろけそうな声が脳内に直接響いてくる。
『えへへっ……カイのお胸……やっぱり柔らかくて世界でいちばん落ち着くぉ〜……』
(むっつりスケベかーーーい!!!)
心の中で全力の往復ビンタツッコミを入れつつも、もう突っ込む気力すら残っていない私は、「勝手にして……」と言わんばかりの完全なる諦めモードで歩を進める。駅のホームでの不可抗力ハプニングを、こいつは完全に味をしめてやがるのだ。
でも、この小さな体にどれほど恐ろしい神の力が秘められているか、そしてそれがどれほど裏社会を引き寄せてしまうのかを、私は身をもって知ってしまった。
私の谷間でぬくぬくと温まっているこの「むっつりヘビ」を抱えたまま、私の明日の大学生活はいったいどうなってしまうのだろう。
ようやく見えてきたボロアパートの階段を見上げながら、私は今日何度目か分からないため息を、静かな夕暮れの空へとこぼした。
間違ったものを一時的に掲載してしまいました( ;∀;)こちらが、本さいです。




