へし折れ、靈影暁人の心!?(ポキッと行っときました)
「なんだとって……ふふ、ウケる(笑)」
私はクスクスと笑いながら、さらに煽る――とにかく、トコトン煽り倒して、あのプライドの塊みたいな男の判断能力を鈍らせてやる。冷静さを失った奴の攻撃ほど、見切りやすいものはない。
「たかだか、しがない女子大生に中庭でボコボコに負かされたからって、授業中も食堂も血眼になって追いかけてきて……ぶっちゃけ、ストーカーみたいで気持ち悪いんですけどぉ〜?」
口を動かして挑発を続けつつも、私は身体の奥底から滾々と湧き出る高純度の霊力を高め、足元に集中させていく。そして、靈影暁人との「絶妙な距離」を取り始めた。
これ以上離れすぎると、あの無数に浮遊している管狐たちに空中からの先制攻撃を許してしまう。
そうなると、ホームを傷つけずに立ち回りたい私の方が出遅れることになるからだ。詰めるなら一瞬。
身体の中で霊力を文字通り五臓六腑、四肢の先まで完璧に巡らせ、私は床を滑るように一歩――踏み出した。実家の神楽で叩き込まれた、無駄のない洗練されたステップ。それは戦いでありながら、まるで美しい『舞』のようでもあった。
「負けたのがそんなに嫌なんだァ? ウチの子に一撃で消し飛ばされた、そこのダメコンちゃん(管狐)たちの主なんだから、そりゃあ悔しいよねぇ?」
「――お前、それ以上、その口を開くなァァァッッ!!!」
暁人の顔が激昂で真っ赤に染まる。完全に狙い通り、彼の冷静さは消し飛んだ。
「やれっ! 天狐!! その生意気な女の四肢を食い千切れ!!」
暁人が怒りに任せてバッと手を振り下ろすと、天井に張り付いていた十数匹のクダ狐たちが、キィィィと甲高い鳴き声を上げて、一斉に私を目がけて弾丸のように急降下してきた。
(よし、来た……っ! 軌道は直線、完全に頭に血が上ってる!)
私は胸元のカバンを片手でしっかりホールドしながら、もう片方の手に、実家直伝の神聖な霊力を青い炎のように凝縮させた。
「ミズチ、あんたは絶対に出てきちゃダメだからね!」
カバンの中で『カイ、かっこいいぉ……っ!』と目を輝かせている大蛇に念を押しつつ、私は襲い来るクダ狐の群れの中へと、恐れることなく自ら踏み込んでいった。
◇◆◇
急降下してくるクダ狐たちの風切り音が、人気のない駅のホームに不気味な残響を残して響き渡る。
「っ……!」
だけど、頭に血が上った暁人の命令は、さっきまでの鋭さが嘘みたいに単調だ。私は実家の神楽のステップを応用した悠然たる身のこなしで、弾丸のように突っ込んでくる群れを紙一重で躱していく。
すると、私の動きを予測していたのか、真横から二匹、そしてジャンプをして回避しようとした私の頭上から一匹が、退路を断つように挟み撃ちの軌道で飛び込んできた。
「ふ、単純……!」
空中で身を捻りながら、思わず言葉が漏れる。
私はミズチが入ったカバンを左手でラグビーボールのように強く抱き締め、フリーになった右の掌を、真横から迫るクダ狐たちへと向けた。
掌に収束させた青く澄んだ霊力が、パチパチと火花を散らす。
「――そこっ!」
ボゥッ! と、強烈な霊力の衝撃波を至近距離で放ち、挟み撃ちを狙ったクダ狐たちをまとめて吹き飛ばす。
そのまま重力に従ってホームのアスファルトへと着地する、そのわずか一瞬。私の青い銀河の瞳は、この『隔離空間』の構造を完全に捉えていた。
(この結界の基点、あいつの後ろの改札口付近だ……!)
ダダッ、と着地すると同時に、私は右手の指先を鮮やかに動かし、実家で叩き込まれた神道最高峰の結界の「印」を瞬時に結ぶ。
「天清々、地清々、祓い給え、清め給え――『破』っ!!」
私の足元から、波紋のように純白の霊光がホーム全体へと一気に広がった。
それは暁人が張っていた邪な認識阻害の結界の『隙間』にクサビのように打ち込まれ、その支配権を内側から強引に書き換えていく。
パリンッ!!!
まるでガラスが割れるような美しい音が空間に響き渡る。
暁人の結界に強烈なノイズが走り、上空を覆っていた分厚い雲の隙間から、再び現実の太陽の光がホームへと差し込み始めた。
「な、にっ……!? 俺の結界を、印ひとつで相殺しただと……!?」
暁人が驚愕に三白眼を見開く。
霊力をこれっぽっちも無駄遣いせず、駅の設備も傷つけず、ただ『相手の術式だけを綺麗に中和して解体する』――これぞ、水無瀬神社の次期跡取り(仮)、水無瀬カイの本領発揮!
『カイかっこいいぃぃ! 神様みたいだよぉっ!』
カバンの中からミズチが大興奮で身悶えしているけれど、私のターンはまだ終わらない。結界が完全に崩壊して一般人にこの惨状が見つかる前に、この生意気な同級生を黙らせて、今度こそスタコラサッサと帰らせてもらうわよ!
パリィンと結界が完全に崩壊したのとほぼ同時に、私はホームの床を強く蹴り、靈影暁人の懐へとダイレクトに飛び込んだ。
驚愕に染まる彼の視界の死角、真正面やや下の低い位置から滑り込むように。
「なに……!?」
暁人の顔に明らかな驚きの色が浮かぶのを、私は絶対に見逃さない。
(一気に殺る!(*•̀ㅂ•́)و✧)
私は右腕の肘を鋭く突き出し、無防備に晒された靈影暁人の鳩尾に向けて、実家直伝の(霊力入り)強烈な一撃をお見舞いした。
ドガァァァァ!!!
(あ……いま、肋骨折れたかも?)
打ち込んだ瞬間、私の肘を通じて「ポキリッ」という、なんとも言えない鈍い音が手に伝わってきたような……。
(いやいや、気のせいだ。うん、気のせいだ。私は非力な女子大生で、これは100%正当防衛!!)
自分に必死に言い聞かせた、その刹那だった。
強烈な衝撃を受けた靈影暁人は、管狐を納めていた大切な竹筒をポロッと手から落とし、そのまま後ろへと吹き飛んでいく。
――が。その吹き飛ぶ僅かコンマ数秒、瞬きほどの短い時間の中で。
暁人は驚異的な反射神経で、残ったもう一方の手を伸ばし、私の肩をガシッと力任せに掴んできたのだ。
「えー!? 嘘でしょ!?」
相手だけが綺麗に吹き飛んで終わりのはずだったのに、私は掴まれた肩ごと、暁人の道連れにするような形で一緒に前方へと吹っ飛ばされる羽目になってしまった。
「うわっとっと……っ!?」
完全に体勢を崩した私と暁人は、そのままもつれ合うようにしてホームの床へと激しく転がっていく。
ドサッ!!!
「ぐ、ふっ……!?」
鳩尾に一撃を喰らった暁人が、今度は私の体重(とミズチの質量)をまともに受けて、床との間に挟まれて苦悶の声を漏らした。
そして、激しい衝撃が収まった瞬間、私はある『異変』に気がついた。
(……あれ? なんか、顔がめちゃくちゃ近い。っていうか……)
私の身体は、仰向けに倒れた暁人の上に完全にのしかかるような形(馬乗り状態)になっていた。
それだけならまだしも、私の最大の武器であり、ミズチの定位置でもある、あの無駄に大きいたゆんたゆんの胸の質量が、暁人の顔面というか胸板のあたりに……。
『むにゅぅぅぅうううん……』
と、信じられないほどの弾力で、文字通りダイレクトに押し潰されていたのである。
「――っっっ!!!!」
一瞬遅れて状況を理解した暁人の三白眼が、羞恥と驚愕と、何か言葉にできない衝撃でカッと限界まで見開かれた。顔が一気に耳まで真っ赤になっていく。
(ち、違うの! これはお互いのスピードが引き起こした物理的な不可抗力なのよぉぉぉ!!)
私が心の中で大パニックを起こしたその時、私の胸の谷間(押し潰され中)から、本日一番の、おそろしく冷たくて低い『神の声』が響いた。
『……ぁ。こいつ……ミズチのカイの、そこ(胸)に触った……。……ころす……ぜったい、ころす……あいつ、ペッてするんじゃなくて、ミンチにするぅぅぅ……!!!!』
ジャンキーミズチの怒りと独占欲と嫉妬のバリアが、ついに大気圏を突破して完全覚醒しかけている。
(不可抗力のハプニングの後に、我が家の大蛇のデスゲームが始まるなんて聞いてないよぉぉぉ!!)




