迫る祓い屋、靈影 暁人(ほんとしつこい、三白眼!)
私は食べるだけ食べ、弾丸のようにトレーを返却口へ下げると、呆然としているあみちゃんを振り返った。
「亜美ちゃん、不審なストーカーから身を守るため、私はこれにてお先にドロンします!」
ビシッと私は言い放ち(※恥ずかしいのでポーズとかは一切とってませんからね!)、颯爽と椅子にかけていたカバンをひったくるように手に取ると、大学の外へと転がる勢いで猛ダッシュを開始した。
(冗談じゃないわよ……! こちとら我が家の居候兼・夫気取りのジャンキー大蛇一人だけで、お腹いっぱい、完全に間に合ってます!!)
これ以上、裏社会だの祓い屋だのの男に付きまとわれて、私の残り少ないHPと貴重なプライベートを削られてたまるものか。
内心で激しく叫びながら、私は廊下の窓から見えた靈影暁人の進行方向とは、完全に真逆のルート――裏口の非常階段へと滑り込み、大学を後にした。
キャンパスの敷地を飛び出し、駅へと向かう長い坂道を息を切らせて走りながら、私は何気なく空を見上げた。
さっきまでの五月晴れが嘘のように、いつの間にかどんよりとした分厚い雲が急速に広がっている。その暗い景色は、まるで今の私の胃の痛い気持ちと完全にマッチングしていた。
(……全然、嬉しくないなぁ……)
せっかく連休が明けて、大学の普通の日常に戻れると思ったのに。そんな言葉がポツリと胸に浮かんだ。
背後から管狐が飛んでこないか、あの三白眼が恐ろしい執念で追いかけてきていないかを何度も確認しながら、私はもより駅の改札を滑り込むように通り抜けた。
「はぁ……はぁ……っ、ここまで来れば……!」
ホームまで、何とか無事に来ることができた。
電車の到着を告げるアナウンスが響く中、私はホームの柱に背中を預けて、ようやく大きく息を吐き出す。カバンの中では、ミズチが『カイ、お外の雲、なんか嫌な匂いがするよぉ……』と、小さな頭をジッパーの隙間から覗かせて、怪訝そうに呟いていた。
ミズチがぽつりと呟いた『嫌な匂いがする』という言葉に、私はハッとして、それまで自分の足音しか聞こえていなかった視線を、勢いよく周囲へと走らせた。
「あー……しまった……っ」
誰も、いない。
いつもなら、電車を待つ学生やサラリーマンでそれなりに賑わっているはずのホームに、人の気配が完全に消え失せていた。
私は走ること、逃げること、とにかくこの場から離れて電車に乗ることへ意識を集中しすぎてしまっていたのだ。
あいつが追ってきている焦りで、駅全体の空間がすでに『隔離』されていることに気づけなかった。
「はぁ、はぁ……っ、お前……、よくも、走らせて、くれたな……!」
ガタンッ!!! と自動改札機を強引にすり抜け、凄まじい足音と共に、靈影暁人が肩で荒い息をしながらホームに現れた。
整っていたはずの黒髪は乱れ、その鋭い三白眼は怒りと執念でギラギラと肉食獣のように輝いている。そして、彼の周囲には、すでに竹筒から解き放たれた十数匹の管狐たちが、キィキィと低い鳴き声を上げながらふわふわと浮遊していた。
一般人がこの異様な光景に気づいていないのは、彼が改札の手前で強力な「認識阻害の結界」を張ったからだろう。
「大学からここまで、ノンストップで爆走するとか、お前どんな身体能力してんだよ……! 陸上部かよ……っ!」
「あんたこそ、どんだけ執念深いのよ! ストーカーで通報するわよ!?」
私はカバンを抱き締め直しながら、一歩後ろに下がった。背後は線路。文字通り袋のネズミだ。
『カイ、あいつやっぱり生意気。ミズチ、今度こそバリバリ噛み砕いてあげる』
胸元のカバンの隙間から、ミズチが冷たい殺気を放ちながら黒い鱗を覗かせる。
「ストーカーだと? 舐めるな。裏社会で『靈影』の名を背負う俺が、あんな中庭で、名もなき怪異に一撃で敗北したままでいられるか……! お前が連れているあの黒蛇、ただの妖怪じゃねえな。そいつの正体と、お前のその異常な霊力の出所……全部、吐いてもらう」
暁人がバッと手をかざすと、宙を舞うクダ狐たちが一斉に牙を剥き、私を取り囲むようにホームの天井へと展開した。
「男のプライドだか何だか知らないけど、あれはあんたが無差別に怪異をいじめてたのが悪いでしょ!」
言い返しつつも、私の脳裏には(当分霊力はあげないって言ったばかりなのに、ここでまたミズチを蛟龍にしたら、今度こそこの駅のホームが崩落する……っ!)という現実的な恐怖が過っていた。
一歩も引かない祓い屋・靈影暁人と、限界突破寸前の神社の娘・水無瀬カイ。
人気のない駅のホームで、逃げ場のない二人の『霊圧』が、激しく火花を散らし始めた。
追い詰められたとはいえ、こんな公共の駅のホームで戦うわけにはいかない。だけど、私に残された選択肢はそう多くはなかった。
私は猛スピードで思考を巡らせる。
(選択肢その一:あいつの張ったこの結界を強引に内側から破壊して、スタコラサッサと逃げるか……。うん、できるか不明だし、壊した衝撃で駅の設備まで壊したらアウト。)
チラッと周囲の空間を見渡す。不気味なほど静まり返ったホーム。
(選択肢その二:このままガチでやり合うか……。いや、無論、ミズチの『蛟龍』の力は絶対に使わせない! ホーム破壊とかやらかしたら、一生この路線の電車に乗れなくなる。っていうか、壊したら私が弁償しなきゃいけなくなるかも!?)
何千万、いや何億の請求書が実家に届くところを想像して、あっはは……と乾いた苦笑いが心の中に浮かぶ。そんなのヤンデレお父さんにバレるより恐怖だ。
(蛟龍、あんたは私の胸の間で大人しくしてなさい!)
今にもカバンから飛びかからんとしていたミズチを窘めるように、頭の中で鋭く声を飛ばす。ミズチは『えぇ〜、カイ、ミズチあいつの顔を尻尾でペシペシしたいよぉ……』と不満げに丸くなった。よし、大人しくしててね。
(選択肢その三:あとは……大人の対応として、相手の話を聞いて丸く収めるか……。って、あの青筋立てて怒りに満ちた顔と様子じゃ、絶っっったい無理ですよねぇ( ;∀;))
靈影暁人は、今にもクダ狐をけしかけようとする一触即発の構えで、私を親の仇かのように睨みつけていた。
「っ……仕方ない……」
極力避けたかったし、東京に出てきてからは「普通の女の子」として生きたかった。だけど、とりあえずこの場から無傷で離脱できるよう、実家仕込みの『本領』で頑張るしかないらしい。
大学に進学してから、マジでロクなことがないなぁ、私!
私はふぅ、と小さくため息をつくと、腰を落として、いつでも動けるように身体能力のギアを上げた。
「で、こんなところまで息を切らして追いかけてきて、決着つけさせろとか、ドンだけ執念深いの? 祓い屋の天才様が聞いて呆れるわ」
あえて挑発するように、ちょっとジト目で言い放ってやった。
「なんだと……っ!?」
暁人の三白眼がさらにギラリと鋭くなる。
現代の過激派クダ狐使いvs神職最高峰のDNAを持つ野生児。
壊したら弁償確定の駅のホームで、ついに私の『本領発揮』の幕が上がる――!




