ちゃ~んと滅してあげますからね。(いや、お母様が一番怖い)
翌朝――。
私は人生初の一大イベント(?)を、ミズチによって完全に「開拓」されてしまっていた……。
カーテンの隙間から差し込むゴールデンウィーク二日目の爽やかな太陽の光が、やけに眩しい。
いつもなら実家仕込みの体力でパッと起き上がれるはずの身体が、今朝はまるで10tトラックにでも轢かれたかのように重く、腰から下が完全に他人のもののようにつけて動かない。
(……マジで、やられた。本当に食べ尽くされた……)
シーツに顔を埋めたまま、私は昨夜の記憶を思い出して、顔から火が出るほど赤面した。
いつもなら「もみもみー」「えへへー」とアホ可愛くセクハラしてくるだけのミズチだったのに、昨夜の彼は完全に別人、いや「本物の大怪異(大蛇神)」だった。
215cmの質量でベッドに縫い付けられ、私の銀髪を長い指に絡めながら、掠れた低音の声で何度も『お嫁さん……ミズチの番』と囁かれ、あのギザギザの歯で首筋や鎖骨を甘噛みされながら、朝を迎えるまで徹底的に可愛がられたのだ。
誰ともお付き合いすらしたことのなかった私の処女(乙女の貞操)は、2Kのアパートの103号室で、大蛇の深い執着とともに綺麗に溶かされてしまった。
『……んぅ。カイ……おはよぉ……』
隣から、低くて、でもどこか満足げに蕩けた声が聞こえる。
恐る恐る振り返ると、そこには人間の姿のまま、はだけた胸元を晒して私を愛おしそうに見つめるミズチの姿があった。
昨夜あれだけ暴れ回ったというのに、彼は疲れを見せるどころか、私の霊力をたっぷり吸い取ったせいで、黒髪も肌もツヤツヤと輝いて「雄の色香」をさらに増している。
ミズチは長い腕を伸ばすと、バスタオルもはぎ取られて身一つになった私の身体を、再び後ろからぎゅぅぅっと抱きすくめてきた。私の無駄に大きいたゆんたゆんの胸が、彼の逞しい胸板に容赦なく押し潰される。
『カイ……あったかい。ミズチ、本当にしあわせ……。カイ、もうミズチから離れられないね?』
「……ミズチ」
『なぁに? カイのお口から、もっとミズチの名前よんで……』
甘えるように首筋に鼻を押し付けてくる大蛇の頭を、私は残った全霊の力を振り絞って、拳でゴスッ!!!と殴りつけた。
『ふぎゃうっ!?』
「……当分、あの蛟龍(おっきい姿)になるんじゃない……っ!!!(怒)」
『ふぇぇ!? な、なんでぇ!? ミズチ、カイを悪いきつね(狐)から守って、かっこよかったでしょぅ!?』
「姿格好の話をしてるんじゃないの! あんた、あの姿になるとリミッターが外れて、夜の狼(蛇だけど)になるでしょ! 私の腰のライフはもうゼロよ!!」
赤面しながら怒鳴る私に、ミズチは一瞬きょとんとした後、殴られた頭をさすりながら、今度はスウェット姿の「涙目大型犬フォーム」に勝手に脳内変換して、ふにゃふにゃと笑った。
『えぇ〜……。でも、ミズチ、カイのこと大好きだから、がまんできないんだもん。……じゃあ、おっきくならなきゃ、お昼もおねんねの続き、していい……?』
「ダメに決まってるでしょ! ほら、離れなさい! 唐揚げ(パック4袋分)作ってあげるから!」
『わぁい! 鳥さん! ……じゃあ、作る前に、ここ(胸)だけ揉み揉みさせて……』
「結局、セクハラに戻るんかーーーいっ!!」
物理的に開拓され、名実ともに「怪異のお嫁さん」にされてしまった。
朝からのろけなのか何なのか分からない痴話喧嘩を繰り広げながら、私の(元)平穏な生活は、さらに深い大蛇の愛の沼へと沈んでいくのだった。
そんなことをしていると、私のスマホがピコンと通知音を告げた。
相手はお母様。
どうやら祠の修繕についての話のようだった。
私はLINEの画面を見て固まった。
ーカイちゃんへー
おはよう。
カイちゃんが教えてくれた祠の件だけど、
あの祠の材質と特殊な呪符が張られていたんだけど
その両方を創れる祓い屋さんと職人さんが
お亡くなりになってて、誰も作り方がわからないそうなの~。
だから、修繕(?)再建はできないそうです~。
なので、祠に封印されていたなにかが、カイちゃんの周りにもし来たら
お母様か、お父様に連絡してね?ちゃ~んと、滅してあげますからね。
という、内容だった。
「ひ、ヒィッ……!?」
画面に躍る『ちゃ〜んと、滅してあげますからね』の軽やかすぎる殺意満載の一文に、私は昨夜の激痛すら吹き飛ぶほどの冷や汗を吹き出させた。
実家の家系(神威、お父さん)は、古くから続くガチガチの霊能一族だ。
あのお母様が「滅する」と言った場合、それは比喩でも脅しでもなく、ガチの神下ろしと極大 exorcism(除霊術)で相手を分子レベルで消滅させることを意味している。
(お母様、フランス人なのに、なんで嫁いでから、霊力に目覚めて、うちの一族で一番恐ろし力を持ったのよぉぉぉぉ!!!)
もし、私の2Kのアパートの103号室に「元・祠の封印物」である215cmの大蛇神がちゃっかり居座り、あろうことか娘の貞操を昨夜一晩で完全に開拓したと知れたらどうなるか。
(消される……! ミズチが灰すら残さずに浄化されるか、もしくはここが神々と大怪異の最終決戦場になったら、このアパート一帯どころか、東京23地区が吹き飛ぶ……!!)
『カイ〜? お顔、真っ青だよぉ? どうしたの〜?』
私の焦りなど露知らず、ミズチが首をぬうっと伸ばして、私の肩越しにスマホの画面を覗き込んできた。
黒い着物からはだけた胸元から覗く逞しい鎖骨には、昨夜、私が必死に抵抗して付けた爪痕がくっきりと残っている。当の本人はそれすら「カイの愛の印」とばかりに誇らしげにしているのが実に腹立たしい。
『ん〜? 「お母さま」……? 「めっしてあげる」ってなぁに〜? おいしいもの〜?』
「美味しいものなわけないでしょバカ!! アンタを灰にするための最終兵器発動の合図よ!!」
『ふぇえ!? ミズチ、灰になっちゃうの!? カイとずっと一緒にいられないのやだぁぁぁ!!』
「声が大きい!!」
半狂乱になって私にしがみついてくる大蛇神を、必死の思いで押し返す。
ダメだ、LINEの返信を誤れば即座にお母様が新幹線で乗り込んできてしまう。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
プルプルと震える指で、私は必死にフリック入力で返信を打ち込んだ。
『お母さま、連絡ありがとう! 大丈夫だよ! 祠の周りにも変な気配はないし、私の周りにも怪しいヤツなんて全然(※隣で胸を揉もうとしてくる大蛇は無視)来てないから! 全然平気だから、わざわざ来なくて大丈夫だからね!!』
送信ボタンを押し、ハァハァと荒い息を吐く。
これで……これでとりあえずの危機は去ったはずだ。
『カイ……ミズチ、捨てられない……?』
ふと横を見ると、ミズチが長い髪をボサボサにしたまま、捨て犬――いや、捨て蛇のような顔で私を見上げていた。
さっきまでの「雄の色香」はどこへやら、ウルウルと涙を浮かべた巨大な黒髪の美形が、私の布団の端っこをキュッと握りしめている。
『ミズチ……消されるのぉ?そんなの、嫌だぉぅぅぅぅぅぅ…』
昨夜あれほど強引に私を抱き潰し、朝まで「ミズチの番」と繰り返していた大蛇神が、いまや実家のお母さまの「滅する」という言葉だけで本気で怯えている。
……まあ、怪異にとって、加護を失った状態でのガチの祓い屋は天敵以外の何物でもないのだが。
「……はぁ。滅させたりしないわよ。あんたがこれ以上余計なこと(とくに夜の暴走)をしなければ、だけどね」
『ほんと……!? カイ、ミズチを守ってくれるの……!?』
「守るっていうか、巻き込まれたくないだけ! ほら、変な顔してないで起きて! 朝ごはん作るわよ!」
私がそう言って起き上がろうとした瞬間――。
「あぐっ……!?」
腰に走った凄まじい激痛と浮遊感に、思わずベッドの上で崩れ落ちた。
完全に忘れていた。私の腰は現在、昨夜の「大蛇の超絶開拓工事」によってHPが完全にゼロだったのだ。
『カイっ!? だいじょうぶ!?』
「だ、大丈夫じゃない……全部あんたのせいよ、このバカ蛇……っ」
顔を真っ赤にして睨みつける私に、ミズチは一瞬申し訳なさそうな顔をしたかと思うと、次の瞬間にはふにゃりと甘い笑顔を浮かべた。
『じゃあ、ミズチがカイを運んであげるねぇ』
「え、ちょっと――きゃあっ!?」
あっという間に、215cmの逞しい腕が私の身体を軽々と姫抱っこで持ち上げる。
シーツで体を隠すのが精一杯の私を抱えたまま、ミズチは満足そうに鼻歌を歌いながらキッチンへと歩き出した。
『えへへ、カイのお手伝い〜。唐揚げ、ミズチもお手伝いするぉ〜! そのあと、またお布団でナデナデしてね?』
「唐揚げに揚げるわよあんたを……! あと手元が狂って塩コショウ激辛にしても文句言いなさいよ……ッ!」
実家からの殺伐としたLINEの通知と、腰の激痛。
そして、私を抱きかかえる大蛇神の、呆れるほどあたたかくて深い体温。




