ミズチの力、交わる契約、化身ー蛟龍ー
その場にいた全員が、その圧倒的な神威(霊圧)に息を呑む。
結界に囚われていたおじいさん達が『主様……!』と涙を流してひれ伏した。
「な、何だこの化け物は……!? ただの地縛霊じゃなかったのか!?」
さっきまで余裕を崩さなかった霊影の顔が、初めて驚愕と恐怖に歪む。
『カイ、手を……! ミズチに、カイの力をちょうだい……! カイの力とミズチの力で、これでぜんぶ、ぶっ飛ばす……っ!』
巨大な蛇神の姿のまま、ミズチが私に顔を寄せ、青い瞳を見つめてくる。
私は躊躇わずに、実家に伝わる神聖な霊力をその白い手に込め、ミズチの巨大な額へと触れた。
「ミズチ、力を貸して…! あの人たちを、助けて!」
私の純粋で膨大な霊力がミズチの身体へと流れ込んだ瞬間、ミズチの黒い鱗が黄金色の紋様を帯びて輝き出す。
主との深い霊的契約が交わされ、完全なる「神の化身」へと覚醒したミズチ。
『……よし。きつね(狐)の使い魔ごと、その生意気なツラ、地の果てまで分からせてあげる……っ!』
五月晴れの空が急転直下、禍々しい雷雲に覆われ始める。
覚醒した蛇神ミズチと、焦燥に駆られたクダ狐使い霊影の、真の激突が幕を開けた。
「な、何だこの化け物は……!? ただの有象無象の怪異じゃなかったのか!?」
クダ狐使いの靈影が、その切れ長の目を驚愕に大きく見開いた。
彼の目の前にそびえ立つのは、体長十数メートル、漆黒の鱗に黄金の紋様を輝かせ、禍々しい角と黒い翼を広げた真の蛇神――「蛟龍」の姿。
カイの純粋で膨大な霊力を受け取ったミズチは、全身から中庭の木々を激しく揺らすほどの圧倒的な神威(霊圧)を放っていた。
『……勘違いしないでよね、そこのきつね(狐)使い』
巨大な蛇神の姿のまま、ミズチの低く地響きのような声が中庭に轟く。
『ミズチはね……あの薄暗い、狭い『祠』の中で、ずーーーーっと一人で寂しく封印されてたんだから! その寂しさを終わらせて、ミズチを外に出して、毎日美味しい鳥さん(唐揚げ)をくれるカイを……お前みたいな奴に傷つけさせるわけないでしょぉぉぉ!!!』
(ミズチの怒りは本物だ……!)
「チッ、ハッタリを……! やれ、天狐! 喰い殺せ!」
靈影が狂ったように竹筒を振ると、主の焦燥に呼応して巨大化した十数匹のクダ狐たちが、牙を剥いてミズチの巨体へと一斉に飛びかかった。
数で圧倒し、蛇神の身体を噛み千切ろうという算段だ。
しかし、完全覚醒した大蛇神のパトスは、現代の祓い屋の想定を遥かに超越していた。
『邪魔、なんだよォォォッッ!!!』
ミズチがその巨大な尾を、ただ一振り。
それだけで、中庭に猛烈な衝撃波が吹き荒れた。神聖な霊力と圧倒的な質量を帯びたその一撃は、襲いかかってきたクダ狐たちを文字通り「一瞬」で消滅させ、霊影が張っていた強力な結界ごと木々を粉砕した。
「がはっ……!? あ、あり得ん、俺の天狐たちが……一撃で……っ!?」
結界の崩壊と使い魔の消滅による強烈なバックバッシュ(霊的拒絶反応)を受け、靈影はその場にドサリと膝をつき、口から鮮血を吐いた。彼の手の手元にあった竹筒は、ミズチの神威に耐えきれず、みしみしと音を立てて粉々に砕け散る。
『次、カイに手…出したら、こんなものじゃすませないぉ…お前の事、バリバリ食ってやるからな…』
ギザギザの歯を見せつけ、ゴウッと低い鼻息を漏らすミズチ。
その圧倒的な強さと、お父さんの影響を色濃く受けたヤンデレ発言の前に、さっきまで尊大だった祓い屋・靈影は、完全に恐怖で顔を真っ青にさせてガタガタと震えていた。
「く、くそっ……! 覚えていろ……!」
霊影は捨て台詞を残すと、懐から煙玉のような護符を取り出し、爆発の煙と共に命からがらその場から逃げ去っていった。
「ふぅ……。終わった、のかな……?」
私が青い銀河の瞳の緊張を少し緩めると、結界から解放された大学の重鎮地縛霊のおじいさんや、有象無象の怪異たちが、一斉に涙を流してミズチの足元にひれ伏した。
『おお……主様……! 我らをお救いいただき、誠に、誠にありがとうございました……っ!』
すると、巨大な蛟龍だったミズチは、ボフンッと静かな煙を上げて、一瞬で30センチの小さな可愛い黒蛇の姿へと戻った。
そして、一目散に私のジーンズの裾から這い上がり、いつもの定位置――たゆんたゆんの胸の谷間へとスッポリ潜り込んできたのだ。
私の豊かな質量に顔を埋め、ふにゃふにゃと甘えた脳内声を響かせる。
『カイぃぃ……ミズチ、がんばったよぉ……。押し入れの恨み、ぜんぶぶつけたら、お腹すいちゃった……。お家帰って、また鳥さん(唐揚げ)作ってぇ……っ』
「もう、現金なんだから……。でも、本当にありがとう、ミズチ」
私が指先で小さな頭を撫でてあげると、ミズチは嬉しそうに私の重要部分をチロリと舐めるセクハラ(お約束)を忘れない。
「ひゃっ!? 助けてもらったのは感謝するけど、それはそれとしてやっぱりお仕置きよっ!」
祓い屋との激突を制したGW初日の午後。怪異たちの回覧板が来ない理由(この霊影が裏でネットワークを荒らしていたらしい)もなんとなく判明し、私は「主様」として怪異たちに見送られながら、103号室への帰路につくのだった。




