ミズチは神様?
大学の旧校舎は普段から人が寄り付くことはなく、今日も静まり返っていた。
だけど、そもそも「休日に大学って開いてるの!?」と考えながらも、私は仕方なく最寄り駅から電車に揺られ、20分後には大学前の駅に到着していた。
長い坂道を上り、何とか大学の正門前に到着したけれど。
「はは……そりゃそうだよね。休みだもんねぇ……」
門がガッチリと閉まっているのは当たり前で、私は仕方なく、本当に仕方なく――実家で培った、ご自慢の身体能力を活かして、なんなく壁を忍者のように走って飛び越えてやった。
(お願いだから、誰の目(あるいは防犯カメラ)にも見られてませんように……っ!)
トッ、と壁を越えた先の地面に、音もなくウルトラCを決めて着地する私。
これがオリンピックの体操競技なら、きっと満点で金メダルが獲れているに違いない(笑)。
周囲を見回して誰もいないことを確かめると、私はいつの間にかジーンズのポケットから胸の谷間へと移動していた、ちっこい蛇の姿のミズチの頭を指先で撫で、旧校舎へと歩き出した。
ところが、中庭を通り抜けようとした、その時――奇妙な声(?)が響いた。
――ギャンッ!!!
甲高い、犬……いや、狐のような鳴き声。
それは普通の動物の声なんかじゃない。はっきりと霊気(霊力)を含んだ、ゾクゾクとするような嫌な気配を伴っていた。
「天狐――何をしてる! さっさと、そんな低級霊、祓ってしまえ!」
張り詰めた男の人の声が、中庭の奥から聞こえてきた。
その声は、今まさに悲鳴を上げたクダ狐の主のものだろうか。
(低級霊って……まさか、大学の怪異たち!?)
嫌な予感が頭をよぎり、私は無意識に声のした方へと足を向けてしまっていた。
中庭の大きな木の陰へと回り込み、草むらからそっと覗き込むと、そこには異様な光景が広がっていた。
和装をベースにした現代的な黒い狩衣を纏った、鋭い目つきの青年――「靈影」が、竹筒を手に立っていた。彼の周囲を、霊力で編まれた小さな管狐たちが、激しく飛び回っている。
そして、そのクダ狐たちに追いつめられ、ボロボロになって泣き叫んでいたのは――なんと、私に「回覧板が来ない」と泣きついてきた、あの大学の有象無象の怪異たちだった。さらに奥では、大学の重鎮地縛霊のおじいさんまでが、霊影の強力な結界に縛られ、苦しげに顔を歪めている。
「無差別に怪異を狩るなんて……っ! 待ちなさい!」
私は思わず草むらから飛び出し、霊影の前に立ちはだかった。
「あんた、誰よ! その人たちは、大学でおとなしくしてる怪異たちなのに、何てことするの!」
霊影は突如現れた私と、私の長い銀髪、そして青い銀河の瞳をじろりと見定めると、冷酷に口元を歪めた。
「はん、誰かと思えば……一般の学生か? いや、その霊力……神職の生き残りか?すっこんでいろ、女。俺は祓い屋の『靈影』だ。この大学に溜まった怪異を一掃しろと、依頼を受けてな。土地神気取りの老いぼれもろとも、全て俺の狐の餌にしてやる」
『キィィィーッ!』
霊影の言葉に応じるように、獰猛なクダ狐たちがギチギザの歯を剥き出しにして、私に向かって威嚇の声を上げる。
その瞬間。
私の服の奥――たゆんたゆんの胸の谷間にいたミズチが、あからさまに「ブチギレた」冷たい妖気を放ち始めた。
『……カイの前に立ち塞がる、あの生意気なきつね(狐)……。それに、ミズチを『主様』って呼んでくれたおひげのおじいさんを、いじめてる……。ミズチ、ぜったいに、ゆるさないんだから……っ!!』
私の胸元から、ゴウッと黒い霧が溢れ出る。
怪異たちの連絡不備の真相に迫る前に、まさかの同業者(?)である過激派の祓い屋・靈影との、大学の存亡を懸けた大激突が始まろうとしていた。
相手の方が、はるかに格上としか思えなかった。
そう、私の服の中にいるミズチと違い、霊影が操る管狐は、主の霊力が高ければ高いほど、無限に凶暴に、そして強くなる。
対してミズチは、我が家の実家の神社の祠に長年封印されていた怪異。
封印が解けたとはいえ、その実力が現代のプロの祓い屋を相手にどこまで通用するのか、私は知る由もなかった。
おまけに、今日の私のジーンズのポケットに入っているのは、ただの数珠だけ。
霊を退けるためのお札は……持ってきていない。
(だって、ゴールデンウィークの初日に、大学で本職の祓い屋とバトルするなんて思わないでしょ!?)
「どうしよう……大抵の怪異ならどうにか出来るけど、人間相手は……」
私は激しく睨み合っているミズチと管狐たちを気にしつつも、冷酷な笑みを浮かべる霊影(祓い屋)と対峙し、焦りで冷や汗を流していた。
「おいおい、そんな玩具みたいな数珠で、俺の天狐たちとやり合うつもりか? 身の程を知れ、神社の娘」
霊影が竹筒を軽く叩くと、十数匹のクダ狐たちが、キィキィと耳障りな鳴き声を上げて一斉に私へと飛びかかってきた。
「くっ――!」
私が身構えた、その瞬間。
胸元から飛び出したちっこい黒蛇――ミズチが、私の目の前で爆発的な黒い霧へと変わった。
『――カイに、さわるなァァァァァ!!!』
鼓膜を震わせるような、地響きを伴う咆哮。
黒い霧が中庭の木々をなぎ倒すほどの突風となって吹き荒れ、襲いかかってきたクダ狐たちを一吹きで弾き飛ばした。
霧が晴れた中心にいたのは、人間の姿のミズチではなかった。
体長十数メートル、漆黒の鱗に覆われ、頭部には2本の禍々しい角、そして背中には燃え盛るような黒い翼(羽)を生やした――圧倒的な存在感を放つ「蛟龍」の化身、本物の蛇神の姿だった。
実家の祠に封印されていたのまさか本物の神様(まだ未確定だけど)だったの!?




