怪異たちの回覧板が回ってこない?(それ、私に相談する案件?)
大学生活が始まって、最初の大型連休――ゴールデンウィークがやってきた。
私は喜び勇んで、大学に行かなくていいという事実を心の底から噛み締めていた。
最大の懸念事項だった旧校舎のトイレの壁の件は、奇跡的というか、大学の重鎮地縛霊が裏で手を回してくれたのか、「築年数による老朽化で自然に亀裂が入った」という見解で処理され、私はなんとか事なきを得ていたのだ。
本当に良かった。
神様仏様おじいさん様、ありがとう……!
これでやっと、ミズチのセクハラと怪異の人生相談から解放されて、のんびりとした連休を過ごせる!
――そう、本気で思っていたのだ。
だが!
しかし、休みに入った最初の朝。
枕元に置いたスマホが午前7時を指した頃、玄関のドアから「トントン……」と、控えめに小さく戸を叩く音に、私は目を覚まされた。
(ん……? 新聞勧誘? それとも、亜美ちゃん……なわけないよね、まだ朝の7時だし……)
私がまだ眠気の残る青い銀河の瞳をこすりながら、ベッドの中で身動きをとろうとした、その時。
私のパジャマの胸元から、シュルシュルと小さな黒い頭を出したミズチが、不機嫌そうに赤い瞳をぎらつかせた。
『……カイ、お外に、いっぱいいるぉ……。大学の、お化けたちの匂い……』
「え……?」
ミズチの言葉に心臓がドキンと跳ねる。嫌な予感しかしない。
私は恐る恐るベッドから抜け出すと、足音を立てないように玄関へと向かい、ドアの覗き穴にしがみつくようにして外を覗き込んだ。
「う、嘘でしょ……!?」
覗き穴の向こう――築半世紀超えのボロアパートの狭い共有廊下に、見たことのある顔(?)がずらりと並んでいた。
一番前にいるのは、あの第二理科室の解剖模型くん。その後ろにはサークル棟の地縛霊、さらにその後ろには、大学の敷地内にいたはずの有象無象の怪異たちが、お中元のような菓子折り(中身は霊的な何か)を抱えて、律儀に一列に並んで順番を待っているのだ。
ドア越しに、蚊の鳴くような弱々しい声が聞こえてくる。
『あのぅ……水無瀬の御令嬢様……。連休中で大変申し訳ありません。大学が休みになってしまい、相談できるお方がいなくて夜も眠れず(※幽霊だけど)、ついにご自宅を突き止めてしまいまして……』
(なんで我が家に押しかけてくるんですかぁぁぁぁぁ!? ここは大学の出張窓口じゃないわよ!!)
完全にプライベート空間までオカルト口コミで特定されてしまった。
私の絶望の叫びが脳内で響き渡る中、後ろからボフンッと煙を上げて全長215cmの男の姿に戻ったミズチが、私の肩を後ろからガシッと抱きすくめた。
『カイ……っ、こいつら、ミズチとカイの『お休みデート』を邪魔しにきたぉ……! ミズチ、すっごくおこったぉ……! また全員、お壁(壁)ごと粉砕しちゃうもん……っ!』
「待って、待って! ここで暴れたらアパートの壁どころか我が家が消滅するから!!」
人間の姿のまま、雄の質量で私のたゆんたゆんの胸を後ろからぎゅむっと潰しながら、ギザギザの歯を剥き出して玄関ドアを睨みつけるミズチ。
外にはお悩みを抱えたガチ勢の怪異たち。
中には嫉妬と縄張り意識で今にも爆発しそうな400年物の大蛇。
私の待ちに待ったゴールデンウィークの初日は、103号室の玄関前での「自宅兼怪異相談窓口」の強制開業という、前途多難すぎる幕開けを迎えるのだった。
しくしくと心の中で血の涙を流しつつ、私は103号室の狭い玄関に大行列を作っている怪異たちの話を、もう、聞くしか無かった。
ここで追い返して、もし近所に霊障でも撒き散らされたら、それこそお父さん(神威)がすっ飛んできてこのアパートごと怪異を消滅させかねないからだ。
(私の輝かしいゴールデンウィークの初日が、なんでこんな行政の窓口業務みたいなので終わるのよぉぉぉ……っ!)
そんな私の絶望をよそに、怪異たちは玄関先で正座をし、順々にとんでもなく切実な(?)悩みを打ち明けてきた。
どうやら、ただの人生相談(霊生相談)ではなく、彼らのコミュニティ全体を揺るがす大問題が発生しているらしい。
妖怪や怪異と呼ばれる彼らの安らぎの場である、古い廃墟や山奥の寂れた洞窟。そこで彼らもまた、年に何度か生存確認や情報交換を兼ねた「怪異の集まり」のようなものを開催しているらしいのだが、今年に限って、その開催をお知らせする連絡(霊報)が全然来ないのだという。
『そうなんです、水無瀬の御令嬢様……。例年なら、そろそろ霊的なカラスや送り犬が『今年の集会は〇〇の廃ビルで〜』って書状を届けてくれるはずなのですが……』
『誰もそのお知らせを受け取っていなくて、このままだと今年の総会が流れてしまうんです! 私たちの数少ない娯楽(呪い自慢大会)が……っ!』
複数の怪異から、私は深刻な顔で同じ訴えを聞かされていた。
(いや、怪異の世界にも回覧板とか総会とかあるのね……。民俗学の論文が一本文書けそうな新事実だけど、今はただただ面倒くさい!)
「うーん、連絡が来ないってことは、その回覧板を回す役割の『元締め』の怪異に何かあったのかな?」
私が開いたノート(大学の講義用)にメモを取りながら呟くと、後ろで全長215cmの男の姿のまま、私を背後からぎゅーっと抱きしめていたミズチが、不機嫌そうに赤い瞳を細めた。
ミズチは私のたゆんたゆんの胸を後ろから両手でむにゅっと包み込み、縄張りを主張するように怪異たちを睨みつけている。
『……ふん。そんなの、あの『おじいさん』に聞けばいいじゃん。大学の、あの白いおヒゲの地縛霊。あいつ、土地の古いこと、ぜんぶ知ってるって威張ってたもん』
「あ……! 旧校舎の重鎮地縛霊!」
灯台下暗し、とはこのことだ。
確かに、この地域の怪異たちのネットワークが遮断されているなら、あの大学の主のような老人なら何か知っているかもしれない。
『ひぃっ! さ、さすが主様! 的確なご指示、恐れ入りますっ!』
怪異たちはミズチの圧倒的な雄のプレッシャー(と、私の胸を揉んでいるハレンチな光景)に恐縮しきりで、一斉にペコペコと頭を下げた。
「分かったわ。じゃあ、連休明けにでも大学のあのおじいさんに聞いて――」
『やだ。連休明けまで、このお化けたちが毎日お家の前にいたら、ミズチ、カイとゆっくりイタズラできない。……カイ、いまから大学にいくよ。おじいさんを締め上げにいこう!』
「ええっ!? 今から!? 私の連休初日の予定がぁぁぁっ!!」
ミズチは私の抗議を無視して、ボフンッと30センチの小さな黒蛇の姿に戻ると、私のジーンズのポケットへと素早く潜り込んできた。
結局、怪異たちの切実な(?)訴えと、一刻も早くプライベート空間を取り戻したい我が家の大蛇の我が儘に押し切られ、私はゴールデンウィーク初日の朝から、再び大学の旧校舎へと足を運ぶ羽目になるのだった。私の休み、本当にどこ行っちゃったのよトホホ……!!




