怪異の巣窟からの『怪異相談窓口 〜あなたのお悩み解決します〜』私がやりたいわけじゃない!!
旧校舎は、怪異の巣窟なのか、遠く離れても嫌と言うほど、その存在感を感じていた。私はリュックを置いていた校舎(新しい校舎)の茂みから迷わず取ると、額に大きな汗を浮かべ、肩で息をしながら私はこれ以上ない程、疲れ切った様子で人の少ない中庭を足早に通り抜けようとしていた。
(もうやだ、私は一体、何をしにいったんだよぉぉぉぉぉ~!!)
旧校舎はあっちをみても、こっちをみても怪異、怪異。
祓い屋のお父さんにとってはパラダイスかもしれないが、私には断じて違うから!
こんなハズじゃなかった大学生活、本当に無事に卒業できるのか不安になって来た…。
そんなことを考え中庭を抜け切ろうとしたとき、中庭の大きな木の陰から、すうっ…と、これまでの有象無象の怪異とは明らかに格の違う重々しい「影」が這い出てくるのが視えた。
(……!)
私の背筋に緊張が走る。
現れたのは立派な(古ぼけた)着物を着た、白髪の老人の幽霊だった。
その老人の身体からは、禍々しい妖気でなく、長い年月をこの土地で過ごしてきた畏怖すべき「霊気」が漂っていた。
この大学が建つ遥か昔から、この土地に縛られている土地が土地神に近い存在『大学の重鎮地縛霊』だった(個人的見解)。
「今度は、なにぃぃぃっ‼」
もう何が来ても、全力で祓ってやる勢いでそちらを見やり立ち止まった。
老人の地縛霊は、真っ直ぐに私(というか私の胸元)を見つめると、静かに深く頭を下げた。
『……水無瀬の娘御、そして、お胸におわす大蛇の主様。先ほどは、旧校舎ではびこっていた不届き者を成仏させていただき、誠に痛み入る……』
「え……?」
『あの花嫁探しを騙る下級霊には、我が力をもってしても手を焼いておったのだ。……しかし、まさか一撃で、文字通り壁ごと粉砕されるとは……。さすがは四百年物の蛟の御力、恐れ入った。これからは、我が学園の平和のため、ぜひともそのお力をお貸し願いたい……』
老人の幽霊は、まるで「大学の治安維持の総番長」として私とミズチをスカウトするかのような目で、切実に見つめてきた。
『わぁ、カイ! あの白いおヒゲのおじいさん、ミズチのこと『主様』って呼んだぉ! ミズチ、やっぱり偉い怪異なんだぁ!』
胸元でミズチが嬉しそうに、たゆんたゆんの質量をぷるんと弾ませる。
(いや、喜んでる場合じゃないから! 完全に『大学の怪異お悩み相談窓口』としてロックオンされちゃったじゃないのぉぉぉ!!)
胸元にはセクハラ大蛇。そして目の前には、私を学校の守護神に祭り上げようとする大学の重鎮幽霊。
私の平穏なキャンパスライフは、旧校舎の壁とともに、完全に崩壊へと向かって加速していくのだった。
いったいどこで間違えたの私は…。
さらなる厄介ごとが、私の元に舞い込んできたのだった。
あの騒動の一件から、ちょうど1ヶ月が経過しようとしていた。
私は大学の講義のある教室にいつものように、カバンを背に席に着いた。
周りは多くの大学生で賑わってる。
「あ、カイちゃん。おはよう」
私の隣の席に自然と座る、亜美ちゃん。
「水無瀬さん、おはよう」
私のひとつ前の席には佐藤くんが座った。
講義を受ける時の私のポジションは、いつも決まって一番後ろの席だ。
何故って?(そりゃ、私の服の中にミズチがいるからに決まってますよね!!!)
それだけなら、まだ良い。(いや、私の大事なところを毎日チロチロ弄られるから全然良くはないのだけれど!)
本当に頭を抱えたくなる問題は、ここ最近、講義が始まると同時に発生するのだ。
怪異、妖、どこでどう噂を聞きつけてきたのか――。
教授がマイクを持って話し始めた瞬間、教室の壁や床の隙間から、普通の人には視えない怪異、妖、そういった類の連中がゾロゾロと姿を現し、私の机の前にきちんとお行儀よく「列」をなし始めるのである。
『あのぅ……水無瀬の御令嬢様……。私、第ニ理科室の解剖模型なのですが、最近の学生が誰も怖がってくれなくて進路に悩んでおりまして……』
『隣のサークル棟の地縛霊です。後輩の霊が最近挨拶をしなくて、職場の人間関係(?)が辛いです……』
(なんで私が大学の『怪異相談窓口 〜あなたのお悩み解決します〜』をやらされてるんですかぁぁぁぁぁ!? 誰かこいつらのスケジュールマネジメントしてよぉぉぉ!!涙)
教授の「では、民俗学における境界の概念ですが――」という講義の声をBGMに、私は必死にノートを取るフリをしながら、怪異たちの悩みに「あーうん、そうだね、辛いね……」や、「解剖模型は夜中にちょっとだけ位置をズラすと効果的だよ……」と、頭の中で小声の念を送り、延々と相談に乗らされる羽目になっていた。
すると、私の胸元の谷間で、ちっちゃい姿のミズチがこれまた威風堂々とふんぞり返った。
この1ヶ月で怪異たちの「主様」としての地位を完全に確立したミズチは、並んでいる怪異たちをジロジロと見下ろしながら、脳内で偉そうに指図を始める。
『こら、そこの模型! カイに近づきすぎ! あと、そっちの地縛霊、お悩みは一分で終わらせてよね。カイは講義のノートも取らなきゃいけないし、ミズチとのおねんねの時間もあるんだぉ』
『は、はいっ! 主様、申し訳ありませんっ!』
怪異たちは大蛇のプレッシャーにガタガタと震えながら、直立不動で順番を待っている。
(ミズチ、偉そうに仕切ってないで少しは追い払ってよ……っ!)
私が机の下で自分の豊満な胸をギュッと抑え、脳内でミズチを小突くと、ミズチは『ふぇぇ』と一瞬にして涙目になり、私のブラジャーのワイヤーにしがみついてきた。
『だってぇ……ミズチが追い払ったら、またお壁(壁)壊しちゃうかもだぉ。そしたらカイ、またメッて怒るでしょ……? それに、カイがこうして他のお化けに優しくしてる間……ミズチ、ここで『イタズラ』し放題だもんねぇ?』
「ひゃうっ……!?」
どさくさに紛れて、ミズチの小さな割り舌が私のデリケートな尖端をチロチリと、いつもより執拗に愛撫し始めた。全力で声を堪えたものの、私の無駄に大きいたゆんたゆんの胸が「ぷるんっ」と大きく机を揺らす。
「わっ、カイちゃんどうしたの!? 急にビクッとして、またノートの線が歪んでるよ!?」
隣の亜美ちゃんが驚いて私の顔を覗き込んでくる。前の席の佐藤くんも「水無瀬さん、本当にその席、エアコンの風でも当たって寒いの?」と心配そうだ。
「だ、大丈夫……! ちょっと、民俗学の深淵(目の前の怪異の列)が見え隠れしただけで……!」
普通の友達に囲まれるキラキラしたキャンパスライフのすぐ裏側で、怪異たちの人生相談(霊生相談)に乗りつつ、胸元では飼い主特権を主張する大蛇にハレンチな開発をされ続ける私。
生きるって本当に難しい。
私は赤面と涙目で顔をぐしゃぐしゃにしながら、今日も終わりの見えない窓口業務を続けるのだった。




