旧校舎の怪異たち(ヒソヒソ、話してんじゃないわよ!!)
あの後、私は人目がないのをこれでもかと確かめると―猛ダッシュで旧校舎のトイレから逃亡した。
(大学の事務局の皆さん、本当にごめんなさい……っ! 壁の修理代は私の可愛い大蛇の代わりに、いつか実家を継いだら出世払いで……っ!)
「ハァ、ハァ、もう何なのよ今日の一日は……っ!」
私が旧校舎の薄暗い廊下を全力ダッシュで駆け抜けている時だった。
ふと視線を走らせると、廊下の隅、天井の隙間、そして使われていない教室の窓際から、普通の人には視えないはずの怪異(私には嫌ってほどハッキリ視えるんだけど)たちの、青ざめた顔(?)が一斉にこちらを見ていることに気がついた。
(マズイ、今の……見られてた!?)
いや、見られてたなんてレベルじゃない。
走り抜ける私の背後から集まる視線は恐怖の色をありありと称えていた。なぜなら、先程の騒ぎで、ミズチが大蛇としての本領を一瞬、発揮したからなのは、明白だった。
旧校舎の女子トイレに住んでいた(?)あの地縛霊・花男くんが、巨体を持つ「嫉妬狂いの大蛇」に文字通り一撃で粉砕・成仏させられたのだ。その圧倒的な妖気の爆発を、この校舎に潜む怪異たちが感知していないはずがなかった。
『ひっ……! きた、あの銀髪の女だ……!』
『胸のなかに、すっごく恐ろしいヘビを飼ってるぞ……っ!』
『逆らったら壁ごと消される……近寄るな……っ!』
(何よそれぇぇぇぇぇ!)
怪異たちのそんな怯えきったヒソヒソ声が、霊感の強い私の耳にダイレクトに流れ込んでくる。
(違うの! 私が壊したんじゃないの! 私はただのしがない新入生(民俗学専攻)なのよぉぉぉ!!)
心の中でいくら絶叫しても、一度ついてしまった「最凶の怪異を胸に仕込んだヤバいお姉さん」というレッテルは剥がれそうにない。
(最悪だぁ…)
今後の噂に(妖怪・怪異の間で)、尾ひれと背鰭がつかないことを切に願う。
私のそんな全力疾走の激しい縦揺れの中、服の奥の特等席(たゆんたゆんの谷間)に収まっていたミズチが、再びシュルシュルと小さな黒い頭を覗かせた。
周囲の怪異たちの怯える視線を感じ取った彼は、さっきまでの激しい嫉妬はどこへやら、今度は私の胸元をクッション代わりにしながら、実に誇らしげに小さな胸(?)を張った。
『ふふん、カイ、みた……? みんな、ミズチの強さにビビってるよぉ。カイのことは、ミズチがぜんぶ守ってあげるからねっ』
「あんたが守る(物理破壊)せいで私の胃に穴が開きそうなんだけどっ!」
旧校舎を出た頃には、背後の建物からの妖気(妖力)には気づかないふりして逃亡するのだった。




