ミズチの実力
(やめて……! トイレの壁が物理的に崩壊するぅぅぅっ……!!)
私の悲痛な叫びなど虚しく、我が家のボロアパート同様、年季の入った旧校舎のトイレの壁は、物の見事にと大きな亀裂を走らせた。
ミズチの巨大な尻尾による一撃で、文字通り文字通りの弾丸と化して壁に叩きつけられた花男くん。彼はそのまま、壁を派手に突き破る勢いで――
ドガァァァァンッ!!!
と、凄まじい土煙と埃を巻き上げて撃沈した。
「ミズチィィィ!やり過ぎ!」
口元に手を当て、誇りを吸い込まないようにしつつ、私は声を上げたが、もうやってしまったあと…。
ミズチは巨大な大蛇の姿のまま、私の方へと振り返り、ギザギザのは。むき出しにして勝利宣言をするように鼻をフンスッとならした。
「ちょ…」
もう、何か言う気力が一瞬失せた。
『だって……! あいつ、カイのこと『お嫁さん』にするって言ったぉ!カイはミズチのなの! 誰にもあげないんだからぁぁぁっ!』
「だからってねぇ…大学の建物壊したら、私が退学か弁償金を払わないと行けなくなるよっ!わかってる!?」
『べんさいきん……? わかんないけど、カイを連れていかれるより、お壁(壁)壊すほうがマシだぉ…』
叱られて不満気に揺れる赤い瞳で、子供のように言い張るミズチ。
その足元、崩れたコンクリートの破片の山から、ちりちりと黒い煙が上がっていた。
『ひ、ひぃぃ……っ、お、お助けを……っ』
土煙の向こうで、花男くんは完全にペラペラの紙切れのようになって白目を剥いていた。哀れな気はするが、ミズチの前に出て来たのが不幸としか言えない。これは、事故よ、事故。
顔の半分を占めていたドロリとした陰気は、ミズチの放った圧倒的な上位個体の妖気によって完全に消し飛ばされ、今はただの「ちょっとスケスケで気の弱い地縛霊」に成り下がっている。
『カイに近づくな!次、近づいた、お前なんか僕が頭からバリバリ食べちゃうぞ!不味そうだけど…』
大蛇の顔をスレスレまで近づけ、ミズチはチロチロと舌を出して、花男くんの顔を軽く舐めて見せた。
(いや、食べるんかい!)
冷や汗を浮かべ、私は一人心の中でツッコミを入れていた。
ギザギザの歯をカチカチと、さらに追い打ちのように鳴らす。
『ひゃああああん! ごめんなさいぃぃぃ!!』
花男くんは涙目で叫び、そのまま文字通り空気中に霧散して消えてしまった。お祓いというか、恐怖による完全な自主退去(成仏)である。
「はぁぁ……、行っちゃった。っていうか……」
よく分からない怪異は去ったが、やらかした現実だけは横たわっていた。
静まり返った女子トイレ(の残骸)。
私は、大きなひび割れが何本も走り、一部が完全に陥没した壁を見上げて、今度は自分の顔が真っ青になるのを感じた。
(これ、どうしよう…神様…助けて…この哀れな女子大生を…)
そんな私の絶望を察したのか、ミズチはボフンッと静かな煙を上げて、一瞬で30センチの小さな黒い蛇の姿へと戻った。
そして、何事もなかったかのようにシュルシュルと私の脚を登り、開いた胸元の谷間へとスッポリ潜り込んできたのだ。
私のたゆんたゆんの質量に顔を埋め、ふぅ、と満足そうに息を吐く。
『カイを守ったぉ✨️偉い?』
「……。壁を壊したことは全然えらくないけど……まぁ、守ってくれたのは、ありがとう」
私が複雑な気持ちで彼の小さな頭を指先で撫でてあげた。
『えへへ……カイのここ、やっぱりいちばん落ち着くぅ……』
私の大事な部分に再びチロリと舌を這わせた。
「ひゃっ!? あんた、どさくさに紛れてまたセクハラしないのっ!!」
大学で起きた初めての怪異事件。
それは、祓い屋としての私の初陣になるはずが、ただただ「嫉妬深い我が家の大蛇」の圧倒的なパワーを見せつけられ、器物破損の恐怖に怯えるという、やっぱりトホホな結末を迎えるのだった。
まあ、誰も見てないしこのまま黙っていれば、分からないか…?
邪な考えか私の心を邪な考えが過ぎったのはほんのちょっぴしだからね…。




