訪問販売員の悲劇…怪異は独占欲を露わにする(黙ってから揚げ喰ってなさいよっ!!!)
帰りの電車の中、私は恥ずかしさと怒りで、つり革を持つ手に「ギリッ」と思わず力を込めてしまった。
(……今、つり革の革から『ミシリッ』って音が聞こえた気がするけれど、絶対私の責任じゃない。実家の修行のせいだ、うん。私の責任ではない…)
父と母の厳し修行を想い出しゾクリッ悪寒が走った。
あの後も、ミズチのせいで顔を赤くしたり、青くしたりしていた結果、亜美ちゃんには本気で心配され何かあれば相談に乗るよ?なんて言われてしまい、私は早々に、切り上げて帰宅の途に就いたのであった。
◆◆◆
夕方、スーパーにより晩御飯の鶏肉と総菜を買い、アパートに戻った後、疲れ果てた私は重たい身体に(精神的に)むち打ちキッチンで夕飯を準備する為、ミズチをソファーの上に摘まんで落すと、買い物袋から、三パック分の鶏のから揚げの仕込みを始めた。
『鳥さん~、ミズチのご飯!ご飯~』
人の気も知らないで、呑気にとぐろを巻いてご機嫌に尻尾をピコピコ揺らしていた。
「なんか、理不尽…」
このセクハラ蛇のせいで、散々な一日だった。
鍋に油を入れ火をつけて衣をまぶしながら、私はご機嫌なミズチをジト目で睨んでいた。
順調に、三パック分のから揚げを上げ終えた頃、タイミングよく玄関のインターホンが鳴った。
ピンポーン
テーブルに置いたから揚げを、よだれを垂らし赤い瞳をキラキラさせていた、ミズチが揺らしていた尻尾を止めた。
「誰だろ…?」
このアパートの住所は誰にも教えていない(母は知っている)。
「お父さんじゃないよね?」
一瞬、ありえなくもないと思うが私は、身長に足音を立てずに、玄関のドアスコープを覗いた。
「こんばんわぁ~、御在宅ですよねぇ~?良い揚げ物の匂いが外まで漂ってきましたよ~?」
そこには少し皴になってよれたスーツを着た三十代半ばくらいの(見た目)口ひげに糸目のおじさんが、分厚いパンフレットのようなものと、カバンを手にいかにもカモを探しているタイプの訪問販売員が立っていた。
この、ご時世に訪問販売とは…。
おじさんの声が響いた瞬間、ぽふんっと音と煙を上げ、ミズチが215センチの人間の姿に変わると私の背後に立ち、耳もとに口を当て、長い手足で私の腰を後ろからギュッと抱きしめ、玄関の扉から私を引き離さた。
「ちょっと、ミズチ!」
私は耳元に当たる息遣いにビクッとなりながら、小声で非難の声を上げた。
『カイは、ミズチの…!』
冷たく低い声でだが、熱のこもったミズチの言葉は独占欲を隠そうともしなかった。
私の胸とお尻をピッタリと挟みこむように密着してくる。
「離してよ!出られないじゃない!ミズチ…!」
その間も、外からはおじさんの声がしていた。
「はーい、お忙しいところ失礼しまーす。こちらの地域を担当している(色々)販売員のものですが、お嬢さん(お姉さん)一人暮らし始めたばかりでしょう?今ならお得なーー」
胡散臭い文言のセールストークがボロアパートの薄い扉の向こうから聞こえてくる。
おじさんの声にミズチの赤い瞳が大きく見開かれ怒りが溢れ出す。
部屋の電気が激しく明滅を繰り返し、部屋が揺れ始める。
「ちょっと、部屋が壊れる!」
冗談はやめて欲しい、ここを破壊されたらやっと見つけた格安物件が(事故物件)無くなってしまう。
普段なら適当に訪問販売をあしらうところだが、今の103号室は最悪の状況だった。
ただでさえあみちゃんへの嫉妬で爆発寸前だったミズチにとって、自分の縄張り(アパート)に、カイを騙そうとする「知らない男」が近づいてきたのだ。
ミズチの赤い瞳が、ゴウッと禍々しく輝いた。
『……だれ、この男……。カイのところに、勝手に、きた……。カイを、だます…悪い奴…!ミズチが消す!』
「待ってミズチ! 殺しちゃダメーっ!!」
ボフンッ!!!
次の瞬間、ミズチは人間の姿から裂けた口にギザギザの歯を持つ巨大な黒い鱗に覆われた真の怪異の姿(大蛇)へと変貌した。
怒りと独占欲が限界突破した大蛇の化身は、私の制止も聞かず、鍵のかかった玄関のドアに向かって凄まじい妖気を放ちながら、ずるずると這い進む。
みしみし、バリバリ!とアパートの壁が悲鳴を上げ、部屋全体の空気が凍りつく。
扉の向こうにいる哀れな訪問販売のおじさんは、普通の人には視えないはずのミズチの姿は分からずとも、突如ドアの奥から溢れ出てきた「ガチで命の危険を感じる圧倒的な霊的プレッシャー(妖気)」を肌で察知したのだろう。
そのばしで腰を抜かし、言葉にならない悲鳴をあげ情けない姿で地面を這って逃げ出した。
手に持っていた、カバンとパンフレットはしっかり握りしめたまま、居なくなった。(商売根性はあったようだ)
「なんか…居なくなった…」
遠ざかっていく悲鳴と気配。
静まり返る玄関先。
ミズチはギザギザの歯をガタガタと鳴らしながら、ハッと我に返ったように、30センチの小さな可愛い黒蛇の姿に戻って私の足元にぽてん落ちた。
『か、カイ……ミズチ、おこっちゃった……。お家、こわしてない……? ミズチ、いい子……?』
潤んだ赤い瞳で、おそるおそる私を見上げてくる。
「……家は壊れてないけど……あの、おじさんトラウマになって二度とこのアパートに来ないわよ、これ」
まあ、来て欲しくないから、いいのだが。
度重なる、人との接触でミズチの嫉妬と独占欲は爆発した。
足元のミズチを拾い上げ、ソファーの上に乗せてあげた。
「ほら、ご飯食べて機嫌直して?唐揚げ好きでしょ?鳥さんだよ~?」
このどうしようもない、独占欲と嫉妬の化身はこれからも、こうなのだろうと諦めにも似た感情を抱きつつ、私はミズチの小さな口に唐揚げをひとつ、箸でつまんで差し出すのだった。




