王国崩壊の日 その1
「テスターよ、軍に戻る気は無いか?」
地下に向かう道中でヴァイスは、そんなことを聞く。
何かの線引きなのか、それともいつも通りの国を案じての提案なのか。
「……戻りてぇけど、それを決めるのは今じゃない」
テスターは正直に今、思っていることを口に出す。
「そうか、そうだな…」
ヴァイスもまた、疑われている以上は求めている答えは返ってこないと理解している。
歩くに連れ、知らない扉、知らない道、知らない空間へと歩みを進めて行く。
息子であるテスターさえ知らない場所があると言うことは、何かを隠していることは事実なのだろう。
一歩、また一歩と進むのと同時に、疑心は段々と募っていく。
「儂じゃ、開けよ」
その一声で大きな扉が開く。
そこにはあった光景は、とても信じられないものであった。
「何だよ、これ…!」
「…っ!」
ヴァイスに連れられて来た場所には、死んだ目をしながら痩せ細った白人達が牢屋に居た。
「見ての通りじゃ」
「見ての通りって…」
(父さんが、こんなことをする訳が…)
白人達は全員、こちらを見て怯えている。
いや、ヴァイスを見て怯えていると言う方が正しいだろう。
嫌悪か、恐怖か、畏怖か、明らかに只者ではない者を見る目なのは間違いない。
「ほ、保護してるんだよな…?そうなんだろ、父さん…?」
「ここは儂が王になった時からある、この国の実験室じゃ」
その昔、奇襲を仕掛け白人を監禁することに成功した。とは言え軍の人間は大半が死んだ。
犠牲を多く伴った一戦ではあったが、その価値は大いにあった。
独自のルーツを持ち、他の人類とは異なる異常とも呼べる強力な魔法を持つ人種。
何故ヴァイスは、自分よりも強い白人達を捕らえようと考えたのか。
その胸にある思いは羨望でも嫉妬でも無く、あるのはただ支配したいと言う欲求だけ。
自分の手に有り余る力を国の力として振るえるのなら、どれだけの国を支配出来るのか、どれだけの人々を支配し、資源を独占出来るのか。
考えただけでも胸の高鳴りは止められない、思わず笑顔でいることが多くなる程にだ。
まずはその強力な魔法を封印する手段を考え、独自の研究により魔法の無効化をする魔道具を編み出した。今、白人達を閉じ込めている牢屋も、その過程で生み出した物だ。
しかし、いくら無効化が出来ようと、その前に倒されては意味が無い。
軍事力を高める為に、魔法を扱える者から魔力とその血を手に入れた。魔法の強弱は関係無しに。
そして研究を重ねる内に、魔法は混在し、より強力な魔法となることを知った。
最初にそれを知った時、真っ先に考えたことは戦力の増強の喜びではなく、白人の魔法を融合させれば、より大きな力を手に入れられるのではないかと言うこと。
数人の白人を捕らえた後は魔法の研究をひたすらに行ってきた、徐々に力を付け魔法を強力にしたヴァイスは更なる高みを目指し、遂に全ての白人を捕らえた。
材料はいくらでもある、これだけあれば半永久的に実験を続け世界を支配出来る。
数年が経ち、大臣からの案で一つの新たな実験を開始することにした。
それが、魔法で人を創造する実験だ。
最初は上手く行かなかったものの、慣れと経験は積み重ねられ、18年前に初の人間を作り出すことに成功した。
その者は類まれなる身体能力に、あらゆる物への耐性、そしてあまりにも高過ぎる魔力。
制約として下位魔法しか扱えなかったが、問題は無かった。上位魔法すら上回る程の下位魔法は、100m規模で自然災害を引き起こせる。
最早、下位魔法と呼んで良いのか怪しいのが魔法の理論に則るのなら、下位魔法ではあった。
「と、父さん、それって……」
「それが貴様の正体だよ、テスター・サブジェクト。我が国の最高傑作の実験体よ」
TestSubject、テスターは名の通り実験体。拾われた子ではなく、実験によって意図的に産み出された生物。
産み出したのは王であるヴァイスと、発案者であり大臣でもあるウォー。父親と言われればそうだが、だからと言って、本当の息子だとは微塵も思っていない。
今も尚、軍に戻ってくれと頼んでいるのはテスターの使い道が他国を支配下に置く為の道具だからだ。
他の理由など無いし、必要も無い。ヴァイスにとっての望みは、この世界の支配のみ。
乾くことなく、潤うことのない欲望は満たす為の一つの部品にしか過ぎない。
ヴァイスは川のように流れる血を見るのも、雨のように降る血を浴びるのも、石ころのように踏み躙られる人々を見るのも、苦しみと嘆きと憎みが連鎖する戦争が好きだ。
他人の不幸も、傷付く姿も、絶望する姿も大好きなのだ。
「貴様が儂を父と慕う姿はあまりにも滑稽だったが、今の顔が一番滑稽だな」
「…っ!」
信じたくないのに、信じざるを得ない光景に言葉を詰まらせるテスターは、ヴァイスの目には餌を与えられずに餓死寸前のペットに見えている。
可哀想とは思わない、元々こうする予定だったからだ。これが見たかった為だけに、18年も我慢をして来たのだから。
「どうして、そんなことを」
気持ち良さそうに髭を撫で、満足気な表情を浮かべるヴァイスにピュアが問う。
「どうして?戦争をして、苦しむ人間を増やしたいからに決まっておろう」
子供が滑り台ではしゃぐのが当たり前のように、ヴァイスはそう答える。
「…理解出来ない、スターは貴方のことが好き」
「それがどうした、儂はこいつに道具以外の価値を見出していない」
「……」
テスターの脳裏に過るのは、楽しかった父との思い出。
(あれが全部、嘘だったって言うのかよ…?)
キャンパスに描かれた多様な色は今、全て黒で塗り潰されてしまった。
「何で、何でそれを今話すんだ…」
「もうお前は用済みなのだ」
「……!」
「ここで消えよ」
光り輝く玉は弾けて、爆発する。
「魔法!?ぐっ…!」
テスターのみならず、ピュアもこの場にいる白人全員を巻き込んだ。
「ゲホッ、ゲホッ…!」
「ぶ、無事かピュア!」
「うん、でも皆が…」
咽る者、涙を流す者、体を揺さぶられる者、辛うじて生きている者と様々ではあるが大半は死んだ。
数百人いた白人は、数十人しか生きていない。そして実験室にいた白人ではない、ミリタリー王国の魔法使いまでもが悲鳴を上げながら死んでいた。
とは言え魔力を奪われ続け、魔法の行使が難しくなり栄養失調で立つことすらままならない上に、今の一撃だ。
生きていると言えば、聞こえは良いが実際は死に掛けだ。
「ふむ、やはり我が国の最高傑作だ。これ程の規模の魔法を食らい、大したダメージになっていないとは」
「何でだ、何でだよ父さん!何で、こんなことをするんだ!」
「儂の話を聞いていなかったのか?私欲だよ、儂の欲を満たす為だ」
「これが、これがか!?」
「他に、何がある」
「あるだろ、人の為とか!国の為だとか!いっぱい、教えてくれたじゃないか!」
「そうだった、それを教えたのは儂だったな」
「覚えてるのに何で、否定するんだよ父さん!」
「優しさで、人は生きられないからじゃ!」
「ぐっ…!?」
(俺が、反応し切れない…!)
とても老人とは思えないスピードとパワー、防御はしたものの避けることは出来なかった。
「人は争い合う、何をしても順位を付け白黒付けたがる。実に愚かだとは思わないか、テスターよ」
「思わない、白黒付けることを俺は悪だとは思わない!」
「いいや悪じゃよ」
「違う、父さんは競い合い高め合うことが出来るのが人間の特権だと教えてくれた!」
「だがそれは、人間の汚点でもある!」
「汚点なんかじゃない!皆が皆を思い合うから、人は人の為に争うって!」
「だから、それが愚かなのだ!」
「がはっ…!」
(何でだ、何でだよ父さん…?)
幼き日の思い出のアルバムに映る父は、いつも優しくて楽しそうで明るくて、笑っていた。
今の父は、どうだろうか。眉を顰め口角を上げ、自分を憎しみの対象が如く睨みつけ笑っている。
込み上げてくるのは悔しさでも、悲しみでも、吐き気でも無い。
悔しさに似て、悲しみにも似て、吐き気にも似た強い疑問だ。
「お前には期待していたが、軍に戻らないと言うのならここで殺す他あるまい」
「…っ!」
ここを見せ本性を見せたのも、殺す為の都合が欲しかっただけに過ぎない。
父と呼ばれることも、抱き合うことも、顔を合わせることも苦痛でしか無かった。
兵器としての生を送ってくれるのなら我慢出来たが、出来ないと言うのなら産み出した理由を失ったのも同然。
「消えろ、役立たずのガラクタが」
翳す手には禍々しい魔力の渦が発生している。
何をしようとしているのか分からないが、間違いなく食らえば無事では済まされない。
(クソッ、クソッ!どうして、どうしてなんだよ!)
「超高密度魔力砲で、この場所諸共消えよ!」
迫り来る弾丸のように速く、隕石のように強大な魔力砲はテスターですら防げない。
正確に言えば、昨日のブレイズとの戦いの怪我と精神的に弱っているせいで跳ね返すことも避けることも出来なくなっている。
(父さん、俺は…!)
ただ幸せに暮らせれば良かった、そのはずなのにどうしてこんな事に。
遅い後悔をしながら白い光に包まれた。
今更ながら”生む”と”産む”、前者で良かったなって思った。反省。




