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第29話 結婚を望む女、結婚を拒む男

 厳かに始まった美和家との会食は穏やかな雰囲気だった。


全員が腹の探り合いをしていたのだ。


 笑顔なのに僕の仕草の一つも見逃さないそんな決意が感じられた。


「いかがですか?この街も過ごし易くて

結構いいところだと思いますよ」


「ワシはゴチャゴチャしていて、あんまし好かんな!のんびり過ごしたいわ」


「そうですよね!やっぱり今の流行りはスローライフですよね!」


「サトル君スローライフのピークは過ぎているよ」


 後ろの席に座るメグミさんが小声で突っ込んだ。


 ここからでは見えないが、おそらく中田もウンウンと頷いているだろう。


 一瞬、三和子さんのお父さんの目が厳しくなる。


 分かってますわい!アンタの話に合わせているだけでしょう。


「まあまあ、お父様もお母様も飲んで下さいよ!ワインですか?日本酒もありますよ。それともビールでしょうか?今日は暑いから冷たいのをグビッと美味しいですよね。えっ!ハイボールですね

僕が頼みますよ!」


「ほら、君も飲まんか!」


「申し訳ございません。僕は車で来たのでお酒は控えさせて貰います」


納得のいかない顔のお父さんだ。


ただ嘘は言ってない。

僕は中田の車で来たのだから。


「お母様、このお肉柔らかくて美味しいですよ。牛でしょうか?僕は豚バラの方が好きですけどね」


三和子さんは終始ニコニコしている。


 メグミさんの顔つきも険しくなる。

神島がのらりくらりと、話をずらしているからだ。


少し焦るエスコート役の中田。


 折角のメグミさんとのディナーを楽しまないと……こんな事はもう二度とないかも知れないのに、何を話して良いかも思いつかない。


 童貞の彼にはハードルが高過ぎたかもしれない。




 お酒が回ると口も軽くなり思っている事がズバズバ飛んでくる。


「はい!入社三年目の二十八歳です」


「え、大学ですか?

〇〇大学大学院を出ました」


「えー?そんなに凄い所では無いですよ普通ですよ」


「専攻ですか?

工学部のAI関係ですね」


「今は経理部に所属しています美和さんは今年同じ部署に配属になりました」


「何故経理部なのかと、いや、ちょっと上司とそりが合わなくて……所謂飛ばされたって言うやつですよ」


笑いながら頭の後ろを掻くサトル。



「中出し君!どう言う事よ!」


「僕も詳しくは知らないんですけど、例の情報漏洩で会社がヤバくなった時神島が新しいシステムを導入しろと上司に直談判したんだけど、全く受け入れて貰えず応急処置で脆弱部のパッチプログラムを神島が一人でやらされていたんですよ」


「誰も手伝わなかったの?」


「古い連中ばかりで神島に付いて行けないんです」


「ほう、終わってるね」


「その通りです。休みも取れず会社に寝泊まりしながら、やっと目処が立った時に過労で倒れたんですよ」


「えっ?」


「取り敢えず帰って休めと言われたらしく部屋に帰ったら、結婚予定の彼女と間男との遭遇があって、であんなになっちゃったんです」


「あ〜あれね……」


「結局、応急処置も軽く突破されて大金を掛けシステムを新しくしたんです」


「無能が上司だと部下が大変なのね」


「はいです」




「ふ〜ん、で君は三和子の事どう思っているんだ?」


「美和さんは大変、容姿端麗で才色兼備な女性です。男子社員の憧れのマドンナ的存在で一緒に仕事が出来て僕は誇りに思います」


 これを聞いていたメグミと中田はヤレヤレと首を横に振った。違うだろと。


 どうだ!ベタ褒めだぞ!


 ニヤけるのを我慢するご両親。

自慢の娘を褒めているんだそんな顔になるよな。


三和子さんもモジモジしている。


「単刀直入に言おう!美和子との結婚はどう考えているのか?」


 痺れを切らしたのか、お父さんが突っ込んで来た。


「へっ?結婚??誰がですか?僕?」


三和子さんを見ると耳まで赤くして

「もう、サトルさんったら、うふふ」なんて言っている。一人異次元の世界だ!


「僕は何も聞いていないし何も言ってませんよ。まして結婚なんて一言もです」


「何!それはどう言う事だ美和子!」


くわっと!目を見開く三和子さん。


「サトルさんは私の人生です!

トラウマになったあの事件から私を救い出してくれて、私に寄り添ってくれた。

もう私はサトルさんが居ないと、外にも出られないし、男性とも恐ろしくて顔も合わせられません!」


 コップに入った水を一気に飲み干す三和子さん。


「でもサトルさんだけは特別です!

サトルさんに触れられても、抱かれても私はサトルさんだけに幸せを感じるのです!彼が居ないと私は生活も出来ませんし、生きても行けません!」


「三和子さん!抱かれてもの一言は余計です!まるで、僕が三和子さんの弱みに漬け込んでやりたい放題好き勝手にやっている裏街のクズみたいでしょう!」


「貴様!!」


「だ、だから誤解です!お父様!」


「お父様と呼ぶな!」


「あなた、ここはレストランですよ!

場所を弁えて下さい!」


「あ、スマン満子……」




「メグミさん、神島自分でドツボにハマってますね。ってやっぱり美和さんと……糞っが!けしからん奴め!


「うるさい!」


「痛っ!酷いなメグミさん……脛を蹴らなくても……でもメグミさんなら色々な所を踏んで欲しいです……」


 ぼそっととんでも無い事を言う中田氏に更に目付きが悪くなるメグミ。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い脛が折れます!!」


 その冷たい視線にゾクゾクと何かを感じ取った中田氏。彼は童貞故に女性に対する経験も皆無で当然正解など分かる筈も無い。


「僕は美和さんよりメグミさんの方が好きですよ」


「何よイキナリ」


「だってメグミさん誰にでも優しいじゃないですか!こんな僕にでも普通に接してくれますし」


「アンタが使い易いからよ」


「口の悪さには定評が有りますけどね」


「誰よ!定評付けているのは!」


「ウチの会社も結構大きいですよね。

その中で一、二の美貌の女性ですよ!

チヤホヤされて勘違いをしてお高くとまるのが当たり前ではないですか!」


「凄い偏見だけどそう言う人は多いわね

と言うか話すか食べるかどっちかにしなさい」


「何食べても美味しい世界って本当にあったんですね」


 カチャカチャ音を立ててながら食べる

中田の姿に少しホッコリするメグミだった。


「メグミさんは僕や山下のような冴えないモブのヒラ社員でも、普通に接してくれて偶に頭を張り倒してくれるけど、そこにはいつも優しさがありました」


「褒めんのか!貶してんのか!どっちだよ

酔っ払ってるんじゃ無いぞ!」


 ふと、中田の横に空のグラスが何個か並んでいた。


「あー!テメェ!いつから飲んでいる!

車どうすんだよー!」


「僕の大好きな人が優しく無い筈がありましぇん!」


「なっ!」


 童貞の一言がメグミの心にテクニカルヒットを与えたのは間違いない。

だが、それ位でダウンするメグミでも無かった。


「まあ、美和さんもですけど、彼女は最初から神島一択でしたから……でもあのオッパイは卑怯ですね。がっ!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

メグミさんやめて下さい!

本当に脛が折れてしまいますー!!」


 ふと、振り返り隣の席を見ると三和子がサトル君の腕に抱きつき頭も凭れていた。身も心も貴方だけよ。の感じがメグミを不快にさせる。


「あれ?神島とうとう押し切られましたね

酒も煽っているし……ヤケか?」

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