仮想世界なのに現実を直視させられる現状
とりあえず移動を開始したユウとタケヒロ。
鬱蒼とした森の中を二人で歩いていくが、先ほどパワーアップしたタケヒロが強気で先頭を歩いている。握力しか上がっていないから基本的な身体能力は何も変わっていないのに何故強気になれるのか。
後ろからタケヒロの2つあるつむじを見ながらヒロはぼんやりと考えていた。
ユウは元来真面目な方でもなければ堅実な性格をしているわけでもない。できるならば楽して稼ぎたいし、むしろ働きたくない派でもあるし、環境が許すなら好きなことだけをして生きていきたい人間なのである。元々家が軍人の家系であったというだけで、祖父から武術を叩き込まれ、父親のコネで軍人になった。
そこそこの地位を手に入れ、戦場など歩いた事もない。
正直、自分の家系を重荷に感じていたのだと思う。だからこそユウはこの世界で全くの別人になれたということをとても嬉しく思っていた。生憎鏡はないが、触った感じ、髪は少し長めの茶色いストレートヘア。右目の下に泣きぼくろがあるのが指で分かる。
ん、ちょっと待てよ。
今まで状況を把握するので精一杯だったが、ある程度落ち着いた今少し確かめてみよう。
タケヒロは分かる。頬骨が少し気になる死んだ魚の目をしたような三白眼のおっさん。自分と同年齢くらいの外見だがおそらく中身はおっさん。
そして自分だが、頬に触れてみると妙につるつるとした肌でもっちり感がやばい。唇は細く整っているように感じる。そしてゆっくりと生活服を首元だけ広げてみる。あった。あったよ、おい。
おっぱい。
もう一回言っていいかな。おっぱいがあるよ。そんなに大きくないけど。
「タケヒロ、俺女だ。」
突然の言葉にタケヒロが笑顔で振り向く。
「何言ってんだよ!最初っからお前女だったぜ!だから声かけたんだよ。」
え、何言ってんのこのおっさん。性別まで変わるなんて聞いてないぞ。ただ仮想世界の中に生まれ変わるだけだと・・・生まれ変わる?そういう意味?存在そのものが別のものになるということなのか?そんな、まさかそういうことはもしかして。
ユウは緩めた襟元を正し、ゆっくりと下に右手を下ろしていった。
「あぁ・・・ない。なんてこった。そんなのありかよ!結局一度も使うこともなく・・・!こんなのありかよ!!俺はこの新しい世界で大切なものを失っちまったのか!!」
そう嘆いてユウがかがみ込んだ瞬間、ユウの転生ポイントのカウントが5増えた。ピコーンという機械音が鳴り響く。
「いらねえよ!慰めてるつもりか!っていうかどっから見てんだよ!」
あまりの取り乱しっぷりにタケヒロがユウの肩に手を置く。その暖かさが正直今は鬱陶しい。ごめん、おっさん。いや、タケヒロ。
「ま、まあほら!何かに転生したらいいじゃないか!今57くらいあるんだろ?確かめて見ろよ。」
「そ、そうだな、何もずっとこの姿じゃいけないことなんてないんだ・・・男になっちまえば・・・」
そう言って深呼吸をして息を整える。腕の機械を操作して現在の自分が転生できるものの一覧をみた。様々な地球上にも存在していた動植物はさっきタケヒロの機械にも表示されていたので、それはほとんど同じだった。しかし、項目をドンドン下にしていくほど信じがたい名称が増えていく。
「お、おい・・・マジかよ。」
あまりの予想外な転生対象にタケヒロが思わず呟く。それもそのはずだった。そこには自分たちが以前知っていたような神話に出てくる魔獣や妖怪、獣などの名前がずらりと並んでいたのだから。さすがにいきなり神だとか竜だとかはいないけど、神話や辞典の中では雑魚のようなものばかりだったが、2人を驚かせるには充分なものだった。
「リザードマン・・・インプ・・・ホブゴブリンは絶対嫌だな、他にはハーピーなんかもいるのか。でも、もう少し貯めればもっといいものが・・・」
悩む。さっさと転生して元の男の身体に戻りたいが、慎重に選ばなければ後々必ず後悔する。転生した後、全く別のものになれるのかすら保証はないのだ。
説明文と画像だけではいまいちわかりにくかった。
おそらくはあえて悩ませる為にそうしたのだと思うが。アスラめ、面と向かう事があれば渾身の力で頬骨を殴りつけてやりたい。
「ま、まだ保留にしておこう、いつでもできるんだし、ポイントが加算されればまた転生できる数も増えるからだろうからな。」
「そうだな!その方がいい!うむ!」
おい、満足そうに頷くのは勝手だが俺の胸を胸元に視線を浴びせるのはやめろ。やはりタケヒロはおっさんで確定のようだ。その満足そうな顔に妙に腹が立つ。
その時だった。
空から急にサイレンのような音が鳴り響いた。
そして抑揚のない機械的な音声が聞こえてくる。
「これより渋谷サイクロプス掃討戦を開始します。繰り返します。これより渋谷サイクロプス掃討戦を開始します。」
渋谷?周囲を見渡して気づく。森の中にいたから気がつかなかったが、苔に埋もれた建物、風化した看板のような残骸。確かに言われてみれば、渋谷に似ているかもしれない。
それで何て言った?サイクロプスだって?確か自分の知る限りでは一つ目の巨人だったはず。鍛冶能力に秀で、動きは愚鈍ではあるが剛力で巨大だと神話で読んだことがある。
記憶を探りながら状況を整理している間もなく、ユウの前に巨大な何かが降ってきた。
それは間違いなく、今自分が想像したものに寸分違わなかった。




