4-12
石畳に描かれた魔法陣から、黒い輪が音も無く昇っていく。
美玖ちゃんが違う誰かを召喚したのか!? だが、それにしては様子がおかしい。
彼女は何かを行った素振りがないし、それにスキル発動時に生じるのは光輝く輪だ。闇のような漆黒の輪ではない。
そして黒い輪が消え、姿を現したのは異様な獣。
鳥の様な顔と大きな翼を持つのだが、その身体は獅子のもの。牙や角はないものの、大きな鉤爪が両の前足から伸びている。
「グリュプス!?」
ラブルが驚愕の声を上げるのだが、きっとこれも伝説の魔獣とかそんなのだろう。
しかし、木々を引っ込めてこの翼を持つグリュプスとやらを出してきた意図は……と、奴がバサッバサッと二、三度翼を羽ばたかせる。すると、大きな身体のグリュプスが宙に舞う。
そして、様子を見ていた俺を睨んだ。
「やっぱり、空を飛ぶための翼だよな!」
実は見かけ倒し……というのを少しだけ期待したのだが、そんなに甘くはないようだ。
ディオニュソスが聞き慣れない言葉でグリュプスに指示をすると、俺に向かって一直線に飛んでくる。
なるほど。神様というだけあって、あいつがグリュプスを召喚したのか。
――ザッ
大きな身体なのに、思っていた以上の速度で飛んできて、俺のローブの裾を切り裂いていった。
小回りはこっちに分があるのだけれど、直線での速度は比べ物にならないくらいグリュプスの方が速い。
そして、すれ違い様に大きな鉤爪で攻撃してくる。
「これは話合いで平和に解決ってわけにはいかないよね」
――ガァァァッ!
俺の意見を嘲笑うかのように声を上げ、再びグリュプスが突っ込んでくる。
それを空中で大きく跳んでかわし、方向転換しようとしている奴に向かって右手を突き出す。
「突風!」
少し破れた賢者のローブの力を借り、強い風を巻き起こす。大きな身体に大きな翼を持つグリュプスは、方向転換途中で横から強風を受けて大きく体勢を崩した。
だが、それだけだ。
精霊魔法の初歩しか教わっていない俺には、この空を飛ぶ魔獣にダメージを与える術を持っていない。
俺が唯一勝てる方法は、召喚されたディオニュソスが帰って行くまで逃げ続ける事だ。
だから、俺はこのグリュプスの動きに気を付け、あと数分避けさえすればいい。
……
本当にそうなのか?
体勢を立て直し、再び直進してくるグリュプスの鉤爪を何とかかわす。そして、またも突風で体勢を崩す。
もしも、この魔獣の攻撃パターンがこれだけなのであれば、これを繰り返すだけで、魔法力さえ尽きなければ事は終わる。
だが、美玖ちゃんの感情が収まるわけじゃない。
彼女がどこまで俺を責めたいのかはわからないが、結局次の刺客を召喚されてしまい、堂々巡りになるだけだ。
だから、俺が今すべきこと。それは時間切れまで逃げる事ではなくて、美玖ちゃんときちんと話をすること。
そうだ、そうだな。
ちゃんと顔を突き合わせ、誠意を持って話をすれば美玖ちゃんも一方的に怒ったりはしないだろう。
それに、仮にも俺と結婚していたと言ってくれているのだ。そんな子とケンカ別れのような事はしたくない。
またもや突風を起こして魔獣の動きを止めた瞬間、俺は『飛ぶな』と呟いて、地面へ急降下した。
 




