4-13
「美玖ちゃん!」
「えっ!? 勇ちゃん!?」
上空から美玖ちゃん目がけて落下し、地面が近づいてきたところで『飛べ』と一言。
重力で加速しているためか直ぐには止まらなかったが、地面まであと一メートルといったところで、ようやく俺の身体が停止した。
よかった。地面に激突しなくて。
心臓のドキドキが止まらないのだが、これだけは伝えないと。
「美玖ちゃん、俺は君とケンカなんてしたくないんだ。今までみたいに、仲良くご飯食べたり、喋ったりして、君の笑顔が見たいんだ。だから、俺に一度チャンス与えて欲しい」
「チャンス?」
「そう、チャンス――美玖ちゃんの誤解を解くチャンス。これでやっぱり俺が黒だったのなら、美玖ちゃんの好きにしてくれていい」
「う、うん。わかった」
美玖ちゃんがそう言った直後、ディオニュソスからずっと俺に向けられていた巨大なプレッシャーが和らいだ。
上空からグリュプスが降りてくるが、それも俺に攻撃してくる気配はない。
優秀な番犬かのように、ディオニュソスのすぐ後ろでピンと背筋を伸ばして座っている。
「じゃあ、まず美玖ちゃんが怒っている原因なんだけど」
「ボ、ボクのせいかなー?」
ラブルの背後に隠れながらも、恐る恐るティディが顔を覗かせる。
いや、出来れば今は口出しして欲しくない。ティディが入ると余計に話がこじれてしまう。
だが俺のアイコンタクトには気付かずに、話を続ける。
「ボクがお兄さんに『はじめて』を奪われたからだよね?」
ピクッと美玖ちゃんの眉が上がり、
「そうよ! どうしてそんな事になったの!? どうやって私の勇ちゃんを誘惑したの!? 勇ちゃんは私だけの勇ちゃんなのにー!」
小さな身体で力いっぱい叫ぶのだが、またもや目には涙が。
「誘惑ー!? ボクそんな事してないよー? 黄金都市でボクが口を開けた時に、お兄さんのが口に入ってきて……」
「わかった。わかったから、ティディは少し黙っていようか」
ティディの発言でようやく彼女の『はじめて』が何かわかった。しかしその発言で、美玖ちゃんはおろかラブルからも「この女の敵め!」的な白い眼で見られている気がする。
「えっと、その『はじめて』ってのは、俺と一緒に焼きリンゴを食べた時、互いの不注意で歯と歯がぶつかった事だよね?」
「そうだよー。ボクの口の中にお兄さんの前歯が入ってきて、僕の前歯とぶつかったんだよー。アレがボクのファーストキスなんだから!」
……
ティディの発言に美玖ちゃんとラブルがぽかんとしている。まぁ無理も無い。俺も今の今までティディの『はじめて』が、まさかあの事だとは思ってもみなかった。
そして数秒後、ようやく『はじめて』の内容を理解した美玖ちゃんが口を開く。
「んーと、纏めると、アクシデントで勇ちゃんの歯とぶつかった……だけかな?」
「うん」
「それだけ?」
「うん」
真っ直ぐに目をみながらコクコク頷くティディの様子から、美玖ちゃんが何やら考え込む。一先ず、『はじめて』事件が誤解だと伝わったのだろうか。
「勇ちゃん。変に誤解しちゃってごめん」
「ううん。痛かったけど、分かってくれれば良いんだ」
どうやら誤解が解けたようだと安堵する。が、事態は簡単に収拾せず、
「でも勇ちゃんは、ずっとあの二人と一緒に居たんだよね。それにアクシデントでも、あの子に……キスしたんだよね?」
「……いや、あれをキスと呼ぶのかな?」
「でもね。やっと時間制限なしで再開できたのに、女の子と一緒に居るし、キスしたとかしないとかの話になっているし、私の心がぎゅって苦しいの」
上目遣いで真っ直ぐに俺を見つめる美玖ちゃんの瞳から、ついに一筋の雫が零れ落ちた。
「勇ちゃん、私は本当に勇ちゃんと結婚してるの。だから、だからね。あの子にした事を私にもして!」
俺を見上げる少女の真紅に染まった瞳。だがそこには確固たる意志が込められている。
……つまり、これってキスしろって事なんだよな。
元の世界では夫婦だったから、キスなんて日常茶飯事だったのだろうか? それとも、やっぱり虚言か勘違いなのか?
だが、ここで俺がキスをしなければ、せっかくまとまりかけているのに、また元の状態に戻りかねない。「キスできないのは、やっぱりその子に気があるからなのね」とか何とか言って、攻撃されそうだ。
けれど、普通キスなんて恋人同士や、それこそ夫婦ですることだろう。美玖ちゃんとの記憶がないのに、いきなりキスだなんて。
「勇ちゃん……」
迷っている間に、美玖ちゃんが目を閉じてしまった。
今俺がここでキスをしたら、俺の記憶とは関係なしに行動を共にしなければならないだろう。
異世界へ転生し、獣耳美少女との恋愛からの結婚。その願いはここで終わり、せっかく一緒に居てくれたラブルやティディとも会えなくなる。
今まで会ってきた獣耳少女たちは皆美少女ばかりだった。この世界を旅すれば、もっとたくさんの美少女と出逢えるかもしれない。
しかし、しかしだ。俺の前で少し頬を紅くし、目を閉じて待つ幼い少女は獣耳こそ無いものの、天使と見間違うほど可愛い。
その子が俺にキスをせがんでいるのだ。
獣耳美少女は惜しいが、この事態を収拾させるためにも、俺は、俺は……キスをしよう!
ようやく決意が固まり、一歩美玖ちゃんへ近づく。
あと一歩進めば、美玖ちゃんの身体に、風になびく柔らかな髪に、そしてぎゅっと閉ざされたその小さな唇に触れる事ができる。
いくぞ? いっちゃうぞ!?
……
って、キスってどうやるんだ?
身体を抱き締めてすれ良いのか? 顎をくぃっと上げさせれば良いのか? 壁……はないけど、ドンっと挟めばよいのか!?
とりあえず右手を前に出し、美玖ちゃんの細く白い腕に触れてみた。
――ピクンッ
緊張しているのか、美玖ちゃんが小さく震える。
ええぃっ! ここまできたらどうにでもなれっ!
――ちゅっ
顔を下げ美玖ちゃんの唇に俺の唇を重ねると、俺の視界が純白の、何も無い真っ白な光で覆われた。




