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「ちょっ、ちょっとラブル!」
「どうしたの!?」
時間がないためか、ラブルが前を向いたまま返事だけ返ってきた。
どうやら彼女は何かを探しているようで、先ほどから似たような場所をグルグルと回っている気がする。
同じ景色を何度も見ているうちに、この街が美玖ちゃんの居る街ではないかという疑惑がどんどん大きくなっていく。
そしてこの街に来てからずっと抱いていた疑問を口にする。
「この街ってもしかして、アテーナイじゃないの!? 『幼い魔女』の居る」
ラブルは何も答えない。ティディはオロオロしながら、俺とラブルを交互に見ている。
そして、
「居た! 彼女よ」
ラブルの視線の先には、高そうなレストランから出て来る幼い少女とメイドさんが居る。その二人は俺が良く知る美玖ちゃんと和佳さんだ。
もしかして、ラブルたちの旅の目的って彼女なのか!? だが、彼女に一体何をする気なんだ!? それに今まで黙っていたのは何故なんだ!?
頭の中を沢山の疑問が埋め尽くそうとした頃に、突如ラブルが俺の左腕を掴む。
――何を!?
と思った瞬間。ラブルの行動が合図になっていたのか、ティディが美玖ちゃんに向かって走り出す。
その走りは、初めて出逢った時の魔獣への右ストレートを彷彿させる。
そう、まるで美玖ちゃんに殴りかかるかのような勢い。
「ティディ!?」
思わず声を上げ止めようとするのだが、そもそも足ではティディに敵わない。それに、ラブルが俺の腕を強く握ったままだ。
だがそれでも俺は駆けださずにはいられなかった。
ティディ。まさか美玖ちゃんを、その幼さの残る女の子を、大きな魔獣でさえ吹き飛ばす腕力で殴ったりしないよな。
「美玖ちゃんっ!」
ティディの猛烈な接近に気付いていない彼女へ声を掛けると、俺の存在に気付く。
だが、その視線に割って入るかのように突っ込んで行くティディ。目を丸くする美玖ちゃんが、自らの身を護るように杖を構え、
「こんにちわー!」
突如ティディは足を止め、フレンドリーに話しかけた。
ここからだと会話の内容ははっきりと聞こえないのだが、美玖ちゃんが怪訝な顔をしながらもティディと共にこちらへ向かってきた。
「突然の非礼、申し訳ありません。このティディから既にお聞きになっているかと思いますが、私トラケ王国の宮廷魔術師ラブルと申します」
「は、はぁ。何か用ですか?」
ラブルが深々と頭を下げて話すが、美玖は明らかに困惑している。
「はい。『幼い魔女』と呼ばれる貴方は強大な力を有しておりますのに、どこの国にも士官されておりません。我々のトラケ王国はこの国の北東に隣接する大国。そこへ領地と爵位を用意しておりますので、どうか我が国を助けていただけないでしょうか」
「えっと、難しい話はわからないのですが、今の私はこの街から離れる事が出来ないんですよ」
領地に爵位と凄い話になってきたのだが、この会話でようやくラブルの目的がわかった。
チート能力を持ち、名のしれた美玖ちゃんを自国にスカウトする――十中八九これが、ラブルが国から与えられた任務なのだろう。
「あの、もしよろしければこの街を離れられない理由を教えていただけないでしょうか」
「えっとね、ちょっと前にこの街に住んでる有名な職人さんに作って貰っているものがあるの。私にとってそれは凄く大切なもので、それが完成するまではこの街から離れられないのよ」
「そこを何とかお願いいたします! 何でしたら、私がその完成を待って、出来あがり次第お持ちいたしますので」
必死に懇願するラブルだが、美玖ちゃんも譲れないものらしい。
任務として遠路はるばるここまで来たのだ。全く取り合って貰えませんでした――では、ラブルの立場が悪くなるだろう。それに、助けて欲しいというのが気になり少し口を挟む。
「美玖ちゃん。領地に爵位だなんて凄いじゃないか。困っているみたいだし、話くらいは聞いてあげたら?」
「むー。勇ちゃんがそう言うのなら、話くらいは……」
「あのー、お兄さん。今、美玖ちゃんって呼んだよね。前から聞きたかったのだけど、お兄さんは『幼い魔女』とどういう関係なの?」
「うーん、どういう関係なんだろ?」
俺としても彼女が一方的に妻だと言ってきているだけで、記憶も確証も無いのでどう表現して良いか困る。
「失礼ながら、奥様――美玖様とこちらの勇樹様は、元の世界から御夫婦でいらっしゃいます」
「えぇぇぇぇぇ!」
さらっと言ってのけた和佳さんの言葉にティディが大声で驚き、ラブルも目を丸くしている。
「あの、どうしてお二人は夫婦だと覚えているのですか? 今まで私が出逢った多くの転生して来られた方々は、皆元の世界の人間関係について綺麗に忘れているのですが」
いや俺は覚えてないのだけれども。だが、どうして美玖ちゃんが俺と結婚していたと言うのかは、俺も知りたいところだ。
「きっと、お二人の愛の力なんですよ! いいなぁー、私なんて自分に彼氏が居たのかどうかさえ覚えていないのですよー」
再び和佳さんがキラキラした瞳と共に声を上げる。この人も俺たち同様に転生してきたのだから、ラブルの話は信憑性が高くなる。
しかし『愛の力』ときたか。でも、それだと覚えていなかった俺は、元の世界で妻を――美玖ちゃんを愛していなかったみたいじゃないか。
一生懸命、元の世界の記憶を探そうと考え込んでいると突如ティディが大声を上げる。
「あー! お兄さん! こんなに可愛い奥さんが居るのに、ボクの『はじめて』を奪ったなんてヒドイよー!」
――ピクッ!
ティディの発言の直後、美玖ちゃんの顔が引きつっている。
「『はじめて』を奪った!? 勇ちゃん。それはどういう事なの!?」
「へっ!? いや別に俺は何も奪っていないし、何もしていないよ!」
「ふーん。でも何度か私と会っているのに、女の子二人と一緒に旅をしていたなんて、一度も教えてくれなかったじゃない」
花のように可愛らしかった美玖ちゃんの顔が、暗く、そして疑惑の表情へと変貌する。
「いや、待ってってば。俺は美玖ちゃんと結婚していた記憶が無いし、そもそも二人には何もしていないよ」
「そんな! ボクにあんな事をしておいて、何もなかっただなんて……お兄さん、ヒドイよ!」
ティディの瞳から、一滴の涙が零れ落ちる。
ウソだろ!? 俺、本当に何も……少なくとも、俺からは何もしていないハズだ。
だが、そのティディの涙が決定打となってしまったようで、
「勇ちゃんのバカー!」
美玖ちゃんが泣き出し、声を荒げる。
そして、予想外の言葉が発せられる。
「強制召喚っ!」
怒った美玖ちゃんから、最強と言われるチートスキルが発動されてしまった。
内容を少し修正いたしました。




