3-5
「勇樹君! そうよ、良い感じ。その溜めた風の力を一気に解き放つの」
――サワッ
俺が力を解放すると共に、穏やかで涼しげな風が吹く。
「うーん、突風とはとても言い難いけど、とりあえずそよ風は起こせたね」
「そうね。コツをつかんだみたいだし、後何回か繰り返せば使いこなせるかもね」
ラブルに加え、既に土の初級魔法を修得したヨーコさんに、疲れたのか飽きたのか練習を中断しているティディが応援してくれている。
そろそろ馬車の折り返し地点に到着するらしく、練習時間が残り僅かになってきた。
目を閉じ、心を落ちつけて右手をゆっくりと前へ出す。
「風よ」
俺の意志に応じて、右手に風が纏わりつく。
ここまでは、ほぼマスターした。後は、この風をさらに集め、解き放つだけだ。
集まれ、集まれ、集まれ――行けっ!
「突風!」
俺の右手に纏われていた風が、その束縛を解かれて前に進んで行くのが分かる。
そして目を開けると、水色の逆三角形の何かが視界に映る。
「ゆ、勇ちゃん。何をしているの?」
デジャヴだろうか。昨日訪れた高級ホテルのような場所で、豪華な料理が並び、細い脚を組んで椅子に腰かける少女――美玖ちゃんが困った目で俺を見ている。
というのも、椅子に座ってはいるのだが、短いスカートが風でめくり上がり、太ももの付け根にある淡い水色の下着がしっかりと見えている。
原因は、もちろん俺の未完成な魔法で生じたそよ風だ。
「あー、ちょっと魔法の練習中だったんだ。いやー、魔法が成功して、この部屋がめちゃくちゃにならなくて良かったよ」
「えっと……さっきのは女の子の服を脱がせる魔法の練習? そんなの修得しなくても、勇ちゃんなら私……」
そう居ながら美玖ちゃんが立ち上がり、スカートを留めるベルトに手を伸ばす。
「いやいやいや、違うから! さっきのは事故だって! まさか魔法の練習中に召喚されるなんて思ってもいなかったんだよ」
「えっと、勇ちゃんは食欲よりも、先に満たしたいのが……」
「あー、お腹空いたなー! あ、こんなところに美味しそうな料理がある。いっただっきまーす!」
「うふふ。うそうそ。わかってるわよ。風系統の魔法の練習をしていたのよね」
可愛らしい笑みを浮かべながら、美玖ちゃんも食事につこうとするのだが、
――シュルッ
何か布のようなものが落ちる音。料理からそちらへ視線を移すと、白い太ももを露わに、下半身が下着姿のみとなった美玖ちゃんが立っていた。
……
まさかの事態に美玖ちゃんが固まり、料理なのか部屋に飾られた花なのか、甘い香りと静寂が俺たちを包みこんだ。
「え、えっと、美玖……さん?」
「あ、あぁぁ……ゆ、勇ちゃんのえっちー!」
美玖ちゃんが顔を真っ赤にしてしゃがみ込む。
え、何これ!? 俺が悪いの?
どうやらベルトを外す振りで終わるつもりが、本当に外れてしまったようで。暫く互いに無言のまま料理を口に運ぶだけという、気まずい食卓となってしまった。
しかしランチだからか、昨晩と違って少しボリュームが抑えめとなっており、そろそろ俺は完食しそうだ。
そして燻製された鮭のようなものにチーズが乗った料理を食べていると、疑問が湧き出る。いい加減、無言の食事も嫌なので聞いてみる。
「ところで昨日もこの部屋だったけど、ここって美玖ちゃんの家なの?」
「ううん、ここは家ではなくてホテルなの。訳あって、暫くこのホテルに無料で宿泊出来るんですって」
「無料で!? どうして?」
「うーん、詳しくはわからないのだけれど、何故か成り行きでそうなっちゃったの」
きょとんとした顔で美玖がスープを一口含む。おそらく、本当にわかっていないのだろう。
「そっか。でも、この料理も無料なの? 随分高そうだし、二人分あるけど」
「うん、これもサービスなんだって。凄いよねー」
「それは凄いね。じゃあもう俺が来なくても、美玖ちゃんは十分やっていけるんじゃない?」
「ううん、私はこんな生活じゃなくて良いの。それよりも勇ちゃんが傍に居てくれないとダメなのよ」
幼い顔の美玖が少し顔を上気させ、上目遣いで俺を見つめてくる。
見た目は十代前半なのだけれど、自称中身は二十代の元俺の妻だというだけあって、幼い容姿で俺が好きな仕草をするという、高度な技を仕掛けてきた。……いや美玖ちゃんの事なので、天然でやっているのかもしれないけれど。
「それよりも、勇ちゃん。時間切れになると困るから、先に渡しておくね」
クローゼットから出されてきたのは、一着の深緑色のローブだ。フードが付いていて、ゆったりと丈の長いそれは、胸元で留めるタイプのファンタジー世界で魔法使いが着ていそうなものだった。
「これは?」
「私からのプレゼント。流石にその格好は、この世界じゃ浮いちゃうから」
転生してきた時のスーツと革靴というのが、着なれている服装なので気にしていなかったのだが、この世界では違和感があり過ぎるのだろう。これについては、ありがたく頂戴することにした。
「ありがとう。早速使わせて貰うよ」
さっそく上着を脱いでローブを纏ったのだが、思っていたよりも軽く動きやすい。これで杖でも持っていれば、見た目は一端の魔法使いだ。
「あと、昨日のパジャマも結構良い奴なんだから、毎晩着てね」
「えっ!? あのパジャマって美玖ちゃんの仕業だったの!?」
「うん。勇ちゃんが起きてくれないから、着替えさせてあげたんだー」
そうか、それなら俺がパジャマを着た記憶が無いのも頷ける。
「ん、待てよ。ってことは、昨晩俺は召喚されてたのか!?」
「そうだよー。寂しいから二回も召喚したのに、全く起きてくれないんだもん」
「ちょっ、それって……」
流石に文句を言おかとしたところで、いつもの光が現れて時間切れとなる。
「じゃあ、勇ちゃんまた後でねー」
後でね……じゃないよ。ホントに。
内容を微修正しました。
 




